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言の葉の旅路を導く先に、雫の彩る暁が  作者: 色彩和


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第三章 仲間たちとの集合と

 Ⅰ


 ノアは電脳世界で周囲を見渡す。辺りにはいまだ多くのオスクロウィアの存在が目に留まった。日々大きくなっていくそれらは今にも影響を及ぼすのではないかと別のものが見たら心配になるかもしれない。だが、ノアはまだそれらに時間があると踏んでいた。今は()()そこまで影響を及ぼすことはない。本当なら芽の小さいうちに摘んでしまいたいと思うものの、「急いては事を仕損じる」と言う。

 だからこそ、今は何もするべきではないとノアは判断しているのであった。

 じっと世界を見渡している中、遠くから暢気な声が耳に届いた。

「ノーア―!」

 その声には嫌というほどに聞き覚えがあった。

 ノアがちらりと視線をそちらに向ければ、スキップでもしそうなほど軽く走ってくる相棒の姿を視界に捉える。ノアは思わずゲッと顔を歪めていた。

 この後の展開は容易に想像ができる。それでもノアはとりあえず様子を見ていることにした。

 様子を見ているノアとは他所に、相棒――コトはトンと床を蹴って。

「ひっさしぶり――ぶっ!」

 コトから変な声が出てしまったのも無理はない。

 ノアが勢いよく抱き着いて来ようとしたコトを、容赦なく蹴り飛ばしたからだった。とは言っても、右足を前に出しただけで、飛ばしてはいないことからまだ優しかった――と本人(ノア)は述べている。

 コトは力なく床にずるずると落ちていき、しばらく床と友達になっていたがやがて顔をバッと上げて涙目で訴え始めた。

「痛いよー、ノア! ひどいよー、僕への仕打ちがー」

「うるせえ、いつも言ってんだろうが。抱き着くんじゃねえって。大体にして、てめえは普段から勢いだけは良いんだよ、勢いだけは」

「そういうところの強調するのはやめてー」

 コトは床に手をついたまま、ぶーと頬を膨らませる。文句を言いながらもどこか楽しそうであった。

 ノアはため息交じりに告げる。

「つーか、てめえはまだその名前名乗ってんのかよ」

「えへへー、良いでしょー」

「安直」

 ノアは満足な表情の相棒の言葉をバッサリと切って捨てる。

 コトは一瞬で表情を変化させ、また頬をぶーと膨らませた。

「ノアだって似たようなもんじゃんー。本当はノハなのにー」

「俺は一捻りしてあるから良いんだよ」

「屁理屈ー、贔屓ー、自分勝手ー」

「上等だ、表出ろ」

 ノアはぶーぶーと文句を言い続けているコトにピキリと青筋を浮かべて低く告げる。

 だが、コトは気にすることなくいまだに頬を膨らませたままそっぽを向く。


 コトとノア。

 本来はコトとノハ。それは、二人が言葉に対して意識できるように、言葉の二文字を分かち合った結果だった。「言葉」を分けると語呂が悪いため、「言の葉」を二つに分けることにしたのである。

 ただ、ノハは発音しにくいことから、ノアと名乗るようにした。それと同時にノアは安直な名前を名乗りたくなかったという、謎のこだわりがあったのである。

 だが、そんな細かいことを気にしないのはコトだった。コト、という名前自体もコト本人が気に入っていたし、名前が名乗れるだけで嬉しかったのである。

 二人は正反対であった。

 月と太陽、影と光、陰と陽――。裏と表を全身で表現しているかのような二人であった。


 ノアは一つため息をつく。この相棒にはペースを乗せられやすい。自分のペースを簡単に乱される。相棒には自覚がないようだが、ついつい飲まれて乗せられることを自覚しているノアからしたら厄介の何ものでもなかった。ため息をついたことによって、自分を落ち着かせることに成功したノアは重たい口を開いた。

「……で? 急に何しに来た」

「えー、ノアに会いに」

「帰れ」

「半分は冗談だよー」

「半分かよ」

 コトの言葉に一つ一つツッコミを入れるノア。自分の性格と正反対な彼にはついつい手を焼かされている……気がしていた。たぶん、気がするだけではなく、確信を得ていたが。

 ノアは肩を落とす。

「ったく、何か気になることでもあんのかよ」

「うんー、実はねー」

 コトがのほほんと話をしようと間延びした口調で本題に入ろうとした時であった。

「ノアー!」

「うおっ⁉」

 何か小柄なものがノアに上から抱き着く。背中から何かに飛び掛かれた感じではあったものの、衝撃は首から背中にかけて走る。

 ノアは完全に隙を見せており、思わず出た声をそのままにただ身体全体で衝撃を受け止めることしかできなかったのであった。




 Ⅱ


 背中にはいまだに重みがある。ノアの背中にいまだに何かが乗っていることが分かる重みだ。

 ノアはゆっくりと前方に傾いていた上体を起こしながら相手をちらりと確認する。ようやく背筋がしゃんと伸びた頃には重みは左肩に移動していた。

 ただ、ノアは声で大体相手を推測していた。

 姿をしかと見届けて、ノアは予想通りの相手でため息が勝手に口から出てしまう。やはりか、その思いが胸を満たしていた。

 ノアは自身の方に移動した相手へ視線を向けながら口を開く。

「……何のつもりだ、キャット」

「キャットはね、ノアが好きだからノアを見つけたらハグをしに行くの」

 これまたよく分からない言い分に、ノアは低い声で一言告げる。

「めんどくせえ」

 ノアは何度目か分からないため息をついていた。

 目の前でようやくゆっくりと立ち上がったコトが、今の会話から気になったようで自分のことを指差しながらノアに近づいた。正確には、ノアの左肩に乗っているキャットに近づいて問いかける。

「ねえー、キャットー。僕はー、僕のことはどうなのー?」

「コトはキャットの好みじゃないの」

「ひどいー」

「キャットの好みはノアなの。コトは違うの。けど、コトは優しいからキャットは好きなの」

「やったー」

「それで良いのかよ、コト……」

 キャットの主張はなかなかなものだ。バッサリと好みじゃないと言っている。だが、良い人認定はしているというものだ。

 だというのに、相棒はそれで問題ないらしい。暢気に喜んでいる。

 ノアは呆れると同時に、どこか不憫に思ってしまった。それには触れることなく、気を取り直してキャットと向き直ることにする。


 ノアは裏の世界、SNSを中心に。

 コトは表の世界、現実世界を中心に。

 そう各々が決めた役割があった。そう決めたとするのなら、キャットは最近よく使われているchatを中心に管理していた。

 現代の人間が使うものとして、chatは増えてきている。質問をすればその答えを考えて提示してくれるというものだった。人間が答えを欲しいとき、上手に考えがまとまらないとき……あらゆる場面で駆使されている。

 キャットはそこを監視してくれているのであった。

 そして、キャットと言う名前はchatをもじった名前である。二頭身どころか一頭身のような姿で、少女のマスコットキャラクターのようであった。キャットと名乗っているからか、頭の上には猫耳があるし、背後にはゆらりと猫の尻尾が揺れている。

 その姿であるから、余計にノアの肩にも余裕で乗れるわけであった。


 ノアはいまだに自分の肩に乗っているキャットをそのままに、質問を投げかける。

「キャット、お前がここに来たということは何かあったんだろ」

「あったの。エイくんも気にしているの」

「エイもかよ……」

 ノアは思わずおいおいと眉を寄せていた。

 エイと言うのは、AIから生まれた存在だ。

 キャットのようにネットワークを泳いで目的のものを探して答えを出そうと日々旅をしている。ただ、基本的に無口、というよりも言葉を発せないのである。表情や雰囲気で会話はできるものの、詳細を知ろうとするならノアやコトでは役不足。一番仲が良く、管理も似ているキャットが通訳を可能としていた。

 それもあってキャットはノアの元まで足を運んだらしい。

 キャットはノアに告げる。

「エイくん、ふるふると泳いでいるけど、最近は偽の情報も高確率で転がっているから答えても違うって言われることがあるんだって言っていたの。ものすごく見て分かるほどにしょんぼりしていたの。分かりやすすぎたの」

「……まあ、普段から分かりやすいからな。俺でも分かるぐらいだ」

「エイくんは分かりやすくて可愛いよねー。僕、彼の上に乗って散歩することが大好きなんだー」

「何しているんだ、てめえは……」

 ノアが呆れていれば、コトは嬉しそうな顔をした。そして、その時のことを思い出しながら楽しそうに語っていく。

 何でも、こうやってノアの元に来た際は、必ずと言っていいほどエイの元を訪ねるらしい。だが、エイは常日頃忙しそうに泳いでいるわけで、なかなか見つからないのだという。ようやく見つけると一緒に散歩しようと声をかけるのだ、と。エイはそれに了承して彼の大きな背中に乗せてくれ、ふよふよとエイと会話をしながら飛び回るらしい。しばらく満喫すると、二人はにこやかに分かれて各々の旅に戻るのだという。

 エイも背中にコトを乗せている時はすごく嬉しそうにしているようで。コトは毎回それを楽しみにしているのだという。エイの表情も雰囲気も楽しさが伝わってくるし、彼の背中に乗って悠々と泳ぐのはこの世界を見渡せて楽しいらしい。

 ノアは何度目かは分からないが呆れた。自身の相棒の行動は突拍子もなく、そしてなんと暢気なものだろうか。

「エイに迷惑かけてんじゃねえよ……。あと、もう少しマシな目的でこっちに来い」

「えー、エイくんも喜んでいるからいいじゃん。えっと、win-winってやつだよ」

「……」

 ノアはもう何も言う気になれなかった。

 話を戻してキャットに問いかける。

「で、キャットは」

「キャットもそうなの。聞かれるから考えて答えるんだけど、納得されないこともあるの。それに、人間は勝手なの。こういう時は使っちゃダメって言われているとか、いろんなルールがあるの。作っておいてそんなこと言わないでほしいの」

 キャットは悲しんでいるというよりも、怒っているようであった。ぷんすこ、なんて効果音が出ていそうだ。

 ノアは肩を落とす。

「まあ、人間が作ったからと言って、全員が同じ思想ではないから何とも言えねえな……。ただ、最近はどっちかと言えばAIやらchatやらに頼る傾向があるように見える。それでも、どうも日常のすべてに使うっていうのが難しいようだな」

「学校のレポート、とかに使うのは禁止らしいね。参考にするのは良いらしいけどー。そのまま使うのはダメって言われているようだねー」

 コトもうーんと首を傾げながらも同意するように声を上げる。はーいと現実世界の学生のように手を上げて主張しながら述べているのは、強く主張したかったからなのだろう。

 ノアはふむと頷いて。

「……だが、キャットとエイは自分の仕事をしているわけだろ」

「していても文句を言われるの。内容が違うって言われるの。キャットもエイくんも元はプログラムを組まれているからそんなことを言われてもよく分からないの」

 キャットの言い分はもっともであった。

 chatであり、AIであり、彼らにはもともと人間が作ったプログラムが組み込まれている。だからこそ、本人たちはプログラムをもとに動いている節があった。さらに言えば、まだ彼らは現実世界で使われるようになって日が浅い。それを人間が使用して答えが違うだのなんだのと言われても、キャットもエイも何が違うのかが分からない。だからこそ、困るだけというわけである。

 ノアはふむと頷いて。

「人間が元を作っているからな……。思考パターン自体も似ているんだろうとは思うんだが……。今度、アップデートがあると良いな」

「不具合があると人間()が直してくれるの。キャットの中も修復されていくの。でも、なかなか上手に行かないの」

 キャットはしょんぼりと背中を丸めた。ノアは一つ静かに息をつく。こればかりはノアにもどうしようもできなかった。

 同情してやることが正解だとは思えない。本当は何か答えを出してやりたかった。困っている仲間を助けてやりたかった。

 だが、ノアはSNSが中心だ。畑が違う。それに、人間の考えすべてを理解しているとも思えない。彼らがどうにかキャットたちに手を加えてくれることを祈ることしかできないのである。

 すると、突如コトが嬉しそうに声を上げた。勢いよく立ち上がってぶんぶんと手を横に大きく振った。勢いよく振り過ぎて身体ごと揺れていた。

「おーい、おーい、エイくんー」

 コトがそう呼んでいれば相手も気が付いたようで、ゆっくりと近づいてきた。自分たちよりも少しばかり上空で停滞したのは、大きなエイであった。水族館で泳いでいるマンタ、と例えると分かりやすいだろうか。そのマンタよりも三倍ほど大きいのが、AIのエイであった。

 ノアは視線をエイに向ける。

 エイは何やら嬉しそうに羽ばたいて、それから悲しそうにノアたちを見下ろした。

 エイは基本話さない。言葉自体は知っているものの、話せないのだ。だから、ジェスチャーや表情に頼るしかない。

 そんなエイは何かを伝えようと、パタパタと何回かひれを動かして、それからしょぼんとした。

 コトはうんうんと何度も激しく頷く。

「エイくんのせいじゃないんだからー、そんなに落ち込まないでー。それより、僕と散歩に行こ―」

「おい、コト」

 コトは何かを感じ取っているらしい。それが正解かは分からないが、とにもかくにもエイと会話ができているらしかった。

 だが、ノアにはほとんど何も分からなかった。嬉しそうだったのは、自分たちを見つけたからなのだろう。そこまでは分かる。だが、落ち込んでいたり、しょんぼりとしていたりする詳しい理由が分からない。

 だからこそ、相棒を呼び止めた。

 だが、それよりも早かったのはキャットで。

「はい、エイくんは人間難しいって、自分が非力だって落ち込んでいるの。キャット、分かるの」

「……通訳サンキュ」

 キャットはびしっと手を上げて告げる。その言葉は正しかったようで、エイはこくこくと頷くように動いていた。自分たちよりも遥かに大きいマンタが動くと、衝撃が伝わってくる。

 ノアはそれに少しばかり怯みながらも、キャットに一言礼を述べる。

 ノアはそれから黙り込んだ。思考の海にゆっくりと潜っていく。



 キャットはchatから、エイはAIから生まれた。

 ならば、コトとノアは何から生まれたのかというと、コトは現実世界の文字から、そしてノアは――。


 ――オスクロウィアから生まれた。


 つまり、ノアは悪意に満ちた言葉から。

 コトは希望に満ちた言葉から。

 正反対の彼らはお互いを自身の足りないものと認識しており、互いを「相棒」と認め合っている。お互いの存在が必要不可欠だと理解しているからであった。

 長い期間、コトとノアは一緒にいて、それぞれの道を旅して歩んでいた。

 キャットやエイはそれに比べて、まだ日が浅い。

 原因が分からないのも無理はなかった。



 コトは思考を巡らすことには向いていない。どちらかと言えば体感派だから動く方が性に合っているのである。

 となれば、ノアが自動的に考える役割を担うことになる。ノア自身も性に合っていると思っているし、考えること自体は嫌いではなかった。

 ノアはふむと頷いて。

 思考の海から浮上する。

「となると、考えられるのは――」




 Ⅲ


「ノア?」

 コトが不思議そうに首を傾げた。ノアの言葉に反応を示したのかもしれなかった。

 ノアは静かに告げる。

「……やはり、オスクロウィアだろうな」

 いまだに増え続けているオスクロウィア。減少の兆しは見えない。それどころか過去よりも確実に年々増えてきている。

 人間の考え方に異変が起きているのかもしれない。

 人間の悪意が込み上げているのかもしれない。

 その決定的な理由は分からない。ノアは眉間に皺を寄せる。

 SNSは確かに黒く染まりつつある。陰謀や闇が渦巻く場所へとなりつつあると、ノアは思っていた。

 だが、それはSNSに限った話ではない。

「すでにインターネットすべてに影響が起こりつつあるからな。それも、オスクロウィアがおおもとの原因だろうが。SNSがこれだけ黒くなっていればこの世界全体に伝播することも不可能じゃねえはず」

「それだけじゃないよ、ノア」

「コト」

 珍しく真剣な表情でコトがノアを見ていた。じっと真剣な眼差しを向けたまま、確信を得た言い方をする。

 ノアはじっとその言葉の続きを待っていた。

 コトは告げる。

「それだけじゃない。もうネットの中の話だけに留まらなくなっている。人間の欲が強くなりすぎているんだと、僕は思う。すでに現実世界でも状況が変わりつつある。SNSを駆使していたとしても、それはもともと人間の感情が生み出しているものなんだから」

 コトの言い分にも一理ある。それはノアも理解していることだった。だが、ノアは否定する。

「だが、そうは言ってもオスクロウィアが確実に原因の一端だ。人間の感情から反映されている内容が多いにせよ、すべてがそうとも言い切れない。……オスクロウィアは世界に異変が起きる前からできていた。そして、俺がここにいることも含めれば――」

「それ自体も、人間の感情が元となれば、説明はつくでしょう?」

 コトははっきりと言い切る。

 ノアは思わず相棒の名前を呼んだが、それだけで終わってしまった。言葉が続かなかったのである。

 この状況をキャットとエイは何とも言えない表情で見ていた。二人の顔を交互に見比べ、不安そうに見守っている。エイに関しては、おろおろとしているのを簡単に見て取ることができた。

 それでもなおコトは続ける。

「僕たちの手に負えていない自覚はあるよ。僕もノアも一人ずつ。一人一人が表と裏を旅している。けど、対して相手は不特定多数。元から勝ち目のない勝負をしているようなものだ」

「コト、てめえ!」

 ノアは切れた。吠えるように叫ぶ。掴みかからなかったのは、一応理性が働いたからか、それとも大事な相棒相手だからか。どちらにせよ、怒りを爆発させただけだった。

 そんな相棒を見たとしても、コトは冷静なままだった。ノアの次の言葉を言わせないように、「それでも、」とさらに続ける。

「それでも、僕たちが諦めないのは今に始まった話じゃないでしょう?」

 その言葉にノアはハッとした。一度湧いた怒りの感情は、一瞬で引いていく。冷水をぶっかけられたかのように、頭が一瞬で冷え切った。

 コトは淡く柔らかく微笑んでいた。まるで、春の日差しのように、温かな表情を。穏やかなその笑みは、ノアすらも安心させようと包み込んでくるようだった。

「僕たちは僕たちのやることをやるだけ。それは不利でも、無理でも、変わらないよ。地道でも、効果がなくても、僕たちはそれぞれのやり方で進むだけ。ね、ノア、そうでしょう?」

 ノアは黙る。言葉が出てこなかった。相棒であるコトに子どものように諭されている、それを理解しながらもそれがなんだか心地が良かった。

 おそらく、オスクロウィアから生まれた自分を対等に見てくれている。自分とは正反対の性格を持っている相棒が自分のことを認めてくれている。そのことにひどく安心したのだろう。

 コトはノアが何も言わなくても、さらにゆっくりと口を開いた。物語を読むかのように、穏やかな声音で語り掛ける。

「何も変わらないよ。僕たちは普段通りに、当初決めた通りにやるだけだから。それ以上も、それ以下もないんだから。それに――たとえノアがオスクロウィアから生まれた存在だとしても、ノアはノアだよ。僕の頼れる相棒で、ここにいる全員の頭脳担当」

「おい、勝手に担当にするな」

 さすがに口を挟みたくなった。納得のいかない言い分に、ツッコミを入れる。

 だが、コトはそれを簡単に無視して続けた。

「ノアにしかできないこと、たくさんあるよ」

 コトはにこにこと笑って、それからはーいと先ほどまでの雰囲気をぶち壊しながら手を挙げる。普段通りの間延びした声に、ノアは思わず脱力しそうになっていた。

「ちなみにー、僕は賑やかし担当ー」

「いらん」

「キャットはノアの恋人担当なの」

「認めていないし、それは担当じゃねえだろ」

「エイくんはー、飛行担当ー」

「そのまんまじゃねえか」

 コトとキャットが好きかって言うのを、ノアは一つ一つ律儀にツッコミを入れていく。上空を見てみれば、エイも楽しそうで。パタパタと大きなひれが動いていた。若干風が強くなったような気がして、強風警報は簡単に発令してしまいそうである。暴風警報になることだけは避けたい。

 だが、だんだんとそのくだらないはずの会話がノアの心を軽くしてくれていたことを、頭の片隅で理解して。結局、相棒の手のひらで転がされたような気もして。

 だんだんと馬鹿らしくなったノアは。

「……サンキュ」

 小さく笑って、短く礼だけを述べたのであった。




 Ⅳ


「それでー、ノアはこれからどうするのー?」

 コトの間延びした声が裏の世界で大きく響く。静かになった空間だからだろう。

 キャットとエイはノアやコトに話をしたからか、満足して帰っていった。今後も何かあれば話をしに来ると、言い放って。

 コトもさすがに今日はエイとの散歩はやめたらしい。エイの気分転換になることも考えたようだが、それよりも少し休んでほしいと考えた結果のようだった。エイも特に何かを伝えることもなく、二人に嬉しそうにひれを振って帰ったので、今のところは問題ないのだろう。

 ノアはコトの言葉を受け止め、いまだにオスクロウィアに侵略されつつある世界を眺めながら、口元を軽く上げて告げる。

「やることは変わらねえからな。つーか、お前がそう言ったんだろうが」

「まあねー」

 コトはそう言ってからふむと頷いて。何かを考えたらしく、ぽつりと呟いた。

「……魔法が使えれば良いのにねー」

「……あ?」

 ノアは聞き間違いかと思った。コトに視線を向けるものの、コトの表情は真剣そのもので。一時の迷いではないことを悟る。

 コトはうーんと唸りながら。

「だってさー、僕が使える一つの魔法。たった一つだけの魔法なんだよー。けど、それ以外は何もできないからさー。特別な力なんてなくて、お守りを書くことだけしかできないんだよー」

 それができればすごいのではないか、そうは思ったものの、ノアはそれを口にすることはなく。ただ、ニヤリと笑って。

「それだけ俺やお前が人間に近い存在だってことだろうが。俺だって別に力はねえよ、言葉がただ鞭のように動くってだけだ。それでも、それで良いと思っているぜ。……俺は、どっちかっていうと、神様なんて神聖なものより、自分が生まれたはずの人間に近いほうが好ましいと思うしな」

「うーん……。僕たちって、本当に微妙な位置づけだよねー、今さらだけど。そうかもしれないしー、そうじゃないかもしれないしー」

「んなもん、俺にも正解は分からねえわ」

 ノアとコトは各々意見を言いつつ、それから顔を見合わせて笑う。こんな会話を何度繰り返したのだろう。

 終わりのない討論、結論のでない会話、正解が分からない生き方……。それはどこか人間に近く、どこか人間とは違う生き方をしていると思うのだ。

 ノアはひとしきり笑うと、電脳世界を見渡す。いまだに世界を黒く染めようと大きくなるオスクロウィアを眺めながら、願うように告げた。

「……俺とお前で、どうにかしてえな」

「どうにかできるよ、たぶん、きっと」

「不安な回答だな」

 ノアは返ってきた言葉に苦笑する。不安になる言い方だと思う。だが、それをコトが言うと、何故かできるような気がするから不思議だ。

 断言しているわけでもないのに、肯定しているようで曖昧なはずなのに、それでもノアの中ではすとんと落ちていく気がしてしまうのだから。

 コトは普段通りにふわりと笑う。

「大丈夫だよー、僕にはノアがいて、ノアには僕がいるんだからさー。一人じゃないって、すごいことなんだよー」

「……そうだな」

 ノアは確かにそうだと思った。

 一人ではないことが、本当にありがたいことなんだ、と。

 一人では不可能なことでも、二人ならできることもある。辛さや苦しみを分かち合い、意見を言って分かり合おうとし、お互いの存在の大きさに安心する。

 隣に誰もいないことが、一人でいることが、不安に、恐怖に駆られることもある。普段、一人で旅をしているからなおさらだ。

 それでも、こうしてたまに会って会話をして、つくづくそのありがたみを実感することになる。

 前向きに物事を考えられるコトの存在の大きさに――。

 ノアはクスリと笑って。

「……お前がいて、良かったよ、コト」


 その言葉が相棒に届いたのかは分からなかったが、相棒は嬉しそうにふわりと笑っていたのであった――。

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