叡光鬼の余力
「ほほ、ほ。どうして経済の回りというのはこうもコスパの管理が難しいのでしょうね」
テクニカルシティの本屋にて。大きな黒い帽子を被った老人が本を読みながら独り言を呟いている。
その様子を、細めた目で呆然と見つめる鬼子と火竜。
しばらく観察していた二人だが…老人があまりにも本に釘付けになっているので中々声をかけられなかった。
丸々二分待っても全く気づかないので、ついに鬼子が声をかけてしまう。
「あの…叡光鬼よね?」
「ようやくお声かけくださいましたか」
叡光鬼は本を閉じ、丁寧に棚へ戻した。
見慣れぬ大きな帽子は、頭の角を隠す人間へのカモフラージュだろう。
なぜこんな所にいるのかと聞く前に、叡光鬼は自ら答えた。
「いや、人間の文明というのも興味深い。正直滅びるのに勿体ないとさえ思いますよ」
鬼子と火竜の腕に力がこもる。やはり、目の前に立っているのは敵だ。
再びこうして出会えた今、更に情報を聞き出す必要があると、火竜が聞く。
「…何で人間を滅ぼす?」
「それが定めだからですよ」
抽象的な答えだ…。これでは何も分からない。
力ずくでも聞き出したいところだが、あいにくここは一般の本屋。しかも相手は人間にカモフラージュしている。下手に手を出せば自分達の立場が危うい。
どうするべきかと困っている二人。叡光鬼はオドオドしている二人の隙をつき、横を通りすぎる。
「あっ、待て!」
火竜は叡光鬼を掴もうとしたのだが…。
叡光鬼はそれを軽やかにかわし、右手の裾から黒い玉を取りだし、近くの本棚に当てた。
玉は潰れ、怪しい黒い煙を放ち、本棚を覆いだす。
立ち止まる二人。
…直後、本棚が突然揺れだし、本達が物凄い勢いで飛び出してきた!
虫の如く宙を舞い回る本達に二人は仰天する。
こいつらも悪鬼かのかと思ったが、悪鬼特有の邪悪な魔力が感じられない。
ただの本を、魔力が動かしてるだけのようだ。
だがそうとは思えない程の速度と勢いで本が迫ってくる!
二人の頭を激しく打ち付けてくる本。これは普通に痛い。
「ぐっ…!」
飛び交う本達から我先にと逃げていく人々。こんな得体の知れない本に立ち向かっていく人など一人もいない。
店の本だが…仕方ない。
鬼子は鎌を取りだし、振り上げて本をまとめて真っ二つにする!
火竜は本屋が燃えてしまわないように炎を出さずに拳のみで殴り落とす!
次々に落ちていく本達。このくらいは余裕だ。
「やつを追いかけるわよ!」
鬼子と火竜は狭い本屋の通路を疾走、次々に本達が落ちていった…。
叡光鬼は二人を待っていたようで、本屋の入り口にあるベンチに座り、一般人に紛れて平然としていた。
回りの人々の視線が向くなか、鬼子は気まずそうに叡光鬼に声をかけた。
「あんた、何が目的なの…!」
「今のような感じですよ。こうやって各地に厄災をもたらし、人間世界に混沌を撒くのです」
火竜が目を細めている。確かにこいつのこの力なら、何かしらの厄災をもたらせそうなものだが…。
二人はもう分かっていた。叡光鬼は頭が良い。だからこそ、そんな単純な方法で人間世界を荒らし回る事には疑問を覚えた。
「何か裏があるわね…?」
「ほうほう、裏ですと?私のような爺一人にできる事は限られています。今回は見つかってしまいましたが、今度からは貴殿方にも見つからないように厄災の種を植えてみせるつもりですよ。では」
何の予兆もなしに、叡光鬼の体が光り、そのまま霧のように姿を消してしまった。
二人は驚かなかった。
今回も上手く逃げられると思っていたからだ。
それにしても…本のような無機物を操る能力を持っているとは。今までの悪鬼には見られなかった奇妙な能力だ。
二人はますます気を引き締めるのだった。