7セーブ目(3)
「行って来ます」
そう言い残して月照が家を出たのは、いつものペースで歩けばちゃんと待ち合わせに余裕を持って間に合う時刻だった。
だが――。
「「あ、みっちゃん。おはよー」」
家を出ると、まるで待ち伏せしていたかの様に双子と出会した。
「……おう」
嫌な予感を感じながらも、無視すれば絶対に後で余計に面倒臭いので、足を止めてきちんと(?)挨拶を返した。
「……今からデート?」
「……ちゃんと間に合う時間に行くんだ?」
予定を完全に把握しているくせに、灯も蛍もそんな事を聞いてきた。
「当たり前だろ。俺は約束はできるだけ守る」
憮然と応えると、蛍が頬を膨らませた。
「むう……私達相手だと結構破ってる気がするけど?」
「そんな事は無い。覚えてる限りお前等以外のは全力で守ってる」
「そうかなぁ……って、やっぱり私達の約束は破ってるんじゃないかぁ!」
蛍が凄い勢いで詰め寄ってきた。
「ちっ、気付いたか」
毒突いて舌打ちするが、蛍の糾弾なんて内心では屁とも思っていない。
身長差があるので全然迫力を感じないし、本人的には凄んでいるつもりの視線も、整った可愛らしい童顔のせいで睨み付けているというよりただ上目遣いで戯れ付いている様にしか見えない。
だからどれだけ勢いよく迫ってきても無駄――。
ふにゅん。
――のはずが、気付けば月照は一歩後退していた。
(こいつ……!)
目を睨み返すのに気を取られて、予想外のタイミングで想定外の部分を押されたからだ。
月照は蛍の目から少し下へと視線を移した。
(自分がどれだけ『出っ張ってる』か分かってんのか!?)
腹部をその女子特有の「出っ張り」で柔らかく押され、危うく腰砕けにされるところだった。
蛍自身は当たった事に気付いていないのか気にしていないのか分からないが、こちらを睨む視線に変化はない。
(くそ、昨日の花押先輩のせいで……)
いつも抱き付かれた時に、その女子平均を凌駕した「出っ張り」を押し付けられているが、実は真正面からは滅多にない。
それでも普段ならあまり気にせずもう少し平静を保った対応ができただろうが、昨日の園香とのハプニングがすぐに脳裏に浮かんでしまって、蛍相手でも変に意識せざるを得ない。
「当たり前だよ!」
月照に会心の一撃を喰らわせた事には気付かず威圧に怯んだと勘違いして、蛍は語気を強くしたまま又少し寄ってきた。
理由はともかく今度は本当に気後れしてしまい、月照は仰け反った。
「そもそもみっちゃんは色々忘れ易すぎるんだよ!」
「……そんな事無いだろ。いつもお前等に聞かせてる怖い話だって、普通の人なら忘れる様な日常の話だぞ」
月照の語気は弱い。だからいつもなら「お前等には言われたくない!」と言い返して終えられそうな場面でも、上手く切り返せなかった。
「日常過ぎて怖くないのばっかりだけどね」
それどころか逆に言い返された……。
「それにあの、一番大切な――……」
更に攻めどころとばかりに何か言おうとした蛍だったが、なぜか途中で「あ、うぅぅ……」と口籠もって黙ってしまった。
「じゃあ、何か小学校の時の怖いお話をしろー!」
月照が不審に思って蛍に問い掛けようとした時、今まで静かだった灯が体当たり気味に横から腕に抱き付いて来た。
「ちょっ!? お前、一々引っ付くな、暑苦しい!」
「ふふふ~。話を聞かせるまでは離さないよ。なぜなら私が先に『話せ!』と言ったから、『離せ!』と言われても同じ『はなせ!』なら私の『話せ!』が優先順位が高くて、先に『話せ!』を処理すべきであって、だからええと、『離せ!』は『話せ!』の後で『話せ!』が先だから、『はなせ!』はつまり――……つまり私は何を言いたいのかな?」
「知るかぁっ!」
でもとりあえず、離れる気がない事だけは伝わった。
「はあ……あんまり時間無いから、ちょっとだけだぞ?」
「「おお~! やった、何か久しぶり!」」
二人同時に歓喜の声を上げながら、ついでとばかりに反対の腕に蛍も抱き付いて来た。
たった今その「怖い話」に難癖を付けていた気がするが……。
呆れて怒る気にもならない。
「いや、オカ研でも結構っつーかめっちゃ話してるよな……?」
「あれはみんなに話してるから」
「私達専用は久しぶりだよ」
言って、二人は「ねー」と声を揃えて悪戯っぽく笑った。
確かに双子だけを相手に霊の話をするのは久しぶりかも知れない。
以前は生きた話し相手が双子か母親だけだったので、霊の話は必然的に双子にしかしていなかった。
それを考えれば、随分と友人が増えたものだ。
「みっちゃん?」
「何か気持ち悪いよ?」
「やかましい!」
どうやらにやけていたらしい。
「……ったく、ええとだな……」
そうは言ったものの、古い思い出話なんてそんなすぐには思い付かない。
数分間、左右から抱き付かれたまま考え込む羽目になった。
「…………よし!」
それでもようやく、双子に話した事が無いはずの怖い話を思い出せた。
「あれは、小学校低学年の頃だったと思う。夏場で、寝苦しい熱帯夜だった」
「「エアコン点ければいいのに」」
「うるせえ! 親父の方針で寝る時は点けねえの知ってるだろ!」
どうしてそんな方針なのか、実は月照も正確には知らない。しかしテレビやネットで冷房に関する情報を見聞きする限りでは、単に電気代の問題だけではないと思っている。
というか、あの自室の旧式エアコンは設定温度ガン無視で冷やし過ぎたり全く冷やさなかったりするので、布団もパジャマも薄い夏場に使ったらほぼ確実に風邪をひくだろう。だから使用禁止には反対していないし、多分これが理由だ。
しかしそこまで詳しく事情を知らない双子は、「ぶぅ~……」と口に出して不貞腐れている。
「あの部屋暑すぎて」
「夏休みにお泊まり会できなかったの忘れてないよ?」
「代わりに私達の部屋に来いって言ったら」
「なんかみっちゃん怒り出したし……」
いつもの連携トークを始めたと思ったら、二人共そこで言葉を途切れさせて何かを考え始めた。声を揃えた最後の一言を言わないのは久しぶりだ。
ちなみに、その時月照が怒ったのは自分の部屋のエアコンが双子の部屋の物に負けているのが悔しかったからだ。
勿論そんな事、恥ずかしくて言える訳がない。
というか、折角思い出した怖い話をそんな恥ずかしい話で妨害しないで欲しい。
「おい、話を続けるぞ?」
だから月照は無理矢理話そうとした。
「「…………そうだ」」
しかし双子は、声をハモらせ返事の代わりにとんでもない事を言った。
「「私達のデート、みっちゃんの部屋でお泊まり会にしよう!」」
「………………は? え?」
月照は二人が何を言っているのか、なかなか理解できなかった。
「――なっ!? ばっ、何言ってんだこのあほ姉妹!」
ようやく内容を飲み込んで、両腕の双子を無理矢理振り解いた。
「何って、デートの予定」
「二日有るから丁度いいし」
「「この季節なら、エアコン無くても夜暑くないし」」
連携トークをしながら再び抱き付こうと身構える双子に、そうはさせじと身構えながら月照は声を荒げる。
「そんなもん認められるか!」
高校生の男女が同じ部屋で寝泊まりなんて、倫理的にかなり問題がある。一体この双子は何を考えているのだろうか……。
しかもわざわざ何かを考え込んだ上でこの発案だ。もう頭がおかしいとしか思えない。
「「かみかみ先輩の部屋よりも広さ余裕有るのに!」」
……いやまあ、確かに高校入学直後にいきなり女子の部屋に寝泊まりしたのだが。
そう言えばその桐子事件の時も加美華の部屋でお泊まり会とか言っていたので、二人とも何も考えずに小学生気分で言っているのだろう。
しかし頭ではそう理解できても、仮にも「デート」と銘打って高校生の男女が同じ部屋に泊まろうと言うのだ。幼少期のノリだと聞き流して良い提案ではない。
「むぅぅ……みっちゃんはかみかみ先輩の時みたいに、女の子が泣いて縋り付かないと部屋に入れてくれないの?」
灯が文字通り頬を膨らませながら抗議してきた。
「いやお前、入るなって言っても毎朝勝手に入ってきてるよな!?」
しかも寝てる間に無断で、だ。
……なんか一人で意識しているのが馬鹿らしくなってきた。
自分が手を出すなんて事は有り得ないし、双子がそういった悪戯をする気だったらとっくにされているだろう。
(……いや、駄目だやっぱり!)
最近マシになったとはいえ、毎朝色々と悪戯で起こされていた。
それに寝る時には理由を付けて抱き付いてきそうだ。そうなったら絶対に睡眠不足間違い無しなので、さっき朝食の時にした誓いに反してしまう。
(毎日だらだら睡眠不足になんてなってたら、全国区のスポーツマンどころか平均レベルの健康すら害するだろうが)
一日くらいなら大丈夫、という甘い考え方が今の寝不足な毎日を生み出しているのだ。きちんと寝る為の最低限の努力位はするべきだろう。
「とにかくそんなアイデアは却下だ! 自主トレの時間も無くなるし、第一俺は安眠したいんだ!」
そう断固たる意志を伝えると、双子は不満が爆発したと言わんばかりに左右の腕を狙って同時に抱き付いて来た。
しかし月照はその攻撃を華麗なバックステップで躱し、空振りで動きの止まった二人の隙を見逃さずにさっと両手を伸ばして頭を鷲掴みにした。
「もう時間が無いから行くぞ。これ以上邪魔するならこうだ!」
言って、ぎりぎりと両手に力を加えていく。
「「痛たたたた痛いいたいイタイ~!」」
変な悲鳴でも、双子はきっちりハモっていた。
急ぐほどではないがあまり時間が無いのは本当なので、月照はいつもよりも短い時間で両手を放し、双子を解放した。
「じゃあ、もう行くからな」
「「いつつ……って待って!」」
しかし双子は痛がりながらも呼び止めてきた。
「……なんだよ?」
いつもならこれ位のダメージで双子も諦めてくれるのだが、今日はなぜか食い下がってきた。
いつもよりも早く解放したせいかとも思ったが、くだらない悪戯心で月照と第三者間の約束の邪魔をすればどうなるか、双子はよく分かっているはずだ。もしかしたらまだ何か重要な話があるのかも知れない。
「「まだ、怖い話して貰ってない!」」
「お前等がくだらねえ話で邪魔したんだろうが!」
双子を少し買い被っていた……。
どうやら無意味に約束の邪魔をされたらどうなるか、改めてその身体に教え込まなければならないらしい。
月照は両手の拳を強く握り締め、双子の頭の位置を確認する。顔に当たったら大変なので頭頂部に確実に当たる様に、一歩双子へと近付いた。
「「くだらなくない!」」
双子はその行動の意図に気付いて及び腰になりながらも、強く言い返してきた。
「「私達にとっては大切な話だったの!!」」
「はあ?」
完全な思い付きにしか思えなかったが、どうやら双子には退けない理由があるらしい。
「デート内容が却下だとしても!」
「怖い話は却下させないから!」
「「ちゃんと話してから行け!」」
どういうつもりかは全く分からないが、この怖い話についてもまるで退けないらしい。
「……ったく、時間が無いって言ってんだろうが」
振り上げていた拳でガシガシと頭を掻いてぼやきながら、月照は諦めて話し始め――……。
「……お前等が余計な事言ったせいで何話すか忘れたじゃねえか」
――られなかった。
「あれは俺が小学三年生の時だったと思う。ひらっちと一緒に虫取りをした帰り道、俺は三角公園のトイレに寄る為にあいつと公園の入り口で別れたんだ」
結局双子に解放して貰えなかった月照は、諦めて別の怖い話を何とか思い出して語り始めた。
短い話なので、この後少し早歩きで行けば待ち合わせには充分間に合うだろう。
ちなみに「ひらっち」というのは月照達の幼馴染みの渾名で、平内という名字の男子だ。彼は少し離れた私立の中学に進学してしまい、もう何年も顔を見ていない。そんな事情もあり、渾名でしか呼んでいなかった月照達三人はもう誰も彼の下の名前を覚えていない。
「……みっちゃん、トイレの話はもう……」
「みっちゃんはもしかしてトイレ怖いの……?」
「「今度から一緒に行って上げようか?」」
灯と蛍が小声で口を挟んだ。
「違う! トイレの中には何もいなか――った事も無いが、今回はそのトイレの裏にいた奴の話だ。だから止めろ、哀れみの目で見るな!」
トイレが怖かったのはストーカーの霊に取り憑かれていた時くらいだ。いつ覗かれるかと、気が気ではなかった。
そもそも記憶の中にトイレの話が多いのは、状況的に印象に残り易いからであって怖さは関係無いと思う。
どんな剛胆な豪傑だろうとも、漏らすまいと我慢している時、又は解放されて安堵に包まれている至上の一時に、知らない人からちょっかいを掛けられたらなかなか忘れられないはずだ。
だから余計、双子のこの目は腹が立つ。
「あの公園の公衆便所の裏手に人影があったんだよ。しゃがみ込んでたんで気になったんだが、取り敢えず自分の用を済ませたんだ」
双子には腹が立つが、一々相手をしていたらいつまで経ってもデートに行けない。ここは半ば強引に、とっとと最後まで話をするのがいいだろう。
「それでトイレから出ようとした時勝手に手洗い場の水が流れ出したから、ハンカチ持ってなかったけど仕方無くその水でちゃんと手を洗ったんだ」
「みっちゃん……洗わずに出るつもりだったんだ……」
蛍が眉を寄せながら言った。
「だからハンカチ無かったんだよ! それに結局ちゃんと洗ったんだから文句ないだろ!」
その手は勿論ズボンで拭いた。
「え? でもあそこって今でも手で回す奴だよね?」
「男子だけセンサーなの?」
灯と蛍が同時に首を傾げる。
「いや捻る奴だけど、だから勝手に蛇口から水が出たんだよ、霊障で。でもそれは今回の話とは別件だ」
双子は「ふーん」と軽く聞き流した。食い下がって来ないのはラッキーだ。
「で、すっきりして出ると、そいつはまだ同じ場所にしゃがみ込んでいたんだ」
「……それが霊、なんだよね? どれ位の時間経ってたの?」
灯がようやく前のめりになってきた。
「まあ、霊って気付いたのはその少し後だけどな。時間はまあ、小さい方だから数分だな。女子よりは早い」
「なんだ、それ位なら別に気にもならなく無い? だってみっちゃんにとっては普通の人に見えてたんだよね?」
蛍も興味を持ってきた様だが、まだ灯ほどではない。
「いや、思い出せ。あの公園のトイレの裏だぞ」
月照が言うと、二人共空に視線を向けて記憶を探った。
「あ、そっか。植木とかが邪魔で入り込むの難しいんだっけ」
「虫取りの季節って事は、あそこ草ボーボーで蚊とかも凄いし、そこでじっとしゃがんでるのはきつそうだね」
顔を下ろして二人で頷き合った。
裏手とは公園利用者から見た裏手なので、公園敷地を囲うフェンス側――つまり道路からは丸見えになる位置だ。トイレの建屋とフェンスとの狭い隙間に植えられた樹木が野生化しているので、小さな子供でも入り込むのは難しい。
それでも近所のいたずらっ子達は偶に入り込んで遊ぶが、誰もが道路からフェンスを乗り越えて侵入する。公園内を通って入り込む人間は、少なくとも月照は見た事が無い。チャレンジして諦めた事は月照自身にもあるが……。
ついでに言えば、夏場は草が生い茂っていて猫や鼬の糞があっても分からない事や、トイレの匂いが一際強く感じる季節な事もあって、誰もそんな所に好き好んで入り込んだりしない。
「気になった俺は、話しかけようか迷いながら慎重に近付いた。だからそこで気付いたんだ。草がそいつにめり込んでたから、『ああこいつは霊なのか』って」
「あ、なるほど」
「みっちゃんにしてはなかなかの洞察力だね」
「一言多い。まあそれでもそんな所にしゃがみ込む理由が思い付かないから、少し観察してたんだ」
「「うん」」
「そしたらそいつ、よくよく見ると人形遊びをしてやがったんだ……」
「「うん……」」
「日本人形とかじゃなくて、なんとかちゃん人形って、女の子向けのビニールでできた着せ替え人形だったけどな」
「「うん……」」
「…………」
「「……うん?」」
話を終えた月照に、双子は揃って怪訝な顔をした。
「「ねえ、もしかして終わり?」」
「え? ああ、そうだけど?」
「「それのどこが怖いんだよ!」」
左右からステレオで文句を言って来た。
全く……しつこく要求されたからそれに応えたというのに……。
どうしてこれの怖さが分からないんだろうか、そう思いながらもこのままでは話し損の様な気がしたので、月照は解説する事にした。
「霊と人形の組み合わせの話って怖いだろ? 桐子の時代にも有って、話聞いたら怖くて夜寝られなかったって言うし、伝統的で定番な怪談だろ?」
しかし双子は間髪入れずに連携トークで食って掛かってきた。
「桐子ちゃんって幽霊の子だよね!?」
「幽霊にどんな怪談が怖いか相談するな!」
「大体その手の話が怖いのは霊が見えないからだよ!」
「霊が見えないと、人形が独りでに動いてるように見えるから!」
「絶対に動かないはずの物が勝手に動き出すから怖いの!」
「みっちゃんは霊が見えるんだから」
「「それはもう、ただのお人形遊びをしてる女の子だよ!」」
結構な勢いで糾弾されてしまった。
双子が怒っている理由がさっぱり分からない月照だったが、彼女達の勘違いはきちんと正す。
「いや、五十歳位のパンチパーマで厳ついおっさんだったけど」
「「へ……?」」
双子はしばらく言葉を失い――。
「「…………それは怖い」」
滅多に見ないくらい青ざめた。




