表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の架け橋  作者: 藤井桜
本編
49/666

虹と過去と、溢れた想いに応えて



 しばらく海産物は、いいかなというぐらい、食べた様な気がする。牡蠣の季節ではなかったので、そのうち、こっちの牡蠣も食べてもらいたい。漁獲量とか、広島が有名だけど、これでも、広島に次いで漁獲量二位を誇る宮城県なので、こっちの牡蠣も美味しいんだよ。それは、楽しみだね、と反応も上々だ。表情からそれは、社交辞令ではないと思う。



「最後に行きたいところあるんだ。行ってもいい?」

「麻衣の行きたいところなら、どこでも」

「ありがとう」



 同じ道のりを北上すると、突然、雲行きが怪しくなり、ぽつりぽつりと雨が降って来た。車に乗ってからの天候の変化にほっとする。遠くの空が明るいので、すぐに止むだろう。不意に嘉隆(よしたか)くんが空を指差した。



「虹が出てるんだけど、運転中じゃ無理か」

「ああ、ほんとだ。宮城県って虹の出現確率高いらしいよ」

「そうなんだ、じゃあ、見たかったらこっちに来るのもいいね」



 空に綺麗な虹が架かっていた。運転中なので、一瞬だけ見る事が出来た。虹が出る確率が高いということは、通り雨も多いことになる。

 その前に、目的の場所に着いた事にほっとする。ゆっくり、虹が見えそうだ。その綺麗な虹を写真に収めて、古川くんに送った。たまに、二重に虹がかかったりもする。虹は程なくして消えてしまった。

 でも、だから、虹は良いのだ。長く楽しめないからこそ、滅多に現れないからこそ、私はその偶然が好きなのだ。そう言うと自分もだと、嘉隆くんに同意された。


 車を止めて、立ち寄った、道の駅は夕方になったためかそれほど、人は多くはなかった。この道の駅、うちの野菜も置いてもらってるのよね。しっかり、生産者のところに兄の名前が入ってる。

 九月でもまだ、気温は高いので、雨上がりでもすぐに地面は乾いた。道路から海岸に降りる事が出来るので、散歩がてら下に下りる事にした。この場所は、震災前は日本一駅から近い海水浴場と言われていた場所だ。



「うわ、恋人繋ぎなんて、初めてだよ」

「あはは、それが俺で光栄だよ」



 それでも、雨の後なのもあって、吹く風は心地良かった。ゆっくり、海岸を歩く、少しづつ、空が青から赤に変わる時間帯。青と赤が交わる紫に染まる瞬間が好きだ。そういうと。自分もだという言葉が返って来た。



「麻衣の歌にあったね。『blend(ブレンド)』だっけ。青と赤が混じるその瞬間を瞳に焼き付ける。少しづつ色を変える瞬間に、心ときめかせ、僕は空に歌う」

「あるね、アルバムの曲なのに、よく、覚えているね。歌ってくれるんだ、私幸せ者だね」



 空を連想させる言葉が好きで、どうしても歌詞に使ってしまう、その事を覚えていてくれたのが嬉しかった。そして、虹もその一つだ。

 しかし、虹は既に消えた後だった。海とは反対の山側を見ると太陽がゆっくりと沈むところだった。



「まだ、言っていない事がある」

「何? 突然」

「レーゲンボーゲンの休止の理由」

「それは、聞いた」

「続きがあって、きっと、幻滅するかもしれない」

「今更かなぁ」



 幻滅するような、話なら私がいくらでもしたような気がする。それ以上に何かあるのだろうか。嘉隆くんの表情は普段なら幾らでも、分かるのに、今日は違った。何を考えているのか分からない。



「休止中、何もやる気が起きなくてね。酒とたばこに入り浸りながら、ただ、漠然とした未来も見えずに悶々としていた。その時、ラジオから流れてきた曲が、俺を救ってくれた。優しいバラード、心に染みるようなハスキーボイス、誰が歌ってるんだろうと思ったよ。色のなかった俺の心に彩を灯してくれた曲が、麻衣が歌っていた『虹』っていう曲だった。もう一度、聞きたくて、調べた。ラジオの方はほとんど聞き流していたからね。それで、君が歌ってるって、知った。さっき見た、虹を見てやっぱり、言っておこうと思ってね」

「あ、うそ‥それじゃあ‥」

「うん、その後、まさか、再始動してすぐ、久々に出たTVで会うことになるとは思っても見なかったよ。だって、あまり、TVに露出しないシンガーだっていう話だったからね。今を逃したら、きっと会えないと思ったから。飲み会後に連絡先聞いてしまった」

「ぐいぐい来るなとは思ってたけど、そういう理由があったんだね」

「そういうわけで、君は俺を救ってくれたんだ。色のない世界から色のある世界に引き戻してくれた」

「大袈裟な」

「このまま、俺が浮上しなければ、レーゲンボーゲンは解散していたかもしれないって、遥に言われた。君は俺の、いや、俺たち、レーゲンボーゲンの救世主なんだよ、その歌のお陰で、俺は曲を作ろうと、思える様になった。俺の歌がどこかで、君に届く事を願って」



 嘉隆くんは、首を左右に振りながら否定した。でも、嬉しい。私の歌が彼の道標になってくれていたのなら、大好きな歌を辞めなくて本当に良かった。届いてる、だって、私にも言えないでいる事が後一つある。



「あのね、伝えておきたいことあるの。レーゲンボーゲンの休止中に、私は、初めて自分で買ったCDがあるの。今まで、曲をダウンロードすることはあっても、CDは買った事はなかった。どうしても、手元に置いて置きたかった」

「前に言ってたレーゲンボーゲンのCDの事?」



 初めて会って、飲み会に行った時に、私は、CD全部持っていますって、言った事があった。その事を覚えていたらしい。でも、少し違う。私が初めて買ったのは、嘉隆くんのCDだ。



「嘉隆くんのCDすごく売れたでしょう? 最初は聞いてみようかなって、興味本位からだった。ダウンロードして聞いたんだけど、でも、CDで欲しくなった」

「麻衣が初めて買ったのって、俺のCD?」

「うん、その後にレーゲンボーゲンのCDと古川くんのCDを買った。嘉隆くんのCDのジャケットすごくカッコよくて。CDもすごく良かったんだけど、すごく惹かれた。嘉隆くんの歌、声、あの時、私の元に届いてたんだよ」

「麻衣のCDと対になるように、ジャケットを合わせてみた。今思うとストーカーみたいだな。麻衣が見つめているものを知りたかった。真っ直ぐに見つめる先を知りたかった」

「あれね、未来かな。あの時、見つめていたもの。嬉しいな、嘉隆くんに繋がっていたなんて。嘉隆くん、私を見てくれたんでしょ?」

「幻滅しないの」

「あの声が、甘く蕩けるあの声がとても素敵で、あの時、私はこの声にきっと、恋をしたんだなって思った。へへ、恥ずかしいね」



 きっと、私はあの声に落ちた。優しく響いて溶けるあの声に。そして、もっと聞きたくて、レーゲンボーゲンのCDも手元に置きたいと思ったのだ。

 嘉隆くんは、私の告白に目元を赤く染めて、そして、優しい笑みを浮かべた。彼の瞳はとても真剣で、彼が私のどこが良かったのか、疑問に思っていたが、氷解した。

 幻滅なんてしない、私の歌が誰かを傷付けるのではなく、幸せに出来ることがとても嬉しかった。



「一緒にいる事が嬉しくて、それだけでは、満足出来なくて、俺は君を幸せにしたいと思っている」

「私は、十分、幸せだよ」

「これからも、幸せでいられる約束が欲しいんだ。君が欲しくて我儘になっているのは分かっている。何が言いたいかって言うと」



 言葉の先が読めた。きっと、あの時なら、断っていただろう、でも今は違う。私のためじゃない、私の中で生まれた、この人を幸せにしたい、そう言う思いがあるからだ。



「麻衣、好きだよ、結婚してくれる?」

「うん、私で良かったら、喜んで。嘉隆くん、これからも宜しくね」

「ありがとう」



 彼はとろけるように笑ってくれた。ああ、なんて、この人は本当に愛しいのだろう。それが、すべて私に向けられている。きっと、その言葉を伝えると、この人は照れると同時に同じだけの言葉を告げて私を赤面させるのだろう。



 太陽が山に沈み、月が少しづつ顔を出した。空は青から赤、そして、濃い夜に溶けた。青色に染まった空が紫色と一緒に溶けて行く。まるで、私たちのようだ。この、瞬間は、きっと忘れない。私の右側に立つこの人の手を離したくはない。ああ、もう、本当に幸せ過ぎて怖いと思う。



 嘉隆くんから麻衣への、ようやくのプロポーズ回です。出会ってからだと、二年、それほど長くはないですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ