エロ執事の正体
気持ちが落ち着いたら体も楽になった。
この体勢で深呼吸をするとエロ執事の体臭も大きく吸い込むことになるが、出会い始めのような不快感は無い。
私は、もう一人の人外について訊くことにした。
「エロ執事は何? 執事は役職だな?」
「はい。私は魔族で、種族としては、人間達の物語でもお馴染みの淫魔です。まぁ、人間界に出て人間と交わるモノ達は、魔界では淫魔とは呼びませんが」
「どういうこと?」
「人間が淫魔と呼ぶモノは、正確には淫魔の眷属である人型の魔物です。寿命も人間並で、能力はせいぜい性的魅力が人間より高く性技に長けているくらいです。あとは、人間よりは多少頑丈で身体能力が高いですね。人間と交わり子を成しますが、人間に危害は加えません。そもそも合意を得ない性交は魔界の法では犯罪です」
庭師の犯罪歴が積み上がって行くなぁ。
「物語だと、淫魔は性交が食事で異性を渡り歩くと言われてるけど」
「淫魔の人型の眷属が、男性型と女性型があるだけで外見が同じなので人間にはそう見えたのでしょうね。あれ等も魔族に連なるモノですから浮気はしませんよ。性交が食事にはなりますが、パートナーからのみ摂取します。魔界では性交以外の手段で食事は出来ますし、人間界に来ればすぐにパートナーを決めます」
イメージが違うなぁ。
「じゃあ、魔界で淫魔と呼ばれるモノは、そいつ等とどう違うの?」
「寿命が長く力が強いですね。種族固有の能力も有ります。自らの力を混ぜた匂いを発したり、体液に力を混ぜたり、相手が自分に好意を持てば視線で魅了や強制が可能です」
「好意を持てば?」
「淫魔としての誇りがありますから、好意の欠片も持ってくれない相手を力尽くで魅了して手に入れたりはしません。ちゃんと努力して口説きますよ。大抵の場合、外見で好意を持つようなので効果は出ますが」
「私は外見で好意を持った覚えは無いが」
このレベルの美形も見慣れていたから、それは自信を持って言える。でも最初から無力化されてたような。
「アンナは保護目的で近づいたので、怪我をさせないために強硬手段を取りましたが、匂いに強めの媚薬を混ぜた程度で、視線も魅了や強制は行使していませんよ。出会った当初に私を振り払えなかったのは、栄養不足が大きいでしょうね。今は多少の好意を持ってくれているようなので、触れたり体液で力を渡しやすいです」
「魅了や強制以外の何かを視線に込めた? 混ぜた力は何?」
疑うように見上げると、エロ執事が苦笑した。少し照れているようにも見える。
「アンナは鋭いですね。私が貴女への視線に込めたのは、最初が『心配』と『保護』。その後は『求愛』ですよ。魅了とは違い本人にその気が無ければ何も起きませんが、私に敵意が無いことは伝わるかと思いました。保護時に混ぜた力は筋肉の弛緩効果のある媚薬でしたが、その後は主に癒やしの力を混ぜています」
癒やし。だから何だか楽なのか。
「淫魔って癒やしの力を持ってるのか」
「淫魔に限らず魔族は癒やしの手段は持っていますよ? 庭師も癒やしの力を持つ眷属を行使出来るでしょう」
「傷を治すソフィアたんと痛みを癒やすビクトリアたんか」
「はい。庭師は性格上、癒やしは不得手なようですから、効果は一般地霊の支配する眷属よりも低いようですが。代わりに攻撃的な眷属の力は強いですね。ところで、私が注目して欲しかったのは、別の部分なのですが」
何だろう。エロ執事が困ったように首を傾げている。多分かなりの年齢だろうに、何だか可愛い。
「私はアンナに『求愛』を続けているのですが」
「え? 敵意が無いことを分からせるための便宜上じゃないの?」
「職務で生涯に一人にしか使えない力は使いませんよ」
「は? えええっ?!」
「本気になったので結婚しましょうと言いましたよ?」
「アレは本気に聞こえないし見えない」
「あの時のアンナは、まだ庭師の支配下にありましたから。本気に見えたら即拒絶されると思いました」
庭師の支配下。
サッと青褪めた私に、エロ執事は軽く触れるだけのキスをした。フッと体が軽くなる。癒やし、すごい。
「今は支配されていませんよ。アンナがオイタをしたのを好機と見て、受け入れても仕方無いと思える状況で私の体液を摂取させましたから」
「アレはそういう意図があったのか」
「もちろん求愛行動も含んでいましたよ? 飛ぶほど気持ちよかったでしょう? 栄養不足でしたから補給の意図もありました」
「栄養不足?」
「魔族は魔力を摂取しなければ衰弱します。庭師がアンナに体液を与えていたのは、支配と洗脳のためと、衰弱死させないためです。庭師と離れた後も、アンナは庭師の指示通りに眷属から魔力を摂取していたでしょう」
ハーブティーを毎朝の習慣にしなさいとは言われてたな。
で、家を出てからハーブティーは飲んでいない。私は知らない内に栄養不足で衰弱死するところだったのか。
私がゲンナリしていると、エロ執事が慰めるように背中をポンポンと叩いた。
「アンナが庭師の眷属の摂取を断ったので、私が近づけたんです。アンナの中に庭師の力が満ちている状態では、私が近づいたら奴に感知されて、すぐに迎えに来てしまいますから」
「げ!」
「大丈夫です。先程上司と通信しましたが、庭師は妻とイチャつくので忙しいそうです。アンナに施された洗脳は既に解けていますから、このまま庭師に与えられた魔力を体から抜いて、別の魔力を摂取していれば影響は全く無くなります」
「どれくらいかかるんだろう。魔力の摂取って、エロ執事の体液?」
気付かず眉が寄っていたのか、フッと笑って眉間を指で伸ばされる。
「そんな不安そうな顔をしなくても、目的地に着くまでには魔力の入れ換えは完了します。魔力の摂取は私の体液が一番効率的ですが、抵抗があるなら眷属を使って魔力の豊富な魔界の食材を取り寄せますよ」
「効率的な方がいい。出来るだけ早く奴の影響を消したい」
「一発で消す方法はありますが、お勧めはしかねますね」
「一応聞く」
「私と交わることです」
一瞬、固まる。でも、別に今更処女とかどうでもいいし、それで奴の魔力を体から抜けるならアリなのか?
悩んでいると、今度は頭をポンポンと叩かれた。
「私はアンナに求愛していますが、交わるのは貴女の体が落ち着いてから改めて口説いて求めます。婚姻前に交わるのは無責任ですし、アンナはまだ体が成体になってから一年ほどしか経っていません。私と交わったら壊れてしまうかもしれませんよ?」
「壊れる?」
「種族的に快楽を与える力が強いんです。私は一族でも突出して強いので、徐々に慣らさないと命の保証も出来かねます。淫魔が人間に興味が無いのは、脆弱な人間では口付け一つで快楽のあまり物理的に昇天してしまうからですし。私は他の淫魔を殺せるくらいの力がありますから。危険ですよ?」
にっこりとしたエロ執事はヤバい色気を放っている。
脅しじゃなくて本当に危険なんだな。
口元を引つらせていると、エロヤバい色気をしまって執事は真面目な顔をした。
「ですが、アンナさえ良ければ、私と婚姻を結びませんか? 庭師のやり方を知った後では信じ難いでしょうが、魔族はパートナーを決して裏切らず大切にします。アンナが他に心から望む男性がいなければ、どうか私を選んでください」
そんな男はいないなぁ。
というか、真面目だな魔族。ヤるのは婚姻後じゃないと無責任とか言うし。どれだけ紳士だよ。
エロ執事の外見は文句無しに一生飽きない美形だろう。それに私より強いと思う。
私も大地霊とかいう魔族なら多分寿命が長そうだから、人間とか自分より寿命の短い魔族のパートナーになったら未亡人期間が長すぎて嫌になるかもしれない。
エロ執事は庭師と同格と言っていたから、力や寿命も同等なんだろう。
しかも、何か優しいし大切にされてる気がするし。親にもこんな風に心配されたり甘やかされたりしたこと無いぞ。
あれ? 私、チョロい?
でも、エロ執事を選んで後悔はしないだろうなぁ。
既に生涯一人にしか使えない力を私に使ってしまったヤツだしなぁ。
よし。私は自分の本能を信じよう。
「婚姻て、どうしたらいいんだ?」
「婚姻だけなら、魔族の婚姻を理解した上で双方納得して合意すれば成立です」
「それだけ?! 私、3歳くらいの頃、父さんと結婚するって言わされた」
また青くなる私にエロ執事はまた軽いキスをした。癒やし、すごい。
「幼体と成立する婚姻などありません。それに、貴女は庭師が魔族だとすら知らなかったのですから、当時は魔族の婚姻について理解も納得もしていません。大体、庭師はアンナの『父さん』でもありませんし、もし父娘の関係を押し通すなら近親婚自体が違法です。それから、洗脳状態で洗脳している相手から求められた婚姻に了承しても無効です」
おぉ、不安が解消された。
魔界の法って、かなりマトモなんだな。あの男が異常だっただけか?
ん? その魔界の法に則れば私の両親の婚姻て?
「もしかして、うちの両親て魔界の法的には結婚してない?」
「はい。庭師を拘束するとなると、抵抗されるでしょうし、周辺被害を考えて人間界に居る間は手が出せませんでしたが。庭師が妻とする女性は誘拐と監禁と暴行の被害者です。便宜上は庭師の妻と呼んでいますが、実際は魔界の法では双方未婚であり独身です」
「だから、庭師が私に求婚すること自体は違法ではない、と?」
「はい。でも、私と婚姻を結んだアンナに求婚したら違法になります」
なるほど。次に顔を合わせたら求婚して来そうだと考えると、奴を陥れるのにもエロ執事との婚姻は有効か。
「おいアンナ、止めはしねぇが、後悔しねぇだろうな?」
了承の返事をしようとしたら、ずっと黙っていたザキが急に存在感を出した。
「お前も魔族ってことは、離婚も浮気も無く生涯そのパートナーと添い遂げるんだぞ?」
「そこに不安は感じてない」
「そうか。で、お前のパートナーは庭師の憎悪を一身に受けて殺意を向けられるわけだが。それは分かってるか?」
あー。正直それは失念してた。
だよなぁ。あんなキモい計画立てるくらい執着してるんだから、パートナーなんか居たら絶対殺しに来るよな。
「アンナ。私は強いですよ? 手出しが出来なかったのは庭師が人間界に居たからです。魔界に行けば私も全力を出せますし。今までは魔界と人間界にそれぞれ人質が居た状態でしたが、アンナは保護出来ましたから向こうに居る上司も動き出すでしょう。向こうには他に同僚もいて協力してくれます。何も心配はいりません」
真っ直ぐ私を見る桃色には求愛が籠もってるんだろうな。
チラリとザキに目をやると、苦笑して頷かれた。まるで保護者みたいだ。これも親からは受けたことの無い感覚だなぁ。
私はエロ執事の求愛の視線をしっかり受け止めた。
「私は執事をパートナーに選んで婚姻する」
エロ執事が、何と言うか、有り得ない人外の美貌を見慣れた私ですら鼻血を吹きそうな笑顔を満開にした。
「大地霊アンナは私のパートナーです。私はアンナと婚姻します」
エロ執事の宣言が終わると、抱きしめられていた体の触れた部分から、はっきり認識できるくらい力が流れ込んで来るのが分かった。
それと同時に、トイレに入ってるわけでもないのに、肛門ではなく全身から排泄感を覚えるという奇妙な感覚が起こり、目に見えない何かが体から抜け始める。
「何か、体、変」
「苦しいですか?」
「苦しくはない。むしろデトックス的な何かを感じる」
「婚姻が成立したので、他の男の影響を排除する機能が働いているんでしょう。この分だと予定より大分早く魔力の入れ換えが済みそうですね」
「済むまでくっついてるのか」
「嫌ですか?」
嫌ではないな。むしろ、癒やしの力が入って来るから、性的な意味じゃなく気持ち良い。
包まれる匂いも、心地良く感じる。
「このままでいい」
いい気分のまま脱力して体を預けると、執事は嬉しそうに抱きとめた。