職場で仕事以外の事をしてんじゃねぇよっ?!
ある侯爵家のお屋敷に、貧乏な男爵の令嬢が侍女として働いておりました。
働き者の令嬢は、亜麻色の御目目と髪の毛がチャーミングな女の子でしたので、屋敷の男の人達にモテモテです。
でも、女の子は、屋敷の男の人達にモテても嬉しくありません。
だって、女の子のお仕事を男の人達が邪魔してくるのです。
ほら、女の子が客室のお掃除をしているのに、若くて有能な執事がお部屋入ってきて女の子にラブラブちゅっちゅを強引に誘ってきてイケナイことなのにき
「――お前ら仕事中は仕事しろやぁっっっ!!!!!」
軍事以外はポンコツ仕様の従兄弟に、自分に有利になりそうなことを吹き込むため、使えそうな資料を漁っていた子爵は、読んでいた途中の恋愛小説(オ・ト・ナ向け)を床の上に叩きつけた。
◆◆◆
従兄が大人向けの恋愛小説を読んで、念のため自分の部下達の労働実態を調べたら、本と同じことをしていた奴らがいて処分することになった件について。
「……レヴァン、一体何がどのようになって、今の状況になったのですか?」
従兄から提出された書類を、無の境地で読み終えたシャルロッティは、真顔で疑問を呈した。
ちなみに、今回の未成年お断りな恋愛小説物真似事件で処分された奴らの一人は、レヴァンが統治している子爵領で行われている、新種の作物の試験栽培に関わる文官だ。
そいつは、職務時間中に試験栽培の報告書の作成をほったらかし、役所内の清掃係であった恋人と一緒に、別のことに励んでいたらしい。
そして、子爵領で試験栽培されていた、新種の作物と言うのが、元は次期大公が支援していた新品種開発の産物であったのだ。
そんなわけで、シャルロッティにも、試験栽培にかかわる人員を監視する責任が存在しているのである。
まあ、だからといって、こんなアホな報告書まで読む必要は何だろうかと、次期大公は思っちゃうのだ。
子供だもの。
「知らねぇよ、マンネリ化とか出来心とか職場の方が興奮したとか馬鹿じゃねぇかあの賃金泥棒ども仕事しろっ!!
……あいつら、余計な手間掛けさせやがって、――俺の昼寝の時間を返せ」
興奮した口調から一転、あいつら、からの従兄の台詞には、地の底から這いあがるような冷気すら漂う。
その声には、おまぬけな事件の当事者たちに対する、心からの怨嗟が詰まっていた。
そもそもレヴァンは、将来はさっさと悠々自適の楽隠居、が人生の目標である怠け者だ。
そんな従兄は、本来する必要のなかった仕事が増えたことが、全くもって許せないようだった。
「部下の監督も彼らの不始末の事後処理も、貴方の仕事でしょう、レヴァン」
「俺は楽がしたいんだ」
呆れかえった次期大公のお言葉に、親から押し付けられた不毛地帯の領主は、曇りなき眼で返答する。
咄嗟に言葉が出てこなかったシャルロッティは、思わず従兄の従者を見上げるも、娘の面の静謐はそのままだ。
と言うか、レヴァンは、己の背後に佇む自分の従者を前にしてさえ、部下の前で恰好を付けようとか、そんな気持ちもないらしい。
……流石、次兄から、やる気がないからできない子扱いされている従兄と言うべきか。
シャルロッティは、年上の従兄に、駄目な子を見る目を向けた。
職場の上司が、常日頃から、仕事したくない面倒臭い楽がしたいと、堂々と昼寝をして好き勝手に遊び惚けていては、そりゃあ部下のやる気もなくなるだろうに。
「レヴァンがそうだから、部下に舐められて、風紀が乱れたのではないのですか?」
「ちげぇよ、こっちは家族の家も職も用意して食事の質もそれなりに気を付けてやってきちんと休暇もやって街に金落とさせてやったのに、賃金分働かない馬鹿が悪いんだよ、――俺の代わりにちゃんと働けっ!!」
「……まあ、下手な商人の店や貴族よりも、レヴァンのところの待遇が良いのは認めますけど……」
目の前の従兄の下でまめまめしく働いている、子爵領の家令やら文官長やらの顔を思い出し、シャルロッティはしょっぱい気持ちになった。
彼らは、平常運転でぐうたらしたがる怠け者が上司でも、めげず恨まず真面目に働く、大変有能で見上げた人材である。
また、シャルロッティの引き抜きをきっぱり断ってのけた、忠義者たちでもあった。
――皆さん、本当に、こんなのが上司で良いの?????
若干十二歳の幼さで、国政にバリバリ関わっている末姫様には、慈しみに溢れた目を上司に向ける、レヴァンの部下達の気持ちが分からない。
しかしながら、いくらやる気のないレヴァンでも、能力人柄共に信用に足る彼らを手元に引き留めるために、部下を相応に遇しているのだ。
身内に犯罪者がいる等々、当人にはどうしようもない瑕疵はあれど、咎はない者にとって、レヴァンが治める子爵領は、あるいは大公領以上に過ごしやすいはずだったのだけど。
レヴァンが、やさぐれた顔で鼻を鳴らした。
シャルロッティと同じ薄い琥珀色の瞳が、一瞬、金色の光を弾く。
「俺が義務を果たしているように見えないから、自分達が同じことしても問題ないんだと。
――俺は仕事を終わらせてから昼寝してるし遊びに行ってるし、賃金とか必要なもん支払った後の余った金を自分のために使ってんだ、ふざけんなっ!!!」
獅子のごとく吼える従兄に、シャルロッティは半眼になった。
子爵家の乏しい資金の中でなんとか遣り繰りしているのに、仕事そっちのけで――――されたらやっていられないのは、分からなくもないが。
「レヴァンが他の方に自分の仕事を押し付けているのは、事実でしょう」
「俺がやらなくても進む仕事を部下に預けてんだよ、領内の監督が領主様の責務だろうが」
悪びれなくけけけと笑う従兄に、処置なしと、シャルロッティは首を振る。
人様が働いている横でぐーたらするのではなく、心置きなくぐーたらするために、自分が仕事をしなくて済む環境を整えようとせっせと働くだけ、レヴァンはましだと思うしかないのか。
子供らしからぬ表情でこめかみを揉む、シャルロッティの視界の端で、レヴァンの従者が音もなく動く。
やはり、レヴァンのふてぶてしい言動に固まっている、シャルロッティの護衛騎士より、彼女は従者としての年季が違う。
「レヴァン、話は聞いたのだ。
――鍛えるのは、私に任せろ」
「いや、何の話を聞いたんですかね、殿下っ?!」
レヴァンの従者が開いた扉から入室してきた次兄は、きりっとした顔をしていた。
――そう、次兄が率いる騎士団員達が遠い目をするであろう、人に鍛錬させる気満々な表情。
シャルロッティは、そっと従兄から目を逸す。
末姫様は、ポンコツを発揮している脳筋には関わりたくない。
あっという間に従兄との距離を詰めた次兄は、問答無用で自他共に認める怠け者の首根っこを鷲掴みにした。
「健全な精神は、健全な肉体に宿るというだろう。
風紀が乱れるのは、身体を鍛えていないからなのだ。
だから、お前が一人で敵から逃げられるようになれば、鍛錬の輪が広がり自然と風紀も整うだろう」
……鍛錬の輪って何?
か弱い妹を寝込ませたいつかを彷彿させる、次兄のポンコツっぷりに、シャルロッティの双眸から光が消える。
うっかりで加減を間違えた次兄のおかげで、シャルロッティは、仕事が滞るわ、お義姉様との時間が減るわで、散々だったのだが。
「絶対違うねっ?!
おいコラ、やめろ脳筋まずどうして俺を鍛える方向になって――」
「頼もしい領主の下なら、風紀は乱れないものなのだぞ。
王城では職務怠慢など「あんたがいるからだろうがっっっ!!!!!」――だから、お前も鍛えると良いぞ」
「マジで話が通じねぇな、この脳筋っ!!
――ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~――」
従兄を引きずる次兄と、なぜか脳筋にしごかれることが決定した従兄、何事もないように彼らにつき従う娘の姿が、扉の向こうへ消えた。
主に一名の騒々しさは、あっという間に遠のいていく。
嵐が去った後の静けさに包まれた室内で、シャルロッティは、報告書を見下ろして、ふっと笑みを浮かべた。
「王城で同じようなことが起ったら、ラザロス兄上に、大自然に連れていかれるでしょうね」
放り込まれた騎士団の鍛錬を思い出したのか、シャルロッティの護衛騎士は、ぷるぷる震えながら壁に張り付いていた。
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できる子にんてい(大公閣下評)
某子爵:やらなければできない子
末姫様:やればできる子
王太子:やらなくても(人を使って)できる子
騎士団長:そこまでやらなくてもよかった子
大公妃:がんばらなくてもできた子
下僕君:できているけど違う意味でがんばってほしい子