第38話 消滅した町
誰も居なくなった闘技会場。
闘技会場の中心で、ポツンとヒジリが立ちつくしている。
ゼロが入場口からテテテとヒジリの元に駆け寄り、
その右手を取り、ぐっと上に掲げた。
「参加者が辞退した為、優勝は――“銀髪のバーサーカー”こと、
ヒジリ=ブラン=エールちゃん!!!
おめでと~~♪」
さっきあった出来事の恐怖で、まだ体を震わせているはずなのに、
それでも仕事を最後までこなす姿を見て、
ボクはゼロを少しだけ見直した。
ヒジリに向けて拍手をしていると、魔法鏡からヴェリエ=フォン王の声が響いた。
先程まで王が居た場所に目をやると、魔法の膜も消え、
そこはすでにもぬけの空になっている。
王族騎士団か、防御壁を張っていた魔法使いが、
安全な場所へと移動させたのだろう。
「ヒジリ=ブラン=エールよ。
まずは優勝おめでとう。しかし事態は、最悪の状況である。
あの男が言っていた“町の消滅”は、確かに余の耳にも入ってきておる。
そこでお主に頼みたい事がある。
我が城に、足を運んでくれまいか?」
ヒジリは、声が響く魔法鏡をじっと見つめ、小さく頷いてから口を開く。
「あたしの仲間も一緒に行っていいですか?」
「そうか。仲間が居たのか。
それなら一緒に来るが良い」
ヴェリエ=フォン王は、どこか寂しげな声でそう答えた。
その後ヒジリは、すぐにボク達と合流し、親指を立ててニッコリと笑った。
「一応、約束は守れたかな?」
「うん!お疲れ様。でも、やっかいな事が起きちゃったね」
「しかし、私達の目的は変わらないだろう?
結局はリザーヴを倒さなくてはならないんだぞ?」
4人で頷き合い、闘技会場を後にして城へ向かう。
城は闘技会場から、すぐ近くにあった。
歩きながら向かう途中で、ヒジリがふと思い出したように聞いてきた。
「そうだ!あの女の子の罠って、魔法だったの?」
「魔法だったよ。しかも複数。
頭から足まで、全身。
一つでも発動したら致命傷になる場所に仕掛けてあった」
「そうだったんだ……でも、あの子が無事で良かった。ハツキ、ありがとうね」
「でも、まだあの子の親が……早く助けてあげないと」
ヒジリと一緒に「どうしたものか?」と首を傾げながら歩いていると、
リーネがあっさりと解決策を口にした。
「それなら、あの子供に親が攫われた場所を聞けば探れるぞ?」
さすが叡智を統べ、司る者。
そんな話をしていると、大きな城門の前に着いた。
そこには、手入れの行き届いた全身鎧に、
キラリと鋭く光る槍を携えた兵士が二人、直立していた。
「ヒジリ様ですね。話は聞いております。
同行者の方々も、どうぞお入りください」
ギギギ……と、地面を削るような音と共に、巨大な扉が開く。
城の中は石畳で、ひんやりとした空気が満ちていた。
周囲を見渡すと、闘技会場よりも遥かに歴史を感じる造りで、
思わず見惚れてしまう。
すると奥の方から、不意に声を掛けられた。
「お待ちしておりました。ヒジリ様とその御一行様。
王がお待ちです。どうぞこちらへ」
そこには黒の服を着た、年老いた男性が立っていた。
気配をまったく感じず、
元からそこに居たのかすら分からない。
黒服の男の後について行くと、大広間へと案内される。
「こちらでございます」
そう言って、自分の身長の二倍以上はある大扉を開いた。
中に入ると、部屋の中央に長方形のテーブルと、数十脚の椅子。
壁際には、いかにも高そうな壷や金色の燭台が並んでいる。
一番奥の椅子には、一人の人影と、その隣に小さな人影が見えた。
「待っておったぞ。
よく来てくれた、ヒジリとその仲間達よ。
まず、ヒジリ以外の者の名前を教えてはくれぬか?」
「初めまして、ヴェリエ=フォン王。
ボクはハツキ=サンブライトと申します」
ペコリと頭を下げ、自己紹介を済ませる。
「私はリーネ。叡智を統べ、司る者。
ヴェイア=フォンに魔法を教えた者だ」
――私の事を知らないのか?
そんな雰囲気を全身から醸し出し、腕を組んで不躾な挨拶をするリーネ。
王は少し考え、ハッとした表情になり、椅子から立ち上がって深々と頭を下げた。
「これは大変失礼致しました。
リーネ様と気付かず、申し訳ありません」
リーネは満足そうにその様子を眺めてから、
「まぁ、こんな姿だから気付かないのも無理はない。気にするな。
それより、もてなしはないのか?」
「申し訳ありません。すぐに用意させます」
王が手を叩くと、背後から先程の黒服の男が現れ、静かに用件を聞いていた。
「すぐに甘いお菓子を用意致しますので、少々お待ち下さい」
そう言われた瞬間、リーネの顔が満面の笑みに変わる。
その様子を微笑ましく眺めながら、キューブが話し始めた。
「私はキューブと申します。
現在、リーネ様の安息なる“ベッド”をしております」
王は完全に理解不能といった顔をしていたが、
正直、ボクも同じ表情をしていたと思う。
キューブの自己紹介が終わる頃、
テーブル一杯に、山のようなお菓子が並べられていた。
黒服の男が「どうぞお召し上がり下さい」と言うより早く、
リーネは両手いっぱいにお菓子を掴み、
「ウマい!ウマい!」と言いながらほおばっていた。
王は遠慮がちに、
「話を続けても宜しいでしょうか……?」と聞くと、
リーネは口を動かしたまま、うんうんと頷くだけだった。
コホン、と咳払いを一つして、王は話を続ける。
「それでは話を続けよう。余の事は知っておると思うので省く。
まず余の腹心、エーカー」
そう言われ、黒服の男が一歩前に出て頭を下げる。
「エーカー=ウェッジと申します。
王の護衛及び身の回りのお世話をしている、
影に潜む者でございます」
影に潜む者。
闇に潜み、暗殺や偵察を得意とする職業。
どおりで気配を感じなかったわけだ。
王はエーカーの自己紹介が終わると、隣の少女へ視線を移した。
少女はリタイアしたあと、王族騎士団に保護され、そのまま王の元へ案内されていた。
「そして、この少女なのだが……」
少女はコクンと頷き、小さな声で話し始める。
「さっき……は……あり……がと……
アオイ……で……す……」
リーネと同じくらいの身長。
金髪で、片方の髪だけをリボンでまとめ、
白いワンピースを着て、身長には不釣り合いな大きな杖を持っている。
青空のように澄んだ瞳を潤ませながら、続けた。
「ホン……ト……に……
お父……さん……と……
お母……さん……を……見つけ……て……くれ……るの……?」
「もちろん!ちゃんとアオイちゃんのお父さんとお母さん、見つけてあげるから。
心配しなくていいよ」
そう言うと、アオイは青空色の目を細めて、嬉しそうに笑った。
「アオイよ。良かったな。
あとはヒジリやリーネ様と一緒に行きなさい」
王はそう言って、優しくアオイの頭を撫でた。
「さて、本題に入ろうか?」
こちらを向き直すと、先程までの柔らかな表情が一変し、
威厳ある王の顔に戻る。
「リザーヴの事は知っておるのか?」
「はい」
「そうか。リーネ様がいらっしゃるから、話も聞いておるのだな。
余は先日あった“町の消滅”……その時に知らされたのだ。
ずっと、お伽噺や絵本だけの話だと思っておった。
今となっては、恥ずかしい話なのだがな。
町が一つ、この世界から消えた。
その報せを受け、余はすぐにエーカーとその部隊に指示を出し、調査に行かせた。
消えた町の名は――“ロセール”」
ガシャン、と大きな音が部屋に響いた。
その町の名前を聞いた瞬間、
ヒジリは手に持っていた紅茶のカップを落としていた。
「王……様??今なんて……ロセール……?」
「うむ。ロセールだ」
「そ、そんな……嘘でしょ……???」
ヒジリは何か言おうとして、口を開いたまま固まった。
声にならない息だけが、喉から小さく漏れる。
その目は、もうこの部屋ではなく、どこか遠くを見ていた。
「すまぬヒジリよ。隠していても仕方ない事だと思ってな。
ロセールはエール一族、いや……ヒジリにとって思い出の場所だからな」
「はい……そうです。
ハツキ、ごめん。この話はあとでちゃんと話すから。
王様、話の腰を折ってしまい、申し訳ございませんでした。続きをお願いします」
そう言ってヒジリは俯きながら、
テーブルの上で拳を強く握り締めていた。
その指先は、白くなるほど力が入っているのに、
震えだけは止まらなかった。
王は静かに頷き、話を続ける。
「そのロセールにエーカーが着くと、
建物は全て破壊され、人々は消え、何も無くなっていた。
この状況……似ていると思わんか?」
ヒジリは何も言わず、ただ頷く。
「そうだ。ヒジリの故郷、“エール領”と同じなのだ。
余は亡き父の盟友であった前エール領主の弔いも兼ね、
エーカーに痕跡を徹底的に調べさせた。
何でもいい、痕跡を見つけて来いとな。
そうして見つけたのが……これだ」
王はエーカーから一枚の布を受け取り、広げて見せた。
そこには黒い三日月と、赤黒く滲んだ文字。
『全てはリザーヴ様の為に』
血で書かれた文字。
そして黒三日月の象徴。
「そこでリザーヴがこの世に実在すると確信したのだ。
だが、我々に対抗する手段が見つからず悩んでおった。
そこで闘技大会を思い出し、
そこからリザーヴを討伐出来る者がいないかと考えた。
……そこに、ヒジリが参加したわけだ」
賞金額を上げたのは、その為だったのか。
「しかし、誰もいなくなるとは思わんかったがな……」
王は暗い表情で苦笑し、静かに頭を抱えた。
「王でありながら、何一つ守れぬとは……滑稽な話だ」
「おい、ヴェリエよ?」
お菓子に夢中だったリーネが、唐突に口を開く。
「お前の足りん頭で悩んでも仕方ないだろう?
私はもう解決策を見つけ出し、リザーヴ討伐の旅に出ていた所だぞ。
まぁ、金が無くなって頓挫していたがな。
だが今回、ヒジリが優勝してくれたから解決だ。
もちろん賞金は、もらえるんだろう?」
「も、もちろんです……リーネ様。賞金はお渡しします……」
「それより、解決策はもうあったのですか?」
「当たり前だ!やっと揃ったのだ。
サンブライトとエールの血族がな。
あとは紋章の継承をし、ヤツを倒す!!!」
王の顔に、ようやく明るさが戻る。
「しかし私はヒジリの故郷に魔法陣を敷いていなかったのだ。
歩いていくとなると、1~2ヶ月はかかりそうだな。
ヤツらがそこまで待ってくれていればいいのだが?」
片方の口元を上げ、ニヤリと王を見上げるリーネ。
「は、はい!疾風馬種の馬車を用意させて頂きます!
それと旅に必要な物がございましたら、全てこちらで用意させて頂きますので、
なんなりとおっしゃって下さい!」
リーネの顔が完全に悪役だったのは、見なかった事にしよう。
「よし!決まりだな。
まずはアオイの両親を見つけてやるとしよう。
それが終わったら、継承だ!!!」
再びエーカーにお菓子を持ってこさせ、
リーネは嬉しそうに宣言した。
「そうだね。アオイの両親、見つけようね」
ボクがそう言ってヒジリを見ると、
暗い表情のまま、それでも小さく頷いていた。
「今から出発というわけには行かないだろう。
皆様にお部屋を用意させてもらう。
夕食が出来るまで、ごゆっくりして下さい。
リーネ様のお部屋には、後ほどお菓子を持って行かせますので……」
最初の威厳はどこへやら、
王の口調はすっかり敬語と素が混じった変なものになっていた。
エーカーが
「お部屋までご案内させて頂きます。こちらへどうぞ」
と言うので席を立つと、ヒジリが小声で、
「話したい事があるから……後で部屋に行くね……」
それだけ言って、エーカーの方へ走って行った。
ボクも置いていかれないように、王に頭を下げ、
急いで部屋へと向かった。




