8セーブ目(16)
道中、月照が急に進路を変えないか、引き返したりしないかなどと内心様々な心配をしていた双子だったが、予想に反して月照は真っ直ぐいつも通りの通学路を進んでいた。
それが嬉しくて、途中から二人で月照に飛び付いたり腕を絡めようとしたり、いつもの様にはしゃぎだした。
だが月照は、いつもと異なりさっきからずっと「普通」に歩き続けていた。
いや勿論、いつもだって歩き方は普通だ。スキップや蟹歩き、ムーンウォークで登校している訳ではない。
いつもと異なっているのは、手を伸ばしてもするりと回避されてしまう事だ。
それはもう武術の達人の如く、正面から腕に飛び付こうとした時は元よりこっそり真横から手を伸ばした時も、更には背後から息を殺して近付いて抱き付こうとした時でさえ、触れる事すらできなかった。
普段ならこれらの行為は簡単だった。
抱き付くのも腕を組むのも手を繋ぐのも、目的達成後に嫌そうな反応が返ってくるだけでほぼ無警戒だからだ。
それがどうした事か、今は触れる事さえ困難を極めている。バスケットボールで鍛えた敏捷性とスタミナの全てを回避に向けているのではないかとさえ思えてくる。
そうなれば運動が苦手な双子はまず勝ち目がない。
だがそう簡単に諦められるものでも無い。というか、なんだか落ち着かない。
((み、みっちゃんの邪魔をしたい……!))
登校時も、最初は邪魔のつもりでは無くただ単に幼い頃同様のスキンシップの為だけの行動だったのだが、毎日それを繰り返し「邪魔」と言われる内に、段々と邪魔をするのがメインになってしまったらしい。
まあその「邪魔」の結果、通学時間が普通に歩くよりも五分以上長く掛かってしまうので、双子としては月照と一緒にいられる時間が五分長くなるというご褒美が貰えると学習してしまったのだろう。
やっている事は「好きな相手に嫌がらせをして気を引き、仲良くなりたい」という矛盾を含んだ、男子小学生レベルの行為なのだが、変にご褒美が手に入ったせいでパブロフの犬化したのだろう。今日は学校に着いても一日中一緒にいられるのに、月照との登下校時は何かしらの邪魔をしないと駄目な身体になってしまった様だ。
((うぅぅ……))
習慣通りにいかないでやきもきする気持ちに、全力で避けられているという事実が上乗せされ、二人揃って泣きそうになってきた。
((――てか、どうして背後からでも避けられるんだよ!?))
二人で月照の背中を睨み付けた。
そもそもこの回避能力はおかしい。運動が苦手とはいえ、こっちは二人掛かりなのだ。
いくら月照がスポーツ少年だと言っても、こんなボクサーの様に軽やかに、それも死角からの攻撃を躱し続ける事ができるものだろうか。
試しにもう一度背後から二人で左右の腕に飛び付くが、手が届く寸前にダッシュで距離を取られた。
((もしかしたら、妙な格闘家の霊に取り憑かれているのかも……))
双子は真剣にその可能性を考えた。
「いつも言ってるけど、あんま引っ付くな……」
しかし少し離れた所からちらりとこちらを振り向いた月照には、別に身体を乗っ取られた様な不自然さはない。強いて言えば、ほんの数歩分しか走ってないのに頬が赤らんでいる事くらいだろうか。
(……じゃあ、霊がこっそり教えてるとか?)
何が「じゃあ」なのか普通ならよく分からないが、この双子の間ではなんの問題も無い。
灯の突然のテレパシーに、蛍はその意図を正確に汲み取って問い返す。
(それって、その霊になんのメリットがあるの?)
(……みっちゃんと仲良くなりたいとか?)
(…………除霊、今すぐできる方法って何があったっけ?)
(そもそも除霊の方法って何があったっけ?)
(盛り塩とか?)
(それって除霊だっけ?)
(そもそもお塩なんていつも持ち歩いてるの?)
(ほーちゃんはそんなの持ち歩いてるの?)
(……じゃあお守りは?)
(ほーちゃん持ってなかった?)
(お財布置いて来なかったっけ?)
(あれって何のお守りだっけ?)
(そもそもお守りで除霊なんてできるの?)
などと、双子は質問に質問を返す様なふわっとした会話をしばらく繰り返した後、
((そうだ! みっちゃんに頼もう!))
二人同時に斜め上の方法に辿り着いた。
((よし、それじゃあまずはみっちゃんを捕まえないと!))
双子の手段と目的がごっちゃになった瞬間だった。
(――今度こそ!)
(――本気で!)
((捕まえてみせる!!))
何やら熱血スポ根漫画みたいな事を念じながら、双子は月照に向かって行った。
が、勿論何が変わった訳でもないので結果は同じだった。
だが謎の熱血モードな双子は一度では諦めない。
諦めなければきっと届く、そう信じて二人は両手を伸ばす。
何度でも、何度でも。
しかし現実は非情だ。どれだけ頑張っても届かない。
二人は無我夢中で繰り返し襲い掛かったが、それでも月照はマタドールの様に軽やかに躱す。
十数度目のタックルも躱され、いい加減息の上がってきた双子はようやく手を止めた。
((ちょ、ちょっと落ち着こう……。このままじゃ息だけじゃなくて手も上がっちゃうから……))
……お手上げ、という事なのだろう。
本人達的には上手く言ったつもりらしく、ハアハア言いながらお互いにドヤ顔を向け合っていた。
傍から見たらかなり怪しい人だったが、幸いにも付近には月照しかおらず、その月照はマイペースで歩いていて見向きもしなかった。
そんな幸運に気が付かない程度まで回転数が落ちた頭を働かせ、休むに似た作戦を立てようとした双子はふとある事に気付いた。
月照の反応が極めて正確で、且つ早過ぎるのだ。
第三者が見て、状況を判断し、言葉を選び、口に出して伝えて、それを耳で聞いた月照がどう動くのか判断し、実際に身体を動かす――。
さすがの双子でも、そんな長々と手間を掛けているとは到底思えなかった。
つまり幽霊説は否定された。
となればやはり、月照が独力で回避しているという事だ。
(もしかして――)
(これが――)
((――ゾーン!))
集中力が極限まで高まった時、スポーツ選手が普段以上のパフォーマンスを見せる事があるらしいが、今の月照の回避能力はそれかもしれない。
(――って、なんで集中力が極限まで上がるの!?)
(そこまで私達に触られたくなかったの!?)
((もうこうなったら、意地でも――……!))
と往生際悪く、荒い息を無理に止めて二人で身構えると、月照は歩幅を広げ一歩分距離を取った。
((……捕まえ――))
不審に思いながらも追いつく為にダダッと数歩ダッシュで距離を詰めると、こちらを見ていないはずの月照が、それ以上の歩幅と回転数で飛び跳ねる様に前に進んだ。
((………………ええと))
双子が歩調を戻すと、月照も元の歩調に戻った。
((も、もう一回!))
お互いにテレパシーで合図をし、再びバタバタと月照に向かって駆け出すと、やはり月照はそれに合わせる様に走り出した。
((も、無理~……))
息切れで双子の足が止まると、月照も直ぐに元の歩調に戻った。
双子はその様子を確認し、慌てて互いの顔を見合わせた。
((……もしかして、聞かれてる?))
思考を盗聴されているのだろうか。
もしかしたらこの以心伝心は、電磁波的な何かが出ているのかも知れない。そして以前みたテレビ番組で、心霊現象が起きる時は電磁波の乱れが起こっていると聞いた事がある。
つまり霊感の強い月照は、それを応用して電磁波での会話を感知する能力を持っているのかも知れない。
(………………)
(………………)
((……いつから?))
双子の頭の中が「やばい」の文字で埋め尽くされた。
なぜなら今日の午前中だけでも、結構色々と月照に知られる訳にはいかない会話をしていたからだ。なんならもう告白と言っても過言ではない事も二人で相談していた。
双子は慌ててお互いの通信を切り、各々で思考を巡らせる。
((い、いやいやいや! それならあの会話を聞いてた時に、なんか反応してた……はず、だよ……ね……))
個別に思案しても全く同じ内容で、二人揃って思考盗聴説を否定しようとしたのだが、しかし今日の月照は色々と違和感があった事を思い出す。例えばさっきも、約束よりも結構早い時間に家から出てきた。
考えれば考えるだけ、月照の行動が自分達の思考を読んだが上でのものに思えてくる。
一人で考える事の限界がきたのか、双子は顔を見合わせながらつい癖で互いのチャンネルを開いてしまった。
((で、電磁波ってどうやったら防げるんだっけ!?))
直後、しまったという顔をしながら前を見ると、月照がこちらを振り向いていた。
「……別にそこまで離れなくて良い。引っ付かないならそれでいいから」
「「…………あ、はい」」
俯いて返事をしたが、そのままの距離を維持して月照に付いていく。
「(今のって、もしかして――)」
「(うん、距離があると聞こえにくいのかも)」
念の為テレパシーに頼らず小声で会話しながら、月照の様子を窺う。
この距離を維持すれば、盗聴されない可能性が高い。
ならば逆に、どの距離なら聞かれてしまうのだろうか。
双子は意を決して、徐々に月照との距離を詰めていった。
(おーい?)
(みっちゃーん?)
(聞こえてる~?)
(聞こえてないなら返事しろ~)
(もしも~し?)
(こら~!)
((ばほー!))
「………………」
しかし月照を挟む様に横に並んでも、彼は反応しなかった。
もしかして、全て杞憂だったのだろうか。
いや、違う。
どこか気不味そうに、彼は左右に並ぶ二人をちらちらと盗み見ていた。
まるで、反応したいのにそれを隠そうとしている様にも感じとれる、僅かな仕草で。
((これは……やっぱり――))
「なんだよ?」
「「――ゅっ!?」」
やっぱり盗聴されている、そう考えようとした瞬間に月照に問い掛けられて、思わず息を呑んだ。
これ以上のテレパシーは無理だった。
「……みっちゃん」
観念した灯が言葉を発した。
「いつから……?」
蛍も諦めて、声を出して問い掛けた。
すると月照はしばらく怪訝そうな表情をしていたが、やがてハッと目を見開いて自分の頭頂部やや後方を両手で押さえて慌てた様子で答えた。
「べ、別にまだ全然っ! ――てか将来的にも、そんな事にはならねえよ!」
頭を押さえた、という事はやはり直接脳で会話を聞いていたという事なのだろう。そしてその事実を隠していたという事は、以前からテレパシー内容を盗聴していて、自分達の気持ちを知っていたのだ。
双子はそう判断した。
だから、涙が出そうになった。
あれだけ露骨に好意を向けていたのに、月照はずっとはぐらかしていた。敢えて自分達を突き放し、当てつけの様に別の女子達とどんどん仲良くなっていった。
これはもう、完全に詰んでしまった。
「「……ねえ、みっちゃん」」
しかし月照は、きっと自分達が傷付かない様にそんな手段を取ったのだ。
「あん?」
振られる恥をかく前に、自分達で諦められる様に。
「「電磁波って、どうやったら防げるのかな?」」
だからせめて、今後月照に未練を知られない様に思考盗聴防止方法だけでも相談して、それから別れよう。
「は? え? よく分からんが、水で防げるんじゃなかったか?」
酷く困惑した表情を見せながらもきちんと答えてくれた。
この困惑はきっと、今後の盗聴ができない事への不安が原因なのだろう。それはそうだ。今までずっと二人掛かりで月照を困らせる行動を取ってきたのだから、その予兆とも言える二人の打ち合わせを感知できないのは不安にだろう。
「あと、金属も電流が発生して電磁波乱れるんじゃなかったっけ? 鉛が良いってのは……放射線だっけか? まあ取り敢えずアルミホイルとか手頃なので試したらいいんじゃねえか? なんだ? テレビの映りでも悪くなったのか?」
「「アルミホイル――を、頭に巻けばいいの?」」
「なんの話だ!?」
月照はもう一度自分の頭を押さえ距離を取った。
「何って――」
「もう、隠さなくて良いよ」
「私達は知ってるから」
「だから、いっそはっきり言って欲しい」
「「もう全部、分かってるんだよね?」」
双子は物悲しげに月照を見詰めた。
「べべ、別に隠してねえよ! てか電磁波より遺伝だし、遺伝はアルミじゃ防げねえし、そもそも俺は遺伝子にも負けねえし!」
「「負けないって……でもみっちゃんの霊感って、おじさんからの遺伝だよね?」」
「うぐあっ……」
月照は呻き声の様なものを上げ、数歩よろめいた。
「だから気にしなくても大丈夫だよ」
「だって私達だもん」
「「みっちゃんの事、誰よりも知ってるから」」
涙を堪えながら寂しげに微笑むと、月照は更にふらふらと進み、近くにあった電柱にもたれ掛かった。
放心した様に自分の頭頂部付近を撫で始め、ぼそりと。
「もしかして、もう減ってたりすんのか……?」
双子を見る事無く、代わりに空を見上げながら返事を待っている。
「「へ? あ、うん、まあ……」」
電磁波――つまりテレパシーの頻度はさっきからかなり減らしているので、双子は俯きながら素直にそう答えた。
「…………………………」
その返事に、月照は真っ白に燃え尽きたのだった。




