8セーブ目(15)
午後の集合時間少し前、両家の自宅前にて。
玄関から出てきた月照を見た双子は、なぜか大袈裟に驚いていた。
月照が理由を問い掛けると、双子は各々指を一本立てた。
「一つ目は、待ち合わせの午後一時にはまだまだ早い時間だから」
灯に言われた通り、結局あの後何のデートプランも思い浮かばなかったので諦めて出てきたのだ。
まあ父親があんな電話の切り方をしたせいで何かを考えるのが嫌になったのだが……。
「もう一つは、今にも抜け落ちそうに見えたから」
「抜け落ちるって何が!?」
続けられた蛍の言葉に思わず叫びながら、月照は双子の視線が集まる頭部を押さえた。
「「魂が」」
「………………」
(こいつら、必ずギャフンと言わせてやる!)
とてもこれからデートの続きをするとは思えない誓いを立てながら、月照の午後のデートが始まるのだった。
「……で、どうする?」
とは言うものの、自分には全くプランがないのでまずは双子の希望を聞く。
「「学校に行こう!」」
すると二人は意外な事に、「待ってました!」と言わんばかりの食い付きっぷりでこう答えた。
(やべえ……)
ノープランな自分が悪いと分かっていても、月照は双子のこの笑顔を見て激しく後悔した。
絶対に何か面倒臭い事を考えている。
そもそも今日は休日だ。だから午前中もデートと銘打って出歩いていた。
なのに何故、ゴールデンウィークという大型連休の最終日に学校に向かわなければならないのだろうか。
月照が知らない内に午前半休というとんでもないシステムが高等学校教育の現場で生み出された、と言う訳でもないだろう。
「……ああ、部活か?」
事態を飲み込もうと色々思案して、月照はオカルト研究部が緊急招集を掛けた可能性に辿り着いた。
ただ、それにしては二人共私服のままだ。部活なら――というか、学校に行くなら原則として制服でなければならない。以前の新人歓迎肝試しの様な私服での登校は、事前に学校の許可が必要なはずだ。
ちなみにあの時私服の許可が下りたのは、制服姿の生徒が夜中に町中をうろつくと色々と面倒だから、らしい。
加美華の話では学校付近は警邏の警官が多いらしいので、それを踏まえての事なのだろう。
確かに警察側からすれば、夜中に制服姿の学生が数名ウロチョロしていたら無視し辛い。
しかし学校も警察も、ただの小規模な学校行事や部活動程度で毎回事前連絡を交わすのは面倒だろう。
かといって夜な夜な学生が歩き回るのが当たり前で警察が何もしなくなると、何か事件があった時にもっと面倒だ。
警察は怠慢だと非難され、学校側は監督責任を問われる。
ただでさえ学校側は「お宅の生徒が夜中に~」とご近所様から苦情電話が一つ来ただけで、教師自らが夜の町中を歩き回り学生の指導を行う羽目になるのだ。教師陣の誰だってそんな余計な苦労はしたくない。
じゃあどうして私服なら問題無いんだ、という話になると、単純に学校との繋がりが分からないからだ。制服姿だと「あの高校の生徒だ!」と一目瞭然になる為、苦情を含め何かあった時に真っ先に学校に連絡がくる。交通事故で学校には何もできない時でも、なぜか連絡が来たりする。
「「う~ん……。そうだけど、そうじゃないよ」」
双子は口元に人差し指を当て上に視線を向けながら、歯切れ悪くそう答えた。
「……話が見えねえ」
月照はつられて空を見上げ、羽根のない烏が飛んでいる以外は何も無い事を確認して双子に視線を戻した。
この二人の行動理由を論理的に推察するのはかなりの難易度なのだが、然りとて説明下手なので口頭で説明されても何を言っているのか理解できない事は容易に想像できる。
だが今日はもう色々と考え過ぎたので、これ以上頭を使いたくない。
月照は考えるのを止めて双子の説明を待つ事にした。
意外なことに、双子は待つまでもなく直ぐに連携トークを始めた。
「さっき部長さんからメーセージ来てて」
「学校で、例の旧校舎の幽霊の目撃情報が出たって!」
「連休に入って直ぐの頃に」
「お巡りさんが見たらしいよ」
「長い黒髪の女生徒の幽霊!」
「部活のみんなで休み明けに集まる事になってるけど」
「「折角だし、みっちゃんと先に行ってみたい!」」
(…………)
しかも予想に反して随分と分かり易い説明だった。
の、だが――。
「却下!」
内容は目茶苦茶面倒だった。
犯人はもう分かっているしその正体を知られる訳にはいかないので、月照にはその選択肢しかなかった。
「「なんで!?」」
当然ながら双子は非難を込めた視線を向けて反発してくるが、本当の理由を伝える訳にもいかない。
(なんでこう、毎度あの部活は厄介事を巻き起こすんだ?)
別に問題行動をしている訳ではないのに、ナチュラルに月照に被害を与えてくる。
包丁女の時もあの部活のイベント絡みだし、音楽室の幽霊もあの部活の部員に強要されたようなものだし、この連休の予定でぬか喜びさせられたのもそうだ。そこに来て、今回この情報をこのタイミングで双子に伝えるというのは、もう疫病神か何かが裏で部を操っているのではないかと疑うレベルだ。
しかし愚痴っていても仕方がない。なんとかこの双子を納得させないと、無理矢理学校に連れて行かれてしまうだろう。
普段なら「お前等だけで行ってこい」などと雑に扱う事もできるのだが、今日は仮にもデートだ。流石にそんな対応――というか態度を取ってしまっては、後で必ず自己嫌悪に陥ってしまうだろうし、そこに双子から復讐されてどん底の気分を味わわされるのが目に見えている。
「お前等の事だから、部活で行く前にネタバレしかねん」
だから月照は尤もらしい事を言って誤魔化した。
「「ええ~……そんな事しないから行こうよ~」」
二人揃って服を掴み駄々をこねだした。こうなると月照の勝率はかなり低いのだが、それでも諦めたら終わりだ。
「じゃあ自己評価で良いが、どれ位の確率で秘密保持できるんだ?」
すると双子は少し考えて。
「「……五パーセント位?」」
「……ちなみに、話すタイミングが無くて言い出せない確率は?」
「「五パーセント位」」
「……合計十パーセントって事か?」
「「ううん、五パーセント」」
「喋る気満々じゃねえか!」
振り上げた両手をぶるぶる震えさせながら、我ながら良くチョップを我慢したものだと自分を褒める。
それに気付いた双子は頭を守りながら素早く離れ、自慢げに言う。
「「私達に我慢できる訳無いよ!」」
ゴゴス!
月照も我慢できなかった……。
二人共同じ方向に退避していたので、簡単に追撃して頭にチョップを叩き込めた。
「「うう~……頭が真っ二つになったらどうしてくれる~……?」」
双子は蹲って、か細い声を上げた。
「デンプン糊でひっつけてやるから安心しろ……。てか今、なんでわざわざガードを解いた?」
命中直前にわざわざ頭部に乗せていた両手をぱっと不自然に離したので、チョップが二人の脳天に直撃したのだ。
「「手にチョップされたら痛いからだよ!」」
外していた両手を再び頭頂部に戻し、双子は上目遣いで瞳を潤ませながら睨んできた。
「……頭なら大丈夫なのか?」
「「大丈夫な訳無いよ!」」
しかしいくら睨まれたところで、立っていても身長差のせいで迫力ゼロなのに屈んだままではもはやマイナスだった。
マイナスの迫力――つまり可愛い。
なんだろう、ナマケモノの子供が威嚇をしている様な、相手の意図とちぐはぐな可愛らしさがある。
ついついそのまま双子に見入ってしまった月照は、気が付けば二人の頭に向かって手を伸ばしていた。
(――って、何してんだ!?)
その手に反応し身体を強張らせた双子の姿で我に返った。
なんとなくで頭を撫でそうになってしまうとは……。
当の双子はアイアンクローでトドメを刺されると思ったのだろうか、両目をギュッと閉じて口をへの字にしている。
というか、何故わざわざ掴みやすい様に少し顎を上げて準備しているのだろうか……。両手も頭から外して胸の前で祈る様に組んでいるので、完全にノーガードだ。
月照が動きを止めたまましばらく悩んでいると、何時までも攻撃が来ない事で気が緩んだのか、それとも持久力の限界なのか、二人は目を閉じたままだが顔と手の力を弱めた。目尻や眉間に寄っていた皺が無くなり、いつもの整った美しい顔立ちに戻った。
精神的に追い込まれそうな位毎日見続け見慣れた顔のはずなのに、幼さを感じさせる大きな瞳を閉じているといつもよりもかなり大人っぽい印象を受ける。
普段は感じないそれのせいで、月照は見入ると言うよりも魅入られた様に、再びゆっくりと手を動かしていた。
(――って、何してんだ!?)
気付けば彼女達の頭まで後数センチの所に自分の手があった。
慌てて引っ込めると二人にバレそうな気がしたので、ゆっくりと慎重にその手を戻していく。
数秒なのか数十秒なのか、かなり時間を掛けながらぎこちなくそうしていると、整った二つの美しい唇が小さく開いて同時に言葉を発した。
「「何も……しないの?」」
言いながら、僅かに首を傾げる。
「――っ!!??」
その表情と仕草に心臓で蹴鞠をされた様な衝撃を受けた月照の両手は、咄嗟に「望み通りのアイアンクロー仕掛けるべき」と判断した脳の信号と「心臓を守るべき」と判断した脊髄反射を同時に受けて誤動作を起こした。
ビクリッ! べちん!
「「ぶきゅっ!?」」
結果、二人の顔面に思いっ切り張り手を喰らわせてしまった。
「あ、わりぃ!」
さしもの月照も即座に謝罪してしまった。鼻っ面から口の辺りに命中したのでかなり痛かったと思う……。
実際双子は尻餅をついて、スカートを気にする余裕もなく二人で口の辺りを抑えて涙目になりながらこっちに非難の視線を向けてきている。
「……いやまあ、わざとじゃないけど、今のは悪かった」
月照は不自然に視線を逸らしながらもう一度謝罪した。
「「もう! 歯が折れるかと思ったよ!」」
「だから悪いって……でも歯には当たってねえだろ?」
「「唇には思いっ切り当たったよ! 鼻よりそっちの方がクリティカルだったよ!」」
「あ~……だから悪かったって――………」
月照は謝罪しながら、掌に残っている感触を確認した。
確かに結構な勢いで押し付けたが、歯が折れる様なガツンという衝撃では無く、どちらかというとぶにゅん、という柔らかい感触だった。
(……ぶにゅん?)
自分の両手のその感触の残る部分を見詰め、それから双子が両手で押さえている部分へと視線を移す。
「…………」
間違い無く唇の感触だろう。
(い、いやいやいや。落ち着け!)
今までだって姦しいこの二人の口を何度も手で物理的に塞いできた。だから唇に手が触れる事なんて、別に今更意識する事ではないはずだ。
だがなぜか突然に、凄くいけない事をした気分が込み上げてくる。
それが、衛生上問題のある行動への罪悪感では無い事だけは直ぐ分かった。
いやまあ、電話の受話器や玄関のドアノブは雑菌の温床なので、それらを触った手で口を押さえるのは不衛生なのは確かだが、以前なら屋外コートでバスケットボールをしていた手で口を塞いでも何も感じなかった。
(……今後はもう少し気を使おう)
このタイミングで別件の反省をする月照だった。
「――っと、それよりそろそろ立て。人が来たらどうすんだよ」
「「……あ、うん」」
促されて立ち上がった双子は、不思議そうに月照を見詰めた。
「……なんだよ?」
「「えと……何で顔赤いの?」」
「あ、赤くねえよ! お前等の鼻じゃあるまいし!」
「「それはみっちゃんが殴ったからだよ!」」
「殴ったんじゃねえ! 当たったんだ!」
「「眼を瞑ったまま喰らった方には全く違いなんて分かんないよ!」」
「ああー、もう! だから悪かったって言ってんだろ!」
「「反省が感じられないよ! そもそもみっちゃんは――」」
そんな風に、三人共なんだかんだでいつもの調子を取り戻し、やがて誰からでもなく学校の方へと歩き出した。
動揺を消せない月照は、結局双子の思い通りになっている事に気が付かなかった。




