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第三章 囲い、囲われ婚


 翌日、夜明けと同じ時刻に管理局員が数人やってきた。


「萩尾さん! 新種の妖刀です。かなり小型のものが」

 力の強い新種の妖刀が複数同時に目撃された情報があり、緊急配備になるとのことだった。

 飛び起きた琴葉は無言でおにぎりを握って萩尾に持たせ、気まずい空気のまま送り出した。萩尾もまた下を向いているだけだった。



 それから三日、萩尾は帰ってこなかった。

 時間が経ち、頭が冷えた琴葉は萩尾の身体の妖炎の事を考えていた。

 

 あの身体の紫色の炎は妖炎。あのままではあやかし化してしまう。あれはどう対処するものなんだろう。


 琴葉は考えを巡らせていた。

 萩尾程の異能を持った人がそのままにしておく理由はない。と、するとどうにもならないものなのではないだろうかと推察をした。

 

 直接聞かないと……。

 でも……お節介かなぁ。それに……無能じゃない私を伊吹さんは好きじゃないわけで。


 自室でもんもんとする琴葉は自室の机の上に大切に置いていたキャラメルの瓶を見て思い出す。それは萩尾が琴葉に贈ったものだった。


『琴葉ちゃんが好きそうだと思ったから買っておいたんだ』


 無能だったから私を好きになってくれたのだとしても、私の好みを考えてキャラメルを買ってくれていたのは嘘じゃない。


「そうだよね……」


 琴葉はキャラメルをもらうよりずっと前の事を思い出していた。


『大丈夫だよ。俺は何があっても琴葉ちゃんの味方だからね?』


 小さい頃、異能が無くて落ち込む私を救ってくれたのは兄と伊吹さん。

 私は誰からも無能であることで白い目を向けられていた。だから何があっても味方だからと言われて心の底から嬉しかった。

 思えばあの時から伊吹さんのこと特別に思っていて、気づかないようにしていた。

 私が好きになったら……伊吹さんは味方でなくなってしまう気がしていたから。


 琴葉はキャラメル瓶を手に家を飛び出した。

 私が今度は味方になりたい。あなたが妖炎に侵されているなら何もできなくても何かできることを探したい。嫌われていても、もうすでに好きじゃなくなっていても関係ない。



「いぶ」

「萩尾さまー! 今とてもお忙しいとお聞きしました。これ差し入れですぅ」

「栄養のあるものをお食べになってくださいねぇ」


 相変わらず萩尾は黄色い声の中心にいた。しかし、顔色は悪く、どこか歯切れが悪い。いつもの軟派な振る舞いや言動は見られなかった。

 女の子たちが萩尾の身体に触れたり、腕を強引に引っ張ったり、組んだりするのを見て今まではなんとも思わなかった琴葉は体中が叫び出しそうなほどもやもやとした。


 私の中にこんな感情があったんだ……。


 明確に触らないでと体の中で声がした。

 近づかないで、笑いかけないで、優しい声で話さないで。

 いてもたってもいられないってこういうことを言うんだろうなと思った。


 いつもの琴葉なら管理局の正面には近寄らずに遠回りをするが、今は直線的に走り出すことしかできなかった。

 コロンコロンと瓶の中のキャラメルが揺れている音がしている。

 琴葉は一心不乱に女の子たちの集団に飛び込んで行った。萩尾と女の子たちの間に身体を滑り込ませてもみくちゃにされようが負けずに人生の中で一番大きい声をあげた。


「萩尾伊吹の妻です! 夫に近寄らないでくださーい!」

「妻!?」

「妻ですがなにか!」


 琴葉の言葉を聞いた女の子たちが一斉に声をあげ、泣いたり、怒ったりしていた。

 琴葉は自分に降りかかるどんな言葉にも負けることなく何度も正真正銘の妻ですと叫ぶと戦意喪失した女の子たちは次第に散っていった。


「琴葉、ちゃん?」

「はぁ……はい、琴葉です。はぁはぁ、大変でした」


 女の子たちを一人残らず散らして、大仕事を終えた琴葉を萩尾は後ろからぎゅうっと音がなるほど強く抱きしめた。


「伊吹さん!?」

「……好き、大好き」


 萩尾はひっつき虫になってしまった。

 その状況を見かねた局員たちは萩尾の体調がとても悪いため、お嫁さんが迎えにきたと察してそろって早退をすすめた。


「すみません、伊吹さんを連れ帰りますね」


 琴葉は何度も何度もひっつき虫をつけたまま頭を下げて萩尾を連れ帰った。



「伊吹さん、お家着きましたよ?」


 局員たちの言葉に甘えて帰宅をした琴葉と萩尾。

 萩尾は家に着いても離れなかった。


「伊吹さん……そろそろ」

「やだ……ずっとこのままがいい。琴葉ちゃん泣かせたくない」

「泣きませんって、私もお聞きしたいことありますし、お話しませんか?」

「俺とお話してくれるの?」

「気まずいままでいいんですか?」

「やだ」

「伊吹さんからどうぞ」

「琴葉ちゃんからで」


 譲り合いの末、萩尾から話をすることとなった。



◇◇◇



「どこから話そうかな……やっぱり、これかな」


 萩尾は自身の妖炎が侵食する胸から腹にかけて指で一本線を引くように滑らせて、過去を語り始めた。


「俺はね。父に妖刀で殺されかけているんだよ……」

「伊吹さんの? 萩尾家のご当主ですか?」


 萩尾は首を振った。

 そして、少し遠くを見ていた。


「違うよ。萩尾は母の旧姓で、俺はただ借りているだけ……借り物じゃないのはこの家くらいかな」


 萩尾は目を伏せた。長い睫毛が影を落としていた。




 仲のいい三人家族だった。

 父と母は妖刀管理局で出会って結婚し、二人の間には男の子が生まれた。

 父は母を心から愛していた。

 日常的に母を想って贈り物をしたり、料理をする姿がいっとう好きだと台所でぼんやり母を優しい眼差しで見守っていた。二人で料理の味見をしながら微笑みあうそんな仲睦まじい両親を見ているのが大好きだった。


 でも、ある日妖刀はその幸せを切り裂いた。

 差出人不明の小包が届いた。何の変哲もない箱に入っていたのは両手で覆えるほどの短刀だった。

 箱を開けた瞬間に妖炎が噴き出して短刀を手に取るまでもなく、父は妖炎に包まれてしまった。


 あっという間にあやかし化してしまった父は涙を流しながら妖刀を振るいはじめた。

 当時の父の顔は今も忘れられない。そして、母もまた泣いていた。愛した人を止めることも、殺めることも出来ずただ受け入れることを選んだ。

 父は母を斬った後、息子を斬った。

 これが萩尾伊吹の過去の話。



「俺はたまたま近くを巡回していた管理局員に助けられて命は助かったけど、身体に妖炎が残ったんだ」


 萩尾の話を聞いていた琴葉は頭の中でいくつもの思い出が点となって線で一本につながる感覚があった。


 キャラメルも……、このお家のことも……、台所でのことも……。

 たまに遠くを見ている気がしていたのも全部、全部、伊吹さんは幸せの焼きまわしをしていたのかな。

 やっぱり私じゃなくても……いいんだ。


 琴葉は気づいてしまった萩尾の想いに今にも涙が溢れてしまいそうだったが、聞かなければならないことがたくさんあるため、唇を噛んで話を続けた。


「伊吹さんの身体、あやかし化……」


 萩尾はふっと息を吐いて諦めてるような表情をしていた。


「今の管理局にはこの規模の妖炎を治せる異能持ちはいないんだ」


 琴葉は萩尾の言葉に拳を握る事しかできなかった。


「でも、大丈夫なんだよ? 俺は偶然強い異能を持っていたから、あやかし化は今のところ抑制出来てる。それでも少しずつ広がってはいるけど、まったく問題ないよ」

「でも、それはいつか……あやかし化してしまうかもしれないんですよね」


 琴葉は萩尾がいくら明るく言葉を並べ立てても納得はできなかった。


「その時は水澄に対処を頼んでいるから大丈夫」


 納得のいかない琴葉に対して、萩尾の口調は淡々としていた。

 琴葉の心配事に先回り先回りで答えていく。その様子が琴葉には理解できなかった。


「伊吹さんはどうしてそんなに淡々としているんですか……」

「うーん。淡々っていうよりは、俺の世界の中心は琴葉ちゃんだから俺自身がどうなってもどうでもいいというか」


 へらへらと笑う萩尾に琴葉は虚しさと苛立ちが混ざり合いぐちゃぐちゃだった。声は震えて、視線も泳いでいた。


「やめてください。私を都合のいい女の子にしないで……」

「琴葉ちゃん?」

「伊吹さんはやっぱり私じゃなくてもよかったんです。ご両親との幸せな記憶を、ご両親と過ごしたこの家で焼きまわししたかったんですよね? ごめんなさい、言うつもりはなくて、それでもいいって思ったんですけど……」


 私が気持ちを言葉にすればするほど、伊吹さんの事が好きだ思い知らされる。

 伊吹さんは私を嫌いでも、もうすでに好きじゃなくなったとしても関係ないって思ったけど。言葉が止まらなかった。


「焼きまわし? ……ねぇ、琴葉ちゃんこそやめてよ……そういうのいい加減にしてくれない?」

 萩尾は琴葉を強引に押し倒して馬乗りになった。

 萩尾の髪がさらりと垂れて琴葉の頬を撫でた。

 琴葉はいつのまにか床に転がされ押さえつけられている状況を理解できず、体中を強張らせた。




◇◇◇




「琴葉ちゃんは知らないと思うけど」


 萩尾は体温のない瞳を琴葉に落として過去を語り始めた。



 父に妖刀で身体を斬られてから上半身の妖炎は日に日に大きくなっていった。

 管理局の治癒浄化班で治療を行ってもらった後、未だにあやかし化していない状況から早急に異能検査が行われた。

 両親が異能持ちだったからだ。

 今、潜在的な異能によってあやかし化は抑制できていると言われた。そして、今後も抑制していくためには自分の異能を使いこなせるようになる必要があると説明を受けた。

 

 妖炎自体は抑制できているとは言え、今は妖炎垂れ流し状態であり、視える人からすればあやかし化した人と変わらない見た目だ。  


「近づいたらあやかし化するぞ」

「近づくな」


 そう言われ続けて両親を亡くしてただでさえひとりぼっちであるのにさらに孤独になった。

 異能持ちという理由で仕方なく萩尾の当主が萩尾姓を許してくれたものの、本家への受け入れはされず、両親と過ごした家に住み続ける他なかった。


 ひとりぼっちの生活に慣れた頃、異能訓練所で同い年の鏡水澄に出会った。

 第一声、お前あやかしかと遠慮なく言われて喧嘩になった。

 無遠慮な言葉に苛立ったのも事実だが、久しぶりに声をかけられたのは嬉しかった。


 水澄との喧嘩の末、どうして無遠慮にそう言ったのか理由が分かった。


「俺は妹を守らないといけない。お前みたいなあやかしを野放しにしておくわけにはいかない」


 嘘偽りないまっすぐな言葉に気付けば自分の身の上話をしてしまった。

 水澄は一度も目をそらさずに話を聞いてくれた。

 そして、俺の腕を引いて家に連れて行ってくれた。


「お前には俺の妹を一緒に守る義務を与える! 紹介するぞ、琴葉だ」


 連れていかれた家の広い部屋の隅で人形遊びをする女の子がいた。

 水澄が琴葉と名前を呼ぶと満面の笑顔で駆け寄ってきた。

 当然、怯えられたり、怖がられりするに違いない。そう思って、ずっと下を向いていた。


「鏡 琴葉です! よろしくお願いします」


 女の子は躊躇うことなく小さな両手で自分の手を握ってくれた。

 その手の温かさと柔らかさに涙がでそうだった。昨日までの辛かった状況が自分の孤独だった世界が一変してしまった。




 琴葉を押し倒した萩尾の形のいい唇が震えて歪んでいた。


「俺の世界をひっくり返しておいて、私じゃなくてもよかったなんて言うな。——あと何回、好きだと言えば、琴葉ちゃんに俺の気持ち伝わるの? 信じてもらえるの……」


 琴葉の頬に萩尾の涙が落ちてきた。音のない温かい雨が降り注いだ。

 琴葉は萩尾に手を伸ばし、涙を拭ってまっすぐ見つめた。


「伊吹さんごめんなさい……充分です。もう充分、伝わりました」



 萩尾はひとしきり琴葉の胸で泣いた後で姿勢を正して、話を戻した。


「俺の番はおわり、今度は琴葉ちゃんの番ね。聞きたいことまだまだありそうだよね」

「えっと、聞きたいことというよりはやりたいことで、伊吹さんの妖炎、触りたいです」

「え——……妖炎触りたいの? 琴葉ちゃん物好きだね」

「はい! 好きな人の身体の事は把握しておきたいので」

「〝んっ、胸が締め付けられるくらい琴葉ちゃんかっこいい……それに好き!? 琴葉ちゃんが俺を! 軽々しく言わないでよ心臓に悪いから!」

「茶化さないでください」

「ごめんね……つい、嬉しくて。妖炎ね。わかったわかった」


 萩尾は琴葉の前で制服の上着を脱いで、シャツのボタンをはずした。上裸になった萩尾の胸には妖炎がめらめら揺らいでいる。


「どうぞ?」

「し、失礼します」

「触っても何もないよ? 異能で押さえてるから琴葉ちゃんに移ることもないし、熱くもないし、痛くもない、し……っ?」


 パチッ。


 琴葉が萩尾の胸の妖炎に指先でひかえめに触れた瞬間、意思を持ったように指を弾いた。


 なに? 痛みはないけど、弾かれた?


 今度は手のひらで押さえつけるように触るとバチッバチッと炭がはじけるような大きな音をを立てた。

 同時に琴葉は掌に違和感を覚えた。燃やした炭を握っているかのように掌が熱く、そして血が逆流するような感覚があったからだ。

 すると萩尾の胸にある妖炎が渦を巻いて小さくなっていくのが見えた。



 そのまま数分経つと、萩尾の皮膚から妖炎は跡形もなくなっていた。


「妖炎が消えた……?」


 琴葉は萩尾の胸から手を離し、自分の掌を不思議そうに見つめながら首を傾げて萩尾を見た。二人はお互いに数秒見つめ合ったあと、どちらからともなく抱きしめ合った。


「これ、琴葉ちゃんの異能かな」

「わ、わかりません……痛くはないですか? 気持ち悪いところとか……」

「ないよ、ぽかぽか温かいだけ……これが琴葉ちゃんの異能……すごいな、すごい」


 萩尾の声が震えていた。泣いているようで鼻を啜り琴葉の肩に顔を埋めていた。


 伊吹さん、また泣いてる。


 琴葉の心臓はばくばくと破裂しそうなほどだった。


「私の……異能」


 まだ、頭の中がふわふわしている。

 ただ、わかっているのは好きな人の役に立てたという事実だけだった。




◇◇◇




 後日、琴葉は萩尾に連れられて妖刀管理局で異能の検査を行った。

 結果としては広範囲に広がってしまった人の妖炎を浄化することのできる異能だった。

 今まで少量であれば浄化が可能な異能持ちは複数人いたが、広範囲かつ手遅れとされてきた量の妖炎に対応できるともなれば管理局としては喉から出が出るほど欲しい人材だった。しかし、異能が目覚めたからすぐに自由自在に扱えるというわけではない。

 

 その日から琴葉は異能を自分の力でコントロールできるようにする訓練が始まった。萩尾や水澄のサポートを受けながら前向きに訓練に励んだ。



 半年ほどかけ、琴葉は自分の力がコントロールできるようになった。

 正式な手続きを経て妖刀管理局に入局をし、晴れて浄化治癒班に配属されたのだった。


「今日からお世話になります。萩尾琴葉です。よろしくお願いします! 精一杯頑張ります」


 琴葉は毎日朝早くから夜遅くまで自分の異能を駆使し精一杯業務に勤しむ日々が続いた。

 そんな多忙極める日々で先に限界が訪れたのは萩尾の方だった。



「琴葉ちゃん——ずいぶん重症な患者がきたよー!」

「はーい、今行きます!」


 先輩局員に声をかけられた琴葉は慌ててお昼用に持ってきていたおにぎりを口に放り込んで治癒室へ急いだ。


「すみません。大変おまたせしました! ……あれ」


 そこには寝台に腰掛けどこをどう見ても怪我ひとつしていない元気な萩尾がいた。琴葉を見てにこにこと陽気に手を振っていた。


「伊吹さん……仕事中ですよ? 怪我していないなら……わっ!」


 伊吹は近寄って注意をしてきた琴葉の腰を引き寄せて抱き着き甘えはじめた。


「琴葉ちゃん……今日は一緒に帰ろうよ……」

「えっと、はい。今日は夕方までで、どういう伊吹さんは帰れるんですか? 今日も忙しいって」

「絶対早く終わらせる……みんなが琴葉ちゃんに治療してもおうとしわざと怪我しだすし、俺のお嫁さんなのに……浄化治癒班に天使がいるって浮かれてる、許せない」


 どこでそんな話されてるんだろう。聞いたことないけど。


「誰も言ってませんて、そんなこと」


 琴葉がへらりと笑うと萩尾はやんわり抱き寄せていた琴葉の腰をぎしっと力を入れて膝に乗せた。


「わっ、ちょっと伊吹さん。おろして」

「琴葉ちゃん、自覚して……君は充分魅力的な人だって自分で自分に刻んで、ちゃんと言い寄られたら拒んで、殴って、俺みたいな人が来たら流されちゃうでしょう? それで閉じこめられちゃったり、囲われたりするかもしれないし」

 

 それは全部伊吹さんがしそうなことなのでは?

 

「流されませんよ……私は帝都最強の異能持ちである萩尾伊吹の妻ですからね! ……なんちゃって、調子に乗りました……え、ふふ。伊吹さんもそういう顔するんですね?」

「いま、絶対……こっち見ないで」 


 いつも言い負かされている琴葉が一矢報いるために萩尾の頬を両手で包んでまっすぐ言い聞かせると萩尾は顔を真っ赤にして目を泳がせていた。



 

 琴葉が浄化治癒班に入ってからというもの、帝都妖刀管理局内では帝都最強の異能持ちの萩尾の妻である琴葉の話題は毎日どこかしらで耳に入る。


「おい、聞いたか。萩尾さんって琴葉さんの弱みにつけこんだり、いろいろ裏で手を回して囲い込んで結婚したらしいぞ」

「くうう、俺の琴葉さんを——」

「まぁ、でもわかる。琴葉さん囲いたくなる気持ち……あの白衣の天使が家にいてくれるなら俺なんでもしちゃう自信がある」



 水澄は部下と話しながら歩いていると琴葉と萩尾の話題が耳に入り、足をぴたりと止めた。

 丁寧に手入れされている革靴がきゅっと床を鳴らした。


「うわ、どこもかしこも琴葉さんの話題ばっかり。本当のところ、どうなんですか? 水澄さん」

 

 部下に問いかけられた水澄はふと幼少時代を思い出していた。

 はじめて萩尾を連れて家に帰った日の事だった。


 部屋で大人しく人形遊びをしていた琴葉に萩尾を紹介した。


『琴葉、こいつ伊吹。最近一緒に訓練をしてる友達だ』

『伊吹さん? 鏡 琴葉です! よろしくお願いします』


 琴葉は人見知りせず萩尾の手を両手で握って笑いかけていた。

 一人で遊ぶか水澄と遊ぶかしかなかった琴葉は新しい出会いが素直に嬉しかったのだ。

 そして、萩尾は顔を真っ赤にしていつもの光のない何を考えているのかわからない瞳がびいどろ玉のように光ったのが見えた時、確信した。


 ——俺の親友が琴葉に囚われてしまった瞬間を見てしまった。


「俺から見れば囲い込んだのは……の方だろうな」

「ん? あのすみません。聞こえませんでした」

「そんなに気になるなら直接当人たちに聞いてこい」


 水澄はくつくつと喉を鳴らして親友の長い長い片想いの結末を噛みしめていた。

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