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第56話 歪んだ世界の中心で

荒野を満たしていた赤黒い魔力が、ゆっくりと、しかし確実に“別のもの”へと変質していく。


濃度が上がっているわけではない。むしろ視界に映る色も、圧も、大きくは変わらない。

だが、触れた瞬間に理解する——これはもう、同じ魔力ではない。


“質”が変わっている。


ヒジリがわずかに眉をひそめる。

肌にまとわりつく感触が、さっきまでと違っていた。重いわけではない。押し潰される感覚でもない。

ただ、呼吸を一つするたびに、ほんの僅かに“遅れる”。


「……さっきと、違う」


言葉にした瞬間、その違和感が輪郭を持つ。


キューブが即座に反応した。


「魔力環境、再定義。出力上限の不安定化が全域に拡散」


無機質な報告。しかしその内容は、軽くない。


リーネが低く呟く。


「……ベルクシスめ、本当にやったのだな」


そのまま、視線を空へと向ける。

見上げた先——何もないはずの空間が、ほんのわずかに歪んでいた。


揺れている、というよりは——引き延ばされている。


「来るぞ」


短く告げた直後だった。


空が、“軋んだ”。


音ではない。振動でもない。

世界そのものが、無理やり引き裂かれ、それでも元に戻ろうと抵抗しているような——そんな歪み。


やがて、その歪みの中心に、小さな裂け目が生まれる。


最初は、指先ほど。


だが次の瞬間には、それが意味を持たなくなるほど急速に広がっていく。


赤黒い魔力が、吸い込まれる。


いや——吸われているのではない。

“集められている”。


荒野全体を満たしていた魔力が、一点へと収束していく。


ヒジリが思わず息を呑んだ。


「……あれ、ヤバくない?」


軽口のようでいて、その声はわずかに震えている。


「規模が違う」


リーネの声は低く、断定的だった。


「“()()を呼んでいる”」


その言葉が落ちた瞬間、裂け目の奥で“何か”が蠢いた。


形は見えない。輪郭もない。

それでも分かる——確実に、“いる”。


圧が増す。


ただ立っているだけなのに、膝が地面へ沈み込みそうになる。

空気が重いのではない。存在そのものが、押し潰されている。


ハツキが歯を食いしばった。


「みんな気を付けて!」


裂け目がさらに広がる。


空が、完全に割れる。


その奥から、ゆっくりと——“影”が現れた。


人型。


だが、それを“人間”と呼ぶには、あまりにも何かが違っている。


一歩、外へ出る。


その瞬間だった。


大地が、沈む。


衝撃ではない。振動でもない。

ただそこに“存在した”だけで、世界の方が耐えきれず、沈み込んだ。


“存在の密度”が違う。


全員の背筋に、氷のような冷たさが走る。


「……なに、あれ」


思わず漏れた言葉に、誰も返さない。


キューブが解析を試みる。


「対象解析……エラー。定義外存在……

間違いありません!あれは……」


言い切るよりも早く、リーネが静かに告げた。


「——リザーヴだ」


その名前が、この場の現実を確定させる。


裂け目から完全に現れた()()は、ゆっくりと周囲を見渡した。


歪んだ空。

暴走する魔力。

そして——目の前に立つ存在たち。


「……なるほど」


低い声が、直接脳に響く。


鼓膜を震わせるのではなく、思考に割り込んでくるような声。


「悪くない舞台だ」


一歩、踏み出す。


それだけで、空間が歪む。距離の概念が曖昧になり、遠近の感覚が崩れる。


ヒジリの足が、無意識に一歩後ろへ下がった。


その反応を見て、リザーヴがわずかに笑う。


「その反応は自然だ」


静かな断定。


「そしてその恐怖は——誤りではない」


視線が、ハツキとヒジリを捉える。


逃げ場のない、まっすぐな観測。


「久しぶりだな。トレース君とブランの姫君」


「あんたは絶対に許さない!」


ヒジリが即座に返す。


だが、視線すら向けられない。

価値がない、と切り捨てられた反応だった。


リーネが一歩、前へ出る。


「その反応後悔するなよ!

ハツキたちは貴様を倒す存在」


杖を軽く構える。


「世界に従う側じゃない。——選び直す側だ」


わずかな沈黙。


リザーヴの口元が、ほんの僅かに歪む。


「逃してもらった存在が喚くな……


……状況を理解しているのか?」


興味を持った、というよりは——観測対象が変化した、という反応。


指先が、ゆっくりと持ち上がる。


その瞬間、空間が歪んだ。


キューブが警告を発する。


「局所魔力圧縮を確認」


「ヒジリ横に避けて!」


ハツキの声と同時に、空間が“潰れた”。


ハツキが横へ跳ぶ。ヒジリもハツキの声に反応して回避する。

直後、さっきまで二人が立っていた場所が、跡形もなく消失した。


削れたのではない。


“なかったことにされた”。


「……えっ!?」


理解が追いつかない。


キューブが即座に補足する。


「存在座標ごとの圧縮破壊」


「よく避けたな」


リザーヴが淡々と告げる。


軽く指を振る。


それだけで、複数の圧縮点が同時に発生する。


「みんな!その場から離れて!!」


ハツキが声を張り上げると同時に

全員が動く。だが——完全には避けきれない。


ハツキの肩が裂け、ヒジリの頬に浅い傷が走る。キューブの外殻には亀裂。

リーネの障壁が直撃を防ぐが、その表面がきしむ音を立てる。


「……重い!」


防いでいるのではない。

ただ、“耐えている”。


リザーヴが歩く。


一歩で、距離が消える。


「いつまで耐えれるかな?」


視線がリーネへ向く。


それだけで、場の危険度が一段跳ね上がる。


ハツキが低く呼ぶ。


「ヒジリ」


「分かってる!」


踏み込む。


一直線に懐へ入り込み、拳を振るう。


——当たらない。


距離が、ズレる。


「は?」


違和感を理解するより先に、リザーヴの手が動いた。


ヒジリの身体が吹き飛ぶ。


地面を転がり、砂煙を上げる。


「ヒジリ!」


「……っ、大丈夫!」


立ち上がるが、明らかにダメージは軽くはない。


キューブが解析を続ける。


「空間座標の改竄を確認」


リーネが低く呟く。


「やはり……“世界のルール”そのものを触っている」


ハツキが息を吐く。


「次元が……違う」


「同じ土俵に立っていないのだ」


リザーヴが静かに告げる。


否定できない現実。


——だが、その空気を。


「ちょっと、それはないんじゃない?」


場違いな声が、軽く裂いた。


圧縮されていた空間が、弾ける。


全員の視線が向く。


そこには――


「……ブランもいるよ!」


白き聖なる龍。


ヒジリの目が見開かれる。


「……ブラン?」


「ゴメン!干渉するのに時間が掛かった」


軽い口調。だが、その一歩で空気がわずかに緩む。


リーネが呟く。


「……干渉か」


「解析不足で長くは無理だけどね」


ブランの視線がヒジリへ向く。


「時間ないから、手短にいくよ」


ヒジリが息を呑む。


「いままでどこにいたの?」


「ずっと一緒にいたよ。

そして——約束したでしょ?」


それだけで、十分だった。


ブランがヒジリの前に立ち、ブランの頭がそっとヒジリの胸に触れる。


瞬間、流れ込む。


魔力ではない。


“可能性”と“記憶”。


封じられていたものが、音もなく開いていく。


「——解放(オーバーライド)


爆発。


ヒジリの周囲で魔力が噴き上がる。


だが、暴走しない。


まるで最初からそうであったかのように、完全に制御されている。


キューブが驚く。


「出力安定……?」


リーネが静かに見抜く。


「上書き型……本来の上限に戻したか」


ヒジリが拳を握る。


違和感がない。

むしろ——ようやく“噛み合った”感覚。


「……いける」


踏み込むと同時にヒジリが消える。


次の瞬間、リザーヴの懐。


拳が直撃する。


衝撃が爆ぜ、大地が裂ける。


リザーヴの身体が、わずかに後退した。


初めての“押し”。


ヒジリが息を吐く。


「効いた……!」


ブランが小さく笑う。


「ほらね」


リザーヴが、ゆっくりと顔を上げる。


その目に宿るのは——明確な愉悦。


「なるほど……な……」


一歩踏み出す。


空気が再び重くなる。


だが、先ほどまでとは違う。


「面白い」


戦闘意思が、はっきりと形を持つ。


ヒジリが笑う。


「でしょ?」


ハツキが並びスクロースを取り出す。


「一人じゃない」


キューブが光を強める。


「連携再構築」


リーネが杖を構える。


「今度は崩す」


ブランが一歩下がる。


「時間、あんまりないからね」


ヒジリが頷く。


「十分」


全員の視線が揃う。


リザーヴへ。


歪んだ世界の中心へ。


戦いは、ようやく同じ土俵に立った。


——最終決戦が、本当の意味で始まる。

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