第1話 ボーイミーツキャット
はじめに〇〇〇〇〇
〇〇と〇〇は轍となり〇〇〇生み出せ
遊戯は無慈悲と残酷を纏い蹂躙す
〇〇〇を七分割にし〇〇〇〇〇〇
〇〇〇〇
──〇〇
(渡津未6区図書館古文書より抜粋)
現在時刻午前6時頃──
日もとっくに上がった朝の道を寝惚け眼でサンドイッチを食べながら歩く兄妹の姿があった。
「お兄ちゃん、これピクルス入ってる。替えて」
「こっちだってピクルス入りだよ。それにそっち食べたいっていったのお前じゃん」
「だってピクルス入ってるなんて思わなかったし」
と平凡な会話をしていた。ここだけ切り取るのならば朝の微笑ましい日常の光景になっただろう。
後ろで銃撃戦や怒号、サイレンの音が聞こえていなければ。
日常を生きるものがそんなものを目撃していたならば、足がすくみその場から動くこともできない、あるいは一目散に逃げ出していただろう。
けれども、
「今日もやってるね、暇なのかな。あの人たち」
「さあね、とりあえず兄ちゃんの前に来ておいて。流れ弾が来るかもしれないから」
兄妹はいつものことのように歩いていた。二人以外の通行人も同様だった。このあたりではこの程度のことたいして珍しいことでも、異常なことでもなかった。異常な出来事に囲まれた生活をしている彼らにとっては非日常はいつも通りの日常であった。
銃撃の音が小さくなってきて、サンドイッチをあらかた食べ終わった頃、古びた店が見えてくる。
「私ちょっと時間見てくる、お兄ちゃんは準備運動でもしといて!」
ここには大きな時計があり、それで現在時刻を確認するという役割が少女にはあった。彼女はこのガチガチと歯車を回す時計が好きだったので、今よりも小さな頃は肩車してもらい見せてもらっていた。けれどもその頃より背も伸びたのでその必要もなく。少女はこの朝の仕事を誇らしいものに思っていた。
時計を覗き込むように見上げると、ハーフサイドアップからできているアホ毛がピコンと動いた。しばらくすると体がカクカクと震え出し、兄の方を見上げる。
「まずいよお兄ちゃん、今58分だよ!このままじゃ遅れちゃう!」
目をぐるぐると回し足をあたふたさせる少女をみた少年はぴたりと動きをとめ、
「そりゃやばい!」
と急いで靴紐を結び直す。そのままの姿勢でしゃがみ込み、少女を後ろに誘導する
「乗って!走るぞ!」
と簡単な指示をした。その言葉に少女は有無を言わさず背中に飛び乗った。
「この前みたいに転んで大惨事にしたりしないでね。急ブレーキ絶対、だからね」
「わかってるよ」
少年は足を踏み締め、走り出したのだった。
カメラは変わり、
──現在時刻午前6時57分
「『海よりも広く遠い空が見える場所とは誰が言い始めたことだったか。気がつけばこの街を表す言葉となっていた。海にポツンと漂う島に作られた都市、渡津未。そこでは地上に生きる人たちでは知り得ないような日常が送られていた』か。長い。ファンタジー小説の導入かよ」
とファンタジーへのツッコミを小さな物置で繰り広げ雑誌を広げる店主は腕時計を見る。
「あいつら、そろそろ来てもおかしくないころだが、また遅刻か?まったく……」
だけれども店主にすれば遅刻の方がはるかにマシなのだ。それは注意をすれば終わることなのだから、この店は一人の稼働率をガンガンあげて支出の元をとるような熱心な仕事場ではない。
「一番厄介なのは遅刻しそうだからって走ってうちに突っ込む時なんだけどな」
はははと乾いた笑いをするものの、秒針は刻一刻と長針を真上にまで導いていく。もう少しで59分も終わってしまう。汗がたらりと垂れて、唾を飲み込む。用は済んだにも関わらず、ドアを開けるのを躊躇っている。
「まあ、多分大丈夫だろ。嫌な予感全てが当たるわけではないし」
躊躇いながらもすんなりとドアを開く。何も起こっていないことに安堵して一歩踏み出そうとする。
けれど嫌な予感というのは当たるから機能しているもので。
「待って待って待って!!!急ブレーキ!!ぶつかるーーー!!」
土煙が高速で駆け抜けて、気がついた時にはガシャンとひどい音を立て、声を出す頃には全てが予感通りとなってたのだった。
──現在時刻午前7時
店主は正座をした二人の前に仁王立ちをしていた。
「『7区のやつらは時間にルーズ』なんていう言葉があるくらいにはこの辺りの連中は時間を気にしない馬鹿ばっか。だから多少の遅刻でカミナリ落としたりはしない。何が言いたいかというと、遅刻しそうだからって走って突っ込むのは危険だから厳禁」
店主がお小言を言い終わり下を見ると、そっくりな赤い髪をした兄妹が茶色の瞳を覗かせていた。カラカラと転がるラムネ瓶をぼうっとみている。店主はその反応を見て
「わかったのか。イド、ダズィ」
と二人の名前を呼ぶのだった。
「だって、遅れると申渡さん怒るじゃん」
イドは少し下を向いて答える。
「それに、時間に正確なのがウリじゃん」
それをみたダズィは上を向きながら答えた。
二人は兄妹であるにも関わらず返答方法が対照的だ。返答といってもこれは弁明のつもりなのか、言い訳、愚痴なのか。店主とイドとダズィは雇用主とバイトの関係である。にも関わらず、まるで先生と生徒たちのような関係に見えてしまうのは、5年程度の付き合いであるためか。
「急ぎすぎてこうなるんなら遅刻した方がマシだっつーの。店の修繕費がこれ以上増えるのなんてごめんだよ」
そういうと申渡と呼ばれた店主はため息をついて
「それで、今日は何が原因だ?殺人事件?テロ?爆破事故?」
「お兄ちゃんったら酷いんだよ申渡さん!また早起きできなくて叩き起こさなきゃいけなかったの。おかげで朝ごはんはピクルス入りのサンドイッチだったの!」
「ダズィが言っただろ、ピクルス入れていいって」
「昨日はすごく眠かったの!お兄ちゃん知ってるでしょ、私いつも眠い時に話したことを覚えてないって」
「はい、もう結構」
申渡がぱちんと手を叩く。兄妹喧嘩なんてしている暇などない。
「とりあえずこの大惨事、さっさと片付けてくれ。今日もやることがたくさんあるぞ」
「「はーい」」
これで街にある小さな質屋の朝の大惨事は収まったのだった。
──現在時刻午前11時30分
「ところで申渡さん、さっきから読んでる雑誌ってなんだ?」
箒で掃除をするイドは手盛り無沙汰になったのか申渡に声をかける。
「あーこれか」
申渡はイドとダズィ二人に見えるように雑誌を見せる。それを二人はぐいっと覗き込んだ。
「えーと、『とくしゅう、深海と地上の文化交わる神……。お兄ちゃんここなんて読むの?」
「『神秘』だよ。『神秘の街、渡津未』か」
「やっぱ日本語難しいよ、漢字読めない」
ダズィは少し諦めモードに入り、頭を抱える。
「今日も漢字ドリルやらなきゃな。んで、なんでこんなの読んでんだ?観光雑誌だろ?」
「もらったんだよ親類から。ったく、いらねーつったのに」
「これが観光雑誌!!7区のことも書いてる?でも観光するところなんてあるのかな?1区とか3区とかと比べると何もないし」
「──『公園』とか、じゃないで、スかね、『噴水』モあります、し」
「そっかー、って誰!?」
団欒の中に一人水を差すような歯切れの悪い声が交わる。その声は影のようにゆっくりと近づいてきたので3人ともそれが店を利用しにきた来客だと気がつくのが一歩遅れたのだった。
「もしかして、お客さん?」
ダズィは頭を大きく傾けて来客の様子を見た。全身を包むような黒い服を纏った長身の人物で、深く被った帽子はその人相をあやふやなものにしていた。
「こんにちは、はイ、『私』は『お客さん』デす。こチら、で『配送』を、行なってくれる、と、『伺いました』」
来客は異常なほど丁寧な口調で話す。男のような、女のような、どちらとも取れるような声色だった。
「配送って、何運んで欲しいんだ?荷物を持っているようには見えないけど」
イドが配送依頼の対応をするためカウンターに行こうとすると、申渡が肩を掴んでぐいっと後ろに下げる。
「それどこで聞いた?確かに配送も請け負っているが基本そっちの商売は一見さんお断りだ。どうしてもやって欲しいってんなら、」
「『紹介状を持ってこい。話はそれからだ。』でスか?ならバ、『問題ありません』」
来客は服の隙間から一枚のメモを取り出し渡す。訝しげに来客の顔を見つつメモを覗き込むと、目を見開いて来客の顔をもう一度見る。
「『情報の出所はご内密に』。『これで納得いただけたなら依頼を引き受けていただけると幸い』デす」
まるで誰かの言葉をそっくりと借り受けたようなそんなことばを発した来客に対し申渡は大きく息をつきため息を吐くとイドに目を合わせて、目線で訴える。
「奥の整理してきまーす。行こっか、ダズィ」
イドはダズィを奥の物置に追いやりつつ、申渡に向けて首を縦に振った。奥の物置は段ボールだけでなく行き場を失った多くのガラクタの山になっていて、暇潰しのお為ごかしには最適な場所だった。
埃の被った古めかしい機械やら、小物やら、家具やら本やら時代錯誤になったガラクタ達をごちゃごちゃと煩く弄っていれば外のいざこざもひそひそ声の策略も聞こえなくなってしまうのだから。
ダズィはガラクタの山に寝転がりつつそこら辺から拾い上げたスノードームをぶんぶん降ってはドームの中で雪が舞う様子見ていた。
「面白そうな話だったのにさ、なんで奥に引っ込んじゃうかなー。お兄ちゃんたら真面目っ子」
「言われてるだろ?あっちの商売の内容は深く聞くなって。『踏み込みすぎ厳禁』って」
「申渡さんがいつもいうことじゃんそれ」
「まあ、つまんないって言うのはわかるけど。馬車馬のように働けって言う割に結局店内の仕事の大体をやってんの申渡さんだし」
と汚い電子音を立てる古い型の携帯電話で暇を潰しながらイドは答えるのだった。
しばらくガラクタでゴチャゴチャと音を立てていると、ひそひそ声がやみ、カランカランと出入り口のドアが開く音がして
「終わったぞでてこい」
と申渡の声がした。
その声を聞くとダズィはガラクタ山からぴょんと飛び上がり、着地をした。そして誰より早く走っていくのだった。イドもゆるゆると立ち上がりカウンターに行く。
「それで、依頼ってなんだったの?」
「これだ」
申渡はカウンターに置かれた二つの段ボール箱を見せる。その段ボールの違いにイドとダズィは頭を傾けた。
2つの見た目があまりにも極端だったからだ。片方はガムテープでぐるぐる巻きにされた厳重すぎるほどの封がされている。
もう片方は上部分だけ封をされておらず側面には空気穴のようなものが
「この箱は指定の住所まで運んでくれ、これが行き先のメモ。ダズィに渡しとくぜ。あと中身については詮索厳禁」
「もう一個の箱はどうするの?質に入れるの?」
「質には入れない、このままにしておいてくれ」
そんな依頼内容に二人はさらに頭を傾けた。
「うちの店で保管しておくってことか?」
「それは、まあそうだな」
「歯切れが悪いな」
「ちょっと説明が難しい物だからな。口で話すよりも見てもらう方が早い、こっち来い」
傾いた頭をぐいっと戻しカウンターに置かれた奇妙な箱を覗き込む。
兄妹の視界が『それ』を視界に捉えると同時に、あたりが海のような青に包まれる。
「──申渡さん、これって」
ダズィがかろうじて言葉を発したが、その問いは答える者なく宙ぶらりんとなって消え失せ、沈黙が場を制した。
──沈黙の中1匹の猫の鳴き声だけが響いていた。




