183話:移住
「もう連れて来たのかよ。」
3月初旬、パルが見込みのある連中をスカウトに行きたい。
なんて言い出してからたったの2か月である。
3人の現地人を連れ帰ってきたのだ。
敏い人ならわかるだろうが、今は5月。
月が明ければ王家が避暑にやってくるという、まさに修羅場真っただ中に、である。
「いやがらせかよ。」
と、思わず口を滑らせてしまうほど忙しいのだ。
何せ、パルが連れてきた3人は、言葉すら通じないんだから。
「オレももう少しでレベル90に上がるし、そろそろ動こうと思うんだが。」
3月、春ももうすぐ終わろうかと言う時期、急にこう言いだしたパル。
※サンザ王国では1月=初春で、3月半ばからは初夏へと移行していく時期。ちなみに王家の避暑休養は6月に行われる
「俺としてはトールたちの手伝いをしてほしいんだけど。」
元”俺”のことだから、面倒事から逃げて引き籠る気じゃないかと勘繰ったわけだ。
「それもいいんだけどな、最近レベルアップで知力系の数値が上がったからか、それともコアにオレ自身が馴染んできたからか、バラバラだった記憶がザックリとつながり始めて来たんだ。」
「ほう、それは良いことだ。」
確か、人間の脳って、見えなかったり聞けなかったりした情報を周囲や経験の情報から勝手に補完して推測したりするんだよな、それに近いことがパルにもおこっているんだろうか。
「で、何人かスカウトしたいやつらがいるんだ。」
と、なったわけだ。
いちおう領主様の許可は貰っておいた方が良いだろうと話を通したんだけど、
「ううん・・・パルさんはシンさんだしな・・・。」
いや、確かにパルは元々パラレルワールドの”俺”だったけど、何か問題が?
「シンさんだしね。」
「シンさんだもんなぁ・・・。」
居合わせたユーキとライアーまで同調しやがる。
俺だったら何だってんだよ。
「オレ、もうすぐレベル90だしさ、装備も俺から借りていくし、連れてきたい連中は絶対この領のためになるんだけどな。」
パルが珍しく食い下がる。
普段は数歩引いたところから成り行きを見ているだけのことが多いのに。
「そのことは信頼してるけどね、シンさんって、すぐ死ぬから。」
ぐふっ!
スロークから手痛いクリティカルヒットを食らってしまった。
「いや・・・ちょっとまて・・・俺、死んだのって1回だけだぞ。」
そう、1回だけなのだ。
だからすぐ死ぬという表現はいかがなものかと思う。
「アイテムのおかげで生き残ったのも入れると2回は死んでるよね。」
間髪入れずにユーキがコンボを決めにかかってきた。
「ぬぅ・・・それは・・・死んだ内には入らないんじゃないでしょうか・・・。」
苦しい言い訳だと自覚はしている。
さらに言うなら、ウシオと出会った洞窟からの脱出行でもヤバかったこともあるようなないような。
「自爆スキーだしね。」
自爆?・・・あ、あれか!
ライアーめ、やっぱり連れて行くんじゃなかった。
「それは、パレオルトリスを追うために急いでいたからだよ・・・。」
そう、あれは耐えられると確信しての緊急的措置であって、いわゆる”自爆”では無いのだ。
「オレとコイツを一緒にしないでくれ。」
「「「どっちもシンさんでしょ。」」」×3
あきれ果てたような三人のハモリで俺もパルも玉砕しかけた。
「はぁ、とにかく、一人で行くのはダメだ。かといって、来週からは移住者の受け入れも始まるし、その後は王家の対応もある、非戦闘職とみどり村の警備関係は手が回らないから、テルグリナの警備関係から選んでくれ。」
条件付きで領主様から許可が下りた。
と言うか、最初から一人で行かせたくなかっただけっぽいな。
「あぁ、あっちはもうロボの実戦配備が始まって巡回の負担がだいぶ減ったって言ってたよね、落ち着いたらこっちにも回してほしいな。」
ゴーレムなんだけど・・・デザインのせいもあってか、みんなアレを“ロボ”って言うんだよなぁ。
ユーキもゴーレムの調整に手を貸してくれたみたいだから、こちらの警備にまわしてもいいとは思うんだが、一般人が多く住んだり、やって来たりするみどり村に配備できる物なのかどうかは悩むところだ。
「みどり村にロボはダメだぞ。」
領主様から正式に拒否られました。
諦めてくれ、ユーキ君。
「同行者の件は了解したけど、連れて行けるのは二人までだな。」
パルは、俺とパルのセカンドゲーム、ルナシークのカードを3枚取り出した。
「そのカードが必要なのか?」
パルの持つカードにスロークも興味をひかれたようだ。
「言語理解って能力だ。俺も3枚しか出てないレアカード。」
連日朝から晩までカタオカのダンジョンに籠り続けていたパルは、300枚を超すスキルカードを獲得していた。
その中でたったの3枚。
かなりレア度は高そうだ。
「1枚はオレが使うとして、残り2枚で二人だ。」
「え・・・言葉、違うの?」
「いや、そりゃそう・・・なのか?」
ユーキに続いてスロークも気が付いたようだった。
当たり前すぎて、誰も気が付かなかった。
実際に国を超えた俺も含めて。
少なくとも、サンザ王国、ファーレン、クノーソス、ブロムタイド王国、クアルシア、フェンデリア、リンデール聖王国は、まったく同じ言語を使っている。
それが、異常だということに。
元々の世界では、国ごとに言葉があるのが当たり前だった。
それなのに、この世界に来てこれまで言葉で困ったことが無かった。
異世界なのだからそういうものなのだろうと思い込んでいたけれど、やはりそれは異常なことではないか。
「オレの記憶も完全じゃないんだけどな、」
そう言って、パルが知る言語の歴史が披露されることとなった。
言葉の歴史、というか、多くの地域で同じ言語が使われることになった起源は、例のアホ王、ガイゼルベルグが原因だった。
かつてアホ王こと、ガイゼルヘルグの国は、世界を蹂躙した。
国を侵略し占領すると、まず言葉を奪い、文字を奪い、ガイゼルベルグの国の言葉を強要した。
文字の書かれたものはことごとく破壊し、焼き、一文字すら残すことなく、話す言葉も徹底的に排除し矯正した。
次に文化を、芸術を破壊した。
すべてを自らの国と同じものに書き換え、懐かしむことすら許さなかった。
ガイゼルベルグは世界のおよそ半分を支配下に。
寿命と言うものから解き放たれ、圧倒的武力を誇ったガイゼルベルグとその軍隊だからこそ成しえた完全支配だった。
やがて、世代を変え人々の記憶からはかつての言葉も、文字も、文化も失われた。
ガイゼルベルクの国が空高く飛び立ち、支配から逃れた地上の人々にはもう、かつての文字や言葉、文化を再現する術はなく、そのままガイゼルベルグの国の言葉を使い今に至る。
つまり、かつてガイゼルベルグに支配されていた世界の半分ほどが同じ言葉をを使っているが、それ以外の地域では異なる言葉が使われているっていうことのようだ。
まさか、今更言葉の壁が立ちふさがって来るとは思いもしなかった。
その後テルグリナで希望者を募り、戦闘力と能力の凡庸性の高さからキチセとヒスイが選ばれ、さらに現地の言葉は話せなくても、コクエンの部下で高い戦闘力を持つオーガのガーテナを補佐に付けて旅立った。
と、言っても、のんびり船旅ではない。
目的の大陸は、サンザ王国のあるユーンゲシア大陸の遥か北にあり、魔獣が巣くう魔の海域や、複雑な海流や暗礁地帯が点在する危険な海が多く、開拓された航路は大きく蛇行するような工程を踏まなければならない。
最も近いメタルバ帝国最北端の港より約半年の航海が必要で、そのため交流は全くと言っていいほどなかった。
そんな無駄な時間をかけているわけにはいかないので、暴風龍デストームの配下となったスカイドラゴンに騎乗して、空路で一気に移動したのだ。
エースには2人までしか乗れないし、ちょっぴり期待したパルの貯蔵庫は空っぽで、騎乗用モンスターも従魔たちもいなかった。
「ま、そうだよな。」
そう言うパルが寂しそうだったのは見なかったことにする。
海路だけでも半年かかる行程を、わずか3日で飛行したスカイドラゴンを帰すと、4人は地道な捜査で2か月かけて目的の人物を発見し、接触、勧誘に成功した。
帰りは、持ち込んだ小型転移門で瞬間移動。
代わりにクロウ配下の悪魔たちが転移して転移門を回収し、当地での活動拠点を探してそこに転移門を設置し直すという手はずになっている。
スカウトされてきた3人(本命は一人らしい)は、現在言葉の習得を最優先にソンチョーのチート授業を受けている。
パルたち4人は次の目的地への準備を始めているし、出発までにはあるていど会話ができるようになってもらわないと困るから、ソンチョーも付きっ切りでの授業となってしまった。
**
移住が始まった。
貴族家令嬢や令息たちの移住開始より10日ほど早く、移住を希望する一般市民たちが街道へと到着し始めた。
コリント伯爵領側の街道も開通し、南北両方からみどり村へと目指してくる。
もちろん、魔獣対策のトンネルもカイトが間に合わせた。
経過観察の結果でも、東側の魔獣達はトンネルを使って西側で狩りをして、再びトンネルを使って東側へ戻るという行動を覚えたようだ。
これで、飢えた魔獣が魔物除けを無視して突っ込んでくるという事故もかなり防げるだろう。
移住希望者の中には待望だった、若い未婚の女性も多く含まれている、との一報がみどり村に届くと、若い職人やハンター、傭兵たちが歓喜した。
なにせ、これまでは9割近くが男で女性はみんな既婚者だったのだ、出会おうにも出会えなかったんだから、このはしゃぎようも仕方なし。
しかしながら、無条件で移住者を受け入れるわけではない。
犯罪者や他国、反対組織のスパイなんかが潜り込む可能性もあるわけなので、移住希望者たちは街道に入る前に受付を徹底させた。
この時に名前と出身地を記載した割符を渡し、カルケール伯爵領側、コリント伯爵領側それぞれに3か所づつある宿泊所で身辺調査を行う。
クロウの配下で、思考や秘密を暴く能力を持つ地獄の大公爵、ダンタリオンの系譜に連なるデーモンたちが審議官を務め、移住希望者たちの審査に当たっている。
しかし、クロウって魔界の公爵だったよね・・・地獄の大公爵を配下にしてるのってどういうことなん?
逆じゃね?
って、一度聞いてみたことがあるんだけど、
「シン様とスローク様の関係のようなもの、とお考え下さい。」
あぁ、確かに、俺は子爵でスロークは伯爵だけど、王の頼子である俺とカルケール伯爵の頼子にあたるスロークでは、実質的に同格とみなされるんだったな。
「地獄とは魔界のごく一部に過ぎないのです。たかが地獄の大公爵など、魔界の伯爵にも及びません。」
なるほ・・・ど?
まぁ、もともとはゲームの設定だしな。
辻馬合わせみたいになってても仕方ないのかもしれないな。
それはともかく、問題のある希望者はその場で拘束、犯罪者は問題を起こした領地に連絡を取って引き渡し、スパイに関してはテルグリナ地下のカタオカダンジョンに作った尋問設備にてダンタリオン直々に尋問していただく。
本来は無数の老若男女の顔を持ち、巨大な書物を持った姿のダンタリオン。
そのままの姿で尋問すれば速攻で落ちそうだけれど、そうするとまた邪教だなんだ騒ぎ出す輩が湧いてきそうなので、ヒトの姿で尋問するように指示しておいた。
問題無しと判定された希望者には次の試練。
魔物に対しての忌避感とか、うまく共生できるかのテストを行う。
初期の移住者たちに取った方法と同じだけど、みどり村に近づくごとに魔物や魔獣との距離を縮めて、共に食事をしたり共同作業をしたりさせて様子を見た。
さすがに危険な旅を乗り越えて街道までたどり着いただけのことはあって、恐怖に震えながらも魔者たちとの関係を築こうとする者が多く、9割ほどが無事みどり村へと到着した。
当面はヒロの能力で外壁の内側に沿うように作った仮設住宅で生活してもらい、生活基盤が整ったら各々住居を購入するか借りてもらうことになる。
義務として、入村して10日間は読み書きと簡単な計算、村の法律(主に犯罪行為やルールなどについて)を勉強してもらい、試験に合格した者から職探しを許可することになっている。
当然ソンチョーのチート授業で叩きこむから、全員合格するだろう。
まだ家族ごとやってくる移住者はほとんどいないため、子供がいないのが幸いだ。
なにせ、ソンチョーを除けば教師は全員が悪魔なのだ。
クロウによると、子供は本能的に感じて恐怖するようで、怖がって授業にならないかもしれないと言っていた。
将来のことを見据えて、今回の移住者たちの中から、教師になる素質のある者を見出して教育することも重要なミッションになっている。
令嬢令息の移住が始まるまでの10日ほどで、みどり村への移住者は438人に上った。
そして、その中にはわずかであるが、ワタリビトの姿もあった。




