5セーブ目(2)
校門の向こう、学校の敷地内から登場と同時に不機嫌を全面に出して非難してきた園香に、加美華は少し怯んだ。
園香の今の格好は、気合いの入ったデートというよりも気の合う友達と出かけるだけといった感じで、Tシャツの上にブラウスを羽織っただけのパンツルックだ。ブラウスのボタンは半分外されていて、雑な格好に見える。
ただ元が良いので、そんな格好でもセンスの良いファッションにしか見えない。
目一杯のお洒落のつもりで化粧と一張羅で固めてきたにも関わらず、加美華はなんだか負けた様な気分になってしまう。
(……しまった! コンタクトにするつもりだったのに、お化粧に時間掛かって慌てたせいでついいつもの眼鏡にしちゃった!)
痛恨のミスに今更気付いて完敗の気分になったが、まだ致命的ではないと自分を鼓舞する。
そもそもこの格好をしてきたのは、万が一途中で月照がやってきて園香と見比べられても、問題無い様にしておきたかっただけだ。むしろ眼鏡の方が不自然じゃ無くて良い。
この服も本当はデート本番に着ようかと迷ったが、既に一度肝試しで見せている。これしか可愛い服がないと思われたくなかったので、本番には別の服を用意する事にしたのだ。
まあこれしか可愛い服がないので、この後この足で服屋まで買い物に行かないといけないのだが……。
「私のデートを邪魔しに来たんだよね! どうしてそんな酷い事するのかな!?」
余計な事を考えていると、園香が怒りを隠さず強く糾弾してきた。
見知ってはいてもあまり会話した事がない相手がここまで敵意剥き出しで話しかけてくると、人見知りな加美華は萎縮してしまって上手く言葉が出なくなる。
とはいえ確認しないといけない事がある以上、ここで退く訳にもいかない。
(ど、どうしよう……。でもそうだよね、私だって、デートの予定に合わせて他の女の子がやってきたら怒るだろうし……)
我ながら後先考えていなかったと反省するが、しかし「これ」ばかりは白黒はっきりさせねばならない。
昨夜布団の中で考えていた手順を思い出しながら、園香に向かって――いや、顔は園香に向けているが視線を逸らしながら、ゆっくりと語りかける。
「あ、貴方はどうして、突然月照君の事を、その、意識し始めたんですか? 殆ど口も聞いた事が無い様な関係でしたよね?」
加美華のおどおどした様子に何を感じとったのか、園香は眉の角度を和らげて少し考えてから、悪戯っぽく答えた。
「殆どっていうか、『がおー』位しか口きいた事無かったね」
(が、がおーって何……?)
意味が分からず困惑したが、加美華は気を取り直して予め用意していた言葉を投げかける。
「そ、そんな人が、どうして突然――」
「私にだって、人を好きになる権利はあると思うよ」
「なっ!?」
だが皆まで言えず、豪快なカウンターを喰らってしまった。
「だから私は彼と一緒にいたいし、デートもしたいって思うよ」
「――っ!?」
ストレートに月照への好意を伝えてきた園香に怯んでしまったが、ここで黙ってしまってはいけない。今何か言わないと、彼女の主張を認めた事になる。
「――で、でもっ!」
「『でも』、何?」
園香に抑揚の無い声で聞き返されると、その迫力に押されて口が開けなくなってしまった。
「何も無いなら、とっととどこかに行って貰えないかな? 私はこれから、その願いを叶えるんだから」
「でも、だからってストーキングは犯罪です!」
突き放すように背中を見せた園香に、加美華は思わず大声を出してしまった。
(――しまった! で、でも話を聞こうとしなかったのは花押さんなんだから、自業自得だよね)
内容が内容だけに穏便に諭したかったのだが、彼女の態度があまりに酷いので咄嗟に感情を抑えきれなかった。
いつもこんな感じでいきなり熱くなるのは悪い癖だ。
「だ、誰が!? す、すとぉかぁ? はぁ? え? な、なに言ってるのかな!?」
だが園香には目茶苦茶クリティカルしたらしい。ロボットダンスの様なぎこちない動きをしながら振り返り、視線をイルカショーのイルカ並みの豪快さで泳がせている。
加美華はあまりに分かり易すぎて一瞬見入ってしまったが、折角逆転して園香が怯んでいるのだから、ここで攻めきってしまおうと考えた。
「ずっと彼を付け回してますよね?」
「そ、そそそんな事ないよ!? 学校でも殆ど会わないし、ちょっと一緒に帰ったり部屋に忍び込んだ程度だよ!」
「そう、それ……――って部屋に!? えっ!?」
加美華は「一緒に帰った」の部分を拾い上げたかったのだが、聞き捨てならない衝撃的な内容が含まれていた。
「あ、えとっ――……う、嘘だよ? 勝手に部屋に入ったりはしない、よ?」
否定されると余計に事実にしか聞こえない。
しかしそういえば、園香は月照の家を知っていると言っていた。なるほどそれなら合点がいく。
「あ、あはは。びっくりした? 私のいつもの冗談だからね?」
怪しむ加美華に気付かず、気が動転してる園香は妙に饒舌に自己弁護を続ける。
「彼の寝顔を見詰めたりなんてした事無いよ? もしそんな機会があったら、きっとこっそりとキスしちゃうよ! 君だってそうだよね?」
「キッ――!?」
園香の言い逃れは、計らずとも加美華の心臓を抉り取るような必殺のカウンターになった。
加美華の脳裏に、あの夜の事が鮮明に浮かび上がる。
「…………」
「…………」
そのまま二人共不自然に黙り込んで、お互いに背中を向けた。
その二秒後、二人揃って胸を押さえて蹲った。
(ま、まさかまさか、あの日にはもうストーキングしてたって事!? 見られてた!? 見られてたの!?)
加美華は血の気が引いて視界が真っ暗になった。人を犯罪者呼ばわりできる立場じゃなかった。
(こ、これは……変に追い込むと、不味い事になるんじゃ……)
法を盾にして月照から引き離すのは止めておこう、そう考えを改めた加美華だった。
一方その後ろでは――。
(……絶好のチャンス逃してたぁ……。――って、そんな事よりも、この子どこまで知ってるの!? 告げ口されたら彼に殺される! その上絶対嫌われる……そんな事になったら、もう私に生きる意味なんてない!)
園香は園香で、自分の行いを絶賛反省中だった。相変わらずふざけた言い回しだが、本人的にはきちんと反省しているつもりだ。
(……ううん、それだけじゃなくて――)
ちらり、と背後の加美華を盗み見る。何やらプルプル震えている。
(この子、やっぱり私が霊だって気付いてる……?)
月照の周りをうろちょろしていた事を知っているということは、おそらくそういう事なのだろう。
最悪の事態だ。
(音楽室のあの霊なら、きっと迷わずこの子を口封じに抹殺できるんだろうな……)
そんな方法、自分には絶対に無理だと分かっている。
だから園香は、もっと現実的な方法を選択した。
「こ、この事は……」
ボソリと背中越しに話しかけると、
「そ、そうですね……」
加美華も同じトーンで応じて、
「「どうか、内密に……」」
完全にハモった。
数分経って、ようやくお互いに少し落ち着いて気持ちと考えの整理がついた。
ちゃんと向き合って、ちゃんとお互いの目を見て話す。
「あ、あの……それでも、やっぱりこっそりと私達の下校をつけ回すのは止めて貰いたい、です……」
加美華は少し引け目を感じながらも、ストレートに園香に伝えた。月照や他の人には内密にしても、本人にはきちんと抗議すべきだと考えたからだ。
「あ、うん。今後は――ん? こっそり?」
園香は一度頷いた後に首を傾げた。前回一緒に下校した時には、堂々と月照の横や前を歩いていたし、何度も話しかけた。
「え? ええ、だって今まで気付きませんでしたから。元々尾行って気が付きにくいものなのかもしれませんが、花押さんのは多分プロ級です」
「……あ、あはは。ありがとう」
(そ、そっか……。やっぱり私が霊って事はばれてなかったんだ。よ、よかったぁ……)
ストーカー扱いはそのままなので全く良くはないのだが、今の園香はそこまで気が回らなかった。
(ん? そう言えば、この子は何を『内密』にして欲しかったんだろ?)
が、別の事には気が回った。
今更ながらに自分が加美華の弱みを何も握っていない事に気付いたが、まさか本人に聞く訳にもいかない。
(まあいいか、最悪の事態は免れたんだし)
下手に確認すれば自分だけ弱みを握られている事がバレてしまうので、ここはそれっぽく合わして会話して、上手く誤魔化してしまおう。
「ええと……でも、どこで尾行に気付いたの?」
安心と動転が同時に訪れている園香は、自分がストーカー行為していたとうっかり自白させられた事に気付いていない。
「ええと……昨日の音楽室で、私達しか知らないはずの会話の内容を知っていたので……」
「……そうだっけ?」
「はい。月照君があなたと『絶対にデートする』って言っていた事、その場の様子と一緒に言ってましたよ」
「あ~……。そう言えばそうだね。失敗しちゃった」
その時に霊の話も上がっていたのだが、加美華にはその霊と園香を結びつける発想は無かったらしい。
一番の秘密がバレていなかった事を確信しようやく本当に安心できた園香は、完全にいつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、今度からは堂々と一緒に帰るよ」
「――なっ!? ええっ!?」
眼鏡を落としそうなくらいびっくりして、加美華は口をぱくぱくさせている。
園香はにやけそうな口元を無理にへの字にして続ける。
「これはどう考えても内密にする件とは別だよね。だから話を戻すけど、私だって人を好きになる権利はあるんだよ?」
「だっ!? あ、あっても駄目なみょんは駄目っんす!」
加美華は開いていた口から何とか言葉を絞り出したが、その内容はただの駄々でしかない。できる事ならもっとちゃんとした理由を付けて反対したかったが、これについては園香の方が正しいのでどうしようもなかった。
加美華の中で危機感が急速に高まっていく。
こんなアイドル顔負けのとんでもない美少女が、正々堂々の恋愛宣言をしているのだ。頑張っても中の上にすらなれない自分に勝ち目なんてあるはずがない。
そんな風に心のどこかで諦めてしまいそうな自分がいるが、瑠璃という頼れる助っ人が心の支えとなって何とか踏み留まる。
といっても言い返す言葉なんて浮かんでこない。
「うぅ……やっぱりストーカー続けてもいいです」
「もうしないよ!?」
(こんな事なら、放って置いて月照君にバレて自滅するのを待った方が良かったよ~……)
心底反省する加美華だった。
「あはは、かみかみちゃんは凄く分かり易いね」
思わず「顔に書いてある」と言いたくなる程分かり易い表情の変化を見て、園香が声を漏らして笑った。
(むぅっ!)
偶にしか部室に来ないのによく見る、意地の悪い笑顔だ。彼女は間違い無く加美華の苦手なタイプだ。
「分かるならどうして、後から来てこんな事――」
園香に一矢報いようとふて腐れ気味に文句を言いかけた加美華だったが、園香の表情が一変したので声を詰まらせた。
「それって、君も同じだよね?」
「――……え?」
無表情。
しかしその中に、はっきりとした怒りを感じる。
「たまたま君の幼馴染みちゃん。あれは既に恋人の立ち位置だよね? そこに後から割り込んで、奪い取るつもりだよね?」
「そ、そんな……わ、私は別に、そんなつもりは……」
園香の迫力と言葉にたじろぎ、意味が無いと分かっていても言い訳する。
いや、きっと何も言い返さなかったら負ける。だからこの抵抗に意味がない訳じゃない――はずだ。
「そう? それが本当なら、やっぱり私と同じだね」
「え?」
そんな必死の抵抗を嘲笑うかの如く、園香の言葉は変幻自在だ。
「私は自分の気持ちに正直になって、我が儘を押し通してるだけだよ」
「そ、そんな我が儘、彼に迷惑なだけです!」
「分かってるよ……少なくとも君よりもよく分かってるし、身の程を弁えてる」
「な、なんですかその言い方!」
「私は彼に甘えるつもりだけど、彼女になろうなんて全く思ってない。特別扱いして貰いたいけど、独り占めするつもりなんてない。悪戯は一杯するつもりだけど、不幸になんてしたくない。だから少なくとも、君よりもずっとよく分かってる」
「い、意味が分かりません!」
「つまり――」
ついに表情と声と感情を一致させ睨み付けてきた園香に、加美華は恐怖に似た感覚を覚え、知らず半歩後ろに下がった。
「私が身を退く時、彼の横にいるのは君じゃない、って事だよ!」
まるで悪霊の呪いの言葉の様だった。
完全に怯んでしまって、即座の反撃ができなかった。
「君と幼馴染みちゃんなら、私は幼馴染みちゃんに彼と結ばれて欲しいって思う。だって、君は私と同じだから!」
「な、何が、あんたなたと同じだと言うんねすか!」
無理に言葉を絞り出し、声を張って声量だけでも勝とうと悪あがきをした。
「なんの積み重ねもなく、たった一度の特別な出来事で彼を運命の人って決めつけてる」
「――っ!?」
だが、まるで歯が立たない。
「好きだから特別になったんじゃない。特別だから好きって思いたいんだよ」
「そ、そんな事――……」
ない、とは断言できなかった。
図星だった。
今、月照を好きと思う気持ちに嘘偽りはない。それは断言できる。
だけどその感情は、本当に純粋な恋愛感情と言えるのだろうか。
野球部のエースに憧れて告白し、振られたらすぐにサッカー部のキャプテンに鞍替えする。そんな毎年何人も沸く軽薄な女子達とどこが違うのだろうか。
彼が特別だったから好きになった、それは否定できない事実だ。
「君は、本当に彼が好きなのかな? 彼じゃないと駄目なのかな? 私と君に違いがあるとしたら、多分そこだけだよ。私は、彼じゃないと駄目だから。……絶対に、ね」
ぐらり、と視界が大きく揺らいだ気がした。
「わ、私は――」
そう言えば、瑠璃に月照を好きになった状況を説明した時、彼女はただの吊り橋効果だと言い切った。
もしそれが正しければ、この彼を好きだという気持ちすら錯覚かもしれない。
足の力が抜けて数歩よろめいてから、ふと気付いた。
揺らいだのは視界ではなく、自信だ。
この口論で一番重要な、最も核心的な部分なのに、ブレてしまった。
そこが揺らいでしまっては、もう何も言い返せない。
「私は彼を手に入れられないし、手に入れるつもりもない。だからただ甘えてるだけ。彼じゃないと駄目だから」
園香の考えている事は全然分からない。言っている意味もきっと理解できてない。
「だから、誰でもいい人が私を彼から引き離そうとしないで!」
しかし彼女の望みは、明確に言葉にしてぶつけられてしまった。
「引き、離すなんて、そんな……」
加美華は反論もできず、ただ俯いてそう呟くしかなかった。




