070話:覚悟のミョルニル
(もうこれしかない。)
スロークは決意を固めて、手に持った巨大なハンマーを振り上げた。
そして一つ、深く息を吸うと、一気にハンマーを叩きつけた。
悪魔が設置した両替機へと。
ガツンとした手ごたえ。
スロークの持つ打撃系武器の中でも、最強級の破壊力を誇る”ミョルニル”だったが、両替機には傷一つついていない。
(くそ・・・シンさんの時は、数度蹴っただけで出て来たくせに・・・。)
どうして出てこないのか。
完全に破壊するつもりで振るった一撃なら、止めに来るに違いないと思った。
しかし悪魔は現れず、両替機も破壊どころか、傷一つ無い。
(何が違う・・・。)
失意の中、自室に戻ったスロークはベッドに腰を掛けると両手で顔を覆った。
(どうして現れないんだ。)
「「つまらないからですよ。」」
最初、幻聴かと思った。
それほど望んでも現れない存在の声だった。
「つまらない?自分がか?」
目論見通りとはいかなかったが、ついに呼び出せた。
小躍りしたくなる気持ちを抑えて、このチャンスを逃すまいと頭をフル回転させる。
「「あなた、あれが壊れたらどうするおつもりだったんですか?」」
何度も自答して、結局答えが出なかった問題だ。
「土下座してでも許しを請うさ。」
それ以外に何ができるのか。
一生をかけてでも償うことはできないだろう。
「「はぁ・・・それがつまらないんですよ、あなたは。」」
別に面白がらせたいわけじゃない、と言う言葉をぐっと飲みこんだ。
「「あの方は、あれが壊れないことも、たとえ壊れても私が歯牙にもかけず、すぐに復活させるだろうってこともちゃんと理解されていましたよ。」」
(は?
じゃあなんで、シンさんはあんなことを?
しかも、コイツは血相を変えて出て来たじゃないか。)
「「だから面白いんじゃないですか、私を呼び出せるなんて思ってもいない、壊せるなんて思ってもいない、ただの嫌がらせでやるんですよ、それも大真面目で。
答えたくなるじゃないですか、出てきてやったぞ、ザマァミロと。」」
(意味が分からない。)
「「だからつまらないんですよ、あなたは。」」
(?
頭の中を読まれてる?・・・そうか、たしかシンさんもそんなことを言っていた。)
「「鈍いですねぇ、ワンテンポ遅いですよ。」」
(くそ・・・。)
「なら何で来たんだ、俺はつまらないんだろう。」
苛立ちを抑えるのに苦労しながらも、つい出てしまった。
「「もちろん、あなたには砂粒ほどの興味もありませんよ。
ただ、こうした方が後に面白くなりそうな予感がしただけのことです。
えぇ、私、そのためなら労力は惜しまないので。」」
(やはり意味が分からない・・・いや、気にしてはダメだ。
たぶん、コイツは自分をイラつかせたいだけだ。)
「「違いますよ。ま、それはどうでもいいですけどね。」」
くそ・・・。
頭の中をのぞかれるってことがこれほど忌々しいことだとは、シンから聞いてはいたが、想像以上に神経を逆なでさせられる。
「そんなことはどうでもいい・・・シンさんはどうなったんだ。
なぜ突然光って消えた、今、シンさんはどこにいるんだ。」
悪魔のペースにハマってはいけない。
かといって、この悪魔とまともにやりあうことなど不可能だと悟った。
やりあえないのなら手はひとつ、問いたださなければならない問題をストレートにぶつけることにした。
「「真面目過ぎるのが美徳では無いんですがねぇ。
ま、いいでしょう、生き返っていますよ。」」
視界が歪む。
あふれ出ようとする涙のせいだ。
良かった。
心の底からそう思えた。
「じゃぁなぜ消えたんだ?どうして戻ってこない。」
認識しきれない悪魔の顔が、にやりと歪んだ気がした。
「「あの方が消えた。
そうです、まさにあの時、あの方が復活されたのですよ。
でも、本来ならもっと、ずっと早く復活するはずなんですが・・・なんであのタイミングだったんでしょうねぇ。」」
(あのタイミング?)
悪魔のもったいぶった物言いに違和感を感じる。
(どうしてあれほど時間がかかったのかだと?
そんなもの、お前の匙加減・・・いや、それもこいつらにとって想定外だった様に聞こえた?
なぜか・・・。
なぜ、復活の瞬間があの瞬間でなければいけなかったのか・・・・いや、違う・・・あのタイミングを待っていたのか?)
背筋がつめたくなってゆく。
(まさか・・・自分のせいか?)
「「なぁんんでぇ・・・あのタイミングだったんでしょぉねぇえ。」」
(自分がシンさんの体を、時間停止する第3貯蔵庫に保存してしまったばっかりに、そこから出されるまでシンさんの時間が止まり復活できなかったってことか?
だとしたら、自分は・・・なんてことをしてしまったんだ・・・。)
喜びの涙が、一瞬にして後悔と懺悔の涙に変わった。
自分のせいで、シンさんだけでなくアオイやユーシン、ミサたち、みんなに重い心の負担をかけてきてしまっていた。
「「あぁ、少しいいですね、前菜程度にはいただけましたよ。」」
そう言う悪魔の声も届かず、両手で頭を抱えた。
自分は、なんと愚かだったのだろう。
「「ちなみに、あの方の復活は結構なレアケースなので、誰でも復活できるなんて思わないでくださいね。」」
そう言う悪魔はなんとも嬉しそうに続ける。
「「あの方が消えた理由は、一応あるのですが、いつか戻られたときにお聞きください。
で、現在のあの方ですが、つい最近まではある女性の方とお過ごしだったようですよ。」」
(え?
シンさんが、女性と?
いや、彼も男性なのだからおかしなことでは無い。
でも、一言の連絡も無しに?
まさか記憶が・・・)
「「そんなはずないでしょう。」」
!?
(声に出して・・・じゃない、こいつは俺の心が読めるんだった。)
「「今も元気に旅を満喫されているようです。
お、グリフォンとはまた・・・どうやら国を出るようですね。」」
なんなんだ・・・思考が追い付かない。
シンさんは生きている。
突然消えたのは問題が発生したわけではない。
ここまでは飲みこめた。
しかし、村に戻らず女性と暮らし、今は国を出ようとしている?
(一体何があったんだ?シンさん・・・もう、この村を見限ったのか?)
「「とりあえず近況報告は済ませましたのでこれにて失礼いたします。
もう二度とあなたの招待に応じることは無いでしょうが、ご壮健で。」」
一人頭を抱えるスロークを残して、悪魔は何事も無かったかのように消えていた。
**
「さぁ、見つけたぞ!約束通り俺の子を産むのだぁ~。」
「そんな約束した覚えはぁ、ノミの涙ほども無いのぉ~!」
アオイが落ち着いて問題が一つ解消されたのだが、新たな問題が発生した。
ユーコにとって最大最悪の問題が。
通常はカブロの商隊と取引するのだが、大きめの魔石や緊急で必要になった物などは、ユーシンの軽トラでサンサテまで直接取引に向かっている。
その買い出しに同行してしまったのが運の尽きだった。
猫獣人同士がバッタリ出会うなんてことはめったにないのだが、魔石を売りに行ったユーシン達と別れて一人屋台を見て回っていた時、偶然にも黒毛の猫獣人と出会ってしまったのだ。
しかも、開口一番
「俺の子を産んでくれぇ~!」
ときた。
冬でもないのに、人間のようにガッチリと着こんだ服、実用性より見た目を重視したようなリュック、なんとも奇妙ないでたちだ。
猫獣人にとっては。
猫獣人は、よほど寒くならない限りは服を着ない。
なぜなら、猫獣人にとって命ともいえる俊敏さや、頭が通りさえすれば細い隙間でも通り抜けられる体の柔らかさ、音もたてずに走り回れたり、駆けるように木に登れる特性を殺してしまうからだ。
にもかかわらずこのいでたちは・・・。
(間違いなくロクデナシの臭いしかしないのよねぇ。)
しかも、この場に及んでようやく”常識さん(シンさん命名)”が思い出した猫獣人の恋愛は・・・ユーコにはとても受け入れられそうもないものだった。
「ごめんなさい。」
即答したのだが、相手はまったく気にしていなかった。
「ワハハ、安心しろ!俺は絶対あきらめない、すぐにお前も俺の虜になるのだ!」
(ナニ コイツ ウザ!)
こうして、壮絶な追いかけっこが始まったのだった。
ハッキリ言ってゲーム能力を持つユーコとでは相手になるはずもないのだが、さすがにサンサテの街で本気を出すわけにもいかない。
適当にあしらってほとぼりを覚ますつもりだったが、猫獣人の嗅覚はユーコの想像を超えていた。
逃げても隠れても、黒猫獣人はユーコを見つけ出してしまうのだ。
「俺は世界中を知っている!お前も知りたいだろう?」
と言われて、シンさんが良く微妙に役に立たないと愚痴っている”常識さん”が、
"猫獣人は土地に着く性格のものが多く、生涯生まれた地を離れない者がほとんどだ"
と言うことを思い出した。
どうやら、世界を旅する知識を披露することで自分のすごさをアピールするつもりらしい。
(全く興味ないですけど。)
うっとおしくなった。
へこませてやろうと、元の世界の話をこの世界に合わせて改変して披露してやった。
逆効果だった。
「素晴らしい! 俺との子なら世界を股にかける大物になるに違いない。」
ときた。
ガツンと蹴り飛ばしてみたけど、
「そうか、英雄にしたいんだな!任せろ、俺は世界中の物語を知っているぞ!」
と、まったくめげない。
わずかな滞在時間であったが、ユーコを辟易させた黒猫のしぶとさよ。
何とか撒いて、合流したユーシン達を急かして離脱したのだった。
「もう当分~、サンサテには来たくないぃ。」
荷台でゴロつくユーコは、心底疲れ果てていた。
**
悪魔との悪夢の時間から数日、スロークは夕食を終えたワタリビト全員を集めた。
悩みに悩んだが、彼は全てを打ち明けることにしたのだ。
「すまない、全て自分のせいだ。」
そう言って深く頭を下げた。
「いやぁ、やっぱりシンさんは生き返ったんスね!」
そう言って喜ぶユーシン。
スロークをとがめる者はいなかった。
「知らなかったことなんだし仕方ないですよ。」
一番心労をかけてしまったミサからもねぎらいの言葉をかけられた。
「そうそう、終わり良ければってやつだよ。」
と、ライアーも行儀悪くマスターの新作をつまみながらスロークに声をかけてきた。
「あんまり考えすぎるとハゲるよ。」
余計な一言が付いたが。
「みんなスロークが頑張ってたのは知ってるんだから、心配しなくて良いって。」
ソンチョーも励ましの言葉をかけてくれたが、心配なのは唯一実情を知らなかったアオイだ。
彼女は、浮かれるみんなとは対照的に難しい顔をしたまま黙り込んでいた。
「アオイさん・・・」
罵倒されることを覚悟して声をかけた。
「おかしい。」
アオイがやっと口にした一言
「女の人と一緒に暮らしてて、今は外国に向かってるっなんてさ・・・」
その言葉にピクリと反応する猫。
「まさか駆け落ち?」
へ?
「そんな甲斐性がシンさんにあると思う?」
すかさずマナが辛辣な一言。
「だよねぇ~。」
アオイとユーコが同時に同意した。
「ぷっ・・・駆け落ちは無いって・・・。」
ユーキも噴き出してしまった。
「どうせあのクソ悪魔のことっスから、変な言い回しでスロークさんをからかってるんスよ。」
「ありえる、女性って言っても婆さんだったり、逆に子供だったりとか。」
「外国へって言うのも、何か事情があるんだろう。」
「面倒事に巻き込まれてもスルースキル低そうだからね、あの人、イヤイヤながらも巻き込まれてそう。」
シンを知る面々から次々に声が上がり、すぐに笑いへと変わってゆく。
(はぁ・・・本当に自分は、つまらない人間なんだな。)
食堂には、一人悩んでいたのが馬鹿らしくなる光景が広がっていた。
「とりあえずおじーちゃんが帰ってきたらぶん殴るぅ。」
「いいぞぉアオイちゃん!その時はわたしもやるぅ。」
「おい、誰だアオイとユーコに酒飲ませたやつ。」
「おさけ・・・。」
「カイト!お前とアカネは絶対ダメだぞ!」
(これ、収集着くのかな。)
「不景気なツラしてないで飲め!」
「あちしのお酒が飲めないってゆぅのぉ。」
とりあえず、アオイとユーコにはもう酒は飲ません。
二人で物騒なことばかり叫び出した二人を見ながら心に誓ったのは、スロークだけでは無かったに違いない。
いつのまにか宴になってしまったが、心の底から喜び合えるのは久しぶりだった。
**
昨夜、こっそり舐めた初めての酒は苦くて臭くてまずかった。
(何であんなもん好きなんだろう。)
大人はよく分からない。
シンさんって人のことも良く分からない。
これまでは、村を救って命を落とした凄い人、ってイメージが強かったけれど、昨夜の話からすると、どうも変な人っぽい。
(あんまりかかわりたくないなぁ。)
カイトは人づきあいが得意な方では無かった。
学校でも、唯一の趣味で好きなゲームの話をする友達はいても、一緒に遊んだりすることも無かったし、ゲーム以外の話をした記憶も無い。
対照的にアカネは社交的で多趣味だった。
もちろんゲームも好きで、カイトとクラフト系ゲームに興じることもあれば、アイドル育成系のソーシャルゲームもやっていたようだった。
そういったつながりか、アイドル育成ゲームの能力を持つミサとはすぐに意気投合していたようだし、ワタリビトのみならずこの世界の住人や魔者とも仲良く接していた。
現実にクラフトできるこの世界も楽しいと思えるようにはなってきたけれど、あの日声をかけて協力プレイをしたせいで、妹のアカネをこの世界に巻き込んでしまったのではないか、との後ろめたさもあって、これまではあまりはしゃげずにいた。
昨夜は久しぶりに、この世界に来て初めて、何も考えずに楽しいと思えた。
苦くて臭くてまずいお酒をなめた後、体がポカポカと温かくなって、周りで騒ぐ大人たちがなんだか妙におかしくて、気が付いたら一緒になって騒いでいた。
(みんな同じ気持ちになるのかな。
だからあんなにまずいものを飲むのかな?)
ほんの少しだけ、大人に近づけた気がした。




