睡眠学習
この新婚仕様部屋に運ばれてから、どれほどの時が過ぎたんだろう。
もう明るいとか暗いも分からなくなって、自分が濃密な桃色のヴェールで覆われているような気がする。
どの器官で呼吸しても、空気は入って来ないのに苦しくはなくて、とにかく甘くていい匂いに全てが満たされている。
啼かされて、強請らされて、啼かされて、懇願させられて、泣かされて、命令されて、啼かされて、甘やかされて。
嗄れることのない声をずっと上げているけど、痛みは無く。
ただただ歓びと快楽にどっぷりと浸かる。
強く刻み込まれ、もどかしく触れられ、熱を混ぜ合い、支配されて。
体が造り変えられる感覚も本能から歓喜した。
「アンナ。貴女も異性を惑わす種ですから、取る手段は理解しています。それでも嫉妬はしてしまうんですよ。それから、アンナに手を伸ばす他のオスは手段を選ばず排除します」
とろりと耳に流れる声に、揺蕩う意識でコクリと頭を動かすと、そっと柔らかく囲われた。
「魔力を大量に摂取し過ぎましたね。しばらく眠りましょう」
目蓋が、ゆっくりと、下ろされる。
「愛しています。アンナ。私の唯一」
墜ちて行く闇の中に不安は無く、代わりに様々な記憶や知識が流れ込んで来た。
魔界の歴史とか常識とか、大地霊が持ってると良さげな知識とか。睡眠学習してるみたいだ。
これ、多分、あの変態植物の記憶だなぁ。
強い魔族として、探せる何処の世界のどの種族にも、自分のパートナーは存在しない。
魔界にも、自由に行き来出来る人間界にも、比較的行き易い冥界にも、かなり行き難い天界にさえ。
永い寿命の限り待とうとしたけれど、自分と同じ人型に拘らず探したけれど、現れない見つからない生まれない。
何故。
どうして。
寂しい。
辛い。
苦しい。
独りは無理。
この永い命が尽きるまで愛を識らないのは耐えられない。
ならば、造ろう。
自分のためだけの自分の伴侶を。
母体は、どの種族とも番える人間にしよう。
強過ぎる自分の魔力に即死しない個体を捕らえて、死ぬまでは其れに愛を注ごう。
一度禁忌に手を染めると全ての罪に躊躇が無くなるものらしい。
眷属の悲鳴を聞きながらの食事も、研究と同じだとしか思わなかった。
研究は苦痛を与えないように意識を奪ってはいたが、あの頃、既に自分は狂っていたのか。
もう狂ってしまったのなら進むだけだ。
罪でいい。
罰ならもう受けたではないか。未来永劫癒やされること無い孤独。そして、愛するモノに、決して愛されない宿命。
アンナ。愛している。愛していた。
だからお前の幸せを誰より願うのに、己の存在がそれを許さない。
即座に消滅させられるはずの罪を重ねたのに、まだ力を失っても存在は残される。
もう、魔界で罪を犯す力は無い。
ならば、人間界で罪を重ねよう。
愛するモノのために。
早く、この存在を消してくれ。
魔王。お前には、お前だけが、それを出来るのだから。
この忌まわしき存在を、消滅させてくれ。
僕の願いは、それだけだ。
もう、愛を請うのは、やめた。




