雨と孤高のその人(side円)
普段、歌番組に出る事はない、頼永円にとって、女優として活動を初めての経験だった。同じドラマに出演する人気女優の松田奈々花とは、仲は悪くはない。普段から、一緒に食事にも行く仲だ。ネタバレになるが、ドラマの中では、円の役どころは奈々花の何でもそつなくこなす上司で、最初は厳しく当たるが本当は、優しい人で、彼女がいるから奈々花は成長して行く、そんな内容だ。
いつもの円の役どころは見た目が影響してか、憎まれ役が多く、主人公に対して辛く当たる事の方が多い。
その日は宣伝のために、音楽番組に出演していた。奈々花が主題歌を歌っているので、二人での出演が決まったが、円が必要だったかは、色々とSNSでも話題になっている様だ。必要ないのではないか、それは円自身がそう思っている事だった。
歌番組は終わり、事務所に戻るマネージャーと別れて、TV局を出た円は、外を見ながら「どうすっかな」の言葉を拾った。外はどしゃぶりの雨、どうやら、傘がない様だ。途方に暮れているのは、レーゲンボーゲンの古川遥だった。
「雨ね、古川さんは傘は持って来ていないって、ところかしら」
円が声を掛けると遥が振り返った。少し驚いている様だ。さっきまで、一緒の歌番組に出演していた時とは、雰囲気の違う服装、だが、帽子や眼鏡で変装はしていない。驚いた表情は少しだけ年齢よりも若く見えた。
「頼永さん」
「あら、私の事知ってるのね」
まぁ、番組内でドラマの宣伝をしたし、もう二十年以上、俳優をやっているのだ、知っていてもおかしくないだろう。でも、役どころはいつも、脇役だ。これでも、助演女優賞なら何度か受賞した事はある。
「私で良かったら、駅まで送る? それとも、どこかで雨宿りするならそこまで送るけれど」
「お茶でも、飲みに行きませんか」
「あら、こんな私を誘うの? 物好きね」
自重する様に円は笑うと、持っていた傘を開いた。「近所に美味しい紅茶を淹れるお店があるの。それとも、コーヒーの方が良かったかしら」円の手から傘を取ると、遥は笑みを浮かべる。
「紅茶、良いっすね」
「チーズケーキも絶品よ」
知っていた、遥が紅茶が好きな事、そして、甘いものが好きな事、SNSで発信もされているので知っていた。お茶と、甘いもの、その言葉が決め手だった様で、円の案内でそのお店に向かった。大通りから、一本裏通りに入った、雑居ビルの二階、日当たりは良いとは言えない、西陽だけが入る、そんな場所だった。けれども、看板もビル自体もとても綺麗だ。
静かで落ち着いていて、雨宿りするには絶好の場所だろう。少しでも、外の様子を見たくて、窓際に座る事にした。客は遥たち以外に年配の男性と、若い女性ふたりがいるのみだった。店主は円に気付いて軽く会釈してくれた。
店内も落ち着いた雰囲気で、少しでも店内を明るくしようと、植物が多い。店主が水を持って来てくれて、注文を聞いてくれた。遥は、セイロンとスフレチーズケーキを、円はアッサムとレアチーズケーキを注文する。チーズケーキは、ベイクドチーズケーキもあった。
遥は本気で悩んでいる様で、その様子に円は面白いものを見る様に笑った。食べたいもので悩む姿は想像出来なかった、面白いものが見れた。
「紅茶好きなんですか?」
「コーヒーよりはお茶かな、ぐらいには好きかしら。チーズケーキはもっと好きだけど」
このお店に来る理由はチーズケーキの方で、お茶はおまけのようなものだ。どれも、美味しいので、次は違うものを食べにくれば良いと言うと、遥は「三種類全部をちょっとづつって言うのもアリだと思う」と提案するが、それなら、また来てもらえなくなるでしょう? という言葉を返した。
それには、納得している様だった。確か、実家は和菓子屋さんだって、言ってたのを思い出した。きっと、同じ様に悩む客でもいたのだろうか。
「誰かを誘う様な人に見えなかったんだけど」
「たまたまですかね」
「そっか、私が古川さんがお茶好きなの知ってた、って言ったら帰っちゃう?」
「隠している事でもなしいし、気にしませんよ。それよりも、頼永さんが俺の事を知っているのも意外でした」
「レーゲンボーゲン、有名じゃない。知らない人いないでしょう?」
円の見た目は至って普通、目元が少しきつい。それに、確か、遥の好みは円と違って、タレ目の可愛い感じの子ではなかったか。TVでインタビューしているのを、見た事があった。相方の浅生嘉隆や、最近、コラボの多い川村麻衣ほどのイケメンではないが、顔はかなり整っている方だ。
不思議な人だと思った。何故、円を誘ったのか、その真意が分からない。人気のあるシンガーでイケメン、彼女なんてよりどりみどりだろう。それなのに。
「頼永さんって本名?」
「芸名みたいよね、でも、半分だけ本名よ」
「半分?」
「頼永まどか、まどかは平仮名よ。女優デビューする時に、あまりに可愛いから漢字に変更になったの。平仮名だと可愛いでしょ、それが、似合わないって変更になった。古川さんは本名よね」
「です、遥も同じくらい可愛いって言われますけどね」
「そうなんだ、私にはかっこいいと思うけどね」
社交辞令だと思われたかもしれない。それでも、円にとっては良かった。運ばれて来た紅茶もチーズケーキもどちらも美味しかった、そして、この関係をもう一度続けても良いと思うほどに、話も楽しい。でも、のめり込んではいけない。
「私たち、見た目で損しているタイプなのかもしれないわね」
「確かに」
窓の外を見ると雨はすっかり、止んでいた。夕日がビルの隙間を通るのが良く見える。ここ、この時間が一番素敵なのよ、そう言って円は最後のチーズケーキを口に放り込んだ。紅茶も飲み終わった。
「ありがとう、古川さんの話は興味深くて楽しいわね。また、雨が降ったら誘っても良い? まだ、食べていないチーズケーキを食べましょう」
そう言って、伝票を手に立ち上がる、遥も立ち上がろうとしたがそれを制された。お会計を任せるつもりは円にはない。ここは、自分が払うべきだ。
「ゆっくり、食べて、折角、美味しいのに勿体ない、では」
そう言って円は片手を上げると会計を済ませて店の外に消える。これで、良いのだ。俳優が歌番組に出演したから、突然の雨が降ったから、だから起きた奇跡だ。またがあるはずはない。でも、不思議だった事がある。誘われて、行く場所ならこの円のお気に入りの喫茶店でなくても良かったはずだ。
暮れゆく、街を歩きながら円はそんな事を考えるのだった。




