嘉隆と俳優と母(side浅生家)
今回のミュージカルである、『兄弟星の物語』の告知会がある事は金曜日まで伏せられていた。ただ、マスコムへの宛てにのみ、オーディションで選ばれた的場りらと成沢シュウゴロウ監督の最新作に関する告知に乞うご期待、と銘打った告知がされただけだった。それ以上の詳しいことは、知らされていない。
しかし、金曜日の夕方、浅生家に連絡が入った。それは、嘉隆に関わることで、事務所側は事前に戸惑わせないためにも連絡することにしたようだ。詳しい概要がされてはいないが、告知があることは公に拡散されている。
詳しい話は出来ないが、嘉隆がミュージカルに出演することになったと言う話だ。
rip tide、嘉隆の事務所の社長である荻野からの連絡だった。電話に出たのは、嘉隆の父の嘉次だった。何かあった時だけ連絡を取り合っていたが、その電話が久し振りのことで嘉次は戸惑っていた。何か、悪い知らせではないか、しかし、それは杞憂に終わった。荻野から説明を受けて嘉次は安堵した。
そして、嘉隆が自分で決めて自分でやることになったのなら、こっちは見守ることにするだけです、と返したのだ。それに、満足げに頷くと荻野は数日後にミュージカルの告知会が配信されることを教えてくれた。
* * *
その告知会を見ているのは、嘉次と奈津子の二人だけだ。前日にわざわざ、真理子にタブレットを借りて、二人で、その様子を見ている。しかし、真理子には、理由を告げてはいない。拡散して、広まるのを家族でも避けた形だ。なので、嘉隆本人にも麻衣にも連絡はしていない。それは、奈津子自身が今まで、体験してきたからこそ、理解出来ることだったからだ。
不安そうな奈津子と違って、嘉次は落ち着いているようだ。これは、知らされていなかったが、嘉隆と監督を挟んで反対側には、麻衣の姿もあった。それが、嘉次には、安心に繋がったのだろう。告知会が始まるまで、緊張していた奈津子の口から麻衣の名前が出る。しかし、嘉次と違って表情は硬いままだ。
「麻衣ちゃんも、出るんやね」
「そうやな」
しかし、奈津子の視線が監督を見つめる。一瞬驚き、そして、困ったようにため息をこぼした。その人は奈津子が昔、出演した映画の監督を務めていた人だった。
「ミュージカルは初めてじゃなかったけぇ」
撮るのは、映画が多く、こうしてミュージカルの監督をするのは知らなかった。それも、内容が今まで撮ってきた映画とはかな毛色の違うものだった。
「母さん?」
「これは、監督に嵌められたかもしれないけぇ」
何事か考えていた、奈津子の口から、信じられない話が飛び出したのだ。どうして、情報解禁が遅かったのか、そして、事務所から教えられた今日の告知会もかなり曖昧な内容だったのか。出演者する人たちには、どこかぎこちなく戸惑いが見て取れた。
「お父さん、この人は自分の野望のためには、手段を選ばない人じゃけぇ」
「どう言う事じゃ?」
「きっと、ミュージカルで監督をするけぇ、言うんわ、嘘じゃけぇ」
奈津子は自分の過去のこと、そして、この監督のことを嘉隆に教えていなかったことを後悔した。きっと、この監督は、告知会の数日前まで、公にならないように、最低限の人たちにしか話さずに更にスタッフに口止めした。
「この人は、気に入った人を使うためにも手段を選ばないけぇ。そして、嘉隆のこの格好で、うちを思い出す人もおるかもしれんけぇ」
「そうか、それで芋蔓式に母さんのこともきっと、話題にのぼるけぇ」
「これが、終わったら、嘉隆に連絡してくれるけぇ」
画面越しに映る嘉隆には、メイクのためなのか、昔の奈津子の面影があった。それを、見て、何故、監督が映画では無くミュージカルを選んだのか。同じ内容なら映画でも構わなかったのではないか、きっとその話もSNSを通じて話題にのぼるかもしれない。きっと、嘉隆が映画は嫌だが、ミュージカルなら構わないとOKを出したのかもしれない。
その後、奈津子の耳に最悪の形で届くのだった。
オーディションの告知会の配信を見る嘉隆くんのお父さんとお母さんの話です。お母さんの過去は少しだけ、話題にしていますが、詳しいことは知りません。




