表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
5セーブ目
54/92

5セーブ目(3)

「………………」

 約束の時間に数分だけ遅れて姿を見せた月照が、周囲を確認してから無言で軽く会釈をした。

「待ったよ、たまたま君。何か言う事無いのかな?」

「え? あ、はい。……その服、どうなってるんですか?」

 制服以外の姿は初めて見るのでかなり新鮮だ。霊が着替えをする方法なんて月照は知らないので、素直に驚いている。

「ふぇ? ああ、これは前に服屋さんに行った時に試着室に入って覚えたんだよ。私の持ってた服はもっとしおれた――……じゃなくて、どうして遅れたのって話だよ!」

 計らずとも希望通り出会い頭に月照を驚かした園香だったが、残念ながら本人は気付かなかったらしい。

「覚えたって……?」

「もう、それはどうでも良いから! 待ったよ、って言ってるんだよ!」

「……済みません、()()けにちょっと」

 ちょっとねて見せた園香に素直に頭を下げた。

 双子には会わなかったが、双子の母親に会ってしまった。

 高校生活に慣れたかどうかとかの世間話と、自分の娘と会う約束をしているのだという勘違いを正したりとか、そう言った余計な時間で五分程ロスしたのだが、特段急がなかったのでほぼそのままの時間遅刻した。

「もう。君が十分前に来てくれると思って、三十分前から待ってたのに!」

「いや、そこまで気合い入れてませんし……」

「……え?」

「いえ! 気合い充分でしたけど、近所のおばさんに会って長話されたからどうしようもなかったんです! 俺も三十分くらい前に付く予定でした!」

 園香の雰囲気が変わったので、月照は嫌な予感に素早く対処しそう誤魔化した。

 起きた時間から考えて、食事を抜いても軽く走らない限りそんなに早く着くのは無理だったが、休日の朝っぱらからブラック園香の相手なんて絶対嫌だ。

「嘘、だよねえぇぇぇ? 寝坊しそうになってたよねぇぇぇぇ?」

「い、いや! ちゃんと目が覚めましたよ! なんか、誰かに揺り起こされたんじゃないかって位、ぱっちりと!」

「――っ!?」

 なぜか見破られた嘘に慌てて言い返すと、園香はビクリと肩を(すく)めてそっぽを向いた。

「そ、そうなんだ……。へえ……い、一応信じておくね」

 園香は何やら不自然な感じで納得した様に見えるが、ブラック化を最小限で止められたのでこれで良しとしておく。

「ええと……とりあえず、人がいない内に移動しませんか?」

 校門前で独り言を延々言い続けていたら通報されかねない。

「あ、うん、そうだね。どこに行くのかな?」

「ええと……俺んちでいいですか?」

「うん、勿論! わあ、たまたま君ちにまた行けるなんて思ってなかったよ!」

 なぜか園香のリアクションがちょっとわざとらしい気がする。

 しかし追求してもどうせはぐらかされるだろう。

「部屋漁ったらその瞬間に叩き出しますし、二度と家に上げませんから」

「あ、あはは……。うん、気を付けるよ……」

 今日の園香は妙に素直だ。

 当然彼女の言葉を信用した訳ではないが、いつもならここで「『君の部屋の押し入れ』はもう漁らないよ」とか言って、他の部屋の押し入れを漁る布石ぐらいは置いてきたはずだ。

 まるで何か、やましい事でも隠している様だ。

「ほ、ほら! 早く行こうよ!」

 月照が不審に思って首を傾げていると、園香は背中を押して(さい)(そく)してきた。

 これも珍しい態度だが、あれこれ(せん)(さく)するのも相手に悪いと考えて、月照は素直に帰路に()いた。



(危なかったぁ……)

 道中で音楽室の幽霊の説明を聞きながら、園香は自分の相変わらずな()(かつ)さを反省していた。

 口喧嘩で見事加美華を撃退したまでは良かったが、それで気が緩んでいたのだろう。危うく月照が起きた時間を知っていると自白するところだった。加美華に口止めした意味が無くなってしまうところだ。

 ちなみに、追い返したせいで眼鏡は借りられなかった。

「で、まあ結局そいつ本人も幼馴染みも、全然名前が分からないままになったんですけどね。唯一のヒントはあの音楽室から見える地域に幼馴染みの家があるって事位ですけど、面倒だしどうせ無理だから調べる気はないです」

「そっか……」

 他の事を考えながらでも一応ちゃんと月照の話は聞いている。

 しかしここが今どの辺りで、月照の家まで後どれ位なのかは分からない。

 生前から知っている地域のはずだが、そんな余計な事に意識を回したくない。この二人っきりの時間をぼんやり過ごすなんて(もつ)(たい)ない。

「……そういや、私も人の名前とかあんまり覚えてないな」

 だから反省もここまでだ。月照との会話をちゃんと楽しまないと、この時間はあっという間に終わってしまう。

「え? じゃあ名前忘れたまま復讐行ったんですか?」

 以前話した事をちゃんと覚えてくれている。ちゃんと自分の事を知ってくれている。

 園香にはそれが何よりも嬉しかった。

「あ、ううん。あいつらは例外だよ。忘れられる訳がないから」

 だからあの頃の、あれ程憎んだ奴等の話でも晴れやかにできる。

(……あれ?)

 しかし違和感がある。

「――……ええと、田中、鈴木、山本の三人が特にしつこくて……」

「あ、いやいいです。別に俺には意味のない情報ですし、先輩ももう終わった事だから忘れた方が楽ですよ」

(やっぱり……)

 思い出せない。

「――えっと……。でも、そんな簡単には忘れられないよ。特に今言った、山田、佐藤、山口の三人は……」

「……なんかさっきと名前違ってません?」

「え? そんな事無いよ。ちゃんと上田、佐々木、谷口って言ったよ」

「全部違う名前ですよね!?」

 確信した。

「ぷっ、あはははは。細かい事をちゃんと覚えてるんだね。私も覚えてないのに」

 本当に、完全に忘れてしまっている。

 あれ程憎んで恨んで化けて出て、上手くいかずに自己嫌悪して、諦めたのに諦めきれずに八つ当たりをしていたのに、記憶の中から綺麗さっぱり抜け落ちている。

(そっか、もういらないんだ……。無理に思い出す事も無いよね……)

 自然と、心の底から笑いが溢れてきた。嬉しさと可笑しさがごちゃ混ぜで、自分でもはしたないと思うくらい大きな声で笑った。

 目尻から溢れた涙は、喜びのものか笑い過ぎのものか自分でも分からない。

「忘れられないって言ってましたけどっ!?」

 月照は心配してくれているのだろう、ちょっとわざとらしいくらい(おお)()()だ。

「ふふ……。もう、本当に忘れちゃったから大丈夫だよ」

 もうあいつらがどんな名前なのか、どんな顔なのか、何人いたのかも思い出せないし、そんな事はどうでもいい。

「先輩……」

「君が言う通り、忘れた方がずっと楽だね。何に怒ってたのかは覚えてるけど、誰に怒ってるのかは無くなっちゃった」

 またあの朝の様に、気を抜くと成仏しそうになっている。

 感謝を言葉にすると限界がきそうなので口を閉じたまま、でもその胸に満ち溢れる心地良さを包み隠さず、それをくれた人物をただ真っ直ぐに見詰めた。

「そ、そう、ですか……」

 月照は何やら一瞬驚いてから、さっと向こうを向いてしまった。

 少し残念に感じたが、そのおかげで成仏までの余裕ができた。

「今気付いたけど、私はあの日あの時、『どうでもいい』って全部捨てちゃったみたい。君のおかげだよ。でも空いた所全部、君で埋まっちゃったけどね」

 だからそのまま、伝えたい言葉を口にできた。

 でも、すぐにまた限界が来た。

「え、ええと……」

 そっぽを向いた彼の頬が赤く染まっている事に気が付いたから。

「………………」

 それがどうしようもなく嬉しくて、自分の指先辺りが透けて光の粒になっていないか目視で確認するくらい心配になったが、どうやらまだ大丈夫そうだ。

 期待と、ちょっと方向性のおかしな不安に胸を高鳴らせながら、月照の次の反応を待つ。

 だが月照は赤くなったまま黙り込んでこっちを見ようともせず、少し歩くペースを上げてしまった。

(……あれ?)

 園香も小走りになって付いていく。

 照れ隠しにきっと何か言ってくれると思っていたが、無言が続くと段々と気不味くなってくる。

 それにペースが上がったら一緒に歩く時間が減ってしまう。それは勿体ない。大至急問題点を洗い出して対策を講じなければならない。

(別に、からかったつもりは無い――ん、だけ、ど……ぉ……おおお!?)

 洗うまでもなくすぐに見付かった。

 いつもの冗談交じりなら彼も何か言えただろうが、今のは(しょう)(しん)(しょう)(めい)本気の気持ちだ。

 それを思いっ切り心を込めて顔に出して、更には言葉にも出して彼にきっちりはっきり明確に伝えてしまった。

(はわあぁぁぁぁぁ!? ど、どうしよ!? 『君で全部埋まってる』とか言っちゃったよ!)

 今度は自分が頬を染める番だ。というか、首から上が全部真っ赤だ。もうちょっと頑張れば、髪の毛も赤く染められるかもしれない。

「あ、う……」

 何か言おうとしたが、前言を誤魔化す以外にこの空気を破る事はできないだろう。

「(も、勿体ない気もするけど仕方ない……)」

「え?」

 いつもの癖で考えている事を口に出してしまったらしい。月照が反応した。

(あ、ふわぁぁ……)

 会話拒否ではなく、やはりただ照れていただけらしい。彼も新しい話題を待っているのだろう。

 そんなちょっとした事が嬉しくて、また目元に少し涙が湧いてくる。

 このまま、今の言葉を告白として受け取って貰いたい。

 その気持ちが強い。それが叶えばどれだけ幸せだろう。

 きっと幸せすぎて、一周回って成仏せずに彼に取り憑く事だってできるだろう。

 ――でも、それはできない。

(――……そう、私はそんな事をしたら駄目だから……)

 さっきまでの絵画の様に美しい表情が陰りを見せたが、それも一瞬だけで――。

「別に、何でもないよ」

 すぐに「いつもの」笑顔になった。



「えっと……名前の話、だったよね?」

「え? あ、はい……」

 途切れた話題を繋ごうとしてくれた園香に感謝して、月照は話に乗った。

 本質はそんな話題ではない事はお互い良く分かっている。

 でも月照は、それにはもう触れない様にした。

(先輩の本心は分からないけど、あんな事言われたら……)

 まるで本気で告白された様な気がして、月照の心臓はずっとバックンバックンうるさいままだ。ブラック化無しでもここまで心臓にダメージを与えてくるとは、園香とのデートは命懸けかも知れない。

 相手が霊であっても、これ程までの美少女に想われて嫌な訳がない。着物女の経験を経ても、やはり可愛いが正義なのはそう簡単には変わらないのだ。

 しかし今までも紛らわしい言動で心を惑わしてきた相手だ。

 さっきの表情を含め、その言葉を素直に額面通り受け取る訳にはいかない。

「わ、私は、生前は普通に、ちゃんと人の名前を覚えていたんだけど……」

「は、はい……」

 お互いにぎこちない喋り方なのは早歩きのせいだと決めつけて、歩くペースを元に戻した。

 それに合わせて小走りを止めた彼女の横顔をちらりと覗き見る。

 その表情は、いつものあの、自覚のない笑顔だった。

(……先輩?)

 その変化が少し気になったが、話をちゃんと聞かないとブラック化でもっと派手に変化される。ここはしっかり集中しよう。

「死んでからは、人の名前なんて覚えた事なかったんだよ……」

「はい……」

「でも一人だけ、たった一人だけ覚えたの」

「え?」

 この流れなら、その「たった一人」が誰かなんて月照でも容易に理解できる。

「その人は私の人生(?)を、世界を変えてくれた……」

 もしや、園香はさっきの話題を続けるつもりなのだろうか……。

(いや、いやいや。あの花押先輩だぞ、そんなストレートに……)

 しかし相手が相手なので、まだ信用しきれない。

「その人に会えて良かった」

 両手を胸に当てこちらをじっと見詰め、園香が立ち止まった。

 月照もそれに合わせて立ち止まり、二人は向き合った。

「とても……とても大切な、特別な人……」

 園香の視線は月照に向けられたまま、全く揺るがない。

(や、やっぱり……俺、なのか?)

 耐えられなくなった月照の方が視線を外し、誤魔化すように周囲に人がいない事を確認した。

 霊とはいえ、園香ほどの美少女にここまで想われて平静をよそおえる訳がない。

 とはいえ、まだ自分だという確証を得た訳ではない。なんせ相手はあの意地悪悪霊だ。

「ふふ、気になる?」

 園香が急に悪戯っぽく微笑んだ。

「え? あ、いや、まあ……」

「ヒント。その人、イニシャルはT.Tだよ」

咜魔寺月照()だぁ!)

 確証を得た。

「その人の事を考えると、とてもふわふわした気持ちになる……会えないともやもやして落ち着かなくて、でも会えると思ってもそわそわして落ち着かなくなる……。気がついたら、ずっとその人の事ばかり考えていて……」

「せ、先輩……その人って……」

「うん、そうだよ」

 少し潤んだ瞳を向けて、園香は小さく頷いた。

 その表情に、月照の心臓がまた大きく跳ねた。

「先輩……」

()(なか)(とし)()さん(四十一)、だよ」

 ………………。

「誰やねん!」

「近所の工務店の人で、旧校舎の解体工事の下見にきた人。その人、霊障起こしたら本当にすっごく気持ちいい反応してくれて、ずっときてくれるの楽しみにしてたんだよ。何回か驚かしてたら和尚さんにスカウトされて、私の世界が変わったよ」

「知るかぁ! さっきの『うん、そうだよ』ってなんだよ! なにが『そう』だったんだよ!」

「え? 工務店の人を思い浮かべたんだよね? 私が和尚さんにスカウトされた経緯は前に話したし、私の趣味知ってるし」

(くそ、この悪霊が……!)

 すっとぼけた表情でぺらぺらすらすら言葉を(つむ)ぐ園香に軽い殺意を覚えるが、殺そうにも相手はもう死んでいる。

「あれぇ? 誰を思い浮かべたのかなぁ?」

「別に、誰でもないです!」

「ふ~ん……。誰なら良かったのかなぁ?」

「とっとと行きますよ!」

「わわ、待って! 何を怒ってるのかな?」

 いきなり競歩の様な速度で歩き出した月照の後を追いかけて、園香が駆け足で付いてくる。

 横に並んだその嬉しそうにしている表情が、憎いくらい可愛らしい。

「ねえ、たまたま君ってば!」

 だから声を掛けられても、月照はそっぽを向いて知らんぷりをした、

「ねえってば!」

「………………」

 更に加速しようとも思ったが、流石にそこまですると園香が付いて来られなくなるかもしれないので、逆に速度を緩めて普通に歩き始めた。

「もう、こんな位で拗ねないでよ」

「…………」

 否定しようかとも思ったが、それはそれで何か言われそうなので無言を貫いた。

「(嘘吐いてごめんね、たま――くん)」

(――え?)

 園香の呟いた声が微かに耳に届き、声を漏らしそうになった。

「先輩、今――」

 声を掛けちらりと園香の方を見ると、今度は園香がそっぽを向いている。

 この態度は、やはり間違い無い。

「俺の、名前――……」

 彼女の言った事のどこが嘘なのか分からない。

 でも、彼女は月照の名前を覚えていた。

「『たまたま月照』じゃなくて、『咜魔寺月照』です……」

 間違えて……。

「………………」

 今度は園香の歩くスピードが速くなる番だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ