040話:襲撃
準備万端で迎え撃てれば良かったが、残念ながらデモンエイプの襲撃はかなり悪い形でやって来た。
4匹、3匹、3匹、ヒエン集団と、4か所からの同時侵攻。
戦力をバラケさせられる上、隔離には成功したものの、村の中にも一人。
かなりまずい状況だ。
広域警戒のおかげで事前に察知できたものの、戦力をどう割り振るかが難問だ。
「たぶん、最初に動くのはヒエンの群れだと思う。」
敵の配置が分かったところで作戦会議にソンチョー、スローク、ユーキ、俺に、ハンターのマルクと5人がソンチョー宅のリビングに集まった。
村周辺の簡易地図に感知した敵の配置を書き込んだものを見ながら、ユーキが最初に口を開いた。
ヒエンたちの中にはデモンエイプらしき反応が無かったことからも、おそらくはおとりとしてハデに動く可能性は高いだろう。
「それは、ハンター、ゴブリン、オーク連合で対応に当たろう。
ヒエン相手なら十分やりあえる、弓の使える職人たちも加わってくれるらしいしな。
まぁ、障壁内の安全な場所から弓で撃ち落としていく程度のことしかできんが。」
淡々と言ったマルクだったが、その表情は硬い。
常識では考えられないほどの量だ。
しかも、全滅するまで襲い掛かってくるだろう。
マルクは、肉体的というよりも、精神的な危機感を感じていた。
特に職人たちは、何かをきっかけにパニックに陥る可能性もある、ハンターたちでサポートしなければならないだろう。
「ふぅ・・・悪いが、先に行くぞ。
俺たちができることは分かった、一秒でも早く準備を始めたいからな。」
そう言って、マルクは早々にリビングを出ていった。
「鋭い人だな。」
マルクをそう評したスローク、特殊能力持ち同士の話になるからと気を使った、と思ったみたいだ。
どっちかって言うと、戦場の大混乱を想定していっぱいいっぱいって感じがしたけど。
真実がどっちかは置いといて、とにかく何も気にせず話せるようになったのは助かる。
「デモンエイプと直接やりあえるのは自分とシンさん、ユーシン、ライアーとマナさんくらいか。」
腕を組み、険しい表情で地図を見るスローク。
「ちょっと、僕だって戦いに参加はできるよ。」
外されたユーキが異を唱えた。
「いや、ユーキにはグロッグを監視してほしいんだ。
単独で乗り込んでくるぐらいだから、戦闘面でも自信があるだろう、隔離できたとは言え、簡易的なカギしないあそこでは、おそらく抑えきることはできない。
戦闘力が未知数なアオイとユーコだけに任せることはできないからな、ユーキに任せたいんだ。
最悪、デモンエイプ以上に危険な相手をユーキに任せることになるかもしれないが。」
真剣に諭すスロークに、渋々ながらグロッグの監視を引き受けたユーキ。
その後、対デモンエイプ戦の割り振りはかなりもめた。
止めたんだけどね、実際に戦場に立つ者も話し合いに含めた方がいいってソンチョーが言うから、ユーシンとライアー、マナを招集したもんだから・・・。
揉めに揉めてしまった。
結局、一番西側、ヒエンの群れの東隣からのデモンエイプ3体にライアーとマナが、北側付近からの3体にはユーシンが当たることになった。
4匹のグループには俺が対応する。
一人で四匹なんてと、猛烈に反対されたけど(揉めた理由の大半がこれだった)。
あくまで他の2組の戦闘が終わって駆け付けてもらうまでの時間稼ぎ、デモンエイプはかなり魔法を警戒するから、範囲攻撃魔法が使える俺が時間稼ぎには最適だと押し切った。
スロークはスキルを使って姿を隠し、自由に動きつつ隙があれば暗殺を狙ってもらう。
俺の希望としてはデモンエイプを知らないライアーとマナを最初にサポートしてもらいたい。
数的にも互角になるから、なるはやで決着をつけて3人でユーシンのサポートへ、状況によってはライアーかマナをハンターたちのサポートへ送って、最後に俺を助けてもらえればいいかなぁ~って思ったんだけど、俺が一人でってだけであれだけ揉めたんだから、俺を最後になんて言ったらまた蒸し返されそうな雰囲気で言えなかった。
スロークが察してくれることを祈ろう。
会議が始まる前、アオイ、ユーコ、マスターも前線で戦うと息巻いていたけど、諦めてもらった。
ゲームの特性を見ても明らかに不利だ。
アオイとマスターは、正直デモンエイプの動きについていけるとは思えない。
二人が弱いとかではなくて、戦闘パターンがゲームに影響されて単調すぎてしまうためだ。
実戦経験も多くはないし、とてもデモンエイプの変幻自在な戦闘スタイルには対応できないだろう。
ユーコは・・・戦っている姿を全く想像できない。普段の性格を見ても、悲惨な末路しか想像できない。
さすがに面と向かっては言えないので、それぞれに役割を持ってもらった。
マスターにはソンチョーのサポートとして村に残り、非戦闘員の護衛を任せた。
最悪のケースでは、村を放棄して脱出することになるので本当に護衛として戦ってもらわなければならないかもしれない。
ユーコとアオイには、グロッグの監視としての役割。
間違いなく何かしでかすだろうし、すでに村の中に入り込んでしまっているので2人体制で任せたいと言いくるめてある。
会議でユーキも加わることになったから不安はないけれど、経験値のために人を、元々仲間ともいえる異世界人を殺しにかかる連中の一人なので、かなり高レベルだと思われる。
だからこそスロークはユーキにも加わってもらったんだろうけれど、それでもちょっと不安だ。
デモンエイプとの戦いへと分かれる直前、各自に秘蔵のポーションを配る。
エイルヴァーンのポーションは即効性ではなく、10秒から1分くらいかけて少しずつ回復していくタイプだから、手遅れにならないよう惜しみなく使ってほしい。
スロークからも高性能タイプのポーションをユーシンやライアーたちに配っていた。
数に不安があるものの、何とかしのいでほしいものだ。
一応俺は時間稼ぎを前提に脳内シミュレーションで時間をつぶす。
ふと思い立ったので急遽、木の板を張り合わせただけのタワーシールドを造ったけれど、役に立ってくれるかな。
各自が夜通しで準備を進め、明け方広場に集う。
ここで一発、高らかに鼓舞や鬨の声を・・・といきたいところだろうけれど、敵の虚を突いて先制するため、静かな開戦となった。
俺も、急造のタワーシールドを担いで戦場へと歩き出した。
**
「へぇ、これがデモンエイプか、でっかいなぁ。」
ライアーは緊張感無くつぶやくと、大きな欠伸をした。
彼をよく知らなければ、虚勢だとは気が付かないほど見事な大欠伸だ。
「早くてめんどくさいって言ってたから、最短で仕留める。」
言うが早いか、両肘から輝くブレードを顕現させてマナが駆け出した。
3対2、不利な状況を抜け出すには、まずは1匹倒して同数にする。
瞬きする間に1匹のデモンエイプに肉薄すると、体を回転させブレードでエイプの胸を切り裂いた。
はずだった。
間合いも十分、確実にとらえたと思ったが、巨大な猿は腰を引いて難なく交わし、覆いかぶさるようにつかみかかってきた。
「くっ!」
間一髪、マナの腕ほどもあるエイプの指を蹴って宙返り、後ろに飛びのくことで身をかわすことに成功した。
一方ライアーも、もう一匹と交戦に入っていた。
木々の間を飛び交っての空中戦だが、ライアーの表情には余裕が無い。
マナをサポートして一匹は確実に、と、飛び込んでいったが、真横からもう一体の、雑に繰り出された拳を右肩へもろに受けてしまった。
ダメージもさることながら、殴られるまで接近に全く気が付かなかったことがライアーのプライドを傷つけていた。
しかも、最後の一匹は動こうともせずにいる。
(自分が出るまでも無いってかよ。)
苛立つ。
拳を食らった右腕が動かない。
右腕が動かなければ、ほとんどの技が使えない。
渡されたポーションを飲もうにも、エイプはそんな隙を与えてくれなかった。
紙一重でエイプの攻撃をかわし、打撃を与えていくがダメージになっている様子が無い。
タフだとは聞いていたけど、これだけ効果が無いように見えるとなにをしても通用しないんじゃないかとすら思えてしまう。
さらに、一撃貰えば即戦闘不能になりかねない威力だ。
一手毎に焦りが、恐怖が強くなっていく。
焦りと恐怖は、マナも同じように感じていた。
ブレードが当たらない。
どれだけフェイントを織り交ぜようと、マナのブレードは虚しく空を切る。
ひじからブレードが出ている以上、リーチは短い、そのかわり剣速は手に持つ剣よりはるかに速いはずなのに、ことごとく躱されてしまう。
聞いていたデモンエイプの速さではない。
これが本来の速さなのか、それとも、別の何かがあるのだろうか?
動かないもう一体も気にかかる。
その一体の動きひとつで、あっという間に戦況が瓦解しかねない。
まさに、薄氷の上で戦っているような状態になってしまっていた。
(このままじゃいけない。)
マナは、覚悟を決めた。
今目の前にいる一体だけに集中する。
後のことも周りのことも考えない。
捕まることも覚悟して、一息に肉薄すると回転、渾身の力を込めてブレードを叩き込んだ。
ギィアグァア!
胸から鮮血をまき散らすエイプ。
マナの左ひじからブレードが消え、右ひじのブレードが厚く、長くなっていた。
ブレードにエネルギーを纏わせて巨大化させるメガブレードという技だ。
ゲームだと両ひじのブレードは物質だが、今マナははシンのアイテムで姿を変えている。
その影響で使えなくなっていた能力を、悪魔がこじつけて使えるようにしている。
物質のブレードをエネルギーの塊に変換、戦闘時だけ顕現されるようになっているのだ。
しかし、その弊害としてメガブレードを使うとエネルギー不足に陥り、左のブレードが消えてしまい効果が続く一分間は復活しないし、エネルギーの消耗も大きくなってしまっていた。
いまいち使いにくい技だったが、急に間合いが伸びたことでエイプの不意をつくことができたのだから悪いことばかりでもなかった。
致命傷には程遠いが、確実に深手を与えられたことは間違いない。
エイプが持ち直す前に、畳み込むように連撃を加える。
ブレードが片腕になってしまった分手数は減ってしまったが、思わぬ深手に慌てるエイプを確実に追い詰めていく。
(あと一手・・・。)
必殺の一撃を決めようとした瞬間、左肩に激しい衝撃が。
何が起こったのかわからぬまま、エイプとの距離を取って安全圏へ飛びのく。
技の効果が消え左ひじにブレードが戻ったが、指を動かすだけでも激痛が走る。
(左肩は・・・出血はしてない・・・これは、土?)
ためらわずにポーションを飲んだ。
痛みは和らいだが、動かせるようになるには少しかかりそうだ。
説明では、時間をかけて回復していくタイプで、最大効果まで1分かかると聞いていた。
ポーションの瓶を捨てると同時に、隣の木が爆発した。
ように感じた。
(あいつ、土を投げてるの?)
爆発したように感じた木は半分ほども削られ、土が散乱していた。
ただの土で肩を砕き、木を削った。
恐ろしいほどの威力だ。
メキメキと音を立てて倒れ、別の木に引っかかって止まった。
動かなかったもう一体が、無造作に手に取った土を、力任せに投げつけてきていたのだ。
(もうちょっとくらい待っててよ。)
やっと見えた勝機が、遠い彼方に去ってしまった。
エイプの悲鳴が聞こえた。
(さすがマナちゃん、しっかりやってるね。)
マナを気にする余裕もないまま空中戦を繰り広げるライアーは、素直に賞賛を、そして悔しさを感じた。
(くそ、なんてザマだよ、みっともない。)
初撃で勝ち筋をつぶしてしまった自分が不甲斐なくて仕方がない。
(世界3位が聞いてあきれる・・・こんなやつ、あいつに比べたらずっと荒いしテキトーだし。)
ふと、一度も勝つことができなかった不動の世界一位との対戦を思い出した。
一度でも隙を作ると、防御以外何もさせてもらえずにHPを削られて敗北を待つだけになる。
あいつに比べたら、なんと稚拙な動きか。
楽しかった。
結局一ラウンドも取れなかったけど、あいつとの対戦はいつもヒリヒリとした緊張がたまらなく楽しかった。
こんな猿に殺られそうになってる場合じゃないね。
エイプの拳が襲いかかり、もろに食らったライアーは弾き飛ばされた。
ライバルとの対戦を思い出すことで、焦りと恐怖を多少なりとも追い払うと、ライアーはエイプの攻撃をあえて受けることで距離を取ることに成功した。
さっきと違って、左腕でしっかりとガードし、さらに打撃の方向に合わせるように飛びのくことでダメージを相殺した。
0.1秒でもタイミングがズレれば、左腕も失ったであろう攻防に勝ったことで、ライアーは確信した。
(こいつ、意外と大したことないな。)
もちろんそんなわけはないのだが、さっきまでの絶望感がすっかり消えた。
(ポーション苦!)
右腕が復活すれば、いよいよ反撃開始だ。
と思った瞬間、何かが爆発するような音が響いた。
続けてメキメキと木が倒れる音が。
そして、ライアーは悟った。
二人だけじゃなかったんだと。
何かを投げつけたエイプは、数か所が切られていて血を滴らせていた。
(さすがスロークさんだ。)
姿は見えないが、近くで援護していてくれていることを知り、俄然やる気が出てきた。
(かっこ悪いままじゃいられないよね。)
「反撃開始だよ、おサルさん。」
右腕が復活したライアーが、エイプに向かって木を蹴った。
スロークは後悔していた。
デモンエイプの実力を見誤っていたのだ。
あの時のエイプとは比べ物にならないくらい強い。
ライアーとマナなら、3対2でも問題なく対処できる、自分は隙を見てサポートすれば十分と、スローク本人は3対1となっているユーシンのもとに赴き、ここへは暗殺者のスキル”分体”を飛ばして二人のサポートに来ていたのだ。
分体はいわば、自分の分身を作るようなもの、能力は半分になってしまうが、スキルは本体同様に使えるし、判断力などは本体と全く同じだ。
本体も能力が2/3になってしまうが、問題ないと判断してしまった。
結果、3体目のエイプをくぎ付けにすることが精いっぱいで、とても二人のサポートまで手が回らなかった。
姿をさらせば、分体のスロークでは全く歯が立たない。
存在を匂わせて、仲間の援護をさせないようにすることに全力を尽くしたが、突然マナと対峙していたエイプの上げた絶叫で、一瞬の隙ができてしまった。
(しまった!)
地面の土をつかむエイプ、次の瞬間、マナめがけて投げつけていた。
2射目を投げつけようとするエイプに切り付け、狙いを外させることには成功したものの、土の破壊力をまざまざと見せつけられることになった。
メキメキ、と木が倒れていく。
別の木に引っかかって倒壊まではしなかったが、ただの土だというのにとんでもない威力だ。
そして、切りつけたことで姿を消していることができなくなった。
分体は殺されても本体は残る。
しかし、分体を作ったことで減衰した能力が戻るのには数日かかってしまう。
すぐに本来の力を取り戻すには、生きたまま本体に合流、合体しなければならない。
二人がエイプを倒すまで、エイプに弱体化を悟られることなく、殺されずに援護もさせない、という厄介な作業を受け持たなければならなくなってしまった。
ユーシンは疲労の極みだった。
いきなりの4コンボ+必殺技"フルスイング"で1匹を瞬殺し、調子に乗ってしまった。
少しでも早くシンの元へ、という思いが強すぎたせいだ。
大技を連発したが、逃げに徹したデモンエイプには当たらない。
程なく息が切れ、途端に、鉄で中身までミッチリ詰まったバットが重く感じられてきた。
このミッチリバットだからこそ、とてつもない破壊力で一匹を瞬殺できたわけだが、スタミナが尽きた途端に重い枷になってしまった。
かといってバールでは通じない気がする。
おそらく本物の金属バットだったとしても、瞬殺できるような威力は出せなかっただろう。
このとてつもない質量があったからこその瞬殺だった。
2体目のデモンエイプは以前戦った個体よりもかなり強そうだ。
その上、逃げに徹している。
一体目を瞬殺した直後、奥の方で動かない一体がなにか声を上げていた。
デモンエイプにそこまでの知性があるのかは分からないが、何か指示をしたのかもしれない。
ユーシンは、勝ちを急いで相手の実力を見誤り、大技連発。
まさに自分のミスだ。
おそらく、スロークもいてくれている。
もう一匹が動かないのはそういうことだろう。
でなければ、動かない理由がない。
(分身を作れるって聞いたことがあるけど、できればシンさんの元へ行っていてくれればいいんスけど・・・でも、スロークさんならライアー達の方かな。)
初めての仲間であり最も長く苦楽を共にしたシンは、ユーシンにとって特別な存在、見た目は同年代だが、兄や父親のように思っていた。
だからこそ、たった一人で4体を相手にしているシンのことが心配だった。
でも、スロークのこともよく知っている。
彼なら、まずデモンエイプと対戦経験の無い二人のサポートに向かったはずだ。次に勝率の高い自分だろう。
時間稼ぎに徹すると宣言したシンを信頼しているからこそ、他を早く終わらせて駆けつける、という手段に出るだろう。
だからこそ、一刻も早く決着をつけてシンの援護に向かいたかった。
とにかく今は息を整える。
(わりぃっス、シンさん、ちょっと時間かかっちまいまス。)
とたん、ユーシンの疲労を見透かしたようにエイプの攻撃が始まった。
つい今しがたまで逃げることばかりだったエイプが、機動力を捨てて滅多矢鱈に殴り、かみつき、蹴ってきた。
防御するバットが1撃ごとに重くなり、とうとう持ち上げることすらできなくなると、ユーシンはついにエイプの拳に捕まった。
拳と木に挟まれ、背の木がなぎ倒される。
膝からくずおれ、派手に血を吐いた。
かろうじてバットで支えて倒れることだけは防いだものの、もう体は動かない。
(くそ!なんでいつも俺は・・・。)
飛びそうになる意識を必死につなぎとめて、エイプをにらみつけた。
(負けるわけにはいかねぇんスよ!)
スロークは大きな違和感を感じていた。
彼が動きを封じているはずのデモンエイプは、実は自分なんて歯牙にもかけていないのではないか?と。
姿を消しながら、デモンエイプの意識を引くために気配を感じさせると確かに反応する。
が、どことなく反応の仕方が嘘くさい。
ユーシンが最初の一匹を瞬殺した時も無反応だった。
直後に何か声を上げたが、もう一体への指示のような感じで、実際に介入しようとするそぶりは無い。
まるで、ユーシンとデモンエイプ2匹の戦いなど、ただの見世物だとでもいうような態度だ。
本当にこいつはデモンエイプなのか? そんな漠然とした不安が、スロークを動けなくさせていた。
ユーシンが苦戦している、それはわかっても、動けなかった。
逆なんだ。
自分がこのデモンエイプを押さえつけているんじゃない。
デモンエイプが自分を押さえつけているんだ。
余計なことはするなと。
お前などいつでも殺せると。
ユーシンを見殺しにしてしまう。
それでも動けないのは、自分が動けば確実に殺されるという、圧倒的強者からの威圧。
本体である自分が死ねば、分体も消滅する。
ライアーたちの負担を増やしてしまうし、ユーシンが生き残る道も途絶えてしまう。
そんなのは言い訳だ。
今動かなければユーシンは死ぬ。
頭ではわかっていても、指一本動かせないまま時間だけが過ぎていく。
こいつはデモンエイプじゃない。
それだけは間違いないと言える。
ならどうすればいい。
全力でも遠く及ばぬ相手に、弱体化している自分で何ができるのか。
(それもいいわけだな。)
何で読んだかも忘れたけれど、心に残っていた言葉を思い出した。
<戦士が戦場に立つとき、その時、その瞬間こそがベスト・コンディションだ。>
たとえ腕を失っていようと、高熱にうなされようと、命を懸けて立つと決めた瞬間、それ以上のコンディションなんてあり得ない。
たら、れば、は最悪の言い訳だ。
だから、弱体化がなんだ。
今、この瞬間が自分のベストだ。
スロークは隠密を解いた。
いるのは知っていた、とでもいうかのように、デモンエイプの姿をした何かが、邪悪な笑みを浮かべてゆっくりと振り向いた。




