194話:チャーム
「申し訳ありません。」
深く頭を下げたヘルミナ。
「は?」
”命令”に対して拒否されたことが無かったため、一瞬思考が止まった。
「ご安心ください。我らが身命を賭して侵入者を排除してご覧に入れます。」
いつもと変わらない微笑みをたたえた表情のヘルミナ。
悲壮感も、決死の覚悟も感じない。
それなのに。
心臓を鷲掴みにされたような不安が襲う。
「だ、だめだ・・・今すぐに逃げてくれ・・・。」
自分がひどく情けない顔をしているのを自覚している。
これまで、必死に”強い支配者”を演じてきたのに、全部台無しだろう。
「ぼく・・・俺にとって、君たちはかけがえのない家族・・・だ・・・だから・・・たのむ・・・。」
生きてほしい、と続く言葉は口にできなかった。
ヘルミナが、正面から真っすぐに見つめてきたからだ。
見たこともない笑顔でエンバーロックを見つめるヘルミナの目は潤んでいた。
「陛下・・・お約束いたします・・・必ず・・・。」
再び深く頭を下げたヘルミナは、
「誰一人欠けることなく勝利を捧げます。」
頭を上げると同時に踵を返し歩み去る。
わずかに残っていたモンスターたちを伴って。
魔王エンバーロックは、力なく玉座に腰を下ろすことしかできなかった。
****
「5階は・・・まだ完成してないっぽいな。」
階段を降りた先は、何もない巨大な空間だった。
はるか先の壁にドアのようなものが見える。
目測で2Kmくらいかな?
少なくとも、俺の知る5階ではなかった。
と、いうことはここが現状の最下層で間違いなさそうだ。
広さからするとダンジョンコアはあのドアの先だろうか。
「まさかの情報ゼロですか?」
「ラクショー過ぎだったからいいんじゃないの?」
ただっぴろい空間をドアへと歩く。
・
・
・
何もない。
モンスターはおろか、トラップも何もない。
「本当に手を付けてないんだな・・・。」
「かなり拍子抜けだよな。」
「この環境でここまで発展させただけでもすごいことだけどね。」
「あぁ、この地域はまったくヒトの痕跡が無いもんな。」
最初こそトラップに警戒していたものの、あまりにも何もない状況は次第に気を緩める。
次第に軽口が出始め、ドアまであと10m程に近づくころには、完全に気が緩んでいた。
ドアの先にボスがいるだろう。
何ならここで腹ごしらえ、準備してからドアをくぐろうなんて。
「警戒を!」
ケンジの声で我に返った。
ドアが開く。
向こうから来るとは想定外だった。
油断だ。
いくら何も無い空間だからと言って、警戒を怠りすぎた。
ケンジがいなければ、無防備のまま先手を許すところだった。
「展開。」
ケンジの左腕に付けられたブレスレットから、細い光が幾筋も木の根のように伸び、あっという間に全身を包み込む。
と、次の瞬間、ケンジはダークグレーの、特撮ヒーロー物に登場するヒーローのような鎧を身にまとっていた。
グリンウェル騎士団に正式採用された装備の上位モデル試作品。
ダンジョンに入る直前、強敵と対峙した時のためケンジに渡してあった。
「子供向けのヒーローみたいだな。」
なんて恥ずかしそうだったのに、躊躇うことなく使った。
(さすが元自衛官、判断が早い。)
ドアが開き切るより早く、3体のゴブリンが飛び出してきた。
「ザメラ・セブル!」
即座にレイオウが魔法を発動。
光り輝くチェーンがゴブリンたちに絡みつき、放電する。
「あれ?」
抵抗するそぶりも見せず、その場に倒れこんだゴブリンたち。
「・・・終わっちゃった?」
「まさか・・・」
後続は無し。
本当に終わってしまった。
あまりにもあっけない。
どうやら、幹部クラスを造れるまでには至っていなかったようだ。
このゴブリンたちも進化個体ではないし、急遽造られたとみていいだろう。
「進もうか。」
ドアの先へと進みだす。
この瞬間俺たちは、ケンジでさえも、完全に油断してしまっていた。
視線がドアに集中した瞬間。
そこにたたずむ存在を全員が視界におさめた瞬間。
その存在を知っていた俺以外、全員が目を話すことができなくなっていた。
直後に桜色の霧が、瞬きする間もなくその存在から噴き出して俺たちを包み込む。
「いきなり魅了かよ!」
知ってはいても、実際にかけられたことはなかった。
エイルヴァーンのチャームと同程度+美貌によるプラス補正分を想定して対策していたのだけれど、完全に甘かった。
即座に目視線を逸らした俺でも、意識を持っていかれそうになるほどの強烈な誘惑。
まさか、これほどのものだったとは。
周囲を視線だけで確認。
耐えられたのは俺と、魔導甲冑を展開していたケンジだけ。
レイオウはガックリと膝をついた姿勢でぶるぶると震えている。
最悪なのはキチセとヒスイ、それにガーテナの3人。
完全に魅了に落ちている。
精神攻撃への対策はしていたものの、それでも耐えきれなかったようだ。
それぞれ俺たちから距離をとり、左右にゆらゆらと小さく揺れながら武器を、俺たちに対して構えた。
「仕方ないか・・・ケンジ、コイツを受け取れ。」
「ん・・・なんだ?」
騎士団に配属された魔導甲冑は、誰でも使えるよう防御力に特化させ、身体能力の向上は最低限にとどめられていた。
ケンジに渡した物は、幹部用モデルの試作品だ。
身体能力の大幅な向上に高い防御性能、特殊兵装など、マシンライダーのバトルスーツを参考に、シンの妄想を盛り込んだ特撮脳全開仕様の幹部用モデル。
目を覆うグラスには、周囲の明るさに合わせて瞬時に輝度を調整する偏光機能や魔力や魔素の濃度、流れを検知して視覚的に表示させる機能のほか、チャームやフィアーなど、精神攻撃に対する防御機能も備わっている。
身体能力の大幅な向上、特殊兵装など盛り込み過ぎた結果、非常に高い魔力適性が必要になってしまい、ワタリビトでなければ使用できないという問題が発生、開発が難航していた。
その解決案。
USBメモリーのような小型のスティックを3本。
ケンジが受け取ると、
カシャッ
メカ音とともに、左腕のブレスレットが開いた。
そこに差せ、と、合図するパルに従う。
一本目
”Powerd”
二本目
”Defenser”
三本目
”Accelerate”
古臭い、無理やり作った電子音のような音声が小さく流れた。
「なんか・・・恥ずかしいんだが・・・。」
「え?そう?」
俺としてはなかなかいいセンスだと思うんだが・・・音声大きすぎないし。
ケンジはゲームもほとんどしたことが無いって言っていたし、そっちの方面も疎いのか?
|”Completion”《コンプレイション》
完了を意味する音声と同時に、魔導甲冑の全身に青いラインが浮かび上がった。
スティックは、魔石を加工して作った電池のようなものだ。
まだ一般人に使えるほどコスパが良いわけではないものの、これを使うことで負担を大きく減らすことができる。
「それで攻撃力、防御力、早さに補正が付いたから。」
スティックにはそれぞれ、攻撃力を上げるために必要な筋力を強化、防御力を上げるためのスーツ強化、素早さを上げるための瞬発力強化と動体視力強化のための魔導印が彫り込まれていた。
「あとこれも使って自衛とレイオウのサポートよろしく。」
そう言って渡されたのは、なじみ深い大楯と小銃だった。
長方形の、自衛隊でも装備品として使っていたものに近い形状のタワーシールド。
ポリカーボネート製で透明だった自衛隊装備の盾と違い、青いような黒いよな、不思議な色合いをした金属製の盾だが、スーツによって強化されたおかげか、重さはさほど感じない。
小銃も自衛隊装備の89式ではなかったが、米軍の装備だったM16に似ている。
「よくあったな、こんな物。」
小銃は今回旅立つ直前に、スカウトする予定のワタリビトに元自衛官がいるということで、長らくスロークの貯蔵庫に放置されていた物の中から譲り受けてきた物だ。
かつて、みどり村を襲撃した無法者たちが残していった銃火器。
忌々しい記憶しか無く、この先使うこともないだろうと廃棄を考え始めていたところだった物。
慣れた手つきでチェックを済ませると、レイオウを庇うように警戒姿勢をとった。
「グ・・・ゴア・・・グ・・・・ゲ・・・」
ガーテナが奇妙なうめき声をあげた。
膂力を生かした大型武器を得意とするオーガ達の中では珍しく、ガーテナは徒手空拳、素手での戦いを好んだ。
切っ掛けは、スロークに手ほどきを受けた空手や柔道だった。
それ以来ドップリとハマったガーテナは、シンから動画を見せてもらったりしながら独学で技を磨いてきた。
パルの旅に同行することになったのも、万が一にも武器を使えない状況になった時、徒手空拳で戦えることが決め手となった。
ケンジと合流後は、熱心に指導も受けてきた。
ガーテナの突きが、蹴りがケンジの構える盾に容赦なく襲い掛かる。
(違う。)
根本の膂力も体格も大きく異なるため寸止めであったが、組手も数多くこなしてきた。
だからわかる。
全力で放たれる突きも蹴りも、そこには”技”が無い。
力任せ。
ただ振り回しているだけ。
小銃から手を放し、盾でガーテナの拳を跳ね上げると、左脇腹に右拳を叩き込んだ。
(すまん。)
鎧がひしゃげ、ダメージが内臓にまで通った。
と、確かな手ごたえを感じた。
「グエハッ」
派手に血を吐くが、それでも殴りかかって来る。
ケンジは盾も放り捨てると、ガーテナの腕をいなして背後に回り込み、自らの腕をガーテナの首に。
そのまま頸動脈を締め上げた。
そのまま落とす。
驚くほど抵抗が無かった。
落ちる瞬間、「すまない。」と聞こえたような気がした。
たぶん、抵抗しなかったのはそういうことだったのだろうと納得することにした。
直後、全身を悪寒が襲う。
視界に白い靄が。
おそらくヒスイのゴーストか何かだろう。
見ることによって影響を受ける精神攻撃に対してはゴーグルが強い耐性を持っているが、ヒスイが操るゴースト系の精神汚染はパッシブスキル、視界にとらえていなくても、近寄るだけで影響を受けてしまうもので、それに対しての防御は、ゴーグルに付与した耐性と競合してしまうとかで、まだ未対応だった。
せいぜい悪寒を感じる程度の弱いものだが、初めてくらったケンジの動きを一瞬止めるには十分。
強烈な打撃を左肩に食らってしまった。
ベキィ
嫌な音がした。
大振りの両手剣。
デスウォーリアの一撃をモロに食らって真っ二つになっていないのはスーツのおかげだ。
それでも鎖骨は砕けた。
もう盾は使えない。
デスウォーリアが剣を振り上げたタイミングで転がり小銃に手を伸ばす。
「ガッ!」
伸ばした手首にウォーハンマーが叩きつけられた。
3体目のアンデッド、ドワーフゾンビ。
「くそ!」
咄嗟にドワーフゾンビを蹴り飛ばしたが、右腕は手首から先がおかしな方向に曲がっている。
ポーションを使おうにも両手を封じられてしまった。
デスウォーリアの大剣が振り下ろされようとした瞬間、陶器製の小瓶がデスウォーリアの顔に当たり割れた。
中から白っぽい液体がデスウォーリアの顔じゅうにまき散らされ、途端にジューという音と白い煙が沸き上がった。
「アグギァア!!」
奇怪な叫びをあげ、顔面を抑えてのたうち回る。
「ごめん・・・もう、大丈夫・・・。」
その声が聞こえたかと思うと、手首と肩の痛みが和らぐ。
「レイオウ・・・助かった。」
「いえいえ、こちらこそ。」
まだ若干顔色が悪いが、チャームの影響からは脱したようだ。
「アンデッド相手なら任せてください。」
軽く頭を左右に振ると、小瓶を両手に持ってケンジの傍らに立った。
アンデッドに有効な聖水や退魔の霊薬は、初級から作れる錬金術の基礎だ。
「おれも・・・」
声の主は、壁を支えに立ち上がったガーテナだった。
ポーションを使ったのだろう、足元には空のガラス瓶が転がっていた。
「ガァアア!」
デスウォーリアが雄たけびを上げ、一番近くにいたレイオウにつかみかかろうと走り出した。
ヒスイの魔法によって顔面のダメージは回復していたが、落とした剣を拾おうともしない。
「ぬぅぉおう!」
今にもレイオウにつかみかかろうとしたデスウォーリアに、ガーテナが強烈なタックルをかまして弾き飛ばし、突きと蹴りで追い打ちをかける。
先ほどとは雲泥の差ともいえる美麗な技の連撃に、体格で勝るデスウォーリアはなすすべなく翻弄された。
(やはり、魅了されている状態では正常な判断も動きもできないのか。)
ケンジは盾と小銃を拾い上げると、ドワーフゾンビに銃弾を浴びせた。
乾いた破裂音が反響する中、銃弾によってハチの巣にされるドワーフゾンビだが、弾倉1つ、20発を食らわせても倒しきれなかった。
腕は千切れ、足もズタボロになっていてなお、バトルアクスを引きずり近づこうとしてくる。
弾倉を交換して追撃を加えようとするケンジにゴーストが、氷の針を無数に飛ばすアイスニードルを放った。
盾で難なく防いだケンジだったが、その隙にヒスイの魔法でドワーフゾンビのダメージが回復、振出しに戻ってしまった。
ガーテナがデスウォーリアを、ケンジがドワーフゾンビを、レイオウがゴーストを。
それぞれがダメージを与え、その蓄積が一定以上になるとヒスイによって回復される。
そんな攻防が数度続き、長期戦の様相を呈した。
が、それはあっけないほど簡単に崩れた。
ヒスイの魔力切れだ。
ヒスイがまともなら、絶対に起こりえなかっただろう。
魔力切れによって回復できなくなったアンデッドたちは難なく倒され、残るはヒスイただ一人。
魔力が尽きたゴーストテイマーに自衛の手段はなく、レイオウの魔法によってあっけなく昏倒させられた。




