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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
3セーブ目
36/92

3セーブ目(11)

 霊感の無い母――美月には全くバレる事無く園香を無事に部屋まで(まね)き入れた月照は、例の銅板の札を探し始めた。

 確か小学校入学時から使っているこの学習机に入れていたはずだが、何年も全く触ってないのでなかなか見付からない。

「汚い机だね。整理手伝おうか?」

「余計なお世話です!」

 月照は机に新しい物を入れる時、手前に詰め込む癖がある。だから新しい物を入れる度に元からあった物はどんどん奥の下の方に押し込まれてしまう。

 特に紙。記念に取っておいたイベントのチケット半券だとか雑誌のおまけのポスターなどが、くしゃくしゃになって詰まっていて捜索を(はば)む。

「ああ、ありました――って何やってんですか!」

 捜索開始から約五分、園香が待ち()びて勝手に本棚を物色し始めた頃、ようやくお目当ての札が見付かった。

 「夜間安眠」という大きな文字。

 他にも色々細々とした文字が百字くらい()ってあるが、漢字だけしか彫られておらず振り仮名どころか漢文の授業で習ったレ点などもない。

(裏も……って、こっちは俺の名前か)

 表の漢文は全く読む気が起こらない。

「なるほど、どう見ても夜寝る時に効果があるっぽいね」

 手にバトル系少年漫画を持ったまま、園香が札を覗き込んだ。

「ですね」

 答えながら園香に札を差し出すと、彼女は全く無警戒にその札を空いている手で受け取った。

「よし、じゃあ寝よっか」

 園香は札と漫画を部屋の隅に置いて、押し入れの(ふすま)を開けた。

「まだ真っ昼間です! てか人の家の押し入れを勝手に開けないでください!」

 肩を掴んで引っ張ると、園香がニマーっと笑った。

「なるほど、ここに秘蔵の本とビデオが」

「だからねえっての!」

 また「ビデオ」を古いと言ってやろうか、とも考えたが、それをしても自分が怖いだけなので止めておいた。

「この部屋、幼馴染みが勝手に入ってくるから変なもん置けないんですよ」

 代わりに素直に本当の事を伝えておく。

 だが変な物が無くても、勝手に部屋の中を(あさ)られるのは嫌だ。

「ふーん……。じゃあ、どれだけ漁っても問題無いよね」

 がさごそがさごそ。

 月照の手から逃れて、押し入れを全力で漁りだした。

「ちょ、止めて下さいって!」

「その慌て方、実は秘蔵の人形とかかな?」

 園香はそんな事を言い、手を止めようとしない。

「だから無いって言ってんでしょうが!」

「よいではないか、よいではないか」

「いい加減にして下さい!」

「良いからお姉さんに全てをさらけ出しなさい」

「やめろっつってんだろ!」

 ガン、という音とドスン、という振動が響く強烈な左チョップを園香の後頭部に入れると、園香は悲鳴を上げる事もできずに倒れ込んだ。

 時間差を置いてから(かん)()を押さえ、(うめ)き声すら出せずに二、三回左右に転がって、そのまま俯せに亀の様に丸まってピクピクと(けい)(れん)したり硬直したりしている。

 霊だから大怪我しないと分かっているせいで、ちょっと思いっ切りやり過ぎたかも知れない。

 やがて園香はそのまま全然動かなくなってしまった。



 五分は経過しただろうか。

「先輩?」

 ピクリともしない園香に、さすがに心配になった月照が声を掛けて顔を近付けた。

 しかし園香の反応はない。

「……返事がない。ただの(しかばね)のようだ」

「うあぁぁぁぁ!」

 ネタでそう言ってみると、園香が襲いかかってきた。

「痛たたたた、モンスターかあんたは!?」

 まあ実際ゴーストなのだが。

「君は! 君はぁぁぁぁ!」

 ポカポカと頭を連打される。桐子と違い女子高生の腕力はかなり痛い。

「ふええぇぇぇぇん」

 園香は今になってようやく泣き出した。

(って、あれ? ブラックじゃない?)

 語尾を伸ばしながら襲いかかってきたのでてっきりブラックかと思ったが、普段の園香だった。

(ほんっとうに、切り替えスイッチが分かんねえ……)

 今のやり過ぎチョップは、正直双子相手でも使った事が無い程の威力だった。あれでブラック化しないのなら、ダメージはトリガーにはならない可能性が高い。

「――づっ!? いってぇ……」

 泣きながらも攻撃を続ける園香の拳から頭を守ろうと、つい右手を使ってしまった。怪我をしている小指の付け根を(げん)(こつ)で殴られ(もん)(ぜつ)する。今度は月照が亀になって(うずくま)る番だ。

 園香は数発その背中を殴ったが、すぐに異変に気付いて手を止めた。

「あ、あれ? どうしたの? 大丈夫? え?」

「だ、大丈夫……な可能性も充分、ある……」

「じゃあほぼ大丈夫じゃないよね!?」

 少し痛みが引いてきた月照は、オタオタし始めた園香の様子が可愛くてしばらく(なが)めていた。

「むぅ……何にやけてるのかな? 人が本気で心配してるのに」

 園香がそれに気付いたらしく、唇を尖らせてすねた。

「いや、痛かったのは本当ですよ」

 言いながら、湿布の貼られた右手を見せる。

「あ、怪我してたんだ。ごめん……」

 なるほど、何度か派手に()み合いになっても湿布が()がれていないのは、彼女がこれを認識していなかったからだろう。

 園香は本当に申し訳なさそうにしている。

「いや、こっちも済みません。ちょっと力入り過ぎたみたいで」

 さすがに気まずくなって月照も頭を下げると、園香が睨んできた。

「あ、そうだ! あれ、目の前真っ暗になったんだから! 意識飛んだよ!」

 どうやら別方向にブラック化していたらしい。いやブラックアウトか……。

「でも先輩も調子に乗り過ぎです。止めろと言ったら止めてください」

「あ、はい……済みませんでした」

 園香は後頭部を押さえてから正座で謝った。もしかしたら住職の「説法」と同じ感じに心に強く刻まれたのかもしれない。

 別に園香を洗脳して性格改変したい訳ではないので、月照にとってもこれは問題がある。

 度を超えた悪戯は見逃せないが、迷惑にならない程度の悪戯なら別に構わないと思うし、普段の園香の明るさや悪戯心は彼女のチャームポイントでもある。

 なにより月照自身、彼女にこんな感情の消えた表情をさせたままでは自分が許せない。

(つっても、どうすりゃいいんだ……?)

 許せなくても、方法がなければどうしようもないが……。

『月照~。ご飯できたわよー』

 気不味いまま両者動きのなくなったそのタイミングで、母親が声を掛けてきた。

 月照は遅めの昼食になったので、かなり腹が減っている。

「先輩、俺は飯食ってきますんで、とにかく大人しく待ってて下さい。その漫画読んでて構いませんから」

 問題の難易度と食欲のコンビネーションに負けた月照は、とりあえず全てを先送りにして園香の返事を待たずに部屋を飛び出して行った。


 いつの間にか、彼は失念していた。

 ――園香が悪霊である事を。



 月照の握力は特別強い訳ではないが、だからといって弱い訳でもない。そして手の大きさは平均的な体格の割には少し大きい位だ。

 だから利き手でなくても上手く()めれば、アイアンクローで結構なダメージを与えられる。

「いたたたただだだだだだ! ごめん、ごめんなさい! 出来心だったんです!」

 頭部を(わし)(づか)みされた園香が、両手をバタバタさせたり月照の手首を掴んだりして()()いている。

「済みません、ほんとごめんなさい! 許してぇ!」

 食後部屋に戻って来ると、園香は全く()りずに押し入れや机の中を漁って家捜しをしていたのだ。

「こんの、悪霊めぇ!」

 そう、霊は理性が弱くなるのと反比例して()が強くなり、身勝手な事を平気でする。悪霊を自称して悪戯大好きな園香が、こんな好き勝手できる好機を我慢できるはずがなかった。

(俺の飯マズを返せ!)

 気不味いままの食事のなんと不味かった事か。

 いや母親の料理はいつも通り美味しかったのだが、その味を楽しめなかったのに戻ってみればこんな状態だったのが我慢ならない。

「ち、違うの! 秘蔵の本も探してたけど、約束してた御神たいたたたたた!」

 確かに御神体の場所を教える約束をしていたが、大人しくしている様に言った直後だ。

 ついでに言えば、部屋に戻った時の彼女の反応が「うわ、バレた!」的なものだったので、捜し物が御神体以外だった事は明白だ。

「ふええ~ん。許してぇ……」

(まあ本当に反省してるみたいだし、これくらいで許してやるか。でないとまたやり過ぎちまう)

 園香が涙目になってきたのと左手がダルくなってきた事で、月照はやっと(りゅう)(いん)を下げた。

「ふきゅう~」

 よく分からない声を出して、園香が床に倒れ込んだ。

 へろへろなその姿に、いくら園香に原因があったとはいえ食事前の反省が全く()かされていないと再び反省する。

「ったく、先輩! 俺、自分に害のある悪霊には手加減しませんからね!」

 反省はしたが、すぐに熱くなる性格を自覚しているので、月照は一応強く念を押しておいた。

「みゅん」

 またもよく分からない声を出しながら頷いて、園香は瞳に貯まった涙を拭った。

「全く……御神体は机のここです」

 月照は机の右側一番下にある少し大きめの引き出しを開けた。

 そこにはよく分からない木彫りの変な仮面など、少し大きめの物が入っている。

 その一番下にあった細長いお菓子の缶を引っ張り出して、(ふた)を開けて園香に見せた。

 中には布で巻かれた棒状の物が入っている。

「あ、それなんだね……」

 園香は寝転んだまま顔だけ動かして中身を確認している。もうダメージからは回復しているだろうに、(くつろ)ぎ過ぎだ。

「ええ。完全に凶器なんで、基本的にはこうやって隠してます。だから先輩、本当に必要な時以外に触ったり変な気を起こしたら……」

 ひと睨みすると、園香が飛び起きて正座した。

「起こしません! 絶対にだいじょぶ、反省ほんとした! ワタシモウ勝手シナイ!」

 園香の日本語が段々と怪しくなっていく……。

 やっぱりやり過ぎていたかも知れない。

(さ、さすがにこれ以上は信頼関係無くなるな……)

 既に信頼関係と言うよりも主従関係みたいになっている事には目を(つむ)っておこう。住職相手よりも視線が()()()()しい感じなのも非常に気になるが、気にしたら負けだと無理矢理意識の外へと追いやった。

 とにかく園香とは、住職の件以外にも音楽室の霊やオカルト研究部といった、今後の高校生活への影響が大きそうな関わりがある。暴力による主従関係が完成してしまわないように気をつけよう。

「済みません、先輩。俺もちょっと乱暴し過ぎました」

 再び素直にやり過ぎた部分を謝罪すると、園香は苦笑いをしながら足を崩した。

「あ、あはは。いいよ、ごめんね。私が君に甘え過ぎてただけだから」

「いえ、痛くして済みません」

 それでも深く頭を下げると、園香が青い顔をして視線を逸らした。

「……ダイジョウブ。DVクライ、ナントモナイデスカラ」

(ぐはぁっ!)

 心臓を(えぐ)られる様なアルファベット二文字が出てきた。しかも言い訳できないくらい的確に今の月照の行動を指し示している。

「せ、先輩の時代にも……その言葉、あったんですね……」

「ううん。あったかも知れないけど、私が知ったのは死んだ後だよ」

 ニヤッと笑ったその笑顔を見て、これが園香の()(しゅ)(がえ)しなのだと気付いた。

 少しはトラウマを植え付けたかも知れないが、思ったほど信頼は失っていないらしい。

 一安心して気が抜けると、今度は色々とこれ以上気を使うのが面倒になった。

「はあ……先輩、もう漫画でも読んで寛いでて下さい」

 迷惑じゃない程度に好きにさせるのが一番だろう。

 すると園香はぴょんと立ち上がり、押し入れに向かって歩き出した。

「じゃあ、この中から面白そうな物探すね」

「そこには漫画なんて入れてませんが、必要とあらば(げん)(こつ)くらいは入れますよ。頭頂部辺りに」

「ご、ごめんなさい……」

 結局、二人共全く反省していなかった。

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