28.従者くん、夜を歩く
「っはーぁ……」
馬小屋の隅に作った藁のベッドに、まだ湯浴みの余韻の残る体を投げ出す。
従者用の大浴場、皆は芋洗いみたいでゆっくり入れないって嫌がるけど、私は好きだな。温泉とか銭湯みたいで。
にしても、今日は疲れた。働きすぎはいつものことだけど、それ以上に気疲れ……考え疲れだ。
アンジェリカの占い、百発百中ではあるけどいかんせんゲームで聞く時より曖昧で分かりにくかった。ネロがネロでいることが幸せの鍵、ってどう解釈したらいいんだよ……。
ベッドの上でごろごろと寝返りを繰り返しながら考えてみるが、まったくもって見当もつかない。これならいっそ私は邪竜になるんですか? って直接聞いた方が……いや聞けるかい。
悶々としていると、とんとん、馬小屋の戸が叩かれた。
誰だ、こんな時間に。ま、十中八九使用人の誰かだな。明日までに磨く銀食器を忘れてたとか、部屋にキモい虫が出たとか、そういう感じの用事だろう。
そう思いながら戸を開けると。
「……ごきげんよう」
ルームドレスの上にガウンを羽織ったエリーゼが、眉間に皺を寄せて立っていた。……いや、本当になんで?
「っほんとに馬小屋で寝てるのね……臭い!」
「いやそりゃあ馬小屋ですからね。どうしたんです、こんな夜遅く」
「……別に、何だっていいじゃない」
エリーゼがぷいっとそっぽを向く。いや、本当に意味がわからん……。
敷地内とはいえ暗い夜道。不審者はいないだろうがすっ転ぶくらいはするだろう。ため息をついて、馬小屋を出る。
「な、何よ……どうかしたの?」
「こっちのセリフですけど……まあ、お屋敷の方まで送りますよ」
「送ってもらわなくたって、一人で……」
「一人で帰らせるのも心配ですから。ったく、こんな暗いのにランタンも持たんでよく来ましたね」
「……うるさいわね…………」
まあ、何のつもりかは分からんが、子供っていうのは大体、大人には分からん思惑で動くもの。今回のエリーゼもきっとそうなんだろう。
そう思いながら、二人で夜の道を歩き出した。
「……なにか面白い話してよ」
「無茶振りしますね!? えー……あっ、今日のアルフレッド様の服可愛くなかったですか? サスペンダーのやつ」
「アルフレッド様の話以外」
「どうして」
「アルフレッド様のことになるとあなた気色悪いからよ!」
「失敬な……」
話しながら歩いていると、エリーゼが躓いて転びかける。その身体を支えて、「だから言ったのに」と言うと、いつものように文句が飛び出してくるかと思いきや。
「……そのまま、支えてなさい」
「どうした!?」
思わず声に出た。
「どうしたって何よ!!」
「い、いやお嬢様変ですよ……何か悪いものでも食べたんじゃないです?」
「食べてないわよ失礼ね!! っていうか、変なのはずっと、あなたの方……」
エリーゼが、足を止める。
薄く夜空を覆っていた雲が晴れて、月明かりがその顔を照らす。私をじっと見上げる顔は、躊躇うようで、意を決したようで。
「……そうよ、あなた、ずっと変だわ……」
深い夜空のような瑠璃色の瞳が星の光をうけてきらきらと輝いて、私は思わず言葉に詰まった。
「…………でも、あなたが変になってから……私、毎日が、嫌じゃないの」
エリーゼの手が、身体を支えていた私の手を滑って私の手を握る。
「そのお礼を、言ってなかったと思ったの……」
エリーゼの姿に、よく知った子の、忘れちゃいけない子の影が重なる。
『私、先生がいるから最近は学校も、悪くないなって思えるんです』
どくん、と心臓が跳ねる。
「しらき、さん……」
前世で何度も呼んだ名前が、不意に唇からこぼれた。
エリーゼが不可解そうに首を傾げる。
「……誰よそれ」
「あっ……なんでもありません!」
「教えなさい! 大体ねえ、あなた隠し事が多すぎるのよ!」
「だーから、そのうち話しますって!」
ぎゃーぎゃー騒ぐエリーゼに文句を返しながら、屋敷までの道を歩く。
にしても、びっくりした。エリーゼと白木さん、まったく似てないのになんで同じようなこと……。
「今教えられる範囲でもいいわ! 何でもいいから教えなさい!!」
「えー……あっ、身体は腕から洗います!」
「そういうことじゃないわよ!」
「あーもー、なんですかさっきから教えろ教えろって。そんな気にするなんて、もしかして私のこと好きにでもなっちゃったんです?」
「なってないわよ!! 馬鹿!!」
「あっ、痛ぁッ!! 仮にも淑女ですよね!? 尻蹴らんでくださいよ!!」
「あなたが馬鹿みたいなこと言うからでしょう!?」
いつか訪れるかもしれない、邪竜に変わってしまうその日。それを避けるためにエリーゼを落とさんとあの手この手してみてるけど。
「あなたのことなんか、全然好きでもなんでもないんだから!!」
どうやらまだ、前途多難なようである。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




