第39話 ロセールの記憶
ハツキ達を部屋に案内し、大広間へと戻ってきたエーカー。
広間に足を踏み入れると、奥の椅子で頭をうな垂れている人影があった。
「ヴェリエ様、いかがなされましたか?」
「……エーカーよ。戻ったか」
「ただいま戻りました」
「そうか……」
王は威厳も何もない声で、俯いたまま椅子から立とうともしなかった。
「どうなされました?お体の具合でも悪いのですか?」
「そうではない……いや、そうではないのだ……」
「リザーヴの件ですか?」
「それは……リーネ様が何とかしてくれるであろう」
「であれば、何が……?」
「エーカー、ひとつ確認しても良いか」
「はい。私に分かる範囲であれば」
「あのな……」
やはり王の顔も声も暗い。
エーカーは無意識に唾を飲み込み、続きを待った。
「エーカー」
「はい」
「ヒジリ……」
一瞬の沈黙。
「ヒジリは……指輪をしておったよな?
しかも左手の薬指に!!!
そして仲間の男も指輪しておったよな!?男は右手だったが!
同じ……お揃いの指輪だったよな……?」
ほぼ叫びだった。
エーカーは膝の力が抜けそうになるのを必死で堪えながら、
覚悟を決めて答えた。
「……はい。しておりました。
きっとヒジリ様の想い人は、彼なのでしょう」
あえて、事実を突きつけた。
ヒジリが王に好意を抱くことは絶対にない。
ならば早く、諦めてもらう方がいい。
その言葉を聞いた瞬間、王はテーブルに突っ伏した。
しばらくの間、椅子から動くことはなかった。
⸻
コンコン。
部屋の扉を叩く音。
「どうぞ」
暗く、今にも泣きそうな表情でヒジリが入ってきた。
「疲れてるのにゴメンね。
さっきの話……聞いてほしくてさ」
ロセールの話だろう。
そう察して椅子に座らせ、紅茶を出した。
「ありがとう、ハツキ。
どこから話せばいいかな……」
ヒジリは遠くを見るように、ゆっくりと話し始めた。
「あたしの生まれた所はね、ロセールなの。
お母様の故郷で……海が近くて、漁が盛んでさ。
獲れた魚をお店で売って……ロセールでしか獲れない魚もたくさんあった」
懐かしむように、微笑みながら。
「商人も観光客も多くて、ほんとに賑やかで。
あたしの誕生日とか、毎年ロセールで祝ってた。
大事で……大事で……
あたしの、大好きな町だった……」
ヒジリの右目から、涙が零れ落ちた。
「それなのに……
あたしとお父様とお母様が住んでたエール領も、ロセールも……
建物も、人も……何も残ってなかった」
声が震える。
「ねえ、ハツキ……
あたし……
リザーヴが、憎いよ……」
右目からだけ流れる涙を、何度も拭いながら。
故郷も、生まれた場所も、思い出も、すべて壊されたのだ。
ボクは黙ってヒジリを引き寄せ、頭を撫でた。
「ヒジリ。
憎いのは分かる。
でも、憎しみに囚われて……ヒジリ自身を見失わないで」
少し間を置いて。
「ヒジリだけの戦いじゃない。
ボクがいる。リーネも、キューブもいる」
父の言葉を思い出す。
「常に冷静でいろ。感覚を研ぎ澄ませろ……ってさ」
そして、静かに言った。
「ヒジリは、ひとりじゃない。
何があっても……ボクがヒジリを護る」
その言葉に、ヒジリは一瞬きょとんとしてから、
ふわっと笑った。
「……そうだよね♪
今はハツキがいるもんね」
涙を拭って。
「元気出た!!!ありがとう、ハツキ!」
そう言って、ヒジリは勢いよく胸に飛び込んできた。
しかし恋愛経験ゼロのボクは、
腕をどうすればいいか分からず固まる。
「……ぎゅ~って、してください……」
頬を赤く染め、上目遣い。
(……ヤバい。かわいすぎる)
心臓の音がうるさい。
意を決して、ヒジリを抱き締めた。
柔らかくて、温かくて、
感じることは出来ないけどいい匂いがした気がした。
(……幸せって、こういうのかもな)
と思った瞬間。
「はい!終了!!!
あ~~恥ずかしい!!!」
ヒジリは腕を離し、顔真っ赤で紅茶を一気飲み。
「なんか照れるね」
「すっごく恥ずかしい」
「でも……まだ幸せなのかもって思えた」
「……うん」
「ハツキがいてくれて、本当に良かった」
天使みたいな笑顔だった。
「何があっても護るから」
「お願いします♪
まぁ、あたしもハツキ護るけどね~!」
部屋に、久しぶりに笑い声が響いた。
コンコン、と部屋の扉を叩く音がした。
「お食事の準備が出来ましたので、先程の大広間へお越し下さい」
エーカーの声だった。
「……もしかして、話聞こえてたかな?」
ボクがそう言うと、ヒジリは少し考えてから、
「エーカーさんなら、気を使って……
話し終わるまで待ってくれたんじゃない?」
「……だといいけど」
そう言って、ヒジリに手を引かれるまま大広間へ向かった。
⸻
大広間に足を踏み入れた瞬間、
妙に重い空気が肌にまとわりつく。
いや、重いだけじゃない。
……殺気?
それを感じ取っていないのか、ヒジリはボクの手を離さず、
そのまま席へと向かう。
すでにリーネとキューブは着席しており、
晩ご飯を今か今かと待っている様子だった。
(……ご飯の時だけ行動早すぎない?)
席順は、
王の右側にヒジリとボク。
テーブルを挟んでヒジリの正面にリーネ。
ボクの正面にキューブ、その隣にアオイ。
全員揃ったのを確認すると、王が手を上げた。
「では……料理を運ばせよ」
次々と運ばれてくる皿。
サラダ、スープ、肉料理、魚料理、焼きたてのパン。
香りだけでお腹が鳴りそうな豪華さだった。
「リーネ様!
我が城自慢の料理の数々、どうぞご堪能下さいませ。
ヒジリも、キューブも、アオイも……好きなだけ食べよ」
……あれ?
ボクの前を見て、固まる。
パン。
ご飯。
以上。
(……え?)
皿、二枚だけ?
炭水化物だけ??
(いやいやいやいやいや)
「……あの、王さ――」
言いかけた瞬間、ヒジリが割り込む。
「ハツキ〜、一緒に食べよ♪
あたしこんなに食べきれないしさ」
そう言って、自然に自分の皿をボクの方へ寄せる。
「これ好きだったよね?
はい、あーん♡」
切り分けた肉を、ボクの口元へ。
「……え?」
思考停止している間に、
ヒジリの視線がスッと王に向いた。
「それとさ……
あたし、男の嫉妬って……ほんと嫌い」
声音は優しいのに、
目だけが冷静で、冷酷で、残酷だった。
王の顔色が目に見えて悪くなる。
そこに、リーネが追撃。
「ヴェリエよ。
ハツキは私の大事な仲間だと……知っているよな?」
笑顔。
でも目が完全に笑ってない。
「食い物の恨みは……怖いぞ?
明日の朝、五体満足で起きられるといいな」
「……まあ、私はあげないけどな」
悪魔のような微笑みで、王を睨む。
「ワタシはリーネ様の意見に、全面的に賛成です!
そしてワタシの料理は、すべてリーネ様のものです!!」
キューブも意味不明な援護射撃。
「……じご…う…じと……く」
アオイの静かなトドメ。
王はもう、完全に死んだ目をしていた。
(……うん。
この人たち、絶対敵に回しちゃダメだ)
心に深く刻まれた。
王は一口も料理を口にすることなく、
夕食会は終了した。
⸻
「満腹♪満腹♪満足♪満足♪」
リーネが機嫌よく立ち上がる。
「さて次は、ハツキの部屋で作戦会議だ。
少し休んだら集合な!」
そして、ピタッと王を見る。
「おい、ヴェリエ」
「……っ! は、はい!」
「菓子を用意しろ」
「は、はい!すぐに!」
椅子をガタンと倒しながら、
王は敬礼して飛び起きた。
「うむ」
満足そうに頷き、リーネは出ていく。
キューブは眠そうなアオイを抱えて後を追う。
「あたし達も行こ」
ヒジリはそう言って、ボクの手を握った。
(……ごめん、王様)
心の中で、そっと謝った。
⸻
再び静まり返る大広間。
奥の椅子で、テーブルに顔がぶつかりそうなほど、
ヴェリエはうな垂れていた。
魂が抜けたように脱力し、
その顔は死人のように血の気がない。
「……じいよ……」
影に潜む者の名を、
昔と同じ呼び方で、か細い声で呼ぶ。
「はあ……ヴェリエ様。
アオイが言った通り、自業自得でございます」
「もう少し、大人になって下さい」
しばしの沈黙。
「……はい……」
その声だけが、
静まり返った大広間に、虚しく響いた。




