屋外イベントに夏に、君に翻弄される
事務所から打診されたのは、夏に西日本で開催される、屋外イベントに出て見ないかと言う事だった。デビュー後に何度か、地元の屋外イベントには、参加した事があったので、気軽に返事をして後悔した。
あの時は、ゴールデンウィーク頃の事で、暑くもなく、ちょうど良い季節での参加だった。しかし、今回は違った。真夏の、この暑さ、耐えられるか自信はなかった。昔よりもずっと暑く、東北地方の夏はヤマセの影響で夏でも比較的暑い日が少ないので、夏はあまり得意ではなかった。
その日も、かなりの高温が予想された。
「うわ、いきなり暑い。溶ける」
私が空を見上げて宮城弁で『すごい』を意味する方言を呟くと、隣りで、ギターの調整をしていた、嘉隆くんも私に習うように、「ぶち暑い」と声を重ねた。今回は、遠征になるので、少しでも人数を減らしたかった。莉子さんがレーゲンボーゲン側に打診して、私側のバンドは、サポートメンバーを借りる事になったのだ。
そこで、初めて、古川くんの中学からのお友達に会う事になった。レーゲンボーゲン側も今回のギターは古川くんが担当すると言う事で、本当に、古川くんのお友達ばかりが揃った形だ。彼らは、レーゲンボーゲンと同じ事務所に所属する、サポートメンバーだ。
楽器があるので、舞台には、屋根があったが、それでも、屋外なので、暑いのは変わらない。その中で、中山荘太郎くんが声を掛けてきた。中山くん、同級生なので、そう呼んでも良いよね。実は中山くんは知ってた。会うのは初めてだけど。
「初めまして、川村麻衣です。今日は、宜しくお願いします」
「こっちこそ宜しく。でも、実は始めまして、でもないんだよね」
「えっと、会った事ありましたっけ?」
「こうして、話すのは、初めてかもしれないけれど、番組で何度か見かけたから。初めて、会ったのは、レーゲンボーゲンが再始動した時かな。あの時、もう本当、嬉しくて、ぜひ、俺らにやらせて下さいって、頼み込んだんだよ。向こうも俺らに頼むつもりでいたらしいけれどね。それから、ツアーとかも一緒だったし、川村さんとは、三回ぐらい? 話す機会がなかったのは、邪魔するこいつがいたから」
そう言って、嘉隆くんを指差した。今日、邪魔しなかったのは、多分、私と嘉隆くんが、付き合い始めたからだ。バンドのメンバーに独身のキーボードの内田晃くんがいるので、嘉隆くん牽制していたらしい。
ベースの森本佑くんは既婚者、ドラムの中山くんは、同じ事務所のレーゲンボーゲンの年下の先輩の、愛夢ちゃんの夫で、Aimuちゃん、本名は中山愛夢ちゃんだ。前に私とコラボで、CDを出した時に知った。
私と嘉隆くん、古川くん、そして、サポートメンバーのみんなと、同級生ここまで揃うのすごいな。
予定では、私が先で、その後にレーゲンボーゲンの予定だ。私のギターも古川くんが担当してくれると思っていたのだが、そちらは、嘉隆くんになった。
「ありがとう」
「気にしないで、俺が一緒にやりたいだけだから。麻衣は全力で歌って。それと、水分補給はしっかりね」
ステージで打ち合わせをしながら、話していた私の口元に、嘉隆くんの飲み物が差し出された。いや、それ絶対飲んじゃダメなやつでしょう。だって、ステージの下のお客さんから黄色い声が上がる。それでも、良い笑顔で、一口飲むまで、離してくれない状況だ。仕方がないので、一口だけもらう。黄色い声が大きくなった。居た堪れない。
嘉隆くん、ぽかりと後ろから古川くんに叩かれた。自業自得です。というか、古川くん、もっと早く止めて下さい。
大勢の観客、それも屋外は、とても気持ちが良かった、でも、やっぱり暑い。夏の日差しに、黒のベスト、長袖のワイシャツ、黒のスカート、中はズボンは、あまり良い組み合わせではなかったかもしれない。屋外イベント向けの服装としては向いていない。というか、私が普段している格好自体が屋外イベント向けではないんだよね。
ちなみに、レーゲンボーゲン側の服装は、嘉隆くんは、青い柄シャツに麻素材の黒いズボンにベージュの帽子、古川くんは、白いTシャツの上に前ボタンを止めない赤い柄シャツ、嘉隆くんとカラー違い、黒いズボンはふくらはぎまでの長さのもの、私のに比べるとずっと涼しそうな素材だ。そして、古川くんは、珍しくキャップを被っている。何時もなら同色で纏めるんだけど、今回はかなりカジュアル寄りで、自分たちのカラーを取り入れたらしい。
「麻衣、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
「大丈夫じゃなさそうだね」
ふわふわする。曲は残り一曲を残すのみ。水分は十分取っていたはずだ、それなのに。観客の声が遠い。立ちくらみに座り込むと、身体が宙に浮いた。嘉隆くんが私を抱えたのだ、重いから下ろして、という声は掠れていて、古川くんの手から飲み物を差し出された。それにゆっくりと口を付けて、飲み込む。
「遥、残りの一曲、予定通り、麻衣の代わりに歌って」
「了解、ギター借りるぜ」
観客の黄色い声が響く中、私は、嘉隆くんに抱えられる形で、テントに戻された。莉子さんが保冷剤と椅子を持って、やって来る。着替えを持って来ますと、告げて莉子さんがその場から離れると、靴を脱がされて、素足になった私の足に冷たい保冷剤が押し付けられた。
「あ」
「タイ取るよ、ベストもボタン外しちゃうね。莉子さん、着替え持って来たら着替えようね」
「うぅ、そこー、くすぐったいよぉ」
脇の下や首筋を冷やしてくれるのは分かるけれど、くすぐったいし、恥ずかしい。顔赤いね、と言って顔を覗き込まれた。いやそれ、暑いからじゃなくて、近いです。保冷剤を手にしていたので、頬に触れた手が思いのほか冷たくて、びっくりした。
「その顔、キスしたくなるんだけど、おあづけかな。じゃあ、レーゲンボーゲンの最後の曲、一緒に歌って。無理はしなくて良いからね」
莉子さんと入れ替わるように、嘉隆くんは出て行った。その顔ってどんな顔ですか。莉子さんからの忠告で、ベストとタイは外す事になった。黒地のスカートはそのまま、中のズボンは脱がされた。風通しは良いんだけど、スースーして、落ち着かない。白いシャツは七分丈、靴は涼しげなサンダルになった。
これだけで、随分と暑さが抑えられる。最後に、これ、嘉隆くんが被っていた帽子だよね、莉子さん、預かったのか、ベージュ色のその帽子が私の頭に乗った。
「麻衣、無理しなくて良いからね。浅生くんにも言われたんでしょう」
「大丈夫、無理はしていない。さっきは、二人には迷惑かけちゃったね。挽回しないと」
「無理のない範囲で」
テントから、顔を出すと、音響を担当している人たちが、私に椅子を用意してくれた。心配そうな顔に、小さく大丈夫です、と返事をする。レーゲンボーゲンの曲のタイミングをみて、ステージに戻る。きちんと、さっきの事謝らないといけない。
曲の合間にステージに戻ると、私に気付いた嘉隆くんが、手を差し出してくれた。その手を取ると、引き寄せられて、舞台に上げられた。嘉隆くんの手は私の腰に回ったままだが、仕方がない。心配させているのが良く分かる。
「さっきはごめんね、もう、大丈夫だよ。レーゲンボーゲンの時間少しだけもらって、私の伝えたい歌、聞いて欲しい。『虹』ここに居るみんなにも見えると良いね、空に架かる美しい七色の橋が、…古川くん、お願いします」
古川くんの優しいギターの音色と共に私の声が空に響いた。重なる様に嘉隆くんの声が流れる。この曲は、この場所で歌いたかった。青空に響くこの歌を、レーゲンボーゲンと一緒に仕事が出来るならこの曲は外せない。イベントの一体感も悪くない。聞いてくれる人たちのために私は全力で歌おう。
ただし、屋外イベントの注意事項はちゃんと守ろうと思います。勉強になりました。
夏のフェスって色々と大変そうですね。西日本最大のフェスのイメージはモンバスですかね。他にもあったら、すみません。




