びっくり箱
「それで魔石なんだけど、シリウス、これ使ってくれ」
ごそごそと腰のポーチを探ると、中から簡易ライトを取り出した。
「…それに入っている魔石ですか?」
簡易ライトは20㎝程度の細身のライトだ。とてもシンプルな意匠であるため、旅行や作業をする際に便利な一級品。その為必要とされる魔力も少なく、使われる魔石も小石程度だ。そんなものをおもむろに取り出したアーシェに、シリウスが疑惑の眼差しを送るのも無理はない。
その程度の魔石で自分の魔力の半分がまかなえると思われているのなら、失礼ここに極まりない。しかしシリウスのそんな思いとは裏腹に、差し出された魔石に思わず息を飲んだ。
「――これは…!」
無造作に手に乗せ差し出してきた魔石は、細身のペンライトに収まるほどの白い小さな石だった。丁寧に磨かれた原石は、均等な六角柱を現している。しかしその両端は原石そのままの姿をいまだ残しており、逆に未完成の美しさを仄かに宿していた。
「白色グレナート鉱石。小ぶりだけど中々の一品だろ?」
悪戯っぽくアーシェが笑った。
グレナート鉱石は数ある魔石の種類の中でも、最もバランスが良いと言われる魔石の一つだ。サイズの割に容量が大きく、尚且つ魔素の放出・蓄積が容易い。もちろん更に高品質な魔石もあるにはあるが、グレナート鉱石最大の特徴はその色だ。
魔力に属性があるように、魔素にも属性があるとされる。解明されている一般的な属性だけでも地・水・火・風、そして神聖なる光。それぞれの属性の魔素を練り上げて魔力とするのだが、大抵の魔石は相性がある為、特定の属性の魔素しか取り入れることができない。しかしグレナート鉱石だけは、どの属性の魔素でも取り込むことが出来、そして石の本来持っている属性に『歪める』事ができるのだ。
その特異な性質の為、グレナート鉱石は高値で取引される高級品。精々大人の小指ほどのサイズであったとしても、一介の魔道具屋見習いが簡易ライトに入れていていいものではなかった。
「こいつは風属性の魔石だったから丁度良かった。多少使っちゃったけど、まだまだ入ってるはずだ」
「もう貴方はとんでもびっくり箱ですか…。一体どこの誰がグレナート鉱石を簡易ライトになんか使いますか」
「だから良いんだよ。隠し場所は意外な所の方が良いだろう?」
にっとアーシェが笑うと、呆れたようにシリウスが首を振った。
「うん、確かに隠し場所としては最適ね。簡易ライトなら魔道具屋にとっては必需品だし、いつも肌身離さず持ってられるし。中々意表をついてていいと思うわ」
うんうんと顔に指を当てて、ひとしきリーザリーが頷いた。どうやら彼女的には合格点らしい。
「それにしてもどうしたんだ?こんなもの。魔術師じゃなくともこれがそんな安いもんじゃないってのは、見てわかるぞ」
「あぁ、原石を拾ったんだ。グレナート坑道に潜ったときに」
「お前あそこに潜ったのか?!」
ジークが目を剥くのも無理はなかった。グレナート鉱石を高価にしているもう一つの理由が、その希少価値だった。
グレナート鉱石は大陸北部にある、グラン山脈にのみ産出される。その為グラン山脈には幾つかの坑道があり、そこを拠点にグレナート鉱石は採掘されるのだが、険しい山脈の内部の為、凶暴な魔物の住処にもなっている。今では坑道は冒険者などの用心棒を同伴させないと潜れないことになっており、それらが原因でグレナート鉱石自体の値段も吊り上っているのだ。
「おいおい…。よこもまぁあんな危険な所に…。大の大人も及び腰になる所だぞ。それか子どもを連れて行った冒険者グループの無謀さに、むしろ驚嘆するべきか…」
「俺なら金積まれてもこんなガキ、絶対連れて行かないけどな」
「あはははは…」
奇特な冒険者グループと一緒に潜ってもらったと早合点している四人を前に、アーシェは乾いた笑いをこぼした。
まさか言えない。実は一人で潜ったとは…。強い魔物がいるのは良質なグレナート鉱石が取れる坑道の奥地と踏んで、浅いエリアを徘徊して得られたのがこの小石だ。それでも中級クラスの魔物はうろちょろしていたので、得意の魔物探知を駆使して逃げ回った戦果がこれだ。まぁ敢えて言うことも無いという事で、アーシェは迷わず沈黙を選んだ。
「アーシェ、ありがとうございます。流石グレナート鉱石ですね。こんな小さなサイズでも、十分いただきました。石の質のみならず、貴方の加工が優れているのですね」
やんわりと微笑みながら、シリウスが空になったグレナート鉱石を返してきた。見てみると、ほんのり色がくすんでいる。魔素が全て取り除かれた為だ。
「へぇ~、すごーい!グレナート鉱石をって確か加工が難しいんでしょ?これ、アーシェちゃんが加工したの??」
「とても魔素を吸い出しやすかったです。石の性質を的確に見抜かれているのですね」
リーザとシリウスの素直な賛辞に、アーシェは微かに頬を赤くした。自分の仕事を誉められて、やはり悪い気はしない。ただそれを気取られるのが恥ずかしくて、アーシェは俯いて帽子を目深に被りなおした。
「お、おう。これでも魔道具屋見習いだからな。この位、何てことないよ」
「うふふ。アーシェちゃん可愛い~~~。照れちゃってるー」
「て、照れてなんか…!」
やいのやいのと騒ぐ二人をしり目に、シリウスは今取り込んだばかりの魔素に神経を集中させた。
体の中を漫然と漂う風の魔素に意識を向け、糸を紡ぐように魔力を練っていく。そして練り上げた魔力をまた分解して魔素に戻し、また練り上げる。数度それを繰り返していくと、魔素はすっかりシリウスの体になじみ、自由自在に魔力へと練り上げられるようになっていた。
「どうだ、シリウス?馴染んだか?」
「えぇ、お待たせいたしました。本当に素晴らしい。大体6割程度、と言ったところでしょうか」
自身の魔力量を推し量りながら、慎重に計算する。多く見積もりすぎて探索中に魔力切れを起こせば命に関わるし、逆に少なく見積もれば全体の作戦に影響する。特に魔力の補給が困難な迷宮に於いては、魔術師にとっての必須技能であった。
「あのワイバーンクラスはちょっと厳しいですが、通常の迷宮内を徘徊している魔物クラスであれば、二回くらいは戦闘も可能です。ただ…」
「――そうだな。今回は戦闘よりも、生きて『門』まで到達することが最重要課題だ。なるべく戦闘はさける方が無難だな」
ジークの決定に、シリウスも神妙に頷く。唯でさえ自分たちも万全な状態では無いのだ。余計なリスクは背負わないに越したことはない。
「後は『門』までの道筋だが…」
デュークが険しい顔をして押し黙る。ワイバーンに翻弄され、途中から知らない区画に迷い込んでしまっている。暗い迷宮の中、迷わずに『門』まで辿り着ける自身は正直無い。
するとアーシェとじゃれついていたリーザが、おもむろに顔を上げて明るい声を上げた。
「道順なら任せて!大体の目安はわかるから、多分私が案内できるはずよ」
「流石です。混戦の中、よく私たちを導いてくださいましたものね」
にこやかにシリウスが微笑むと、ジークが頷いて全員を見回した。
「よし。じゃあ俺が先頭を歩くから、その後をアーシェとリーザが続いてくれ。シリウスはその後ろ、殿はデュークだ。アーシェ、それでいいな?」
ぎゅっと手を握りしめると、アーシェは力強く頷いた。
「10分後に出発だ。全員装備の確認を。それからシリウスは、嵩張らないものでここの証拠になるものを、2~3見繕ってくれ」
「了解しました」
その後は流石プロの冒険者達である。先ほどまでの和やかな雰囲気とは一転、行動は素早かった。ジーク達三人は装備品の点検や、留め金などのチェックに余念がない。シリウスは先ほどの探索で、目ぼしいものを幾つか見繕っていたのだろう。迷いのない足取りで回廊の先へと消えた。
アーシェはというと、元々着の身着のまま放り出された為、装備と呼べるほどのものを持ってはいない。気になる品は、最初に巡ったときにこっそりポーチに忍ばせてある。そこでゆっくりと辺りを見回すと、中庭の中央辺りまでやってきて、先ほどの空になったグレナート鉱石を宙にかざした。
「…アーシェ。お前何やってるんだ?」
剣と盾の点検が終わり、バックルの調整をしていたジークが、怪訝な顔をしてアーシェを見た。傍から見ると宙を拝んでいるようで、すこぶる怪しい。
「何って魔素を溜めてるんだよ。調度ここに光の魔素だまりが出来てるから…」
「はぁ?!魔素?!」
ジークの素っ頓狂な声に、びくっとアーシェは驚いた。
「な、な、何だよ急に!驚かすな!」
「そんなことよりアーシェ、お前ここには魔素があるのか?!」
「何当たり前な…って、あ」
そこまで言われて初めてアーシェも事の異常さに気が付いた。
ナルバの迷宮の難易度が高いと言われている所以、それは『本来どこにでも存在するはずの魔素が、全く存在しないこと』。しかし今魔素を『視る』ように調整していたアーシェは、当たり前のように空気中を漂っている魔素を見極め、一際濃度が濃い所にグレナート鉱石を翳していたのだ。
流石に先ほどの様な輝くばかりの白さは無いものの、くすんだ色味は少し改善されているように見受けられる。魔素が取り込まれた証拠だ。
「…お前が規格外なのか、ここがおかしいのか…。だがな、アーシェ。初対面の俺たちが言うのも何だが、あんまり見せびらかさない方が良いぞ、その力」
近くまで寄ってくると、渋い顔をしてアーシェを見下ろした。
「う、うん…。ごめん、迂闊だった…」
何故かジークに窘められつつ、素直にアーシェは謝罪した。しかしジークは一層眉間に皺をよせ、特大のため息とともにガシガシと頭を掻いた。
「取りあえず、ここに魔素があることは黙っとけ。どうせ探索チームが組まれれば、自ずとわかることだ。魔素の説明をする為にはお前の力やグレナート鉱石の事も話さなくちゃいけなくなるから、それは流石に不本意だろう?」
「そうだな。グレナート鉱石もそうだが、坊主のその能力は異色だ。ナルバに戻って不必要に坊主が危険にさらされるってのは、こっちも寝覚めが悪いな」
デュークが頷くと、丁度シリウスが回廊の向こうから戻ってくるところだった。
「お待たせしました。幾つか見繕ってきましたよ」
そう言って見せてきたのは、そこそこ状態の良い木枠の扉の欠片。不可思議な意匠が彫られているパーツで、手のひらサイズの丁度良い大きさだった。そしてもう片方の手には、アーシェも拾った壁の欠片と、辺り一帯に繁茂している植物の葉っぱだった。
「上手くすればこれだけで『門』の繋がっている先の解明が、大凡できるかもしれません。あくまでも、私たちと同じ世界であれば、という条件付きですが…」
「餅は餅屋だ。後は専門家に任せれば良い。俺たちはここから出ることだけを考えるぞ」
ジークがそういうと、一人一人の状態を確認する。皆準備は整ったようだ。
「リーザ、それじゃあ道案内を頼むぞ」
「迷子にならないでくれよな」
にっと不敵な笑みを浮かべてジークが声をかけると、それに合わせてデュークが冗談を飛ばす。
「も~~!人をなんだと思ってるのよ!美少女スカウトのリーザ様よ!一度通った道は忘れないんだから~!」
「美少女って…貴方幾つですか」
両頬を膨らませて腰に手を当てて怒る様は、これから死地に向かおうとしている雰囲気は微塵もない。しかし苦笑交じりのシリウスの発言には、キラリと目を吊り上げた。
「シリウス~!乙女に向かってその発言!許せないわ!アーシェちゃんもそう思うでしょ?!」
「ぅえぇ…?!」
急に矛先が自分に向いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。見上げると四人がアーシェを見つめている。そしてふわりとリーザが笑いかけた。
「笑ってアーシェちゃん。これはねー、最っ強のおまじないなのよ~~」
リーザがぱちんと片目を瞑ってみせた。
「肩の力を抜け。殿は任せろ」
「援護は任せてください。こう見えても、いささか魔法には自信があるのですよ」
デュークとシリウスが笑いかける。
そして一瞬視界が暗くなったかと思うと、大きな手がアーシェの頭のってきた。
「安心しろ。お前を無事『門』まで届けてやる。それに期待してんだからしっかり働けよ」
見上げると、にやりとあの不敵な笑みを浮かべてジークが見下ろしてきた。陽の光にさらされたくすんだ金色が、さらさらと目にまぶしかった。
(…緊張、してたんだ…)
意識して大きく深呼吸してみると、随分と体が軽くなったような気がする。指摘されるまで気が付かなかったが、どうやら相当体が強張っていたようだ。余分な肩の力が取れたところでぐっと気持ちを奮い立たせると、アーシェはジークを睨み返した。
「望むところだ!ネズミ一匹漏らさず見つけてやる!」
「はは!頼んだぞ!」
アーシェの頭をぽんぽんと叩くと、ジークは扉に向かって歩き出した。
「よし!行くぞ!!」
そうして五人は扉へと向かった。