番外編 トレジャーハンターと治癒巫女2
ハルがアイネの村に辿り着いてから、数日が経った。
致命傷に近かった外傷はほとんど塞がり、内側に残っていた鈍い痛みさえも、ようやく薄れてきている。
体をゆっくりと動かしながら、ハルは改めてこの一族の異質さ――いや、“力”を実感していた。
「アイネ一族ってのは……本当にすげえな」
握った拳を開き、閉じる。
違和感は、もうほとんどない。
「瀕死だったはずの体が、数日でここまで戻るかよ」
思わず漏れた本音に、隣にいたフェーリアが柔らかく首を振った。
「私の力だけではありませんよ」
そう言って、窓の外へと視線を向ける。
そこでは、数人の子供たちが笑いながら走り回っていた。
「あの子たちが、森から薬草や滋養のある実をたくさん運んできてくれたんです。ハルさんの体がここまで回復したのは、そのおかげも大きいんですよ」
「……そうか」
ハルも同じように外へ目を向ける。
無邪気に笑う子供たちの姿に、自然と頬が緩んだ。
「じゃあ、フェーリアだけじゃなくて、あいつらにも礼を言わねえとな」
少し照れくさそうに呟く。
その様子を見て、フェーリアは小さく微笑んだ――が、次の瞬間、表情を引き締めた。
「ですがハルさん!」
ぴしり、と指を立てる。
「今日までは絶対に安静にしてください。本来なら、まだまともに動ける状態ではないんですから」
「わーってるって。そんなぎゃあぎゃあ言わなくても守るよ」
ハルは不貞腐れたようにベッドへと倒れ込む。
「……あんたは俺の女かっての」
ぼそり、と。
「か、彼女ですって!?」
一瞬で顔を真っ赤にしたフェーリアが、勢いよく身を乗り出す。
「い、今のは聞き捨てなりません!訂正してください!今すぐです!」
「はいはい、悪かった悪かった……」
そう言いながらも、ハルは目を閉じる。
どうせ聞く気はない、という態度だ。
「寝ないでください!訂正してくださいって言ってるんです!」
体を揺さぶられるが、ハルは小さく舌打ちした。
(安静にしろって言ったのはどこの誰だよ……)
そんな内心を抱えたまま、意識はすぐに闇へと沈んでいく。
やがて部屋には、規則正しい寝息だけが残った。
「……まったく」
フェーリアは呆れたように息を吐きながらも、濡らしたタオルをそっとハルの額へと乗せる。
その寝顔を見つめ、ぽつりと零した。
「本当は……喋るのも辛いくせに」
その声は、優しくて。
少しだけ、寂しげだった。
――――――
チュンチュン、と小鳥のさえずりが耳に届く。
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
「もう朝か……寝すぎたな」
苦笑しながら体を起こそうとする――が。
「……あれ?」
動かない。
違和感に眉をひそめ、視線を落とすと。
そこには、ベッドに寄りかかるようにして眠るフェーリアの姿があった。
どうやら、足元に座ったまま眠り込んでしまったらしい。
「……こいつ」
額から落ちかけていたタオルを拾い、そっと脇へ置く。
起こさないように、できる限り静かに体を動かした。
「ずっと看てくれてたんだな……」
小さく呟く。
改めて見ると、その寝顔はひどく無防備で――
「……いい女じゃねえか」
ぽつり、と漏れた本音。
その瞬間。
「ハルさん……」
「!?」
びくり、と背筋が伸びる。
「な、なんだ!?」
「顔が……」
「顔がどうした?」
「怖いです……むにゃ……」
「……前言撤回だ」
即座に結論を出した。
「やっぱ可愛くねえ」
そう呟いて、再びベッドへ倒れ込む。
だがその口元は、わずかに緩んでいた。
――――――
「ハルさん!ハルさん!」
今度ははっきりとした声で揺り起こされる。
「いつまで寝てるんですか!もうお昼になりますよ!」
「……ああ」
薄く目を開け、気の抜けた返事を返す。
頬を膨らませるフェーリアを横目に、ゆっくりと体を起こした。
そして、軽く肩を回す。
「……悪くねえな」
昨日よりも、明らかに軽い。
「よし」
ぐっと拳を握る。
「完全復活だ。ありがとな、フェーリア」
真っ直ぐな笑顔だった。
それを見たフェーリアは、思わず視線を逸らし、頬を赤らめる。
「い、いえ……当然のことをしたまでです」
少しだけ間を置き、恐る恐る問いかけた。
「あの……これから、どうするんですか?」
「そうだな」
ハルは立ち上がり、壁に立てかけてあった大剣を手に取る。
「世話になった礼だ。残ってる獣でも狩ってくる」
そのまま振り返ることなく、外へと歩き出した。
「……いってらっしゃいませ」
小さく呟き、フェーリアは両手を合わせる。
「どうか……無事に帰ってきますように」
その祈りは、静かに空へと溶けていった。
――だが。
その日、ハルは戻らなかった。
次の日も。
その次の日も。
――――――
村の入口。
フェーリアは、今日もそこに立っていた。
「ハルさん……」
ただ、それだけを繰り返す。
村人たちは、そんな彼女を遠巻きに見ながら好き勝手なことを言った。
「もう戻ってこないさ」
「傷が治ったから逃げたんだろう」
「獣に食われたんじゃないか?」
「最初から怪しかった」
――違う。
胸の奥で、何度も否定する。
(あの人は、そんな人じゃない)
言い返そうとして、振り返ったその先に――長老の姿があった。
「ひっ……お、おじい様」
「驚かせたかの」
穏やかな声。
フェーリアは小さく頷き、滲んだ涙を拭う。
長老は、静かに彼女を見つめていた。
「フェーリアよ。あの男を信じるか?」
「……」
言葉にはできない。
だが、顔が熱くなる。
それだけで、十分だった。
「そうか」
長老は優しく頷く。
「ならば、周りの声など気にするでない。お前が信じたものを信じなさい」
一歩、離れながら続けた。
「この村で、あの男を一番見ておるのは――お前じゃろう」
その言葉だけを残し、去っていく。
「……信じる、か」
空を見上げる。
今日も、帰ってこないのだろうか。
そう思った、その時。
――ドンッ。
背中に、衝撃。
振り返る。
そこにいたのは――
「よっ」
血にまみれた男。
「ただいま、だ」
「……ハル、さん……!?」
言葉を失う。
全身が傷だらけだった。
左腕は力なく垂れ下がり、今にも崩れ落ちそうな状態。
それでも。
「大丈夫だ」
笑っていた。
「心配だったか?」
「――何が大丈夫ですか!!」
次の瞬間、フェーリアは叫んでいた。
「今まで何してたんですか!その怪我で!……歩けますか!?とにかく治療が先です!」
「……うるせえな」
小さく漏らす。
「本当に……心配したんですから……」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもありません!行きますよ!」
――――――
宿へ戻り、ハルをベッドへ寝かせる。
すぐに回復魔法を展開。
光が、静かに傷を包み込んでいく。
その最中。
フェーリアは、決意したように顔を上げた。
「ハルさん」
「あ?」
「私、決めました」
「嫌な予感しかしねえな……」
「私――これからは、ハルさんについて行きます」
「ダメだ」
即答だった。
だが、フェーリアは一歩も引かない。
「ダメなのはそっちです!」
強い声。
「こんなボロボロで帰ってくる人を、放っておけません!」
一歩、踏み込む。
「だって私は――治癒巫女なんですから!」
その瞳は、揺らがない。
しばしの沈黙。
やがてハルは、深く息を吐いた。
「……わかったよ」
観念した声だった。
「危ねえからな。ついてくるなら、絶対に俺から離れんな」
じっと見据える。
「約束守れんなら――来い」
その言葉に、フェーリアは小さく――けれど確かに頷いた。
そして、そっと手を取る。
「はい。約束します」
柔らかな声で。
「私も、ハルさんをお護りします」
――――――
夜。
空には、雲ひとつない満月。
静かな光が、二人を照らしていた。
「……綺麗な月ですね」
「……ああ」
ハルは空を見上げたまま、答える。
「綺麗な満月だ」
その言葉は、どこか――
これから始まる旅を、静かに照らしているようだった。




