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「え〜っと、琳音先輩は尾崎君の従兄弟である誉弥さんとお知り合いで、その誉弥さんご本人から野球部を助けることをお願いされた、と」
「そゆこと」
簡単にまとめた私の話を聞いて、琳音先輩は嬉しそうに笑っている。よくできました、みたいな顔されても全く嬉しいくない。何故なら、たったこれだけの内容のことをこの先輩は一時間半近く話し続けたからだ。しかもその大半が誉弥さんを褒める話ばかり。やれ男気溢れる優しい人だの、自分とは違い何事にも立ち向かっていける勇気があるだの、自分とは違い……。最後の方は何故か琳音の自虐になっていた。とりあえず誉弥さんが本当に凄い人だということは分かりました。あと琳音がどれだけ駄目な奴かも。
とりあえず理由は聞けたので、途中から私に寄りかかって寝ていた誠を起こす。
「ん……、お話終わった〜?」
目を擦りながら起きる姿はやっぱり猫っぽい。
「終わったよ。先輩が野球部のことを手伝ってくれるのは本当みたい」
「そっか〜」
ちなみに、琳音と誉弥さんが知り合ったのは二人が小学生だった時らしい。何があったのかは話さなかったが、誉弥さんのおかげで今の自分がいるのだとひたすら言っていた。
「……夕ちゃんはどうしたの?」
そう、途中から尾崎君は頭を抱えたまま動かなくなっていた。琳音が相槌を求めてくるので相手をしている余裕がなかったが、やっと聞ける。何故そんなにも深刻そうなのだろう。
「いや、そういうことかと納得して……。従兄弟が言ってた人って赤原先輩だったんだ……」
ゆるゆると頭を上げた尾崎君は、ボソボソと何かを言いながら琳音を信じられないものを見るような目で見ている。
「誉弥さんが俺のこと何か言ってたの!?」
尾崎君の小声に耳ざとく反応した琳音が詰め寄る。詰め寄られた尾崎君は琳音から目を逸らし、全身から関わりたくないオーラを放ちながら琳音を誤魔化している。明らかに拒否されている相手に詰め寄り続ける琳音は凄いと思う。
「尾崎君、あんな関わりたくなさそうなオーラ出せたんだね」
「うん、ボクも驚いてる。夕ちゃん、自分が苦手な相手でも表には出さないようにしてるから」
確かに先程の誉弥さんについて話す琳音を見ていれば大体の人が引くとは思うけど、そこまで嫌がるような感じではなかったと思う。言ってしまえば熱狂的なアイドルのファン、と言った感じだった。誠も私と同じように思っているのか、尾崎君のことを不思議そうな目で見ている。
尾崎君の態度、さっき少しだけ聞こえた内容からして、琳音について私達が知らないことを尾崎君は誉弥さんから聞いているのだろう。多分悪い方のことを。
「夕ちゃんだけ何か知ってるっていうのは気に食わないけど、今回のことについては知りたいと思わないな〜」
「わ、私も……」
尾崎君から視線を移し、琳音のことを嫌そうな顔で見た誠につい共感してしまう。琳音は私の関わりたくない人上位メンバーだ。
そのまま誠と一緒に二人の様子を眺めていると、そろそろ琳音を誤魔化すことが難しくなった尾崎君から視線で助けを求められた。誠と目を合わせて頷き合い、二人で止めに入る。
「琳音先輩、今は野球部の話です」
「誉弥さんのことは、後でいくらでも夕ちゃんに聞いていいからさ〜」
私達の言葉に琳音は動きを止めると、尾崎君に軽く謝った。だけどその目は輝いていて、後で尾崎君から話を聞くことを楽しみにしていることが窺える。逆に尾崎君は後のことを考えたのか死んだ目をしていた。
「ごめんね、つい誉弥の話だと……」
「いえ、大丈夫です。それよりも、先輩は協力してくれるということは野球部に入部するんですか?」
また始まりそうな誉弥さん自慢を質問で無理矢理打ち切る。一瞬残念そうな顔をした琳音だけど、私の質問を聞いてきょとんとした顔を私に向けた。
「野球部には入部しないよ?」
「え?じゃあ何を協力してくれるんですか?」
「何って、元部員達の説得と、新入部員の募集。この二つなら、別に部員じゃなくても手伝えるでしょ?」
「……それだけ?」
「うん」
にこやかに答える琳音に対し、私と誠、尾崎君は多分同じことを思っただろう。
絶対に誉弥さんの人選は間違ってる。
尾崎君の従兄弟の名前が出てきましたね。ですが本人登場の予定は無いです。
突然ですが、24話以降の金剛悟の呼び方を”悟”で統一しました。花愛の心の中と、実際の呼び方が違うと混乱するかなー、と思ってのことです。もし、ここの金剛が”悟”に直ってないよー、ということがありましたらご報告頂けると有難いです。




