8セーブ目(11)
灯と蛍は昨日、時間に追われて近所に出歩く用の普段着を既に着てしまったので、今日はこの完全余所行き用の服を着るしかなかった。
だから月照にいきなり服の話を振られた時はかなり驚いた。まさかあの月照が服の事を気にするなんて、一体誰が予想できようか。
おかげで妙に緊張して一々行動がわざとらしくなってしまった気がするが、月照には気付いた様子は全く無かったので、そこは無事遣り過ごせたのだろう。
問題は、やはりあの「もかっ」だ。
折角服装の話題が出ていたので、勇気を出して感想を聞こうと思った。
その結果、服は可愛いと認めて貰ったが、自分達は「もかっ」だった。
(ねえ、やっぱり『迂闊』じゃなくて、『もかっ』だったよね?)
滅多に車が来ないのになぜか信号のある交差点で、信号待ちの暇潰しを兼ねて灯が蛍に思念(?)を送った。
(うーん……でもみっちゃんだって、噛む時は噛むだろうし……)
蛍も当たり前の様に思念を送り返した。
その返信に、灯は少し首を傾げた。
(噛んだのかなぁ……? 私には、なんか無理矢理喋るの止めた様な気がしたけど)
(それは私も思ったけど、考えても分かんないよ)
(だよね。文脈から知ろうにも、確か『お前等元々何着ても大体似合うから似合ってるな。でも服が可愛いとお前等もかっ』って感じだっけ?)
(うん、多分それで合って……る?)
蛍がハッとなって灯の顔を見た。
(どうしたの?)
(あーちゃん……私はとんでもない事に気付いてしまったのかも知れない……)
(何々? 教えて!)
(うん。実は私達、みっちゃんに――)
(みっちゃんに?)
(どんな服着ても似合う、って褒められたのかも知れない……)
(えー? それは無いよ)
(あー、やっぱり無いかー)
………………。
「「――って、褒められてるよ!」」
「うおっ!? なんだ、どうした!?」
突然大きな声を出した双子に驚いて、月照は飛び上がりそうになりながら振り返った。
「「あ、ご、ごめん。考え事してただけだから」」
「お前等……」
月照は二人揃って同じ回答だった事から大体の状況を察した。
果たしてテレパシーで会話するのを考え事と言って良いのだろうか……。
しかし下手にこの件で突っ込みを入れても、「私達のこれ、実はテレパシーだったんだ!」なんて気付かれでもしては、調子に乗って色々とうざい事をしてきそうだ。だから月照は少し顔を顰めただけでそれ以上何も言わず、なかなか変わらない歩行者用信号に視線を戻した。
何も言われなかった双子は考え事の続きをする許可を貰ったと判断して、今の話題について再び会話(?)を始めた。
(ええと……そうなると私達はどんな服を着ても似合う、って褒められたんだよね?)
灯が状況整理の為に蛍に同意を求めた。
(うん。で、今日の服は可愛いって言ってくれた)
(それで、私達は謎の言葉、『もかっ』)
((うーん……))
二人で首を傾げて悩む。
――ああ、お前等元々何着ても大体似合うから似合ってるな。でも服が可愛いとお前等もかぅっ――!?
あの時、月照が褒めてくれていたのなら――。
灯は有り得ないとは思いつつも、続きの言葉に相応しい内容を推測する。
(ねえ……?)
(……うん)
(私、変な事言うね?)
(あーちゃんは変な事ばっかり言ってるよね)
(むぅ!? じゃあ言うの止めた!)
(わわっ!? 待って、ごめん、教えて!)
ぷうと頬を膨らました灯に、蛍が慌てて続きを促した。
本当に拗ねた訳ではない灯は直ぐに続ける。
(うん……もしかしてなんだけど……)
(うん……)
(みっちゃん、何着ても似合う私達が可愛い服を着てるから、私達『も、可愛い』って言おうとしたんじゃないかな?)
…………。
数秒間、二人のテレパシーが止まった。
歩行者用信号がようやく青に変わり、歩き出した月照のペースに合わせて自分達も無心で歩みを進め、道路を半分ほど横断した時にようやく蛍が答えた。
(……えぇ~? あのみっちゃんがそんな事言うと思う?)
(だ、だよね! 自意識過剰って奴だよね!)
灯は耳まで真っ赤になりながら、両手を蛍に向けてぶんぶん振って無かった事アピールをした。もし信号待ちの車がいたら、きっと不審に思われていただろう。
(それよりもまだ、『私達、モヒカンの方が似合ってるぞ』みたいな方が言いそうじゃないかなあ?)
蛍も一緒に赤くなっているが、台詞の内容的には赤くなる要素が皆無な事を言っている。
(そうだね! 私達に『モカコーヒーでも飲むか?』って、喫茶店に誘おうとしてくれたとかだよね!)
灯は簡単に自分の説を捨てた。
(そうそう、近所にそんなお店無いけど絶対にそんな感じだよ!)
蛍も完全に同意らしく、二人で不自然に笑い始めた。
((あはははははは! あ、あはは、はぁ……。みっちゃん今、お金全然無いらしいけど……))
電車賃すら足りないのだから、月照は自分のコーヒー代も払えないはずだ。
その事実に気付いた二人は、遂に無理矢理笑う事すらできなくなった。
((……………………))
長い無言が続き、やがて二人は交信を切った。
勉強が苦手な双子は、文脈から推測してどの説が正しいのかを導き出すのも苦手だ。
ただ――。
((みっちゃん、デートだから気を使って無理にそう言おうとしてくれた、とか……?))
二人共、交信していなくても全く同じ結論に辿り着き、
((き、希望的観測くらいは、しても……いい、よね?))
そして流石と言うべきか、自分の考えへの言い訳の内容までピタリと一致していたのだった。
「それにしても、全然変わんねえな……この町」
月照はしばらく続いていた沈黙を破った。
小学生の頃は毎日この町の色んな場所を駆け回っていた。
昨日はこの公園、今日はこっちの公園、明日は上の広場。
そんな風にいつも見ていたはずの町並みを懐かしいと感じる様になったのは、一体いつからなのだろうか。
中学生になると、もうそういった場所で遊ぶ機会は激減していた。町を歩くのは精々が登下校など学校関連のみだったろう。まあ上の広場の祭りやちょっとした買い物などでの外出も勿論したが、町並みをアスレチック代わりに毎日走り回る事は無くなっていた。
その頃は景色なんて気にしていなかったので、こんな郷愁はもしかしたら今初めて感じているのかも知れない。
突然そんな気分になった原因は、鈍い月照でも簡単に自覚できた。
信号待ちで突然声を上げて以来、双子が黙ったままなのが不気味になって視線を周囲に巡らせていたからだ。
いつもは黙れと言っても両サイドで姦しい癖に、あの瞬間に何か変な霊に取り憑かれたのでは無いかと心配になる位だ。
「「ふぁっ!? ふぁいっ!」」
月照の独り言とも取れる言葉に、双子はボクシングの試合が始まりそうな返事を返した。
やはり双子の様子はどこかおかしいままなので、少し会話して確認する事にした。
「知ってるか? この町、親父が越してきた頃から人口が半分位まで減ってるらしいぜ」
これは父親が今年になってから言っていた事だ。事実確認をしていないので出任せの可能性が高いと思うが……。
月照が実際に小中高と学生生活を通して感じたのは、「子供の数が減っているのは事実でも半分は流石に言い過ぎ」だった。
もし本当にそれだけ減っていれば、人口過密時に建てられた学校はもっと空き教室だらけになっているはずだ。いくら当時よりも一クラス当たりの人数が減ったとはいえ、実際は全体の一割程度しか空いていない。
つまり子供の数すら半数以上を保っているはずだ。それなら大人を含めた町の人口がそこまで減っているのは有り得ないだろう。
「「あ、うん! す、凄いよね!」」
しかし双子は完全に同調してきた。
(え? どっかでこの話聞いた事あんのか?)
この二人は意外なところでこの町に詳しいので、もしかしたら確かな情報筋から本当に人口が半減していると聞いているのかもしれない。
……などと一瞬思ったが、そんな可能性よりも双子も月照の父親からこの話を聞かされて信じ込んだ可能性の方が高い事に気付いた。
だから月照は反応を窺う意味を込めて、ちょっとボケを入れてみる事にした。
「凄い――って言うか、『酷い』だな……このままだと、俺らが年寄りになる頃には人口マイナスになるんじゃねえか?」
「「う、うん! きっとそうだね!」」
突っ込みは返ってこなかった……。
「いや、マイナスの人口ってなんだよ……」
ボケてもナチュラルに乗っかられるきつさを身を以て知ってしまった月照は、切れのないセルフ突っ込みをボソリと口にする事しかできなかった。
(全然聞いてねえな、これ)
やはりかなりおかしい。二人共全く話を聞いてないなんて、今まで――。
(……いやいつも通りじゃねえか)
双子が月照の話を聞かないのはいつも通りだった……。
しかも今回は話を振った月照自身全然興味のない内容で、単にボケる為に過ぎなかった。こんな内容ではスルーされても仕方ない気もする。
「あ、そうだね、人間はマイナスにはならないね!」
「あはは、気が付かなかったよ!」
しかしながら、灯と蛍は遅れてそのボケに反応した。
(やめろ、余計辛いから!)
そんな月照の心の声は勿論届かない。
「さすがみっちゃん!」
「最初から気付いてたんだね!」
「「なかなかの切れ者だね!」」
…………。
なんだろう、わざとやってるのだろうか。
「……人間はマイナスにならなくても、人間の心は簡単にマイナスになるんだぜ」
月照の現在進行形な実体験に、双子は首を傾げたのだった。
精神力をごっそり削られてしまった月照だったが、それも無駄にはならなかった。
おかげで双子が少し調子を取り戻し、また会話が始まったのだ。
「そう言えば、この町の人口って本当に半分位まで減ってるの?」
「過疎化は進んでるって聞いた事あるけど、『半分』は大袈裟じゃないかな?」
……が、悪気無く月照の火傷痕に触れて来る内容だった。
「……止めようぜ、その話は」
月照は折角会話が復活したばかりでも打ち切る覚悟を決めた。弄られるのならまだしも真面目に検討される位なら、もう無言で街中を歩く方がマシだと思う。
「でも、全然人が減ってる気がしないよ」
「うん、空き家とかは全然増えてない気もするし」
「「全部の家を見て回った訳じゃないけど、お年寄りが増えただけで人は住んでると思うよ」」
まあ双子がそんな月照の言葉を聞くはずもないのだが。
こうなったら仕方がない。火傷の痛みを乗り越えて、せめて場の空気だけでも良くして救われたい。
「俺も親父から聞いただけだから、本当に半分なのかは知らねえよ。でも言われてみれば確かに、人口が半分になったら町の半分が空き家になる計算だよな」
だから月照は双子に同意した。
「え? それは違うんじゃない?」
「人の数が半分になっても、家に誰かが住み続ける事はあるよ」
「例えば子供が二人いて、二人共就職先が県外でそこに住み始めた、とか」
「お爺さんが亡くなってもお婆さんが生きてる、とか」
「「むしろ一家全員住んでるのと一家全員いなくなるのが半々なんて考え方、そっちの方が有り得ないと思うよ?」」
しかし双子は同調せずに反発してきた。
正論なのが余計に腹立たしい。
「――って、お前等が空き家が増えてないから人は減ってないって言い出したんだろうが!」
「「違うよ! 減ってるとは思うけど、『半分』は大袈裟だって言ったんだよ!」」
「その判断基準に空き家の数を出してんだから同じ様なもんだろうが!」
「「空き家の数なんて基準にしてないよ! 空き家らしい家を全然見かけないから大袈裟だって言っただけだもん!」」
「だからそれが空き家の数基準って事だろ! ていうか、一体どれだけ空き家になってたら人口半分なんだよ!?」
月照が強く問い詰めると、双子はしばらく「うーん」と悩んだ末に、
「「……半分位?」」
可愛らしく首を傾げた。
「うだぁぁぁぁ!」
「「わああ!? みっちゃんが壊れた!」」
伸ばされた月照の両腕を掻い潜って、双子は慌てて逃げ出した。
しかし同じ方向に二人並んで走っても、月照の足から逃れられる訳がない。
とてとてとて……。
いや、どうやらスカートを気にしているらしく、逃げていると表現して良いのか怪しい速度で歩いている。別にそこまで裾が短い訳ではないのでもう少し早く歩けそうな気もするが……。
「……もういいから戻ってこい」
その牛歩を見て暴れるのも馬鹿らしくなり、月照は長い溜息を吐きながら二人を手招きして呼び戻した。
それでも月照の手が届く範囲には戻ってこなかったが……。
何はともあれ、ここで立ち止まっていても仕方がないのでまたぶらぶらと歩き出した。今日は一箇所を除いて、特に目的地なんて決めていないのだ。
「ところでみっちゃん」
少し離れた所から、灯が頬に人差し指を当てながら聞いてきた。
「なんだ?」
「みっちゃんのお父さんって、いつ頃こっちに来たの?」
「ん? 知らなかったか?」
「多分聞いた事あると思うけど……」
灯は「てへへ」とわざとらしく苦笑いをした。
要するに、興味が無くて忘れてしまったのだろう。
「あの家ができたのは母さんと婚約してからで、それまではどっかのオンボロアパート暮らしだったらしい。その頃の話だから、今からだとざっと二十年くらい前か?」
「「へぇ~」」
二人揃って感心した様な声を上げているが、多分明日には忘れているだろう。
「就職の為かな?」
蛍がようやく月照の射程範囲内に戻って来た。
「いや、確か逆だったはずだ」
「逆?」
今度は灯が、逆サイドから肘がぶつかる位の距離まで引っ付いてきた。
「むっ!?」
それを見た蛍が少し声を漏らし、月照の腕に抱き付いて来た。
「どわ!? 重いから止めろっての!」
「そんな事より、何が逆なの?」
灯が反対側の腕に自分の腕を絡めて引っ張った。
「だから止めろっての!」
「「いいから話せ!」」
話せと言う割には、双子は全く聞く耳を持っていなかった。
「……ったく、大した話じゃねえよ。要は隣町にある会社に就職したけど、入社後割と直ぐに会社が無くなっちまって、それでとにかく安い住居探してた結果がそのアパートだっただけだ」
「元々はどこから会社に通ってたの?」
「知らん」
灯にそうぞんざいに答えると、次は蛍が聞いてきた。
「なんで実家に帰ろうとしなかったの?」
「さあ? 親父の事だから、地元でとんでもない事件でも起こしてたんじゃないか?」
月照が聞いているのは、曰く付きのボロアパートに引っ越してしばらくした後に秘密の儲け話に有り付いて、そのお金で一戸建てを購入できたという何やら怪しい話だけだ。
だから元はどんな会社に就職していたのかも良く知らないし、ついでに言えば今どんな会社に務めているのかも知らない。儲け話の内容に到っては、秘密だからと両親共にヒントすら教えてくれない。
「みっちゃんはおじさんの事を何だと思ってるの……?」
「私達にはいつも良くしてくれてたよ」
灯も蛍も幼い頃は月照の父親に結構甘えていた。
抱っこやおんぶをおねだりする事もしばしばで、肩車して貰った時には両足で頸動脈を締め上げて失神KO寸前まで追い込み、かなり真面目に説教された事もあった。
それ程までに双子が月照の父親に懐いた理由は、夜野家が晩婚だったので双子の父親が結構な年齢だったからだろう、と先方から聞いた事がある。
要するに彼女達の父親は、一人でも手に余る我が儘放題な娘を抱き上げて、二人共々満足させられるだけの体力気力が無かったのだ。
まあそうは言っても月照の父親と二十も三十も歳が離れている訳ではないので、本人の運動不足が一番の原因だろう。双子の運動嫌いは、もしかしたら父親似なのかも知れない。
「それを言ったら、お前んちのおじさんの評価も俺とお前等じゃ全然違うだろ? そんなもんなんだよ」
月照がそう言って話を締めると、双子は「うーん……」としばらく唸っていたが、やがて納得したのか興味を無くしたのか、目に入った風景に興味を移した。
「あ、まだ桜が残ってるね」
「大分散ってるけどまだお花見できそうだね」
「「気合いさえあれば!」」
川辺に植えられたたった十数本の慎ましやかな桜の並木道、その内の一本だけがまだ僅かに花を残していた。他の木はもう散った花びら一つ残っていない。
「いや、ねえだろお前等には。そもそもとして気合いなんてもん」
「「なにをー!」」
「そんな事より、ほら!」
頬を膨らませて抗議してくる双子を軽くあしらって、月照はその並木道の先を指差した。
そこは双子も幼い頃から良く知っている場所だ。
お散歩デートの目的地一箇所目としては、まあ妥当だと言っても良いだろう。
「まずは久しぶりに、上の広場に行ってみようぜ」
月照は軽い口調とは真逆の、苦虫を噛み潰した様な顔で二人を誘ったのだった。




