打ち明ける告白と、触れる喜びに震える心
R15表記をしていますが、性的な描写はありませんが、話題にしています。苦手な方はご注意をお願いします。
広島公演の終わり、ゲストで参加してくれた、レーゲンボーゲンの二人と広島のホテルで一泊して、明日の朝に新幹線で東京に戻る事になっていた。莉子さんたち、スタッフとは、階層が違う。私の部屋の二つ隣りがレーゲンボーゲンの、つまり、嘉隆くんと古川くんが泊まる部屋だ。
大浴場がある、お風呂でゆっくりと、疲れを癒そうとして、部屋を出る。日曜日のためか、泊まり客は少ない。スタッフの人たちも疲れているのか、出会う事はなかった。
大浴場からの部屋に戻る途中、待ち合わせ用、家族がお互い待っていられるように設置された、ベンチに座って、ペッドボトルの水を飲んでいた嘉隆くんに遭遇した。古川くんは、と聞くと疲れて、シャワーだけ浴びてすぐに寝たらしい。昨日、来て今日すぐにライブだったものね、疲れさせたよね。
飲む? そう言って、ペッドボトルの水を差し出された。まぁ、今更、恥ずかしがる年齢でもないので、素直に受け取った。隣りに腰掛けると「お疲れ様」と言って頭を撫ぜられた。
私、頑張ったのかな。その手が髪を梳き頬に触れる。その触れ方で、気付いた。
触れられるのは、嫌でもない。触れる手の温もりも抱きしめられるのも、好きだ。でも、ちゃんと話しておかなければいけない。まず、私が話し始めたのは、過去の事だ。結婚して、初めて抱かれたのは、広大くんだ。
でも、その初めては、辛くて思い出したくない思い出だ。その後も、何回か身体を重ねたけれど、やっぱり、私には無理だった。そのうち、私の身体には、興味を示す事はなくなり、結婚生活は、どんどんすれ違って行った。マスコミに疲弊し、唯一のお互い好きだと言う話題もしなくなる頃には終わっていたのかもしれない。
その後、何人かと付き合ってそういう関係にもなったが、どれも長続きしなかった。女性としての体型とは程遠くすぐに飽きられる。その上、私は、行為自体に苦手意識を持ち始めていた。
それからは、仕事を優先させて、彼氏は作らない。それがとても楽だった。三十代になるまでは、もう一度結婚して幸せな家庭を持ちたいと言う考えもなくはなかった。しかし、三十歳を過ぎてその考えは変わった。
「多分、嘉隆くんは、私を求めてくれるんだと思う。それは、とても嬉しいの。でも、きっと私はそれに応える事が出来るか分からない。辛くて、怖いって思ってしまうから。何故、そんな事が良いのか、分からない。それにね、きっと私は、女の子らしい体つきじゃないから、きっと、昔の人たちのように、幻滅させてしまう」
「俺は君を抱きたいよ。君を好きになってからずっと。無理強いはしたくない。でも、少しでも望んでくれるなら」
うん、分かっていた。だって、この人は、こんなにも私を好きでいてくれる。はっきりと、告げられると、それが嬉しくて、引き寄せられる、手を拒む事は出来ないのだ。
「麻衣、ありがとう」
「怖いけれど、望んでくれるなら、って思ってる。でも、本当に駄目なら言っても良い? 嘉隆くんだから、言うの。過去の自分ではそれが言えなくて、後悔したから。広大くんは、まだ良かった。その後に、付き合った人には、ほとんど無理矢理だった。抱くだけ抱いて男としてるみたいだって、はっきり言われた。それが、悔しくて、でも、これが私なんだって、それからは、諦める事にした。芸能界に、十年以上いれば、肝も据わるものだね。顔に笑顔を貼り付けて断る術を覚えた。それからだから、最後に付き合ったのは、もう五年以上も前になるかな。まぁ、この見た目なので、あまり、誘われる事はなくて、本当に物好きばかりだった」
「いいよ、無理なら無理だって言って。俺は、麻衣が望んでくれるまで待つつもりだから。こんな、辛い思いもすべて、俺が上書き出来るように努力するし、それでも、ダメならやめる。約束するよ」
「ありがとう」
伸ばされた手を取ったのが、嬉しかったのか、嘉隆くんは、本当に嬉しそうに甘い笑みを浮かべた。ゆっくりと、私を尊重してくれる。それが、とても嬉しくて、この人にだったら、きっと抱かれても平気かもしれない。
頷く私に嘉隆くんは、とても、甘い口付けをくれた。
ゆっくりと、手を取られて、ホテルの私用に取られた部屋に入ったのは、十時を回った頃だった。後戻りはするつもりはない。怖いけれど、私が望んだ答えなのだ。
その後、知ったんだ、私は、好きな人に抱かれる喜びを。というか、すごく良かった、今までの辛さが嘘のように溶けて行く。優しさに溢れた、気持ちを共有する事が出来ると、こんなにも幸せなんだね。
* * *
眠い目を擦りながら、目覚ましのアラームを止めた。昨夜遅くに嘉隆くんは、ホテルの自分の部屋に戻って行った。一緒の古川くんがどう思ったかは分からない。
昨日は、色々あった。広島公演のライブもあったが、それ以上に気持ちを確かめ合った。
それでも、朝の日課にしている散歩を止めるつもりはない。ちょっと、身体は重いけれど、それでも、動けないわけではない。
軽くシャワーを浴びて、薄く化粧をして、部屋を出る。莉子さんに、散歩に行きますと、連絡をいれる。三月のまだ冷たい外気が頬に触れる。セーターにデニムの後ろにスリットの入ったロングスカート、スカートの下は、厚手のタイツ、まだ、冷えるので、コートは真冬用ではないが、丈の短いコートをチョイスした。これなら、私とバレる事はないだろう。
朝早いのに、フロントには、ホテルの人がいた。私は会釈して、「散歩して来ますね」と告げると業務用の笑みを浮かべて、「いってらっしゃいませ」と返された。ホテルから、少し歩くと公園が見えた。朝日がゆっくりと顔を出す。東北に比べればずっと、暖かいような気がする。ふと、後ろから声を掛けられた。振り向かなくても分かる、嘉隆くんだ。というか、昨夜の事を思い出すと恥ずかしくて。振り返れない。
「俺も一緒に良い?」
「うん」
さほど気にも留めない様子で、手を繋がれた。手袋をしていない手は、走って来たからなのか、まだ、暖かった。「眠くないの?」って聞かれて、顔を覗き込まれた。「そっちだって」と聞き返すと素直に眠いと返された。
「まだ、寝ていても良い時間なのに」
「せっかく一緒にいられるのに勿体無い」
何がとは聞かなかった。朝焼けに染まるビル群は、東京とはまた違う景色を見せている。この、景色もとても綺麗だ。「寒くないの?」その質問には、平気と答えた。東北人なので。そっかとだけ返されて、私たちは綺麗に整備された遊歩道を歩く。
ふわふわする、多分、昨日のライブの疲れと、昨夜の事があって、睡眠が足りていないのだ。いつもよりも短い散歩をして、私たちはホテルに戻ったのだった。新幹線で寝れる自信ある。
年齢が年齢だけに、想いが通じ合えば、先に進むのは早いですよね。そんな、お話。




