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凍土に咲く花、君の声  作者: 雨咲はな


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 クリスティーナ王女が行方不明になってから、ひと月近くが経過した。

 ひと月も経っているのに、未だ見つけるどころか有力な手がかりも掴めていないというこの現状を、捜索する側の無能と取るか、あるいは逃亡する側の才能と取るかは、人によって意見の分かれるところだろう。

 この件に関わる立場でなかったら間違いなく前者を取っていただろう俺は、内情を知っているがゆえに、そうそう簡単にどちらかを選ぶことなんて出来ない。使える人材はごく少数で、しかも誰にも気づかれないように、という王の命令が、そもそも無茶だと判っているからだ。

 王都から通じる街道に見張りを置きたくとも、人手が足りない。あれこれ聞き込みたくても、相手を不審がらせないようにという制約がついて、四苦八苦だ。結果、こちらの対応は後手後手に廻ることになる。ランス隊長はそりゃ、疲労困憊するしかないだろうさ。

 せめてもう少し手勢を増やしてもらえたら、という希望は無論あるだろうし、王にもその旨の上申はしているのだろう。しかし一向に、それが通るような気配もない。


 王は王でこの状況に焦っているのだろうが、それ以上に、アズガルドに情報が少しでも洩れることを恐れているのである。


 王にとっては、最大の取引先である国を怒らせることほど怖いものはないらしい。それならそれで、あんな風にひたすら猫可愛がりするだけでなく、王女に対してもっと自負と自覚を叩き込んでもよかったんじゃないかと思うが、今となっては何を言っても虚しいだけだ。

 この寒く貧しい小さな国を、ただ維持するだけで精一杯。野心を抱くほどの貪欲さもなければ、この国をもっと豊かにしようという気概もない。先代の国王から受け継いだものを、汲々として手の中に囲うことでしか守るすべを知らない現王。

 王は王女の失踪を知った時、真っ青になってガタガタと震えていたという。叱責も追及も忘れて、大至急代わりとなる娘を探し出せ、という命を出したのは、そういう気構えのなさと器量の小ささから、とりあえずは上辺だけが平常どおりであればいい、という考えから来たものだった。

 しかしどんな理由であろうと、それが王命であれば逆らえない。反論や諫言はすべて、王によって潰された。下の者は従うより他、道はなかった。

 その小心さのせいで振り回されるランス隊長は、たまったものじゃないだろう。もちろん俺や他の連中だってそうだ。隊長はああいう人なので一言も愚痴も不満も言わないが、俺の内心はずっと、ぶすぶすとした黒いもので燻っている。

 ──そして、今日。

 新たに馬鹿馬鹿しい命令が下されて、その黒いものは、さらに増大する羽目になった。




「なんですって?」

 ネリーが大きく目を見開いて、信じられない、という声を出した。

 その表情は、ついさっき命令を受けたばかりの俺が浮かべていたものと、おそらく同じものだ。だからこそ余計に苛ついて、俺は自分の硬い靴で、艶々と輝く床を軽く蹴った。

「この娘を、王宮の礼拝堂に連れていく? 正気なの?」

「俺はまったく正気だがね」

 我ながら尖った声でネリーに返す。正気だからこそ、俺だって耳を疑ったのだ。

「王命だ、仕方ないだろう」

 そう言うと、忠実な侍女頭であるネリーは、ぴたっと口を噤んだ。彼女はそれがどんな内容であれ、王族からの命令に逆らったことなどない。王女がいた頃も、その要求を何ひとつ否定することもなく、王女が些細な不便でも感じることがないように、を信条としてせっせと尽くしていた。

「でも……」

 ネリーがそろそろと不安そうな顔を向ける先には、さっきからこの話についてこられず、ティーカップを持ち上げたまま動きを止めているティナがいる。どうでもいいが、また頭に本を乗せているのか。

「そこに行くまでに、人の目が」

「避けられないな。──つまり、そういうことなんだよ」


 王族が神に祈りを捧げるために使われる礼拝堂は、王宮の敷地内の端にある。

 そこに行くには、建物を出て、庭園をしばらく歩かねばならない。もちろん王宮敷地内なので一般人は入って来られないが、礼拝堂の建物は民衆からよく見えるようにと、門のすぐ近くにある。

 要するに、ティナが礼拝堂に行くということは、建物の内外に立つ警護の人間や、そこかしこで働く侍女たちの前を通り、なおかつ門の外から民の視線をも受ける可能性が大いにある、ということなのだ。


「そういうことって、どういうことなの。こんなどことも知れない村の娘が、クリスティーナさまの代わりとして部屋の中に居座っているということは、誰にも知られてはならない極秘事項だったでしょう」

「やだネリーさん、どことも知れないって、あたしの村はダウニールって名前だって、ちゃんと話したじゃない。忘れたの?」

 険しい表情で俺を問い詰めるネリーは、能天気な調子で口を挟んでくるティナを綺麗さっぱり無視した。

「……だから」

 俺は腰に手を当て、ふー、と長い息を吐き出す。

 自分の頭の中にもまだ怒りが渦を巻いている状態で、このキンキン声を聞くのは、かなりの精神力が必要だった。

「あまりにも長いこと、王女が人前に姿を現さないってんで、日に日に不審と疑問の声が大きくなりつつあるんだよ。部屋にいるといっても、周りはほんの少しの人員で固めてる。実は大変な病気なんじゃないかって思われても、無理はないだろ?」

「だからクリスティーナさまはご体調が優れない、ということに」

「程度問題なんだ。普通、ちょっと体調が悪いくらいで、こうまで厳戒態勢になるか? しかも侍医が出入りしている様子もないしな。伝染性の悪い病気か、よほど手の施しようがない重病か、あるいはもう亡くなっているんじゃないか、という噂が出てきても不思議じゃない」

「なんということを……!」

 そんなことは考えるだけで不遜だ、というように、ネリーが顔を歪めた。

 実のところ、王女がここまで見つからないのは、すでにどこかで……という危惧が、ネリーの頭の中を過ぎったことくらいはあるはずだ。しかし彼女の場合、それが少しでも浮かぶたび、必死に振り払ってきたのだろう。


 ……俺は、そんな可能性を思い浮かべたことは、一度もないけどな。

 王女が儚くなっているとは、俺は思わない。そこまでの覚悟があったとは、思えない。

 第一、一緒にいる近衛隊員は、そんな道を選ぶようなやつじゃない。


「陛下にとって問題なのは、王宮の中やキルヒリア国民じゃない、アズガルド国だ。もうすぐあちらから大臣が来るという今この時に、王女がもういないのではないか、とほんの少しでも思われたら困るんだよ」

 嘘か本当かは知らないが、アズガルドの第三王子との結婚を厭う女性が自分で自分の命を断った、という話までがあるくらいだ。

 小心な王としては、こんな噂がちらとでもアズガルド側に届いたらと思うと、きっと生きた心地がしないに違いない。だから慌ててこんな命を下した。王太子が「思考が浅い」と言っていたが、まったく同感だ。

 腹が立つ。王にも、この状況にも、なによりその命令を受け入れるしかない自分自身に。

「そういうわけで、礼拝堂にティナを連れて行くように、との仰せだ。クリスティーナ王女はちゃんとこの王宮内にいらっしゃる、ということを、他の人間の目に見せるんだ。わかったら手早く準備をしてくれ。俺がぴったりと張り付いて護衛をする」

「…………」

 ネリーはぐっと唇を引き結んでいたが、くるりと身体の向きを変えると、「さあ、急いで準備をなさい!」と控えていた他の侍女に鋭い指示を出した。



          ***



 そういう成り行きで王宮の外に出ることになったティナは、緊張感のカケラもなく、のんびりとしたペースで足を動かしていた。

「今日はいい天気ねえ」

 と気楽そうに言って、空を見上げる。

 そこはいつも通りの灰色が広がっていて、雪もちらついている。先日バルコニーに出た時とは違い、風がさほど強くない、という程度だ。

「あんたの基準では、これは『晴天』なのか。……おい、あんまり上を向くな。フードから顔が出る」

 彼女の背後にひっそりと寄り添うようにして歩きながら、俺は声を抑えて注意した。フード付きの分厚いコートを着込んでいるとはいえ、あまり顔は見せないに越したことはない。

 警護の連中が慌てて礼を取る様子を見るに、今のところ、一切疑惑らしきものは抱かれていないようだ。お元気であられたか、という安堵の表情を隠さないやつもいる。フードの下からちらりと見える髪や顎の線に、相変らずお美しいと、でれりと鼻の下を伸ばすやつだっていたくらいだ。

 しかし俺はそれでさえ、重いものが腹の中に落ちていくような気持ちになった。


 ……こうしてどんどん、ティナを深みに嵌らせていくのか。


「だって風もないし、降っている雪も少しだし。あたしの村では、こういう日は、『今日は過ごしやすくていい日だねえ』ってみんなが喜ぶのよ。それに、あんまり必死になって顔を隠してちゃ、意味がないんじゃない?」

 それはその通りなのだ。ここにいるのは確かにクリスティーナ王女である、ということを王宮の人間に知らしめるためには、がっちり顔部分をガードしていては意味がない。しかし大っぴらにティナの顔を晒すと、どこにどんな厄介事が待ち構えているのかも判らない。いや、もうすでに今の状況が、「厄介事のど真ん中」あたりに位置しているのだが。

「いつまた吹雪になるかわからないから、こういう天気の時は、みんな朝から張り切って大車輪で働くのよ。外仕事をこなせるのもこういう時くらいだもんね」

 一応周囲を憚ってひそひそ声で話している内容は、高級な外套をまとう王女の姿とはかけ離れている。

「いくら雪が降っていなくて風がなくても、外の仕事は寒いだろ」

「そりゃあね。でもそんなこと言っていたら、この国では生きていけないわ。今、目の前にあるやれることを、一生懸命やる。そうしないと、食べることも難しいのよ」

「……そうか」

 そしてその話は、王宮のこの美しい庭園の景色からも、まったくかけ離れていた。綺麗に揃えられた植え込みや、寒さに強い花などで囲まれた庭園は、ティナの口から出る「生きる」ということのためには、取り立てて必要のないものばかりだ。

 厳しく容赦のない「外」のことなど知らぬげに、王宮内はどこもかしこも静かで平和な空気ばかりが流れている。

「それであたし、礼拝堂に行って何をすればいいの?」

 ティナに問われて、そうだった、と俺は我に返った。決して気を緩めていい場面ではないのに、どうもこの娘の声を聞いていると、張り詰めていたものが間延びしてしまうな、と反省する。

 このお喋りにも慣れてきたからかな。ティナの涼しげな声は、ネリーの引っ掻くような声と違って、こちらの気分をほぐすためかもしれない。つい、あれこれと話を続けてみたくなるのだ。


 そういえば、さっきまでの怒りも苛つきも、いつの間にかすっかり消えている。


「王族は十日に一度、礼拝堂に行って祈りを捧げることになっている。厳密に言うと時間も決まっているんだが、今回は特例だ。あまり体調が良くないのを押して行くのだから、なるべく誰もいない礼拝堂で静かに祈りたい、という王女殿下のたっての希望により、神官も神官長も遠慮して席を外している」

「……という設定なのね。王宮っていうのは、いちいち面倒ねえ」

 多少はこの王宮のやり方が判るようになってきたのか、ティナが呆れたように言った。まったくだ、と内心で同意する。

「祈り方は知ってるか?」

「ネリーさんにガミガミ教わりました。でも、王族だからといって、そんなに変わったことはしないのね。基本的には、あたしたちが日常やるのとそう大差はなかったわ。そうよね、神さまに祈るのに、身分の上下は関係ないわね」

「…………」

 うんうんとティナは納得しているが、俺はそれには答えなかった。

「村でもね、よくお祈りするのよ。朝昼晩の食事の前には必ずね。みんなは、もうちょっと暮らしを楽にしてください、ってことを祈ってたけど、あたしはいつも、エディから苦しみというものを取り去ってあげてください、って神さまに祈ってた」

「……うん」

「フレディはね、食事前の祈りは神への感謝を述べるもので、そんな個人的な願い事をするためのものじゃない、って言うの。でも神さまなんだから、そんなにケチくさいことは気にしないんじゃないかと思うのよ。大体、感謝と願い事なんて、紙一重じゃない?」

「その理屈はよくわからんが……ちょっと待った、フレディ?」

 思わず、ぴたりと足を止めて問い返す。ティナも同じように立ち止まると、何をそんなに驚いているのか、というように、目をぱちぱちと瞬いた。

「フレディって、まさか」

「王太子さまのことだけど。だって王太子さまが、そう呼べ、って仰るんだもの」

「…………」

 俺は、しょっちゅう王女の私室に出入りしては、なんやかんやと時間を過ごしていくフレデリック王太子の顔を思い浮かべた。あの王太子、まだ十二歳のくせに、ませたことを考えているんじゃなかろうな。

「フレディと話していると、エディのことを思い出して、すごく楽しい」

 ティナからは、きっぱり弟扱いしかされていないようだがな。そりゃそうだ、気の毒に。つい、ニヤニヤしてしまう。

「……エディ、元気かな」


 その呟きを耳にして、俺の口許の笑いが引っ込んだ。

 フードの向こうで、ティナの目は灰色の空のどこか遠くへと向けられている。


 故郷に残した弟のことが心配なのだろう。当然だ。ただでさえ身体が弱いという、たった一人の家族なんだからな。王女が見つかるまでの短期間、という心積もりで王宮にやって来たティナの不安が、日ごとに募っていくのは無理もない。

 彼女はその不安を、あまり外に出そうとはしない。ランス隊長にも俺にも、文句という形でぶつけることはしない。自分で決めたことだからと、自らを制しているのだろう。無駄なお喋りばかりするくせに、ティナはそういう面、非常に生真面目な性格をしていた。

 そして俺はその心細げな独り言にさえ、何も応えてはやれない。

 大丈夫だと安心させることも、すまないと謝罪することも。

 制服の上から、胃のあたりを手で押さえてぎゅっと握った。

「ねえ、礼拝堂では、やっぱりエディのことをお祈りしちゃダメかしらね? 今のあたしは王女さまの代役なんだから、もっと大きなことを祈らなきゃいけないかしら」

「……別に、いいんじゃないか?」

 こちらを振り向き訊ねてくるティナに、俺は少々引き攣った顔でそう言うのがやっとだった。

「神だって、そこまであんたに王女の代わりを望んじゃいないだろうさ」

「そうよね。あたしなんて、ただの村娘だもんね」

 ティナが可笑しそうに笑う。俺はそこから目を逸らし、短く息をついた。




 ──誰もいない礼拝堂はしんとして、荘厳で静謐な空気に満ちている。

 その中で、ティナは床に跪き、手を組み合わせて、じっと祈りを捧げ続けた。

 敬虔な態度、一途な願い。誰も彼女の祈りを邪魔することなんて出来やしない。俺は後ろに立ってその背中を見つめ、一言も言葉を発さず、呼吸をするのも抑えながら、それが終わるのを待っていた。

 エディが元気になりますように、と。

 ただそれだけの、ちっぽけな願いだ。たとえばこの礼拝堂の中にある、豪華な飾り付きの燭台を売れば、あっという間に叶うかもしれない願い。今のティナは名目だけは王女なのに、こうして跪いて祈ってやるしか出来ることのない願いでもある。

 理不尽だよな、本当に。王宮、王族とは、一体何のためにあるのだろう。国を守る、民を守ると言いながら、遠くの村にいる小さな子供も救ってはやれない。

 だとしたら、王族を守るための近衛隊員にだって、何の意味があるのだろう。


 ……ただ、この細い背中を見守ることしか出来ないなんて。


 長い祈りの後で、ようやくティナは立ちあがった。

「待たせてごめんね、ロイド」

 そう言う彼女に、首を振る。

「もういいのか」

「うん。……でも、どんなに祈っても、届かないかもしれないよね。この礼拝堂は王族専用なんだから、ここにいる神さまだって、きっと王族の人たちの願いを聞くだけなんだろうし」

 長い祈りの間にティナも思うところがあったのか、その唇から出る言葉には、珍しく寂しげな自嘲の響きが滲んでいた。十日に一度、この礼拝堂に来る王族は、一体どんなことを祈っているのかと、考えずにはいられなかったのだろう。

「──王女さまは、今頃どこで何を祈ってるのかな」

 ぽつりと零すように呟いて、歩き出す。

「…………」

 俺もその後についてゆっくりと足を動かした。

 かけてやる言葉が、何ひとつ見つからない。

 王女は今、どこで何を祈っているのか。見つからないように、か? こうして逃げている間に、結婚話がなくなりますように、か? それとも、あとで叱られませんように、か。

 どちらにしろ、それは「自分に対する自分のための祈り」だ。

 可愛らしくて、優美で、淑やかで、いつもにこにこ微笑んで、誰からも愛されていた、春の花のようなクリスティーナ王女。

 心の底から、思う。


 俺は本当に、あの王女のことが嫌いだ。



          ***



 ティナを私室に送り届けてからしばらくして、フレデリック王太子がやって来た。

「本日姉上は、礼拝堂に行かれたそうだな」

 少し離れた位置にいる近衛隊員を気にしてか、ごほんと咳払いしながら、わざとらしいことを言う。しかし耳が早いな。ひょっとして、間諜でも使ってるのか。まだ十二歳なのに、末恐ろしい。

「ええ。まだ体調があまり思わしくはないのですが、これ以上足が遠のくのも申し訳ないことだと仰って」

 扉前に立つ俺も、わざとらしく微笑を浮かべてそう返した。

「そうか。姉上は信仰心の篤い方であられるからな」

「そうですとも。今日も熱心に祈りを捧げておられました」

「礼拝堂に行かれる時は、いつもよりも服装に気を遣っておいでだったし」

「神に対して失礼のないように、ということでしょう」

 話していて、だんだんイラついてきた。なんだ、この不毛極まりない時間は。

「まだ具合がよろしくないようだが、お前が付いているのなら姉上も安心だろう」

「恐れ入ります」

 白々しいことを言い続ける王太子に、そろそろ俺の辛抱も尽きそうだ。何か言いたいことがあるのなら、さっさと言えばいいではないか。

「──本音を言えば、誰かに代わってもらいたいくらいなんですがね」

 ギリギリまで音量を絞ってそう言うと、王太子がようやく上っ面の顔を取り払った。

 ふん、と鼻で息をして、小さく声音を抑える。

「バカ言うな。頑固で皮肉屋でへそ曲がり、表に出ないものも含めて全体を見通せる目を持っていて、状況によって冷静に動ける頭も行動力もあり、思っていることを中に閉じ込めて鍵をかけることも出来る。お前がいちばんの適任だ」

「殿下までランス隊長と同じことを言うの、やめてください。向いてませんよ、俺には」

「なんだ、弱音を吐くなんてお前らしくもない。いつもの鉄仮面が外れかけてるぞ」

 鉄仮面とはなんだ。ランス隊長といい、王太子といい、俺をなんだと思ってるんだ。

 俺だって──


「……俺だって、人間です」

 低い声でぼそりと言う。


 王太子は少し意外そうに眉を上げて、再び、ふんと息を吐き出した。

「だからこそ、お前のような人間が必要だと言っている。あの娘の傍に付いていてやれ」

「ご自分が残酷なことを仰っている自覚はおありですか」

「あるとも。僕は姉上や父上ほど、無知ではない」

 不敬なことを口にして、俺のことをじろりと睨む。

「しっかりしろ、ロイド。お前にはこれから、さらに性根を据えて事に当たってもらわねばならない。……少々、厄介なことになった」

「これ以上の厄介なことなんて、聞きたくないですよ」

「うるさい、聞け」

 王太子は容赦なかった。ティナにフレディと呼ばせて喜んでいるくせに、この十二歳の麒麟児は、俺に対してはとことん厳しい。

 ちらっと後ろの近衛隊員を見やる。何か言い含められているのか、そいつはいかにもこちらの話に無関心、という態を取っていた。

「アズガルドの大臣が、五日後にキルヒリアに到着する」

 俺は目を瞠った。

 もうすぐ、とは聞いていたが、ずいぶん急だ。やっぱり、何がしかの不穏な噂が伝わっていたのか。

「──どうやら、大臣と一緒に、ルヴォルト第三王子も来られるという話だ」

 王太子の言葉に、息を呑んだ。






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