ここが、君の帰る場所になるから
その後は、機嫌の悪くなった私を気にしてか、車の中は大合唱のカラオケ大会になった。というか、兄よ、運転しながらよく歌えるな。ビートルズとか、兄の十八番とか、レーゲンボーゲンの歌も歌ってくれた。車に乗るといつもの事らしい。あまり大きな声で歌うと咲子さんに怒られるらしい。
「え? 俺のパート俺一人で歌うの?」
「大丈夫、おばさんが一緒に歌ってくれるよ」
「え、やだ。折角なら、嘉隆くんの歌聞きたいよ」
「ご馳走さまです」
「なして?!」
結局、嘉隆くんは、私たち三人と立て続けに三曲歌わされた。『夢のカタチ』は杏が好きな曲だ。『run way』は兄が好きな曲で『my way』はもちろん、私だ。悠兄も杏も楽しそうで良かった。
少し、歌わせすぎちゃったね、私は水の入ったペットボトルを手渡す。楽しい時間だけど、仙台に着くまでに杏を疲れさせては困ると思い、休憩を挟みつつ目的地に向かうのだった。
「ね、麻衣。『Mother port』歌って」
『虹』も気に入ってもらえたが、嘉隆くんの最近のお気に入りは、この曲だ。あの時、絵美の結婚式に作った曲だ。海岸線を南下するので、海しか見えない。この、港のどこかが、誰かの『Mother port』なのかもしれない。そして、私たちはお互いが、『Mother port』だったらいいなと思う。
駅で悠兄と杏と別れる。最初に杏がこれから行く場所ではなかったのは、私たちの見送りのためだ。今度はいつ会えるかわからない。結婚式も披露宴もやる予定はない。
詳しい事すら何も決まっていない。とりあえず、入籍は、三人の誕生日が終わったら、抜け掛けしないように、と言ったらみんなに笑われた。
絶対、マスコミのネタになるんだったら、年齢は私だけ一つ上は嫌だ。まぁ、嘉隆くんとは誕生日、三日違いでしかないんだけど。そう言ったら、来年の三月、三人が初めて会った、レーゲンボーゲンのデビュー日になった。
平日なので、混んではいない。新幹線の予約時間は夕方にした。せっかく、仙台まで送ってもらったのだ、どうしても、食べておきたいものがあったのだ。一つは牛タン、東京でも食べられるけれど、やっぱり、仙台で食べたいと思う。
聞いた話だと、観光客向けなので、あまり地元民は食べないらしい。それと、牛タンだけならスーパーに普通に売ってるらしい。そして、もう一つは青葉城址に行かないと食べられないものだ。
「揚げすずめ」
「すずめ?」
「伊達政宗の家紋がすずめなんだけど、そこから出来たお饅頭で、青葉城址でしか売っていないらしいの。それを天ぷらにしたもので、『揚げすずめ』が食べたいなって」
「ん? どこかで、聞いたような名前だね」
「うん、そこから来てると思う。なんか、ごめんね」
「なんで、麻衣が謝るの」
広島にある揚げもみじに着想を得たお菓子だと思う。でも、出来立て美味しそうじゃない? バスで目的の場所に向かう。時間があれば、レトロな雰囲気の周遊バスを選んだんだけど、それほど、時間が取れるわけではなかったので、そこは我慢する事に。
何が良いか悩んだんだけど、二人ともずんだを選んで笑った。ほら、揚げもみじだとずんだ味はないでしょ? そして、しっかり、すずめ饅頭を古川くんのお土産に買いました。ずんだ味の方をチョイスしました。
短かったが仙台観光も出来た、お互い別々の形なら、仕事で地方に来る事もある。仙台は地元には、遠過ぎる距離なので、実はほとんど来た事がない。
同じ県内なのに不思議よね。まぁ、最近は仙台での仕事も増えて来たので、また来る機会があるかな。色々なお店に行ってみたいと思う。
夕方の新幹線で、東京に戻って来る事が出来た。相変わらず、実家に戻ろうとすると、いつも強行になってしまう。仕方がない事なんだけどね。そのうち、ゆっくりと時間を取って来たい。
「お疲れ様でした」
「流石に疲れたね。今度は、もっと、ゆっくり行きたいね」
遠いな、昔だったらこうして頻繁に地元に帰ることはなかった。こうして、地元での仕事もする事はなかっただろう。変わったのかな、私自身が。そして、それを変えてくれた人はいつも私の隣りにいる。
そして、その人も私と同じような考えの人で、古川くんは、少しおどけた顔で、似た者同士といつもからかってくれた。
「ぶち、好きじゃけぇ」
「嬉しいけど、何で方言?! そして、なんで今なの」
顔を染めて、照れる私に、嘉隆くんは、嬉しそうに、更に私を赤面させる爆弾を落とした。恥ずかしさに死ねるかもしれない。というか、方言やめてー! 照れ死んじゃうよ。
「照れる顔が可愛いから、言ってる」
「わざとやってる?」
「うん、でもまぁ、方言で言いたいくらい好きなのは本当だよ」
「私も好きだっちゃ?」
「新鮮だね、麻衣の方言。うん、ぶち、かわいい」
私を照れさせてどうするの。あまり、人前で方言を使うのに抵抗のある東北人と、オンリーワンなイメージを持っている広島人には、敵いません。ああ、私はずっと、この人に敵わないかもしれない。
「滅多に使わないから。ずるい、なんで、全然、照れてくれないのよ」
「はぶてとるん?」
「嘉隆くんは、優しいし、気遣いが出来る人で、私の事、見た目で判断しないで、ちゃんと女として扱ってくれる。それに、方言しゃべってくれるところがいきなり、かわいい」
「かわいい?」
可愛いは、男性には言っちゃダメだったかなと、思ったんだけど、違ったようだ。広島弁、怖いイメージがあるから、かわいいと言われる事に、驚いたみたいだ。
まだまだ、いっぱい、良いところあるんだけど、言い過ぎたのか、照れてくれないのが、本当に残念だ。
* * *
三人の休みが重なった日、改めて報告しようと古川くんを自宅に呼んだ。休みの日は基本、泊まって行く嘉隆くんが、自分の部屋のように、古川くんを招いてくれた。
基本、二人はうちに来る事が多い。それは、私がマスコミ嫌いなためだ。私に付くマスコミよりもレーゲンボーゲンに付くマスコミの数の方がやはり、多い。ヒット曲多いしね。面と向かって取材とかされてはいないけれど、これからどうなるかわからないので、油断は出来ない。
公に出来れば良いんだけど、それが出来なくてごめんなさい。来年の、三月まで待って下さい。
「これ、母から」
「おお、これ、天ぷらにしたら美味しいかな?」
「はぁ?」
下町の名物が出てきて、思わず呟いた。こないだ、仙台で同じようなお饅頭を天ぷらにしたの食べたのよね。これも、美味しいかしら。なんの事か分からない古川くんの隣りで嘉隆くんが吹き出した。笑いが止まらないようだ。
「あははは、きっと、味は変わらないんじゃないかな。でも、揚げたては美味そうだね」
「揚げもみじと食べ比べてみる?」
「まだ、あったの?」
なんの事だよ、頭に?マークを浮かべた古川くんは、その後、私の手で揚げられた、人形、もみじ、すずめを食べ比べさせられた。どれも、一緒だろ、と突っ込まれた。一度、やってみたかったんです。
それを、楽しそうに見ていて、止める気のない、嘉隆くんは、地元のが一番お気に召しているようです。ちなみに、中身は全部餡子です、食べ比べするなら、全部一緒じゃないとね。
「違うだろ」
「ごめん、先延ばし、しようとしているわけじゃないんだよ」
「で、落ち着くところに落ち着いたんだろう」
単刀直入に古川くんが聞くと、ああ、と言って嘉隆くんが頷いた。お茶を淹れながら、私は揚げたお饅頭をお茶菓子に席に着いた。話を無理やり戻したが、甘いものは苦手ではない事を知っている、揚げ人形焼きを口に頬張りながら、もぐもぐしている、かわいい。
「遥くん」
「なんで、突然? 名前呼びなんだ」
「なんか、そう呼びたくなった。ダメ?」
「いや、別に構わないけれど、でも、嘉がこっち、睨むんだが」
「じゃあ、嘉くん、ダメ?」
私の渾身の一言に、照れさせる事に成功したようだ。愛称呼び、ちょっと憧れるのよね。私、二文字なので、愛称で呼ばれた事がない。同じ二文字なのに、絵美はえみりんって呼ばれていたけれど。
遥くんは遠い目をして、視線を外すように、お茶を飲んでいる。あれ、私また何かした?
「これから、どうするの」
「三月の俺たちが初めて会った日に籍をいれようと思う」
「また、麻衣ちゃんが、渋ったんだろ」
「四十になる前と、みんな三十九になってからが良いって」
「嘉、麻衣ちゃんに甘すぎ。つうか、俺の誕生日待つ必要ないじゃないか」
「でもまぁ、三月はありなんじゃないかって思った。俺たちがデビューした日であり、再始動した日であり、麻衣と知り合った日でもあるから」
「良いんじゃねぇの」
三種類すべての揚げ饅頭を食べ終わると、遥くんは、立ち上がった。最後にお茶もしっかり、飲み干した。遥くん、ほんと、和菓子似合うよね。実家が和菓子屋さんだけある。
なんか、最後にこれうちでもやってみるかな、なんて言ってる。
「遥くん?」
「俺お邪魔じゃん。良い話聞けたんで、帰るよ。改めて、おめでとう、嘉、麻衣ちゃん。それと、揚げ饅頭ご馳走さん」
ふわりと優しく私の頭を撫でて、遥くんは帰って行った。くすぐったいけれど、嬉しい。この、相棒は本当に嘉くんが大好きだ。いつも、嘉くんのために行動して、彼が寂しい時には、ずっと寄り添ってくれた。これからもその関係が続くのだろう。
「羨ましいな」
「何が?」
「遥くん、嘉くん大好きだよね。二人の関係羨ましいなって。私も不安な時、悲しい時、嘉くんを支えてあげたい。でも、きっと、遥くんには敵わないんだろうなって思うとちょっとだけ、寂しいなって思うの」
「ずっと、助けられたからね。でも、君、俺の奥さんでしょ、俺としては、その役目は麻衣であって欲しいね。あの時、遥は居てくれた。でも、あの時、本当に助けられたのは、麻衣の歌なんだ。俺は麻衣の歌があったから、こうして、また歌う事が出来ている。麻衣がいなければ、歌を続けていたか分からない」
「ありがとう」
いやいや、まだ、結婚はしていません。それと、視線が絡み合うのは、どうしても同じぐらいの身長だからだ。170センチはないので、嘉くんよりも低いはず、多分低いはず。高校の身体測定での、私の身長は169センチです。
じっと、見ちゃうのは、癖のようなもので、見つめていたら、嘉くん苦笑して、キスされた。最近、そんなふうにキスされる事が増えた。何故か、聞いたら、私が真っ直ぐな目で見て来るからだって、それと、ちょうど良い高さでキスしやすいって、平然と言われた。
人を真っ直ぐに見る癖は利点だけど、他の男の前ではしないように言われてしまった。
揚げすずめと揚げもみじはある。人形は存在するのかな。
語尾の『だっちゃ』は有名ですが、仙台圏でしか、使われていませんね。『だべ』の方が多いけど、可愛くはないですよね。
遥くんへの報告、ようやくか、と言いながら喜んでくれる。そして、古川くんから遥くんに、嘉隆くんから嘉くんに名前の呼び方が変わりました。
活動報告に書いている小話、間違って嘉くんや遥くんと書いて慌てて訂正していました(笑)。




