055話:突入
スロークとアオイが監視しはじめてから数時間、ようやく動きがあった。
隠し扉が開き、中から出てきた数人の男たちと戻ってきた連中が、大きな荷物を運び込む。
隠し扉が閉じてしばらく時間をおいてから、スロークが隠密で内部に潜入するためにアオイと別れた。
内部では奴隷たちが雑務のため活動していた。
突入に邪魔になると判断したスロークは、ジッと彼らが仕事を終えて部屋へ戻るのを待つことにした。
おそらく、そのころには窃盗団も仕事後の酒盛りからいびきをかきだす頃だろう。
天井に張り付いて息をひそめる。
狭い通路で潜むのはなかなか骨が折れるが、万が一にもしくじるわけにはいかない。
内部調査と救出対象からの情報で、奴隷たちは夜中に雑用や魔獣の世話を済ませ、朝日が昇る前に部屋へ戻るという情報を得ていた。
が、思っていた以上に動きが激しい。
誰一人休むことなく、移動は常に駆け足で・・・過酷な作業に文句ひとつも出ない。
忠誠心などではない。
恐怖の張り付いた表情が物語っていた。
活動中に突入すると、間違いなく邪魔になるし、おそらく彼らとも戦うことになる。
出来ればそれだけは避けたい。
彼らには何の罪もない。
やがて彼らが部屋に入ったのを確認すると、出てこれないようにアオイ特製の接着剤を慎重にドアの隙間に塗り込んでいく。
(これで、彼らが出てきてしまうのを阻止できればいいんだが。)
固まるのを待って、念のため開かないのを確認する。
扉と言う扉をふさいで簡単に制圧する・・・と言う案もあったが、いかんせん時間が足りない。
それほど複雑で細かい。
奴隷たちの眠る大部屋全てが塞がれたのを確認すると、入り口付近まで移動して隠密を解く。
スロークは予定していたポイントに潜んでいるはずのユーシン達に合図を送り、音も無く踵を返した。
まずは2階にある小屋へ、囚われたワタリビト達の開放がスロークの役割だ。
ユーシン達は入り口から一番近い階段を降りると、派手に音を立てながら奥へと進んだ。
複雑で乱雑、迷路のような通路を気づかれずに進むことは不可能だと諦め、派手に暴れながら手下どもを相手取って時間を稼ぐのが役割だ。
まずはユーキ達と合流してから、幹部連中のいるポイントを目指す。
クモタを通じて子供が捕まっているという情報もあるので、出来るだけ注意をこちらに引き付けたい。
とにかく派手に、無駄に暴れて目立ちながら進む。
こうやって暴れれば、2階のスロークや、ユーキ達から目をそらせつつ、幹部連中が逃げ出すように誘導する事もできるだろう。
幹部連中を見つける必要はないのだ、出口にはアオイのトラップが待ち構えている。
下っ端らしい強面軍団がワラワラと湧いてきたけど、ユーシン達の相手になるはずも無く、狭い通路の床はあっという間に下っ端で見えなくなった。
となると、当然足場も悪くなる、バランスを崩さないように注意しながらの戦いは無駄に神経を使う。
「狭いなぁ。燃やしちゃダメかな。」
狭く入り組んだ通路では、すぐそばにいるのに姿は見えないが、声の調子からライアーがイライラを募らせているのが分かる。。
「仲良く黒焦げなんて冗談じゃねぇッスよ。」
狭すぎてバールを振り回す余裕が無いので素手でやりあっているユーシンも、狭さと暗さ、足場の悪さでに辟易としていた。
(壁ぶち抜きたい。)
そんな欲求が一撃ごとに増してゆく。
「黒焦げになる前に一酸化炭素中毒か、熱で気道と肺がダメになって窒息死。」
ユーシンの拒否発言を冷静にマナが訂正した。
マナのブレードもこの中では使えない、慣れない戦い方にうんざりしていた。
一応内部構造の地図は渡されているけれど、見直す暇もない。
しかも、実際に入ってみると想像以上に劣悪な環境だ。
休みなく襲い掛かってくる下っ端強面軍団もやっかいで、技など使わなくても簡単にノックアウトできるが、とにかく数が多すぎる。
程なく方向感覚が狂って自分の位置を見失ってしまった。
「ちくしょう!どこだここはぁ~!」
ユーシンの叫びが、狭い通路にむなしく響いた。
**
ユーシン達が突入した音を聞いたユーキとユーコも行動を開始した。
毬とクモタに変わってアオンとクマ、ゴンを呼び出し、ドアを破らせる。
さらわれた子供たちをアオンの背に乗せて脱出を試みるためだ。
子供たちへは、強面どもの目を盗んであらかじめアオンたちに慣れさせていた。
初めて見る大きな魔獣にパニックになられては脱出が困難になる。
毬で恐怖心を和らげ、クマで獣に慣れさせ、アオンで大きな魔獣に慣れさせた。
と言っても、なかなか大変だった。
子供の扱いに慣れたユーコがいなければ無理だったろう。
ユーコ自身が猫獣人だったのも良い結果につながったのかもしれない。
苦労のおかげでいざ本番、アオンに怖がることも無く、スムーズに乗せることができた。
部屋を脱出、ユーシン達との合流を目指す。
合流したら、一人ずつメンバーを交代して、ユーキは子供たちを脱出させる。
それぞれのスタート地点から合流地点までの事情を知っているものが交代することで少しでもリスクを減らそうという狙いだった。
決行直前に、スロークが苦労して作った地図をクモタが持ってきていた。
その地図を頼りに狭い迷路を進む。
飛び出してくる強面をゴンとユーコがバッタバッタとなぎ倒す。
進化してブラックキャップ(中距離戦闘に特化したゴブリン)になったゴンは、全身に巻き付けた投げナイフを強面どもに投げつけてゆく。
トゲを生やして戦闘モードになったユーコもトゲを投げて次々に処理していく。
この世界の住人に対しては、すでに戦力過多だ。
絶賛無双中のゴンとユーコに守られながら、どこかウズウズしているアオンをなだめる。
「アオン、だめだからね。子供たち乗せてるんだし、お前が暴れたら天井ごと崩れちゃうから。」
そうでなくても体が壁をこすりながら進んでいる。
大人が騎乗できるほどの体格となったアオンは、子供たちがいなければ呼ぶべきではない状況だ。
(それにしても、やたらと下っ端強面~ズが多いなぁ。)
奴隷は隔離してくれたはずだけど、なかなか進めずにいいかげんウザったい。
これも幹部連中が逃げるための時間稼ぎ、ってことなのだろう。
それにしても・・・明らかに多すぎる。
確かに大きな興行団体だけど、雑用とかは隔離している奴隷がやっているのに、こんなに人数いらないだろ?
倒れた下っ端~ズが通路をふさいで思うように進めない。
(ひょっとして、肉の壁役?)
そう思うと哀れに感じてしまう。
(そんなに給料良いのかなぁ・・・それとも弱み握られてるとかかな?)
なんて余計なことを考えてしまう。
子供たちは教えたとおり、アオンの上にしっかりしがみついて目をギュッとつぶっている。
けど、怒号の飛び交うこの状況は良くない。
気持ち的に限界が来たら、一斉にパニックになりかねない。
(どうしたものかな)
いっそ、アオンに暴れてもらって上に逃げるか?
さすがのユーキもイラつきを抑えられなくなりそうだった。
**
目的の檻の前に着くや否や、ツールを使って鍵を開ける。
当然、鍵開けのスキルはMAXまで上げてあるので真っ暗でも秒で開いた。
「もう大丈夫だ。下でも仲間が騒ぎを起こしているから、今のうちに脱出しよう。」
その声に、檻の奥から影が出てくる。
かつてのアオイを彷彿とさせる独特のフォルムが二人。
「ありがとう・・・ありがとう。」
よほどつらい生活だったのか、すでに涙でグシャグシャになっている二人をなだめて連れだす。
他の檻は魔獣だけしか入っていないのも確認済みなので、もう一人の救出対象を開放するために歌劇場へと向かう。
ユーシン達が派手に暴れまわってくれているおかげですんなり歌劇場にたどり着くと、舞台裏の小屋へ。
ここでも難なくカギを開けると、中から飛び出してきた少女がスロークに抱き着いた。
「落ち着け!まだ脱出できたわけじゃないんだ。」
泣きじゃくる少女を引きはがして、小屋にとらわれていた他の被害者たちに事情を説明する。
これまで誰にも話さないように指示していたが、どうやらそううまくはいかなかったようだ。
中にいる誰一人騒ぐことなく落ち着いている。
「朝には衛兵が来る、帰りたい場所があるならここで衛兵を待つんだ。帰る場所が無いなら自分たちと来ればいい。」
そう言ってスッとその場を後にした。
もたもたしている時間は無いし、話が漏れているなら裏切者が、いや、この場合は敵にとっての忠義者が密告しているかもしれない。
作戦が敵にバレているとしたら、戦っているみんなが心配だ。
バレていないとしても、これまで十分に考える時間はあったはずだ。
まだ悩むのなら残って衛兵に任せた方がいいだろう。
2階は人気が無いが、足元から喧騒が聞こえてくる、ユーシン達が頑張って敵を引き付けてくれているようだ。
おかげで懸念だった外へのゲートもすんなりと通り抜け脱出できた。
サンサテの通りに街灯などは無くまだかなり暗い。
ワタリビト3人と、共に脱出してきた歌劇場の出演者を連れ、真っすぐベリッサの食堂へ、周囲を警戒しながら裏口に回ると、厨房に滑り込んだ。
ここなら外からは全く見えない上、外で何かあればすぐに脱出できる。
「すまんな、ここは安全だから、しばらく隠れていてくれ。まだ助けなければならない人がいる。」
そう伝えると、厨房を飛び出した。
一人で待機しているアオイの元へ急がなければならない。
**
かなり無駄な時間を使ってしまった気もするが、ようやくユーシン達と合流できたユーキ達。
マナとユーコが交代して、マナの案内でユーキと子供たちが外へ、まずは子供たちを安全な場所まで届けなければならない。
奥へと進むのはユーシン、ライアーに案内役のユーコだ。
すでに抵抗もほとんど無くなっていて、ズンズン進んでいく。
と、突然広い通路に、ようやく幹部連中の居住スペースにたどり着いたようだ。
「こりゃ、時間かかりすぎたな。」
頭をかきながら、開け放たれたドアの並ぶ通路を見渡すライアー。
持てるだけの財宝を持って逃げだした後のようだ。
予定通りではあるが、うっぷん晴らしに広い場所で暴れたい気分だった。
犬の吠え声がひっきりなしにしているところをみると、どうやらペットも置き去りらしい。
片っ端からドアを開けて伏兵を確認していくが、結局誰一人残ってはいないかった。
持ち忘れたのか、さして価値がないのか、結構な量の”お宝”が残されている。
「これ、チョットカッコいいな。」
「オイ。」
ライアーの中二心をくすぐる”お宝”を見かけて、つい心の声が出てしまったが即座にユーシンがストップをかけた。
「分かってるよ、あいつらの同類になる気は無いって。」
通路の奥には、鎖でつながれたグレイウルフが4頭。
歯をむき出して吠え続けているが、尻尾はピッタリとお腹につけている。
「あんなんよく捕まえられたな。結構強い狼だったけど。」
グレイウルフとの戦闘経験があるユーシンが感心しながら、シゲシゲと狼たちを見た。
(痩せてるな。)
ユーシン達が戦ったグレイウルフと同じ種には見えない程貧弱な体。
満足に餌を与えられていないのか。
薄暗いろうそくの明かりでも分かる、特徴的なグレーの毛並み(この世界でグレーの毛並みの狼は他にいない)でもなければ、かつて3人(+2)がかりでやっと倒したグレイウルフと同種とは気づけなかっただろう。
「ワンちゃんも捕まっちゃったのねぇ。」
ユーコはもう戦闘態勢を解いていた。憎いのは興行団の関係者だけ、つながれた魔獣に罪は無い。
「どうせ、子供のウルフを盗んだか買ったりして慣らしたんじゃない?」
とライアー。
「なるほど、そんな手もあったっスね。」
そう言って警戒するでもなく通路を進むユーシン。
ウルフたちは、ユーシンにガンを飛ばされてすっかり縮こまっている。
ガン飛ばしも牽制技の一つではあるが、グレイウルフがここまで怯えるとは。
飼育されたウルフは野生よりかなり臆病なようだ。
「アオンちゃんのお友達によさそうだねぇ。」
(・・・連れ帰るとか言い出さないよな)
縮こまっているウルフの頭をなでているユーコに一抹の不安を覚えるライアーだった。
ユーシンはためらわずに通路を進み、開かれた脱出口から外をのぞいた。
脱出口から余白なく開いた大穴の先には、呆然と穴の底をのぞき込むスロークと、ドヤ顔で仁王立ちのアオイがいた。
こちらに気が付くと、アオイがブンブンと手を振ってきた。
いい笑顔だ。
下、穴の底には、壊れた木箱とピクリともしない幹部連中。
木箱からは盗品と思われる財宝が漏れ出ていた。
「深すぎだろ・・・。」
開いた口が塞がらない。
たぶん、目測で15m近くあるんじゃないか。
「死んで無いよね?あれ。」
横からのぞき込んできたライアーもあきれ顔だ。
「とどめ指す?」
後ろから、両手にとげを持った猫の声。
女性陣が怖すぎる。
衛兵が駆けつけて来たのか、再び入口の方が騒がしくなってきた。
アオイがいとも簡単に橋を掛けると、衛兵たちとかち合わないように素早く小屋を離れた。
暗い裏道りを、衛兵や野次馬とかち合わないように遠回りでベリッサの食堂に向かう。
当たり前のようにグレイウルフ4頭の鎖を引くユーコには誰もつっこまない。
抵抗されたら引きずられるのはユーコの方だろうけど、ユーシンのガンつけ一発ですっかり脅え切ったウルフたちはなすがままだ。
(猫が立って狼を散歩させてる・・・シュールだ)
不安が的中したライアーだが、何も言わない。
ユーキとアオンに押しつ・・・お任せだ。




