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閑話:アとユ

 「ちょっといいスか?」

 夕食を済ませ、ソンチョー宅を出て自分の家に入ろうとしたアオイに、バツが悪そうな態度のユーシンが声をかけてきた。

 「何よ?」

 ユーシンの程度がいつもと違うことに気がついたアオイも表情がこわばる。

 「あのだけどよ、その・・・なんつーかよ、」

 言い淀むユーシンに、アオイはこの先の展開に思い当たった。

 (え? なにこれ、ひょっとして、これから告られるとか? マジ?・・・ま、まさかよね・・・)

 そして、ある事実に気がつく。

 (ちょ、ユーコもいるのに何考えてんのよ!)

 ユーコはこの世界の来る前からの親友だが、それでもこんな自分を見られたくない。

 (・・・こんな自分?・・・うそ・・・)

 顔が火を吹きそうなほど暑い。

 心臓が破裂しそうだ。

 ユーシンの顔をまともに見れない。

 (よりによってなんで、こんなヤツに告られるかもしれないってだけで、私がドキドキしなきゃなんないのよ!)

 ついさっきまで、アオイにとってユーシンは恋愛対象どころか、気に食わない相手だった。

 初見からロボ女なんて言われたし、その後ももぐら女だとか、事あるごとにいじられてきた。

 それを、悪意なく言ってくるのだから余計に腹が立つのだ。

 (なんなのよもう! 今更掌返し? )

 「あ~なんだ、言いにくいことなんスけどね、」

 (じれったい! とっとと言いなさいよ!・・・あ・・・そうだ、私、頭にきてるのよ、 このドキドキは、間違いなくコイツに怒っているからよ。)

 数歩下がった位置で2人の様子を見ていたユーコは、アオイの微妙な変化に気がついた。

 (あらあらぁ? せっかくアオイちゃんがカワイかったのに、ユーシンくんが煮えきらないからちょっとおかしくなってきちゃった?アオイちゃん、変なふうに勘違いしちゃってる?)

 どうしたらユーシンの背中を押せるか、ユーコが真剣に考え出した時、ついにユーシンが意を決した。

 「こんなこと、オレが言うのは違うかもしれないっスけど、シンさんに対してあまりにもひどいと思うんス。」

 ・・・

 ・・

 ・

 「・・・は?」×2

 アオイとユーコがハモった。

 「シンさんの何が気に食わないかは知らないっスけどよぉ、いくらなんでもあの態度はないと思うんスよ、みんな大人だから何事もないようにスルーしてるみたいだけどよぉ、やっぱオレ、そういうのは我慢なんねぇんス。」

 一気にまくし立てたユーシン。

 その手はギュッと握りしめられている。

 対するアオイは、ポカンとフリーズしてしまっている。

 (あららぁ、私ってば恥ずかしいくらいの勘違いしちゃったみたい。

 ・・・アオイちゃんはもっと恥ずかしいことになっちゃってるよねぇ・・・ユーシンのバカ! なんて紛らわしい態度とってるのよぉ。)

 ユーシンの態度に腹を立てつつ、アオイのダメージを少なくこの場をやり過ごす方法に頭を悩ませるユーコ。

 下手に割って入ったら、余計にアオイが惨めな思いをするかも、と思うと余計に動けなくなってしまう。

 (アオイちゃぁん、ゴメン〜、どうしたらいいかわからないぃ。)

 「黙ってたらわかんねぇスよ!だいたい、シンさんが何したっていうんスか!」 

 (あぁ、もうぅ! コイツうるさいぃ!)

 追い込みをかけるユーシン。

 怒りに任せてユーコが割って入ろうとした時、フリーズしていたアオイが再起動した。

 「何勝手なこと言ってんのよ! だいたい、あんな姿だった私たちを救ってくれたおじーちゃんには恩はあっても嫌う要素なんかないっての! 私が嫌ってるのはアンタだけよ!」

 顔を真赤にして反撃ににでたアオイ。

 それに対してユーシンは

 「ザッケンナよ!今だってシンさんのことジジィ呼ばわりしてんじゃないっスか!」

 と、今にもつかみかかりそうな勢いだ。

 「はぁ? 何訳わかんないこと言ってんのよ!」

 (はにゃ?)

 今度は、ユーコがフリーズしてしまった。

 これはどうも、とんでもない勘違いがおこっている。

 しかも、原因はやっぱりアオイの方らしい。

 2人の言い合いは勢いを増し、同時に口論のレベルは低下してゆく。

 (これもう、子どもの言い合いと変わらないねぇ。)

 原因がわかった途端にユーシンへの怒りも緊張感も霧散してしまったユーコは、1本だけ背中のトゲを作ると、プチッと引き抜いた。

 プスリ

 「いっっっっってぇええ!」

 ユーシンの無防備な太ももにトゲを(軽く)刺した。

 「ちょぉっとぉ、落ち着こうよぉ。

 あんまりうるさいと刺しちゃうよぉ。」

 「刺してから言うな!!」

 「アハハハ、ユーコナイス! サイコー。」

 対照的な2人の反応に満足すると、ユーコは先端にちょっと血のついたトゲをユーシンに向けたまま、白い付け髭を鼻の下につけた。

 「なんでそんなの持ってるのよ。」

 「ゴブっ子たちとの授業で使うのですぅ。」

 アオイは、「何に使うのよ」という疑問を飲み込んだ。

 ツッコんだら長くなる。

 ユーコとの付き合いが長い分、即座に察したのだった。

 「ユーシンくんはぁ、とんでもない勘違いをしてるのですぅ。

 一人で勝手に勘違いして暴走している哀れなヤンキーもどきなのですぅ。」

 トゲをタバコのように指で挟んでポーズを決め、甲高い声を上げるユーコ。

 (まさか、ほーむずくんのつもり?)

 めいたんていほーむずくん。

 子供向けの大人気アニメ。

 どうやらユーコは、それを真似ているようだ。

 が、本家はこれほど辛辣にディスったりしない。

 「あ~、アオイちゃんがぁ、シンさんをぉ、おじーちゃん言うのはぁ、シンさんをぉ、嫌ってるとかぁ〜、意地悪してるわけじゃないのですぅ~。」

 ただでさえ間延びしたしゃべり方のユーコが、アニメキャラの真似のつもりか、無理やり引き延ばしたようなしゃべり方になってしまっている。

 「あ、だから私がシンさんをジジィ扱いしていじめてるっていってるわけ? バッカみたい。」

 そうは言いつつも、シンのことを"おじーちゃん"と呼ぶのはまずかったと気づいたアオイ。

 だが、先程の勘違いへの気恥ずかしさから、つい語気を強めてしまう。

 「あぁ?じゃあなんで"おじーちゃん"だなんて呼ぶんスか。」

 ユーシンも早とちりしたか? と思いつつ、アオイの対応につい喧嘩腰になってしまう。

 「それは・・・」

 言い淀むアオイに、やっぱり早とちりではなかったんだとユーシンが追撃を加えようと口を開きかけた時、ユーコが再びトゲをユーシンに向けた。

 「アオイちゃんが、シンさんを"おじーちゃん"って呼ぶのはぁ、シンさんがアオイちゃんのおじーちゃんにそっくりだからみたいなのぉ。」

 と言うユーコ。

 その言葉に、間髪入れず

 「んなわきゃぁねえッスよね!どう見たって、シンさんの見た目は俺たちと同年代じゃないっスか。」

 ゲームキャラを基準に造られた今の外見は、10代半ばにしか見えない。

 アオイの祖父に似ているなんて、ちょっと信じられない。

 「しょうがないじゃない! 私が小さい頃に死んじゃって、おじーちゃんの顔は仏壇の上に飾られていた写真でしか覚えてないんだから。

 それでも大好きだったの!

 両親共働きで、ほとんどおじーちゃんの家にいたし、よく遊んでくれたし、楽しかった記憶しかないから!

 ひと目見ておじーちゃんそっくりだったから驚いてたけど、私のおじーちゃんは50歳になる前に事故で死んじゃったって聞いていたから、おじ、シンさんが実は同じくらいの年だって聞いて・・・」

 アオイの目から涙が溢れ出す。

 おぼろげだった思い出があふれ出した。

 まだ幼かったアオイは、死を理解できずに随分と周りに迷惑をかけていた。

 シンが祖父ではないことは十分承知しているが、どうしても古い思い出と重なってしまうのだ。

 アオイの祖父は写真嫌いで、運転免許証に記載された仏頂面の証明写真が成人後唯一の写真だった程。

 結果、仏間に飾られていた写真は学生時代のものだったのだ。

 その姿は、今現在のシンによく似ていた。

 一度涙が出てしまうと、もう自分ではおさえられなかった。

 「え?」

 予想外の状況に慌てふためくことしかできないユーシン。

 なんとかなだめようと頭を振り絞るが、何一つ思いつかない。

 (オレが勘違いしてたのは確定でいいけど、どうすりゃいいんだよ。

 あ! ユーコならなんとか・・・あのクソ猫、逃げやがった。)

 頼みの綱にも逃走されたとなれば、もう腹をくくるしかない。

 「スマネェ!

 オレの勘違いッス!」

 言うが早いか、地面に頭を叩きつける勢いで土下座したユーシン。

 もう、ひたすら謝り続けるしか思いつかない。

 「やめてよ・・・そんなことされて喜ぶ人なんて、頭のおかしいクレーマーくらいでしょ・・・かえってメーワク。」

 袖で涙を拭きながら、涙声で土下座するユーシンにやめるよう促す。

 拭いても拭いても溢れる涙で、すでに目の周りが赤い。

 「でも、オレ頭悪いから、これくらいしか思いつかなくて。」

 頭を下げたまま土下座をやめないユーシンに、

 「いいわよ! もう・・・アンタみたいなバカを勘違いさせた私も悪いんだろうから、もうおじーちゃんなんて呼ばないから!」

 そう言って幕を引こうとした。

 「いや、オレが勝手に暴走しちまっただけなんだ。

 実際さ、シンさんが嫌がってるとか聞いたわけでもなんでもなくて・・・ひょっとしたら、おまえの意図っていうか想いを理解してるかも知んねぇのに。

 それによ、オレ、おまえの気持ちもわからなくもないんだ。」

 ここでようやく頭を上げたユーシン。

 額から砂粒が落ちる。

 「オレ、親父を知らなくてさ、死んじまったのか、別れただけなのかも知らないんだ。

 なんか、聞きづらくてさ。

 いきなりこの世界に落とされて、能力のおかげでなんとか商売の真似事みたいなことも始めたは良いけど、不安でしょうがなかったんだ。

 そんな時、偶然シンさんに出会ってさ。

 すげぇんだ、あの人。

 オレが疑問に思ったこととかもすぐ答えてくれるし、辛いだけだった飯も、シンさんが解決してくれたしよ・・・妄想だけどよ、もしオレに親父とか兄貴がいたら、あんなふうに頼もしい感じなのかな、なんてよ。」

 最後は照れくさそうに頭を掻きつつ告白したユーシンに、アオイも親近感に近い感情を感じた。

 「さすがにオレはシンさんを親父とか、アニキとかは言えないけどよ、お前がそんな気持ちで"おじーちゃん"なんて言ってるならよ、その、シンさんから直接やめろって言われない限りは、良いんじゃないかなって思うんだ。

 汲み取ってるからこそ何も言わないって気もしてきたし。」

 「・・・そうかな。」

 「シンさんだからな、きっとわかっていてくれてる気がする。」

 「うん・・・そうだといいな。」

 こうして、本人不在、本人意思の確認も無いまま、"おじーちゃん"呼びが認定されたのだった。

 

 「で、僕はいつになったら部屋に帰れるの?」

 アオイとユーシンの姿は見れど、会話は聞こえない距離で通行止めを食らっているライアーが不満を漏らした。

 ちょうど、ユーシンが土下座していた頭を上げたところだ。

 ユーコは、アオイたちと同じ建物に暮らすライアーとマナを見かけて、アオイたちの悶着が落ち着くまで邪魔しないように止めに来たのだった。

 「こういう時は、何もなかった、何も見なかったし聞かなかったことにするのがいい男、いい女の嗜みよ。」

 その言葉を実践するかのように、アオイたちに背を向けているマナ。

 「はいはい、おとなしく待ちますよ。

 でもさ、きっと逃げ出したと思われてるよ、ユーコさん。」

 大きなあくびをしながら、ささやかな抵抗をしてみせたライアーだったが、ユーコは意にもかえさない。

 「ユーシンくんごときにどう思われたって全然平気だも〜ん。」

 こうして、シンにとって不本意な夜は更けていくのだった。

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