025話:日常
翌朝、少しギクシャクした感じはあるが、日常が戻ってきた。
迷彩男が残していった銃は弾が撃ち尽くされていて使用不可能だったが、バイクの方は普通に使えた。
思うところはあるが相談の結果、燃料が無くなるまでは、仕事で毎日乗っていたというスロークに預けることになった。
使える物は親でも使えってやつだ。
幸いやるべきことは山のようにある。
余計なことを考えないためにも全力で労働だ。
正直なところ、迷彩男の命を奪ったことで得た経験値によるレベルアップで解放された第一貯蔵庫を開きたい。
でも今はまだダメ。
心が落ち着くまではひたすら労働だ。
やつみたいに暗黒面に落ちるわけにはいかないからね。
トウリョーと2日ほどで長屋を完成させると、すぐにベッドを作り始めた。
最初に作っておいた材木があるので、さしたる手間も無く1日で6台全て完成させると、長屋の中に設置した。
そこへオリヒメが作った寝具をセットする。
サンサテで買って来た布を袋状に縫い合わせたものに、まだ綿や羽毛が無いので森で見つけた藁のような植物を長さを合わせてカット、一度煮立たせて殺菌、乾燥したのちに敷き詰めるように中に入れて敷布団にした。
掛け布団は当面の間、サンサテで買って来た毛布や防寒具を使う。
真冬になる前に綿か、それに代わるものを見つけたいところだ。
真冬になる前に、といえば、暖房も重要だ。
セメントとは言わないけど、三和土が欲しいなぁ。
和製コンクリートだっけ?
三和土を作るには"石灰"と"にがり"がいる、つまり森の中では不可能なんだよね。
とりあえずは土かまどを作って間に合わせとしよう。
ソンチョーの道具からトロ船という、セメントを捏ねる時などに使う箱を借りて、土と敷布団づくりで余った草、水を入れて均等になるまで混ぜる。
各部屋の後ろ側の壁に、幅80㎝、高さ50cmほどの四角い穴を床すれすれに開けると、その切り口に作っておいた土を分厚く貼り付けていく。
ぎゅっと押し固めるように。
火で燃えちゃうといけないからしっかりと。
土かまどの暖炉は部屋の外に飛び出すようにつけるので、裏手に回って石を積み上げながら、隙間を埋めるように土を張り付けてゆく。
内側は石が見えなくなる程度、外側はしっかり分厚く、箱状に固める。
鉄板がないので煙突も土で作るしかない。
雪で折れないように外側を木で補強して一応完成。
土を乾燥させるためと、出来栄えの確認のためにさっそく薪を入れて火をつけてみた。
煙突は高めにして、さらに雨や雪が入らないよう先端をT字型に、横から煙が出るようにしたので火の粉を吹くことが無いように・・・うまくいくといいけど。
雪でぬれてつぶれないように本体もいずれ補強しよう。
まずはあと5個だ。
鉄板があればなぁ、もっと簡単に薪ストーブが作れるのに。
ベッドが設置された日から俺と従魔たちは長屋で寝泊まりしている。
とにかく作業に没頭したかったこともあるけれど、何となく気まずかったからだ。
自分の作った家に住む、というささやかな楽しみを味わいたかったなんて気持ちが無かったわけでもない。
初日こそ藁の敷布団がガサガサと寝づらかったけど、慣れればどうということは無い。
木の上で寝たり、革鎧のまま寝たりしたのが懐かしい。
・・・いかん、黒歴史を思い出してしまった。
俺とトウリョーが暖炉造りに熱中しているとき、オリヒメとスロークは森へ綿花探しへ出ていた。
残念ながらまだ見つかってはいないが、数匹のスレッドスパイダーを捕まえてきた。
体だけで20cmもある大型の蜘蛛で、大量の糸を出すことで知られている。
糸は他の蜘蛛種と違って粘着性が無く、この糸で枝や葉を包むように縛って球形で頑丈な巣をつくり、その中で子育てをするのだ。
狩りは素早い跳躍で獲物を捕まえてそのままガブリ。
スレッドスパイダーの糸は、強く伸縮性に優れていて滑らか。
この糸で作った生地は上質で、貴族に人気らしい。
数匹では衣服を作るほどの糸はなかなか時間がかかるが、うまく育てれば次の春には数十倍にも増えるだろう。
畑の脇にでも巣作り用の枝などを集めておけば、害虫駆除にも役立ってくれそうだ。
さっそく、二人が森から採って来た低木(成熟しても3mほどにしかならない木)の若木を畑の周囲に10本ほど植えて、スレッドスパイダーを放してきたそうだ。
ソンチョーとユーシン、オヤカタは地下貯蔵庫の続き。
この間暖炉用の土をもらいに行った時にちょっと覗いたら、ソンチョー宅の倍はありそうな大穴が開いていた。
崩壊しないように丸太でしっかり骨組みと屋根を作った後、土をかぶせて保温するそうだ。
ユーキはというと、ついに馬の魔物、ディルホスの封印に成功していた。
左右のこめかみあたりから水牛のような角を生やした馬で、魔物の中では大人しい性格で、力強く馬車馬として重宝される魔物だ。
それぞれが順調に成果を上げていき、いよいよユーシンとユーキが商人と合流するためサンサテへ出発する日になった。
早朝村を出る軽トラを見送ると、俺は暖炉造りを一時中断して狩りに出た。
商人に渡す干し肉を作るためだ。
暖炉は一人では大変だろうけど、トウリョーに任せた。
丸一日費やしたおかげでハリラビやホーンボアといったおなじみの魔物から、ダークブルという牛の魔物まで狩ることができた。
ここに来て初めての牛肉だ。
焼肉にステーキ・・・じゅるり・・・干し肉に回す分残るかな。
以前はビクビクしながら魔石だけ取るのがせいぜいだったのに、今では鼻歌交じりにその場で血抜きと解体である。
魔物が寄って来たならよい経験値だ。
解体した肉はそのまま簡易貯蔵庫へ放り込んでゆく。
当然空の魔石はセット済み、村へ帰るころには販売向けの、ちょいエグみを残した肉が出来上がる。
完全に魔素を抜いた肉はまだ売らない。
商人に渡す分はホーンボアだけで十分足りるだろうから、久しぶりの牛肉は完全に魔素抜きが終わったら焼肉&ステーキ三昧しよう。
残った分はソンチョーたちが作っている地下貯蔵庫に入れて、コールドの魔法で氷作って冷却保存だ。
肉の確保もできたし、明日から再び暖炉造りに戻るとしようかな。
帰宅後ソンチョーに肉の確保が終わったことを伝えようと家に向かった。
ドアをノックすると、神妙な顔のソンチョーが出てきた。
「いいところに来てくれたよ。ちょっと、困ったことがあってさ。」
言うが早いか招き入れられると、そこにはスローク、オヤカタ、トウリョー、オリヒメ、つまり今村にいる全員がそろっていた。
ん?
なにかある?
汚れたぼろ雑巾の塊が床に置いてある。
じゃない、ゴブリン?!
ボロボロのローブのようなものをかぶったゴブリンが、床に伏していたのだ。
「?」
状況が分からず固まっていると、トウリョーが話し始めた。
「申し訳ありやせん。アッシが暖炉造りを進めていると、背後から石を投げ込まれやして。
何事かと様子をうかがいに出ると、10匹のゴブリンがいやした。
敵襲かと警戒したんでやすが、どうやら主様方にどうしても話したいことがあるとかで、アッシに仲介を頼んできたわけでして。」
で、まずは村代表のソンチョーに話を通して、リーダーだけならと村へ入ることを許可したらしい。
人は無条件でスルーなのに、従魔などのように人に従属していない魔物は敵意が無くてもソンチョーの許可が無いと入れない仕組みになっているようだ。
いっそ、敵意のある人もはじいてくれればいいのに。
俺がノックした時、ちょうどソンチョーが俺を呼びに来てくれるところだったらしい。
ゴブリンは片膝立ちの姿勢で深々と頭を下げていたが、頭を上げると両掌を上に向けて前にさし出して話し始めた。
「配下の方へのご無礼、誠に申し訳ありません。
ワレは、この森に住まうゴブリン、ハダ族の長、ンダバの使者としてまいりました、ハゾルと申します。」
ずいぶんと流ちょうに話す。
おそらく上位種、ゴブリンシャーマンだろうと”常識”さん情報。
ちなみに、俺がこの世界に来た当時のラノベや漫画でトレンドだった、魔物には名前が無く、名付けされることで進化する、的なシステムは無いようだ・・・ちょっと憧れていたんだけどな。
言葉を操る魔物は皆名を持っている。
まぁそうだよね、言葉を操るほどに知能の高い生物にとって、見えない相手の個体識別も重要になってくる。
視界に入る相手のことだけ考え、対応すればいいレベルの知能しかなければ名前は不要、見た相手の外見や臭い、鳴き声で、自分だけ、もしくは自分と相手だけが識別できればいいんだからね。
しかし、言葉を操るようになると自分と相手以外の、近くにいない者も識別する手段が必要になってくる。
その手段が名前だ。
と言うわけで、ネームドモンスターは強力、と言う常識は、この世界では非常識なのだ。
「この姿勢はゴブリンが相手に敵意が無く服従する意思を込めるときのものだ。
使者というのは嘘じゃないと思う。」
むむ、スロークの“常識”さんは俺のよりずっと優秀だな。
レベル差はあれど、敏捷や火力に傾倒した暗殺者になら、万能型の超越者である俺が知識ではそろそろ追いつきそうなもんだが・・・俺の“常識”さんは素知らぬ顔だ。
「ワレらはこの森では圧倒的に下位の存在であります。
日々捕食者に脅え、新天地を目指そうにも、森を出れば人間に襲われ、それでも何とか命をつないでまいりました。」
あぁ、なんかすいません。
ひょっとしてあの時のゴブリンも彼らの仲間だったりして・・・。
「しかし、しばらく前に現れた巨大な猿によって部族を守って来た戦士たちの多くを失い、もはや滅びを待つだけとなっておりました。」
デモンエイプか、影響大きいなぁ。
それを倒したからお礼とか?は、さすがに無いか。
「監視のため潜ませていた部族の者から、あの怪物が皆様に討伐されたと報告を受けた族長ンダバの命を受け、やってまいりました。」
監視がいたのか。
気が付かなかった。
あの時は結構いっぱいいっぱいだったとはいえ、“警戒”は使ってたのに。
ひょっとして結構な手練れ?
「何卒、ワレらハダ族を、配下の末端に加えていただけないでしょうか。」
片膝立ちの姿勢から、頭を床に付けんばかりに深々と頭を下げる。
辛そうな姿勢だな、じゃない、配下?お礼とかじゃなくて?
さすがにソンチョーもスロークもあっけにとられている。
「いや、こっちは人間だよ?人間に襲われって、今言ってたじゃん、いいの?」
森にはまだ、彼らにとって人間よりもマシな魔物はいるんじゃないか、なぜわざわざ人間に頭を下げるのか意味が分からない。
「ワレらにとって、種族は重要ではありません。
かの巨大な猿ですら退けたこの地の結界の中にワレらを受け入れていただけるならば、一同身を粉にしてお役にたって見せます。」
そうか、結局デモンエイプはこの村の中には入っていない。
監視者がこの中はデモンエイプすら侵入できない安全地帯だと認識したわけか。
「えぇ、と、今この村には不在の者もいるんだ。
一応私が村の代表になっているけど、共同生活の場である以上は全員の意見を確認しなきゃいけないから、即答はできない。
10日ほどで決定するから、後日改めて話し合わないか。」
さすがソンチョー、見事な後回しスキル。
グッジョブです。
10日後なら商人達も帰っているはずだ。
「承知いたしました。
ぜひ、前向きなご検討を、切に、お願いいたします。」
そう言ってハゾルは森へ戻っていった。
「う~ん、労働力は欲しいけど、まずいよねぇ。」
腕を組み考え込んでしまったソンチョー。
「ようやく外の街との交流が始まるかもってときだけに。」
スロークも渋い顔で悩んでいる。
断ってしまえば簡単だ。
それをしない・・・と言うか、できないのが現代日本人とでもいうべきところか。
打算じゃない。
優しさってわけでもじゃない。
憧れてしまうのだ。
散々ラノベや漫画、アニメで読んで、見てきた光景に。
人と魔物が住まう町。
憧れずにいられようか。
だから脳がフル回転してしまう。
どうやったらごまかせるかな、と。
ふふふ・・・。
思いついちゃった。
「魔素抜き肉、彼らの手柄にしちゃおうと思うんだけど。」
二人ともはてなマークが飛び出しそうな顔で見てくるけど、かまわずに続ける。
「エグみの正体が魔素ってことは伏せるとして、エグみを和らげる秘術が彼らの部族に伝わっていて、デモンエイプを倒した俺らにお礼としてその秘術を教えてくれた、今はその秘術を村で再現するために研究中で、彼らに手伝ってもらいながら完成度を上げているところ。
ゴブリンがいないとあの干し肉は完成できない、だからゴブリンがいるのは仕方ないことだ。
って言い含められないかな。」
どのみち受け入れるにしても住居も無いわけで、少しづつ受入数を増やしながらとなるだろう。
魔素抜き食材はゴブリンの協力なしにはできないって印象付けられれば、すこしづつ受け入れ人数を増やしていっても何とかなりそうな気がする。
もちろん、ゴブリンたちには清潔にしてもらったり人間の生活に慣れてもらったりとやることも多いが。
「なるほど、ゴブリンたちが敵としてじゃなくここにいる理由があれば、受け入れた後に外からだれか来るたびにいちいち隠れてもらわず働いてもらってても問題ないってことか。」
理解が早くて助かります、さすがソンチョー。
労働力確保にもなるし、いざこざ回避にもなるし良い案なのではないかと思うんです。
スロークも納得してくれたようで、とりあえずユーシン達が戻ったら相談して決めることになった。
ゴブリンたちがどの程度役に立ってくれるか分からないけど、できることが一気に増えるのは間違いない。
住居も増築しないとな。
「あ!」
ソンチョーの声に振り替える。
「ゴブリンって、何人いるんだろう。聞くの忘れた。」
「・・・やばい。」
“常識”さんが今頃思い出した。
「ゴブリンの村って、50から100くらいみたいだけど・・・」
スロークの“常識”さんも同意見のようだ。
「ランク2になって広がった分の木を切って整地しないと、とても収容できないな。」
急遽予定変更である。
とりあえず暖炉造りを予定していた俺はオヤカタと伐採へ、トウリョーも暖炉を中断してソンチョー、スロークと地下貯蔵庫へ。
広さも深さも十分なので、壁と天井を作るようだ。
大工スキル持ちのトウリョーが必要な段階になっていた。
オリヒメには手縫いで大変だけどゴブリン用の服の作成を始めてもらった。
ハゾルのいでたちを見ると、衣服には頓着しないようだから早めに準備しておいた方が良いだろう。
予定が目まぐるしく変わってゆく。
でもなんか楽しい。
あの時引き留めてくれて本当に良かった。
俺も意地になって出ていかなくてよかった。
ユーシン達が戻るまであと5日ほどか、いや、向こうで一泊してくるかもしれないから6日か?
長屋の後ろの木をできる限り切り倒して場所を確保しよう。
根も掘り起こさないといけないから、まずは2日でできる限り切って、そのあと集中して根掘りだ。
俺は、何も考えず一心不乱に斧を振り続けた。
根掘りを始めた頃には、地下貯蔵庫を完成させたスロークとトウリョーも加わった。
ユーシン達が戻るまでに村の南側(ハッキリと方角が分かっていないので、太陽の動きからざっくりと、ソンチョー宅の裏側を南とした)の大半を伐採し、半分ほどの根を掘り起こすことができ、横50m、奥行き25mほどのスペースができた。
とりあえず20~30人位は受け入れられるだろう。
後は第1陣のゴブリンたちに手伝ってもらえばいい。
ああ、なんかすごく忙しいぞ。