053話:興行団
サンサテの中ほどにある食堂で、カブロの親であり女将のベリッサが荷造りに精を出していた。
すでに食堂は売りに出し、みどり村への移住を決めている。
最初は支店を出すつもりでいたが、資金提供を頼んだ息子の財布の紐が固く、2店舗もつ余裕はないと移住を決めたのだ。
目下、息子とは冷戦中である。
旦那で料理人のクブロフが先行して村に入っており、開店の準備を進めている。
食器やら生活用品はすでに運んであるので、あとは細々としたものを詰めるだけだ。
思えば、クブロフの腰痛悪化でメイン食材の干し肉ができなくなった時、タイミングよく売り込みに来た青年を追い返さなくてよかった、としみじみ思う。
その場しのぎにでもと半ば自棄になって試した干し肉の、なんと美味かったことか。
それ以来、自分達の生活は目まぐるしく変わっていった。
もちろん良い方にだ。
とうとう慣れ親しんだ店を売り、この歳で新天地に店を開こうというのだから、世の中どう変わるか分からないものだ。
移住してしばらくは、美味い食材は扱えないと聞いている。
急激な発展に、生産量が足りないのだという。
が、干し肉は今まで通り仕入れできるし、新たにエグみの無い美味いミードを卸してくれると約束をもらっているので気合も入る。
しかも、すぐ近くには村で取れた美味い食材を使った食堂が営業しているという。
うまい食材が自分たちにまで回ってくるまでに、旦那にはしっかり味を盗んで研究しておいてもらわなければと、軍資金もたっぷり与えていた。
「おや、久しぶりだね、大勢でどうしたんだい。」
そう言ったベリッサの視線の先には、食堂に入って来たユーシン達がいた。
「わりぃっス、おばちゃん、ちょっと場所貸して。」
そう言って、ユーシン達は食堂で一番大きなテーブルをぐるりと囲んだ。
ライアーたちも合流したはいいが、宿では手狭で相談できる場所が見つからなかった。
ここならもう営業していないし、知らない間でもないしとユーシンが勝手に決めて乗り込んできたのだ。
「今度来るっていう興行団じゃないの。あんたたちも見に来たのかい?」
テーブルに置かれたチラシを見たベリッサが、のんきに輪に入ってきた。
「やめときな、そこのは評判良くないよ。」
チラシに書かれていた興行主を見た途端に顔をしかめた。
「マジスか?こんなチラシ配るくらいだから人気なんじゃないんスか?」
貴重品の紙で作ったチラシを配るなんて、相当な資金が必要になる、普通なら喜びそうなものだが、どうやらベリッサもこの興行団について知っているらしい。
「だいぶ前にも一度来たことがあるんだけどね、こいつらが来ると、とにかく問題が起こるんだよ。
行方不明が何人も出たり、盗難騒ぎに人死にもね。
だからあんた、獣人は特に行方不明が多いから気を付けるんだよ。」
そう言って、腰をかがめて目線をユーコに合わせて頭をなでた。
「それでよく捕まりませんね。」
思いもかけない情報だった。
ここまで非道が知られているとは。
「騒ぎになり始めるといなくなっちまうのさ。」
ベリッサはそう言って大きなため息を吐いた。
「領堺を超えると領兵達は手出しできないからね、証拠も無いってんでお手上げだったのさ。
周りの領主と協力してくれりゃいいんだけど、お貴族様ってのは体面を気にするからね。」
以前サンサテに件の興行団が来たのは、ベリッサが働き始めたころ、もう二十年も前の話だ。
その頃のことを覚えているのは、実際に被害を受けた者くらいだろうと言っていた。
その当時ベリッサの務めていた酒場も被害にあったのだそうだ。
派手な告知で人々の目を出し物に引き付けて、その裏で悪事を働きサッといなくなってしまう。
そんなことを繰り返す犯罪集団だが、出し物の人気も高く、確たる証拠も無しに手出しができないらしい。
娯楽に飢えているからこそ、多少のいかがわしさも目に入らなくなってしまうということか。
周長などへ多額の賄賂が渡っているからだ、なんて噂も聞いたことがあるらしい。
「じゃぁやっぱりぃ、ユーコちゃんの魅力でぇ、悪い人をメロメロにしてやっつければいいんですぅ。」
「いや、魅力でメロメロて・・・。」
獣人のユーコが狙われるかもしれない、と言うベリッサの忠告を逆手に取ろうとでも言うのか。
「危ないのはダメ。」
そうアオイに言われてしまうとユーコもトーンを下げざるを得ない。
が、
「興行小屋の周辺とか人気のない路地とかをウロウロして、うまく攫われたら潜入捜査、みたいな感じか。
スパイっぽくて面白そうだな。」
というライアーの一言でユーコが復活、
「潜入捜査面白そう~、名スパイユーコちゃん参上ぅ。」
と言ってポーズを決める。
惜しい、それはスパイと言うより探偵アニメの主人公(低学年向け)がとりそうなポーズだ。
「アオイちゃんもご一緒にぃ。はいっ」
「えっ、なに?ムリムリ。」
アオイもこのノリにはついていかない。
そんな様子を見て、
「やめときましょう、キャスティングミスです。」
と言ったユーキは、ユーコの爪出し猫パンチを食らっていた。
アオイやユーキの不安ももっともだけど、ユーコは意外に強いししっかりしている。
分かっていても心配せずにはいられないんだろうな。
まぁ、それなら手はある。
「一人に任せるのは危険だからな、ユーキのモンスターにウサギがいただろ?この間封印したっていう。
アレを抱えて興行を見て回れば、奴らの目を引くんじゃないか?
友達同士仲良く見に来たっていう体で。」
と言って、ユーキとユーコを見た。
「名前も似てるし、仲良くやってくれ。」
「なっ!」
「なるほどなるほどぉ、ユーキ君はユーコと仲良くなりたかったのですねぇ。」
ユーキはキャラメイクの鏡台を使って、不自然ではない程度に少しずつ身長を伸ばしている。
とはいえ、まだ13~14歳くらいに見えるんだから適役だ。
しかも、元々女の子キャラということもあって美少年だ、そこにウサギの魔獣に猫の獣人とくれば、連中にとって十分魅力的に見えてくれるだろう。
ちょっとあざと過ぎか?という思いもしなくはないが、わざと捕まって内情を知るにはうってつけだ。
いざとなったら召喚モンスターをアオン達にチェンジすればいいし、ユーキ自身もモンスターたちの影響と訓練でだいぶ腕を上げている。
「うぅ、なんか、釈然としないけどそれが一番いいですね。」
自分ではかなり男っぽく、外見的にも強そうになってきていると思っていたユーキは不満げだ。
が、それ以上にユーコを一人で潜入させるのは不安だったのだろう、からかうユーコを必死に無視して承諾した。
「そうなると、ユーキはお父さんのスロークと一緒に興行を見に来たけど、はぐれてしまって不安げにウロウロしているって感じで演技した方がそれっぽくない?」
ライアーが悪戯っぽい笑みで提案した。
「おとぅ・・・さん?」
スロークとユーキが、微妙な表情で互いを見る。
「それならむしろ、ライアーの方が子供っぽくない?」
あわててそう反論したユーキ。
確かに見た目はライアーの方が小さいが、子供受けのよさそうなモフモフ魔獣を使役するという、ターゲットへのアピール力はライアーでは足りないだろう。
多少のすったもんだはあったが、ザックリとした行動スケジュールが決まった。
初日はスロークとユーキが仲良く観覧してアピール。
2日目は観覧しつつ、途中でユーキ達がスロークとはぐれてウロウロ、空ぶったら夜に無事再開できた体を装おう。
3日目はスロークが仕事の体で、興行小屋前でユーキに小遣いを渡して分かれユーキは観覧。
それでもだめならスロークが隠密で潜入。
という2段構えの”攫って”アピールと強硬潜入で決行することになった。
興行期間は5日間と、移動しながらの興行としてはありえないほど短い。
なので、少ないチャンスで何とか糸口を見つけなければならない。
最悪は、ワタリビトと思わしき人物の確認と救出だけで離脱ということもあるだろう。
「なるほどね、あんたたちの仲間かもしれない子が見世物にされてるなんて、絶対に許せないね。
あんたたち、この店を自由に使いな、寝泊まりも上の部屋でするといいさ。
売りに出して引っ越しの準備をしているここなら、客も来ないし人が出入りしてても不自然じゃないだろ。
知り合いが手伝いに来てるって言えばいいだけだしね。」
救出後の集合にも使わせてもらおうと、要点だけをザックリと説明したのだが、ベリッサはすでに仲間のつもりだ。
一時的に場所を借りたかっただけなのに。
「ああ、周りをだますために、片づけを手伝ってくれてもいいんだよ。信憑性も増すし、あたしも助かるしね。」
さすがカブロの母親だ、シッカリしてる。
と、妙に納得してしまった。
**
興行小屋の建設は10日ほど前から始まっていたが、先行していたスロークが隠密を使って観察もしていた。
その様子では、話に聞いた通り村に隣接するように2層構造の建築物を建設していた。
1階に当たる部分は土台のようで、200m四方の大きな建物。
内部は非常に細かく仕切られ、関係者の待機所や住まいに充てられているように感じられたが、どう見てもそれだけではない。
まるで迷宮のように複雑に入り組んだ通路でひしめいている。
隠密によって近くの建物の屋根に登ってジックリと見られるからこそ、その複雑さの一端を知ることができた。
2階部分には様々な大きさの小屋がたてられ、観覧者は2階部分を見て楽しむ構造のようだ。
興行を行う団体の施設でも、かなり珍しい、というより、普通はこんなことはしない。
おそらく、関係者しか入れない1階部分にはいろいろと仕掛けがあるのは間違いなさそうだ。
興行自体は一般的なようで、曲芸や奇術を見せる小屋、檻に入れた珍しい魔物を見せる小屋、酒や飲食ができる小屋に子供が遊ぶアスレチック的な施設まである。
この世界では遊園地や動物(魔獣)園などは無く、劇場なども領都、王都レベルの大都市にしかない。
そのため、サンザ王国には10程の興行団があり、町を渡り歩いている。
数年に一度は何かしらの興行団がやって来る、と言うことだ。
市民にとって、最高の娯楽が数年に一度訪れる興行団なのだ。
だからこそ住人のガス抜きでもあるため、多少きな臭い程度は見て見ぬふりをせざるを得ないほど影響力があるようだ。
事が起こったのは、興行開始2日目だった。
初日、一日かけてくまなく回り、ユーコとモフモフの毛玉ウサギ(モルラビ)の"毬"をアピールしていた。
あちこちでにぎやかに奏でられる音楽が騒々しかったけれど、目的の人物の場所特定も忘れずチェックできた。
2日目の昼過ぎに予定通りスロークとはぐれて程なくだった。
不自然に人気のない通路に入り込んだところで、突然床が開いた。
落ちた先は薄暗い部屋の中。
(うわぁ、雑だなぁ、おかげですんなり捕まれたけど、こんなに雑だと、誰かに見られるんじゃないか?)
いろいろ攫われ方を想定していたけれど、まさかこれほど雑で大掛かりだとは思わなかった。
2階構造の理由の一端がこれってことか。
上では、絶えず音楽が奏でられていた。
落とされた被害者が泣き叫んでも、上には声が届かないようにしているのだろう。
壁のドアが開くと、強面の男が入ってきた。
眼帯に禿げ頭、顔中に傷痕と、絵にかいたような悪党だ。
「痛い目見たくなけりゃぁ、おとなしくしてろ。腕の一本や二本無くても使い道はあるんだからな。」
そう凄むと、ユーキ達の近くまで来て拳で壁を強くたたいた。
大きな音を出して怖がらせる目的なのは一目瞭然だ。
それっぽく怖がって見せるユーキとユーコ。
毬は最初から隅で小さくなっている。
満足したのか、男は部屋を出ていった。
ガチャリと鍵をかける音がしたから、このまま閉じ込められるのだろう。
ヤレヤレだ。
薄暗いのはいいとして、獣臭いこの臭いはどうにかならないものか。
木の板だけの壁はクマやアオンなら容易に壊せそうだけど、情報によるとこの壁がそのまま2階部分を支えているようなのでうかつに壊せない。
予定では、スロークが隠密で姿を消してここに一緒に落ちたはずだ。
(たぶん、さっきの男の隙をついてドアから部屋を出ているだろうから、しばらくは待つしかないかな。)
ユーキは数日前に捕獲したばかりの新鋭、親指サイズの蜘蛛型の魔物、スティルダーのクモタを召喚すると、ドアの隙間から外に出して偵察に向かわせた。
(場合によってはクモタに鍵を開けさせるようになるかな・・・一応練習させたけど、実践は初めてだしなぁ。)
「とりあえずこれでやることなくなっちゃった。まさか捕まったままほったらかしにされるなんてなぁ。」
ユーキは床に座り込むと、そのままごろりと横になった。
こうなったらもう、無駄な体力を使わないようにしないと。
「ざぁんねん。悪者を颯爽とじぇのさいどするつもりだったのにぃ。」
鼻の穴にちぎった手拭いをめいっぱい詰め込んだユーコ。
猫獣人は臭いに敏感なのだ。
そのまま床に丸まって、欠伸をしながらごろりと寝転がると、程なくスー、スーと寝息を立て始めた。




