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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
8セーブ目
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8セーブ目(12)

 上の広場。

 去年までは祭りの会場だったが、現在はそこに到る為の石段が一部崩落した事により立ち入り禁止になっている、かつてこの町唯一の寺社が存在したという場所だ。

 月照はなるべく早くここに御神刀を埋めなければならない。

 それが恩人である旧校舎の住職の遺志だからだ。

 そしてそれが、この「霊が溢れる町」を「普通の町」にするのに必要な事だった。

 しかし桐子の事を考えると、未だに全く決心が付かずにいた。

 だから月照はここに来る事にした。

 ここに来れば、何か全てを丸く収める名案が得られるかも知れないと思ったのだ。

 まあ要するに、このデートを利用して御神体埋め立て予定地の下見をしようとしたのだ。

 今朝起きてから――いや、昨日別れ際に今日の約束をしてからずっとはしゃぎ気味な双子がそれを知ったら果たしてどう思うのか、なんて事は考えもしなかった。

 だから今は少し反省している。

「なんか、去年よりも崩れ方が酷くなってる気がするね?」

「行ってみようって言っても、どうやって登るの?」

 二つのカラーコーン間に結ばれた虎ロープ越しに、結構な急勾配の丘に作られた古い石段を見上げ困惑している双子。

 とても楽しそうには見えなかった。

 先程までは気不味い空気の中ずっと移動、やっと目的地に着いたら今度はこれだ。

 いくら双子相手でも、これをデートだと言い張ってゴリ押しするのは月照でも無理だった。

 それに今思い出したが、双子は石段が健在だった頃でも息切れするからと祭り以外ではあまりここを登りたがらなかった。

 石段は真ん中の金属製()()りで左右に(へだ)てられているのだが、双子や年寄りはそれを杖代わりに体重を預けヒィハァ言いながら登っていた記憶がある。足で歩いて登ると言うよりも手で引っ張り上げる様なイメージだ。

 現在はその頼みの綱の手摺りも崩落部分でひん曲がってしまい、支柱にはちょっとした岩が不安定にぶら下がっている。

「「これ、下手に登ると途中で石段が崩れて下敷きになりかねない気がするよ?」」

 それを使って登るのが当たり前だった双子にとってはさぞ絶望的な光景だろう。下手に体重を掛けながら登ると、手摺りから石段に震動を与えて更なる崩落を促す事になりかねない。

 まあここまでの急勾配だ。普通の人間でも、杖代わりまではいかなくても足を滑らせた時の為に無意識に手摺りを頼ってしまうだろう。

「いや、石段は使わねえよ」

「「へ?」」

 しかしやんちゃ坊主だった月照は普通とはちょっと違った。

 石段が無事だった頃から手摺りどころか石段そのものを使わず、その脇の丘を登山感覚でそのまま登っていたのだ。

 つまり「石段が無ければ崖を登れば良いじゃない♪」という、どこかの王妃も真っ青な理屈だった。

(これなら石段嫌でも問題ないな!)

 偶に――というか双子相手には結構な頻度で良識を失う月照は、この理屈でこれを「デート」として押し切る事にした。

 とはいえただの無茶振りを押しつけている訳では無い。

 この斜面が砂地で下草しか無いのなら、双子には危険なだけで登れる訳が無い事はちゃんと理解している。

 だがここには結構な太さの木が生い茂っていて、その根や幹を使えば案外簡単に上り下りできるのだ。

「大丈夫。俺と同じ登り方すれば、お前等でも幼稚園児でもちゃんと無事に登れるから」

 それをよく知っている月照は一方的にそう伝えて、双子の返事を待たずに登り始めた。

「「うわ!? 待って待って!」」

 心の準備も何も無かった双子は当然慌てて止めたが、月照に止まる気が無いと分かったので慌てて後に付いて行くしか無かった。

(これ、後で降りられるかな……?)

(無理だったらみっちゃんに()ぶって降ろして貰おうよ)

(その方が絶対怖いよ!?)

(まあ絶対に負ぶってくれないだろうけど……)

((てかみっちゃん……私達がスカートなの、もう忘れてるよね?))

 幸い桜が殆ど終わったこの時期なら、通行不能な上の広場を訪れる人など皆無なので見られる事は無いだろうが……。

「「……みっちゃんのばほぉ」」

 それでもやりきれない双子は、月照に聞こえない程度に抑えた声で不満を漏らした。

「ああ? なんか言ったか?」

 しかし月照の耳に届いてしまったらしい。至近距離での制止の声は全く聞こえた素振りもなかった癖に、悪口はあんなに上の方まで行ってしまっても反応を返すとは……。

「「みっちゃんのばほー!」」

 双子はついつい思いの丈をぶつけてしまった。

「なにいきなり喧嘩売ってんだ!?」

 月照がキレ気味に返してきた。しかし後悔はしていない。

「ばほには、一生、分からない、よっ!」

 まだ十数歩程しか登っていないのに、灯の息はもう上がっていた。

「文句が、あるなら、ここまで、戻っ……て、来て、みろ~!」

 蛍も勿論同じ状態だった。

 手を使わないと登れない山道を、スカートの(すそ)を気にしながら、ついでに余所行きの服なので土が付かない様にも気を付けながら登っているのだ。体操服で登るのとは訳が違う。

「「……んデェー、ット、なんだから! 女の子、を……ちゃんと……ふう、エスコート、しろぉ……」」

 言う間に、双子の息は限界に達してしまった。

 おかげで最後は声の張りを失っていた。

「……ったく、しゃあねえな」

 月照は双子が文句を言い終わる前に(きびす)を返し、凄い勢いで降りてきた。一瞬転落したのかと錯覚する程で、(ましら)(ごと)くというか、猿そのものの動きだった。

((うわ、本当に降りてきた!?))

 チョップされる、と身を固くして目を閉じた双子の手に、暖かい何かが触れた。

「「ふえ?」」

 変な声を漏らしながら目視で確認すると、月照が二人の手を取っていた。

「「み、みっちゃ……?」」

「おら、ちゃんと付いて来ないと三人で転落するからな!」

「「うわわ!? みっちゃんのばほ~!!」」

 そのまま力強く引っ張られ、双子は引き()られる様に上の広場まで連れて行かれたのだった。



「「うう~……酷い目にあった……」」

 誰にも手入れされていない上の広場で、双子は足下の草を見詰めながらぼやいた。

 広場は腰まである雑草で外周部を囲まれており、その内側の殆どが膝丈まで雑草で覆われていた。

 高さが違うのは、単純にたった今月照が踏み(なら)したからだ。ミステリーサークルでも作りたいのかと言わんばかりに、広場の中心から渦巻き状に雑草を踏みつぶし蹴散らしている。

 勿論雑草の生命力相手にそんな行為は焼け石に水で、どれだけ念入りに踏みつけていても足を退()けたら直ぐにまた起き上がってくる。だから結局膝までは雑草に隠れている。

 双子がいるのはそんな無駄な整地区域の端っこで、言葉少なに肩で息をしていた。

 月照にただ引っ張られただけなのでかなり楽できたのだが、それでもあの急勾配はきつかった。

 特に心臓の鼓動は凄まじく、もしかしたらオカルト研究部の新入部員歓迎会があったあの日、集合場所に行く途中に月照につられて全力疾走した時よりも激しいかも知れない。

 それに余程力強く引っ張られたのか、握られていた手が熱を持ったまま一向に冷めてこない。

 これはしばらくこのまま動けそうもない。

 双子は乱れた息と激しい脈拍を落ち着かせる間、服が汚れていないかお互いに確認した。

 幸い二人共無事だった。引っ付き虫と呼ばれる植物も付いていない。

「「はふぅ……」」

 (あん)()(ため)(いき)を吐くと、息は既に収まっていた事に気付いた。

 そんな馬鹿なと自らの胸を押さえるが、心臓はまだまだ全力で跳ね回っている。これでは呼吸が整った事に気付かなくても仕方がない。

 しかし現象としては不可解だ。普通はどっちもちょっとずつ落ち着いていくもののはずなのに。

「「う~……」」

 灯は左手、蛍は右手を見詰めながら唸った。

 そこもいつまで経っても熱いままだったが、別段腫れたり赤くなったりしている訳ではなかった。

「「(みっちゃんのばほー……)」」

 月照に不意打ちで掴まれた事を、二人揃って恨む様にぼやいた。

 いつもは自分達から触れに行くのだが、月照から触れてきたのは一体()()以来だろうか。

 いや、高校に入ってからも触れられた事はちょくちょくあるが、心の準備もできない内にがっちり握られたのは、アイアンクロー等の暴力を振るわれた時だけでは無かろうか。

((……あ))

 蛍が昨日のゲーム中にとんでもない所をガッツリ握られていた事を思い出してしまった。

(なんか、ごめん……)

(ううん、大丈夫……)

(ま、まああれは結局事故だったし!)

(だよね! みっちゃんの意志じゃ無いしね!)

(それに押し退けるつもりだったから掴んだ訳じゃないし!)

(そうそう、今みたいに優しく掴んでくれた訳じゃないし!)

 いつからシンクロしていたのか、双子はいつの間にかいつもの様にテレパシーで会話していた。

(でも優しくするならするで……)

(……あんな乱暴に引っ張るな~!)

 ぷう、と二人揃って頬を膨らませた。

((…………もう、びっくりしたよ))

 そしてその頬を赤く染めた。

 双子はぷすぅ、と頬袋の空気を吐き出しながら恨みがましく月照を見た。

 あの急斜面をほぼ一往復半したにも関わらず、まだまだ運動量が足りないと言わんばかりに、今もこの広場を小走りで回っては時々何かを探す様に雑草を蹴散らしている。

 何がしたいのか全然分からないが、ただ一つ言える事は、既に広場の殆どの面積を均して回っているのにまだまだ余裕が有り余っているという事だ。

「「……実はみっちゃんの存在が一番怖い話なのかな?」」

 その呟きが聞こえたのか、月照がコースを変えて寄ってきた。

「いつまでぼやいてんだよ。なんか久しぶりだろ、こっからの眺めも」

 ここはこの住宅地では一番の高台だ。ここより高いのは、宅地造成されていないもっと奥の山だけだ。

 だから当然町並みを一望できる――……はずだった。

「こんなに(うっ)(そう)としてるのに!」

「景色なんて楽しめないよ!」

「「虫が一杯だし早く帰ろうよ!」」

 双子はつい反発して強く言い返してしまった。

 こんなにドキドキしていて何とか心臓を落ち着かせたい自分達とは対照的に、まだまだ心拍数が足りないとばかりに今も足下の草を踏んだり蹴ったりしている月照がちょっと(しゃく)(さわ)ったのだ。

 しかし言い掛かりを付けた訳でもない。

 双子が言う様にこの辺りは雑草だけでなく傾斜地の木々すらも全く手入れされておらず、(せん)(てい)が必要な巨木が枝を広げて視線を遮ってしまっている。

 少なくとも現状では観光気分なんて味わえない。

「まあ予想以上なのは認めるが……」

 月照もここまで荒れているとは思っていなかった。

 毎年祭りの時には()(みせ)がぐるっと外周沿いに並んで賑わっていたが、その時には雑草なんて斜面にしか無かったはずだ。木々についてはまあ元からこんな感じだった気がしなくもないが、それでもやはり枝のボリュームはこの半分ぐらいだった様に感じる。

 きっと祭り前に町内会の大人達が(くさ)(むし)りをしたり、広場側に伸びてくる木の枝を切っていたのだろう。

 他の要因としては、恐らく石段崩落以降近所の子供が遊びに来なくなった事も大きいだろう。毎日誰かがここで走り回っていれば、学校のグラウンドと同じで雑草は生える事が無かったはずだ。

(にしても、寺と神社の跡地ってのは全然分かんなかったな……)

 月照は草を蹴散らして回って確認してみたが、何かの建物があった様な痕跡はどこにもなかった。

 精々が斜面の石段を上がった両脇にある、恐らく鳥居の土台になっていただろう四角い平らな石だけだ。

 まあ昭和の頃に燃えてしまった建物だ。遺跡調査なんてした事がない月照に、その痕跡を見付ける術なんて有る訳がない。

(……て事は、埋めるとしたら人が寄らなさそうなあの辺りか?)

 月照は何周か回りながら下見をした中で、少し奥まった所に視線を向けた。

 階段から見て右手奥、茂った草木に裏の崖が隠されていてかなり危険な場所だ。あそこなら危ないので常識的な人間は近付く事もないだろう。

 ……まあ常識的な人間は、唯一正規の入り口である石段が虎ロープで立ち入り禁止になっている現状でここまで登ってこないだろうが。

 しかしそんな事よりも。

「……やっぱ、なんもねえか」

 月照はボソリと呟いた。

 ここに来れば御神体の件で何か(みょう)(あん)でも生まれるかと思ったが、そんなに上手くいかなかった。

 住職の願いと桐子との約束。

 未だにその板挟みに悩まされている。

 しかし結論が最初から出ているのも事実で、いつかは必ずここに御神体を埋める事になるだろう。

 それもそんなに遠くない未来に……。

 それなのにどうしてこんなにも桐子の事でもやもやしているのか、その答えすらいつまで経っても分からないままだ。

 彼女が可哀相な霊であり、彼女と約束を交わした。それは事実だ。

 偶然の事故とはいえ、彼女のおかげで包丁女の不意打ちを避けられたのも事実だ。

 しかしそれだけで、ずっと苦しめられているこの霊だらけの世界から解放されるチャンスをずっと先延ばしにし続けるのもおかしな話だ。御神体を埋めれば、もしかしたら彼女も無理せず成仏するかもしれないのに。

 いや、彼女は(かたく)なに成仏せず、住職が言っていた様に消滅してしまう可能性が高い事はなんとなく分かっている。だから悩んでいるのだ。

 理想を言えば、何とか彼女が自分から成仏したくなるのが一番だ。

 しかし桐子はこの世への未練に具体性が無く、成仏しない一番の理由が「成仏したくないから」というただの我が儘だ。そんなに(あい)(まい)だと、約束通り一緒にいて遊び相手になり満足させるしか手がない気がする。

 いつまでも満足しないかもしれないが……。

「「草木は一杯あるよ! それに虫も凄い数だし!」」

 月照が物思いに(ふけ)りながら石段のすぐ側、登ってきた斜面まで歩いて来て下を見下ろしていると、双子がさっきの呟きに反論しながら飛び付く様に左右の手を引っ張ってきた。

「「虫が一杯だしもう降りるよ!」」

 よっぽど虫が嫌な様だ。悲鳴を上げたりはしていないが、変な虫でも見てしまったのだろうか。

「……仕方ねえな。じゃあ降りるけど、お前等自力で降りろよ」

「「ほえ?」」

 双子の目が点になった。

「いや『ほえ?』じゃなくて……登りと違って、下りは人と手を繋ぎながらなんて危な過ぎて無理なんだよ。一人足を滑らせたら全員落ちるぞ」

「「無理だよ! なんとか頑張ってよ!」」

(あ、これガチの奴か)

 二人のかなり必死な様子に、月照も腹を(くく)った。

「……ったく、じゃあ一人ずつ連れてくからどっちが先か決め――」

「「嫌だよ! こんな虫だらけの所で一人残されるのは!」」

(こ、こいつら……)

 が、直ぐに(ほど)きたくなった。

 文句を言おうかとも思ったが、しかしそもそも無理矢理ここまで連れてきたのは月照だ。ここで二人を悪く言うのは流石に気が引けた。

 だが方法が無いもの事実だ。双子には頑張って貰うしかないだろう。

「頑張れ」

 月照は短くそれだけを伝えて、双子に何か言われる前に両手を振り解いて斜面を駆け下りようとした。

「「させるか!」」

 しかし双子に読まれていた

 振り解かれる前に自ら手を離し、空振りして一瞬動きの止まった月照の両腕に二人揃って勢いよく飛び付いて来たのだ。

「うおっ!?」

 想定外の出来事に声を出して驚いた月照――。

「「ひにゃぁぁぁぁ!!??」」

 ――の数倍驚きながら、双子は勢い余って斜面に一歩踏み出してしまった。

「ちょっ!?」

 月照は瞬時に事態を把握したが、もうどうしようもなかった。

 いや、一応双子を力尽くで支えようとしたので、双子は踏み出した足をズルリと滑らせたが尻餅はつかずに済んだ。

 しかしその一瞬だけだ。

 本能的に強く月照の腕を引っ張った双子に力負けし、月照は前のめりになって上半身から真っ逆さまに斜面を落ちそうになった。

 無論そのまま転がり落ちる月照ではなく、ちゃんと前に足を大きく踏み出して踏ん張った。踏み出した先は斜面だったが、力強く踏み留まった。

 踏み留まらなかったのは双子だ。

 支えだった月照が動いた事でパニックになったらしく、自ら腰を折ってスキージャンプの様な姿勢になり、へっぴり腰のままちょこちょこ二歩目三歩目と足を進めたのだ。

 恐らく本能的にしゃがみ込んで転落を免れようとしたのだろうが、月照の腕を掴んでいたせいでしゃがみきれなかったのだろう。

 咄嗟に手を離す事も自力で姿勢を制御する事もできなかったのは、双子の素晴らしい(笑)運動神経のなせる技だろう。

 ともかく、いくら月照でも一歩よろけた直後に二人掛かりで全体重を掛けて引っ張られては支えきれるはずもなく――。

「「「うわぎゃぁぁぁぁぁ!??」」」

 双子と一緒に悲鳴を上げながら、凄い勢いで斜面を滑り降りて行った。


 両腕を封じられたまま木の根で凸凹した地面を、突き出した木の枝を(かわ)し双子を(かば)いながらノンストップで滑走したこの経験は、月照の新しい「怖い話」として記憶される事になった。

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