11話 カプト視点
私は村長になってから「間違い」が許されなかった。
でも、「間違い」をした。
私の息子、ニルスが夜のうちに居なくなった。
前兆が無かったと言えば嘘になる。
ニルスはこの村の中でも一番幼く守られている。それに時折顔を顰めていたのを私は知っていたが、見ないふりをした。
一番幼いだけではない。「村長の息子」その事実は村全体で大きな意味を持つ。
ニルスの心情だけを配慮することは出来ない。
それがニルスをさらに追い詰めてしまったのだろう。
正しい判断をしたつもりだった。でもそれは「間違い」だったようだ。
しかし、探索しに行こうにも外には奴隷商が私たちを探し回っている。
無策に飛び出すのは得策とは言えない。
だから、私は隠密が得意なエルフを集め、探索隊を作りニルスを探すことに決めた。
今思えばこれもまた、「間違い」だったのかもしれない。
決めたのだが…いざ外に見送ろうとした時に大人子供関係なく体調を崩したのだ。
それは突然の事で、探索隊を送り出すことは叶わず、重病者を並べることしか出来ない。
川の水に毒を仕込まれたかとも考えたが、まだ動ける者に外を警戒させても他の生き物の様子に変わりはなかったと言う。
だとすれば洞窟内に何かを撒かれた可能性が高い。
まだ動ける者に洞窟から出るように伝え、私は動けなくなった村民達を介護する。
しかし、次第に自分自身も動けぬようになり、先に眠った妻と息子の横で目をつむった。
……外に出たエルフ達は大丈夫だろうか。
………先に眠たエルフ達は大丈夫だろうか。
…………妻は、息子は大丈夫だろうか。
……………ニルスは、大丈夫だろうか。
私は重くなる瞼に抗えずに「己の間違い」を悔いながら意識を失った。
◇◇◇◇
額を細い棒で突かれる感覚が最初に私を起こした。
そして、次に洞窟内の薄い光が私にニルスを見せる。
「っ……ニルス」
「父さんっ!!!」
咄嗟に息子を片手で抱き寄せると、顔色を窺う。
熱で赤くも、青ざめもしていない。
良かった、無事なようだ。
少しの会話を交わすが逆にここから出る前よりも健康そうにさえ見える。
一安心して、自分が目覚めたということは、他のエルフ達も目覚めた可能性が高いことに気づき周りを見渡す。
しかし、何よりも最初に目についたのは長髪の人間だった。
本調子ではないと言え、こんなに近くにいるのに私が気づかないほど存在感が薄い。
いや、意図的に薄めていたと考える方が正しいだろう。
右肩に生命の源である魔力を吸い尽くし、命の灯を消すとされているコレクトル・バードを易易と乗せている様子は、はっきり言って異常だ。
その他にも一切乱れぬ呼吸や、この状況で完璧な微笑みさえ作る余裕。どこを切り取っても普通じゃない。
奴隷商程度の存在ではない。そう本能で確信した私はニルスを背に隠すと、女とも男とも掴めない人間と対峙する。
「…奴隷商ではないようですが、どなたでしょうか」
牙を向ければただでは済まない。
警戒しつつも問いかければニルスが焦ったように説明をしだした。
その間もフェリアスという人間は薄い笑みを浮かべ続きけている。
「愚息共々助けて頂き感謝します」
警戒は緩めずにそう伝えると、温かさすら覚える微笑みをしてフェリアスは口を開いた。
「奴隷商にここが見つかっている可能性が高いです。戦えるエルフを教えてください」
彼は短くそれだけ伝えると、コレクトル・バードに目を向ける。
何か小声で話しているようだが上手く聞き取ることは出来ない。
何か企んでいることは確かだ。しかし、フェリアスを助け、私を助けた。
恩人だからという軽い理由ではない。もし、奴隷商の仲間、それ以外のエルフに害をもたらす人間だとして、そんなことする必要が全く無いのだ。
それに、今この状況で残された選択肢は一つしかない。
唾を飲む。情けなく手が小刻みに震えていることが自分でも分かった。
私はもう「間違い」を犯してはならない。
「…残っているエルフの中で一番動けるのはそこと、そこに寝ているエルフ達です」
村の中でも屈指の弓兵達を寝かせたエリアを指差す。
すると、フェリアスは頭を傾げた。
「残っている、ということは別行動をしているエルフがいるんですか?」
「はい、まだ動ける者達は洞窟内から避難させました。人数は五人程度です」
真実をそのまま伝えるとフェリアスはコレクトル・バードを指差した弓兵達に飛ばしながら話し続ける。
「離れたエルフ達と連絡を取ることは可能でしょうか?」
しかし、コレクトル・バードが弓兵の額をつつきだして、私は話す余裕がなくなる。
咄嗟に仲間からコレクトル・バードを離そうと立ち上がるが、ニルスが私を引き止めた。
「大丈夫だよ、父さん。あのコレクトル・バードが魔力を吸い出して魔力錯乱を治してるんだって」
魔力錯乱、聞いたことがある。
三日程度で自然治癒するが、最悪の場合死をもたらすと言われている厄介な状態異常だ。
それをコレクトル・バードが治している…?
確かに思い返せば起きる直前は何かで額をつつかれる感覚があった。
予測だが、私にも全く同じことをフェリアスはあのコレクトル・バードにさせたのだろう。
息を深く吸い落ち着きを取り戻すと、ゆっくり腰を下ろす。
「…近くにいれば角笛を使って呼ぶこと程度なら可能です」
「可能性の話ですが、外で奴隷商が張っているかもしれません。引き寄せたところを後ろから攻撃してくだされば勝機はあります」
その言葉に後ろにいるニルスが震える。
確かにこのフェリアスが言っていることは筋が通っている。
しかし、信じてもいいのだろうか。
やはり、この人間がエルフと奴隷商の問題に入る理由がわからない。
ただニルスに話を聞いてエルフに同情したか?
いや、それだけでここまでする人間が本当にいるか?
……さっきも考えただろう。結局結論は一つ、フェリアスが私たちにとって悪にしろ善にしろ、残された道はやはり一つしかない。
手を借りる以外で助かる可能性は0だ。
だからここは、助けを求めるしか………
………いや、そう思いたいだけなのではないか?
考えることを放棄したい…もう自分の選択で間違いを犯したくない。
そんなこと、村長である私には許されないのに。
間違えることへの恐怖が自分を襲う。そして、判断を鈍らせる。
もっと…もっと考えなければならない…村長として…ニルスの父親として…。
「父さん…フェリアスさんはずっと本を読んでた…。僕なんかじゃ少しも解らない本を…」
「ニルス…?」
「その本は、異種族の共存についてだって言ってた……その本を朝から夜まで手放さなかった。僕は…フェリアスさんに沢山助けもらったんだ…だから、大丈夫だよ」
私の震えている右手をニルスが両手で握った。
その手に震えはなかった。
ニルスは本心からフェリアスを信じているのだと分からされる。
その手に包まれていると自分の震えが落ち着くのがわかる。
……父親が息子に鼓舞されるとは…情けない話だ。
しかし、そのおかげで私は決断出来た。
この選択の責任は私のものだ、ニルスもフェリアスも関係ない。
私だけのものだ。
「…改めて、手を貸していただけますか、フェリアス殿」
私はこれを「間違い」にしない。




