第57話
キャロットシード伯爵家のお3方がお帰りになられてから、お客様が1組、また1組とご来店され、少しずつ席が埋まってまいりました。
庭園側のテーブル席でゆったりと庭園を眺めながら会話を楽しまれているお客様方や、カウンター側のテーブル席で、生地が焼ける様子や盛り付けのパフォーマンスを楽しまれているお客様方、ブリーズグロウの周りのカウンター席でパンケーキを召し上がっているお客様等、皆様思い思いの時間を過ごしていらっしゃいます。
緩やかな滑り出しが功を奏したのか、お客様が増えてきた後も皆んな落ち着いて対応してくださっているため、概ね順調ではありませんこと?
今の所、わたくしの出番はございませんもの。
チリンチリン…
「お客様ご来店でーす!」
「「「「「いらっしゃいませー!」」」」」
「おー。こりゃすげぇな。」
「確かに。良い店だな。」
「先輩方、ありがとうございます。
Cクラスの皆んなは本当に素晴らしい子達ばかりなんですよ。」
おや。
ペチュニア先生にマグオート先生、ケイト先生がご来店です。
学園でも人気の高い高身長イケメンのペチュニア先生とマグオート先生のご登場に、店内にいらっしゃる女性陣の熱い視線がお2人に集まっています。
ただ、先生方にとっては日常茶飯事のようで、意にも介さない様子で正面のレジにいらっしゃいました。
すかさずレジ担当のベロニカが先生方に声をかけます。
「先生方、いらっしゃいませ。
休憩のお時間ですの?」
王立学園は生徒の自主性を重んじるため、創立祭は基本的に生徒達自身で運営します。
先生方は問題が起きた時や、相談を受けた時以外は関与されません。
昨年、ケイト先生がクレープ屋台のお客様を誘導してくださいましたが、お客様の数が多かった事と、先生のお人柄による珍しいケースだったようです。
創立祭期間中の先生方は滞りがちな事務作業等デスクワークをなさっている事が多く、気分転換にお店を回ってみられたり、顧問をなさっているお店に顔を出されたりする程度との事ですわ。
「いや。まだ休憩時間ではないよ。
昨年のCクラスのクレープ屋台は凄い人気だったからね。
今年も初めて聞く出し物だし、興味があって来てみたんだ。」
「そうそう。それに、ケイトが誘って来たからな。」
マグオート先生が穏やかな表情でお応えくださり、それにペチュニア先生が相槌を打たれます。
普段は敬語で話されるマグオート先生ですが、今はペチュニア先生とケイト先生がご一緒だからか、リラックスした表情で敬語もなくお話しされています。
わたくしもご挨拶するためベロニカの隣に移動し、先生方に声をかけます。
「先生方、いらっしゃいませ。
どうぞごゆっくりなさっていってくださいませ。」
「カサブランカさん。ありがとう。」
「おーカサブランカ。ありがとうなー。」
「カサブランカ君。ありがとう。
ぜひ、そうさせてもらうよ。」
その後、先生方はご注文とご精算を済ませ、カウンター前のテーブル席に着席なさいました。
「へー。手際が良いもんだな、」
「まあ…練習しましたから…」
ペチュニア先生が生地を焼くウィリアムの手元を見ながら、感心したようにお声をかけられました。
ウィリアムはペチュニア先生とお話しするのは1学年の時以来だからか、ちょっと距離がありますわね…
でもきちんとお応えしていますし、許容範囲内ですわ。
ボゥッ…!
「わぁっ!ポインセチアさん、綺麗な火魔法です!
とても素敵ですよ!」
「ケイト先生…ありがとうございます。」
こちらではリンゴをキャラメリゼしたナタリーをケイト先生が褒めていらっしゃいます。
ナタリーは嬉しそうに顔を綻ばせながら先生に御礼を言っています。
その様子を、マグオート先生が微笑ましく見守っていらっしゃいます。
マグオート先生は一時期、担当のSクラスに問題が発生して精神的に落ち込んでいらっしゃったようですが、今は持ち直し、以前と変わらない穏やかな表情を見せてくださるようになりました。
おそらくペチュニア先生やケイト先生といった近しい方々の支えがあったからこそ、ここまで立ち直れたのでしょう。
あらかた問題が解決したのも大きいでしょうが。
そうこうしているうちに先生方がご注文されたパンケーキ達が出来上がり、ドリンクと共にテーブルへと運ばれました。
先生方は運んできたエヴァとルークに御礼を言った後、それぞれ一口大に切り分けた生地を召し上がりました。
「おっ!こりゃうめぇ。」
「ふわふわで美味しいですー!」
「優しい味わいだな。ホッとする味だ。」
先生方のお口にも合ったようでなによりですわ。
「わぁっ!」
ケイト先生が丸ごとのモモにナイフを入れ、中から出てきたカスタードクリームに歓声を上げられました。
「へえ…これは嬉しいサプライズだね…」
「このモモと中から出てきたクリームと一緒に頂いても美味しいですよ!」
「そりゃ良いな。
そっちは俺のに乗っているクリームと同じやつか?」
生地にモモとカスタードクリームを乗せて一緒に召し上がっているケイト先生をまじまじと見ながら、マグオート先生とペチュニア先生はそれぞれに感想を仰っています。
「えぇ。先生が召し上がっているリンゴに添えられているクリームと同じカスタードクリームですわ。」
わたくしは先生方のテーブルの側へ移動し、ペチュニア先生の疑問にお応えします。
「俺は甘いものはあまり得意ではないが、これなら美味しく頂けるよ。」
プレーンを召し上がっているマグオート先生が、一口召し上がりながら仰いました。
甘いものが得意ではないのにこの店に来られたのは、おそらくペチュニア先生とケイト先生がいらっしゃったからでしょうね。
マグオート先生にとって、お2人は大切な存在なのでしょうから。
「マグオート先生。
もしまたご来店頂けるなら、次回はモモかリンゴを召し上がってみてくださいまし。
先生が今召し上がっているプレーンに添えているクリームの甘さが大丈夫であれば、そちらも甘過ぎると感じる事は無いと思いますわ。」
「そうなのか?」
「俺も甘ったるいのは苦手だが、これは甘さが絶妙で美味いぜ。」
「私が頂いているモモも、果肉は甘くてジューシーですが後味はスッキリしていますし、2種類のクリームも風味は違えど絶妙な甘さでとても美味しいです!」
わたくしのご提案に、マグオート先生は実際に召し上がっているペチュニア先生とケイト先生に感想を尋ねられました。
お2人からは嬉しい感想をいただけて、わたくしは内心ガッツポーズを決めました。
「…子供の頃に一度だけパン屋で売っているケーキを食べた事があるが、甘ったるく口の中にまとわりつくように感じてそれ以降甘いものが苦手になったんだ。
だが、これならほのかな甘味で美味いし、カサブランカ君が勧めてくれたモモとリンゴも美味しく頂けるかもしれないな。」
「ありがとうございます。
そう仰っていただけて光栄ですわ。」
マグオート先生の甘い物への苦手意識はあの謎のケーキが原因だったのですね…
納得いたしましたわ…
「ねぇ、カサブランカさん。」
「はい。ケイト先生。何でしょう?」
わたくしが1人納得していると、ケイト先生が瞳を輝かせながら声をかけてこられました。
「皆んなが良ければですが、私もお店のお手伝いをさせてもらえませんか?」
「え。よろしいんですの?
先生、お忙しいのでは…」
「その代わりと言ってはなんですが、閉店後、パンケーキを1皿食べさせてくれない?」
なるほど…そういう事ですのね。
お茶目にお願いをしてこられたケイト先生に、わたくしは思わず笑ってしまいました。
「ふふっ…!ケイト先生ったら…!
分かりました。皆んなに確認してみますね。」
「良いなそれ。俺も混ぜろ。」
「リアム先輩もですか?
良いですけど…そしたら私の食べる分が…」
「俺も混ざりたいが、自分のクラスそっちのけでここを手伝うわけにもいかないしな…」
まぁ…マグオート先生は表立っては難しいですわね…
………それならば、こう言うのはいかがかしら?
わたくしは自分の考えを先生方にご提案する事にいたしました。
「それは良い考えですね!」
「俺も賛成だな。」
「だが、本当に俺まで良いのか…?」
先生方の反応は概ね賛成だったため、わたくしは一度カウンター内に戻り、皆んなに先程の内容を話し、お伺いを立てました。
「良いのではなくて?わたくしは賛成だわ。」
ベロニカの返事をきっかけに、皆んなそれぞれご自分の考えを仰ってくださいました。
「俺も賛成。」
「僕も賛成です。」「俺も!」
「わたくしも賛成ですわ。」
「私も。」「私も!」
「わたくしもですわ。」
「僕も。マグオート先生、一時期元気なかったから、パンケーキ食べて元気になってもらえるなら、たくさん食べて欲しい。」
皆んな賛成してくれましたわ。
ジェームズは数学を履修していますから、マグオート先生と接する機会がわたくし達より多いため、当時の先生の様子を見て心配なさっていましたものね。
ジェームズのお気持ちも加味し、マグオート先生も無料で召し上がっていただけるように皆んなで意見を調整し、わたくしは再度先生方のテーブルへ戻り、皆んなで決定した内容をお伝えしました。
先生方はその内容に了承してくださいましたので、お手伝いは明日から4日間お願いする事にいたしました。
その後、入れ替わりでご挨拶やお話しをしに来た皆んなとの時間を過ごしながらご注文の品を残さず召し上がった先生方は、お仕事へと戻っていきました。




