8セーブ目(17)
「全くみっちゃんは……」
「その歳で髪の毛の事をそんなに心配するなんて」
「「将来本当に禿げそうだね……」」
双子はやれやれとジェスチャー付きで自分達の呆れっぷりを示した。
「うるせえ! お前等こそ、なんだ思考の盗聴って?」
腕を組み憮然としながら言い返すと、双子は赤く染まった頬を膨らませた。
「「そ、それはだって……! 電磁波見えるみっちゃんが悪い!」」
「見えるか!」
あの後、月照を心配した双子がそっと身体に触れようとしてきたのを、半分無意識に「とりゃ」と躱してしまったのだが、双子が「最後位は抱き付かせろ!」とガチギレしてきた。
一瞬髪の毛がもう最後の一本なのかとも考えたが流石にそこまでは減っていないので、双子に事情を聞き出したら何の事はない、互いに色々誤解していただけだった。
(てか、何が『みっちゃんの事、誰よりも知ってるから』だよ! てめえらで精神的に追い込んでおきながら、結局なんも分かってねえじゃねえか!)
心の中で悪態をつくも、今回に限ってはデート中なのに普段の登下校以上に双子の接触を回避していた自分に非がある気がしたので、口に出した強気の追及はできなかった。
そもそもとして、双子を避けなければあんな絶望を味わう事も無かった可能性もある。
(つっても……仕方ないだろうが……)
昨日から色々双子と濃密な接触をしてしまったせいか脳が混乱していて、自分でも感情を制御しきれていないのだ。
だからかつて無いほどの集中力で双子を避けてしまった。正直バスケットボールの試合でも、あそこまで完全に集中した事は無い。
……いやまあ、そもそも公式試合には出た事がないのだが。
それはともかく、双子が考えた様な、特殊能力を用いた回避なんて勿論していないしできる訳もない。
単に双子の足音がバタバタと五月蠅かったので、例え背後からの攻撃だったとしても、駆けだした瞬間から丸分かりだっただけだ。二人共足が遅いので、数歩分の距離を取っていれば足音を聞いてから反応してもなんとか間に合ったに過ぎない。
それに双子は、連携はできていないのに動作は完璧に連動していた。
どちらか片方の動きさえ見ていれば、反対側から鏡の様に同じ動きで迫ってくる事が簡単に予想できてしまったのだ。つまり左右から来たら前後に避ければ良いし、前後から来れば左右に避ければ良い。二人揃って後ろから来たら、当然前に走れば逃げ切れる。
しかし決して簡単に避けられた訳でも無い。立ち止まって備えていれば簡単だったろうが、今回はスタスタと歩きながら、しかも十数分もの間、相手の気まぐれなタイミングで襲ってくるのを避け続けたのだ。
一度の失敗もしなかったのは中々に出来過ぎた結果だった。双子が変な勘違いをしたのも頷ける。
(……いや、頷けるか?)
勘違いの方向性は謎だったが……。
「そもそもお前等が、親父の髪の毛の話を目茶苦茶気になる所で切ったせいでだな……」
「「人のせいにしない!」」
「――いや今さっきお前等、『電磁波が見えるみっちゃんが悪い!』っつってたよな!?」
「「やっぱり見えるんだ!?」」
「見えるか!」
……不毛な時間だった。
不毛と言えば、父親の頭髪問題については、結局こんな風に話題を変えられて未だに何の情報も得られていない。
(いや、別に親父の頭部が『不毛』って訳じゃねえからな! あくまで! あくまで、生産性が無い無駄な会話になるって意味でだな!)
よく分からない言い訳を自分にしてみたが、色々面倒になってきたので月照は思案を諦めた。
「「大体みっちゃんは、いつも私達を雑に扱い過ぎなんだよ!」」
「あ~、はいはい」
「「それだよ!」」
頭の回転が低速になると、馬鹿馬鹿しい会話すらも億劫になってきた。
それに気付いているのかいないのか、双子も「も~……」と唇を尖らせてから沈黙した。
(ようやく静かになったか……ん?)
会話が途切れた拍子に、風に乗って微かに管楽器の音色が聞こえて来た。
いつの間にか、吹奏楽部の演奏が聞こえてくる程度までは学校に近付いていた様だ。
どうやらあの部は今日も部活をやっているらしい。
この連休の直前に聞いた他校との合同練習といい、とても公立高校の部活とは思えない力の入れようだ。どれ位の成果を上げているのかは知らないが、月照には中学時代の酷い経験があるので、真面目に部活動をしているというだけで尊敬の念が湧いてくる。
(……花押先輩と裏庭で騒いだ時の事、マジで忘れてくれねえかなぁ……)
ただ相手が吹奏楽部だと、それ以上に羞恥心が湧いてくる……。
まあ部員達の努力と自分の失態は無関係――と言うか、むしろ彼等の邪魔をした側なので、文句を言う筋合いもないのだが。
「部活、頑張ってんな……」
しばらく会話が途切れていたせいもあって、月照がボソリと漏らした声は双子にきっちりと聞かれたらしい。唐突にドヤ顔で、「ふっふーん」と大きな胸を反らして距離を詰めてきた。
脈絡のないサイズ自慢――では無さそうなので、月照は目の遣り場に困りながらも双子の反応を待った。
「みっちゃんは私達がサボり前提で入部する様な事言ってたけど」
「実際はこんな、連休中でも真面目に部活する頑張り屋さんなんだよ」
「「だからもっと褒めろ!」」
「…………」
前言撤回。どれだけ真面目に部活していても、オカルト研究部は尊敬対象から除く事にしよう。
「「ほ~め~ろ~!」」
「なんだよ急に……」
心底面倒臭そうに言うと、双子は驚いた様に目を見開いてからそれぞれ口も開いた。
「急じゃないよ!?」
「みっちゃんが話題振ったんだよ!?」
一瞬何の事を言っているのかと思ったが、なるほど確かに主語が無かったので、双子が自分達の事だと勘違いしても仕方がない。
だが吹奏楽部を褒める事はできても、双子を褒める事はできない。
というか、そもそも今こうして学校までやってきたのは部活ではない。単に部の連絡網で仕入れた情報を、興味本位で、しかも抜け駆けして楽しもうという、純然たる私的行動だ。
もしそれでも双子が部活と言い張るのなら、服装が校則違反だと即時論破できる位にはガバガバな言い分だった。
「……面倒臭えな」
溜息を吐きながらはっきり口に出すと、双子は「む~」としばらく唸ってから。
「昨日も今日も」
「折角のデートなのに」
「褒められたのは服だけだし」
「脳天チョップ一杯されるし」
「顔べちん、ってされるし」
「なんか損してる気がするんだもん」
「だからもう少し労れ!」
「労え!」
「敬え!」
「崇めろ!」
「「信仰しろー!」」
などと意味不明な事を言い始めた。
まあ長年の付き合いのおかげか、月照の態度と短い言葉だけで自分達が勘違いした事に気付いた様なので、そこは面倒が無くて助かった。
……いやまあ、要求内容が毎秒エスカレートしていったので結局余計に面倒臭くなったが。
「宗教はお断りだ」
スパッと言い放つと、双子は両手を振り上げて「プンスカ」と口に出しそうなポーズを取ってから、二人揃って早口になった。
「「なにをー! 私達を信仰すると、それはもう、運が良ければなんか良い事が起こるかも知れないんだぞ!」」
「最初っから運任せじゃねえか!」
「「みっちゃんの日頃の行い次第でお天道様が開運してくれるんだから、私達だけを大切にして信仰しろ!」」
「信仰心独り占めしといて一番難しくて面倒な御利益部分全部お天道様に丸投げすんじゃねえ! 下請けもっと大切にしろ! 中抜きなんてレベルじゃねえぞ、神様相手に怖いもん知らずか!」
罰当たりな会話をしている気がする……。
「ふっふーん、みっちゃん知らないの?」
「支払いって、普通は納品が終わってからするんだよ」
「つまり、みっちゃんに良い事が起こってから」
「私達が神様にお礼の信仰するのが正しい手順になるんだよ」
「お父さんが家で下請けさんの話してた時に」
「なんかそんな風な事を言ってた気がする」
「「だから間違い無いよ!」」
この根拠でここまで自信を持てる双子の図太さは、月照もちょっと見習いたい気がする。
(てかおじさん……こいつらに中途半端に知識を与えないでくださいよ……)
まあ与えた訳では無く勝手に二人が聞き囓っただけなのだろうが、面倒なので今後はもう少しちゃんと教えてあげて欲しい。
とはいえ、今回は大した労力なくそれっぽい反論ができそうだ。
「神様は完全先払い制だ。賽銭とか絵馬とか破魔矢とか、全部先にお金払ってから願い事言うだろうが。つまり、慣習的に先払い契約が成立してるんだよ」
テレビで弁護士の先生がそんな感じの話をしていたのを聞いた記憶がある。勿論それは人間同士での話なのだが、ちょいと応用して尤もらしい言い方をすれば、この双子には通用するだろう。
「「……ローンは?」」
「組めねえよ……。てか信仰心の分割払いってどうするんだよ?」
この二人の事だから、きっとローンの意味をよく知らないまま使ったのだろう。
「こ、今月はガラガラ鈴を鳴らして」
「来月に拍手一回して」
「再来月にもう一回!」
「そ、それからその次の月にお辞儀一回して」
「そのまた次には、えと、また拍手を――」
劣勢でもなんとか連携トークを始めた双子だが、苦し紛れなせいか、それともローンの意味に自信が無いせいか、いつものマシンガンの様な連射性がなかった。
「いや、お辞儀が先じゃなかったかそれ? 確かお辞儀してから……てか、お辞儀と拍手が逆になってないか?」
だから簡単に割り込んで、カウンターを喰らわせられた。
というか、鈴を鳴らす前に賽銭を入れるはずだ。もしかしたら双子は賽銭すら払う気が無いのかもしれない。
(賽銭渡さず信仰心分割払いとか、どんだけブラック信者なんだよ……。てか神社ねえぞ、この町)
わざわざ隣町の神社まで行って拍手一回だけして帰ってくる、などという途方もない時間の無駄を毎月繰り返すのは、もはやお百度参り並みの儀式な気がする。
「「………………」」
しばらく言葉を失って固まっていた双子だが、やがて「む~!」と唸りながら二人掛かりで月照にポコポコとパンチを繰り出してきた。
「いてっ! こら、止めろ!」
どうやらこの舌戦は月照の勝利だったらしい。しかし滅多にない口喧嘩での快勝なのに、余韻に浸る前に暴力に出られるとちょっとイラッとなる。
とはいえいつも自分がしている事なので、強く批判できない。
……いや、いつも月照のチョップに色々文句を言うのだから、双子も自分達が同じ状況になった時には手を出さないよう我慢して欲しいものだ。
その思いが顔に出ていたのか、はたまた月照がいつまでも一方的に殴られる質ではなくどこかで反撃してくる事を熟知しているからか、二人の手が同時にピタリと止まった。
「…………どうした?」
反撃のタイミングを失った月照がちょっと不満げに尋ねると。
「「いいからなんか褒めろー! 私達を良い気分にしろー」」
「無茶言うな!」
手の代わりに我が儘が飛んできた。
「「無茶っ!? え? 私達そこまで褒めるとこないの!?」」
「無い!」
「「即答っ!?」」
大袈裟に驚く双子相手に、月照は心の中でそっと付け加える。
(顔以外は――……って、あ、いや――あの柔らかいのもまあ、世間では絶賛される大きさだから褒められるか。でも結局外見ばかりで、中身は――まあ、昔から俺が落ち込んでたら必ず励ましてくれる気遣いとかもまあ……。でもそれ以外は全然――って言ったら語弊があるな。俺の霊感を百パー信じてくれたりとか、他にも――……)
が、添加物がどんどん増えていくので途中で止めた。
(…………)
ずっと双子の世話をしてきたつもりだったが、もしかしたら自分が世話をされていたのかも知れない。
「「こら~! 黙ってないで何か言え~! 幼馴染みなんだから意地でも思い出せ~! 一つ位褒めるとこあるはずだ~!」」
(いやいやいや、これ以上は考えちゃ駄目だ!)
月照は嫌な考えを追い出す為に、ブンブンと全力で首を左右に振った。
「「そ、そこまで力強く否定する程にっ!?」」
(よし、そんなくだらない事は忘れて今は散歩……じゃなかった、デートを盛り上げる事に専念しよう!)
月照が初心に返ってようやく双子へと意識を戻すと、
「「う、うう……もうお家帰ろうかな……」」
涙目の双子がこちらを見上げていたのだった。




