二話 【 そうだな、変な名前だよ 】
シニガミさんの為なんだ、
一体、何で僕がこんなことをしなきゃならないんだ?
こいつは『手がかり』とはいえ……―――
あぁ、下手に避けられそうだなぁ、あーあ……。
【 そうだな、変な名前だよ 】
「あぁうぅ……、」
天使と名乗ったその狂気の少女は、よほど衰弱していたのか、僕にシニガミさんへの手がかりを匂わせて、慌しく眠るように倒れる。 ひょっとしたら死んだんじゃないのかと、乱暴に首元を触ると、かなり熱い。生きてることは確かだが、死ぬ直前のような気もする。 ついでにおでこにも触れると、目玉焼きが焼けそうなくらいに高熱と化しており、まぁつまりは凄い風邪を患ってる。 困った。
果たしてこいつにとって僕に助けられることは有意義であるのか、むしろ生かされる事に意味があるのか。 僕にそれはわからないが、少なくともこんな寒くて暗くて殺しがうろつく危険な路地裏に、自分を殺そうとした相手であっても置いていくのは僕にしたら気が引ける。 そもそも、シニガミさんの手がかりを持つこいつは、僕に有意義だ。 こいつの世界に興味は無いんだ。
上空はすでに漆黒と化し、路地裏はもはやどこに何があるのか皆目見当がつかない。 携帯の液晶を光にして、周りの状況を把握する。 やはり此処に僕と『天使さま』しか存在しないようだ。 ふん、自称天使さま。 シニガミさんの情報を持ってる限り、信じてやるしか無いがな。
僕は聖人ではなく、悪人でもない、傍観者でもない、そこに居て、それに関ってしまった人間、ただそれだけだ。
「よいしょ」
包丁を武器とする狂気な天使少女を、足に多少の力を入れて、持ち上げる。 しかし、天使はあっけないくらいに軽い、本当に重量があるのかと疑うくらいに軽い。 見た目もかなり華奢な体つきで、幼児体型でありロリコンはよろこびそうなビジュアルだ。 それでもこれは軽すぎる。 その軽さは、空虚で、空っぽで、空洞な僕の心とは違う。 僕の知らない苦しみを背負い過ぎて、破裂しそうな殺意を抑える故の弱さ。
背負って改めて思う。 救えない。 もう一度言う、僕には到底救えやしない。
おんぶしたはいいが、こいつの服のいたるところに付着する返り血は絶対に隠さなければならない。 こいつのリーサルウェポンであると思われる包丁は、ボロクソになったカバンの中に一旦入れておく。
とりあえず天使さまは、ひとまず僕のアパートに持っていくことにする。 勿論、このガキに何かをするわけでは無い。何度も言うが此処には置けないし、シニガミさんの手がかりを持っている。 それに風邪ひいてるしな。 僕の最初で恐らく最後の人助けということだ。 天使さまらしいがな、こいつは。 その事についても、どういう暗号なのか、比喩なのか、または幻想なのか、もしかしたら真実なのか、聞き出さなきゃいけない。
僕がいつも行くスーパーの通りに出ると、人が行き来する為に灯は当然、僕らも照らす。 あまり一目につかないようにするも、やはりこの光景は滑稽であろう、 サンダルをなくした妹を気遣い背負う兄、最悪の設定だ。しかし、道行く人はそう思ってくれないともっと危険な事になる。返り血はなんとか、見えては居ないようだ。 通りを出ると、あまり盛っていない商店街に出る。 ここからは人の少ない道なので、とにかく素早く行動することにする。 あの路地裏から僕の家までは、実はそうかからない。 自転車で通るほどの距離では無いのだ。 徒歩で5分程度の範囲でしかない。
商店街を抜けてからまっすぐのところ、 目の前に広がる白いボロアパート。 それが、僕の住みか。
果たして彼女は許容するだろうか。 否、絶対にしないだろう。 だが気にもしない。 僕は安全な道を選択しているつもりだ。 選ぶほどの項目があっただろうか疑問だが。
住人は僕ぐらいしか住んでいないこのアパート。 外界との差を感じさせる使えない家だ。錆びれて落下しそうな階段を登り、自分の部屋のある扉を開ける。
清潔といえば清潔だが、綺麗ではない。 物が何も無いから広く見えるが、寂れている。 無駄な空間ばかりが広がり、必要なものさえも足りない気がする空虚な部屋。 最高に僕にふさわしい場所だ。
少女をふとんに寝かせ、体温計を渡す。
「測れ、ま、確実に熱はありそうだ」
僕を刺し殺そうとしたときの狂気の眼は、すでに弱弱しい少女の眼となっている。 掛け布団の端を健気に掴んで、体温計を落とさぬように力を入れている。
「……、測り終わったよ……、 」
渡される水銀の棒。 温度は40度を差し、明らかにやばい数値を叩いている。 そういや何度を超えると、たんぱく質が凝固して死んでしまうらしいな。 ま、こいつはしがみつく程生きる度胸もあるってわけだ。
「待ってろ。 いま、氷枕と冷えピタ持ってくるから。 つか、お前かなり腹減ってるよな。 お前を背負ったとき、尋常じゃないくらいに重力を感じなかったんだよな」
ふう、何やってんだろう僕は。 意外と世話好きなんだな、初めて知ったよ、15、6の年月を薄く生きてようやく。 台所に向かう。
「お前は、 狂ってる」
冷蔵庫の前にたどり着いたところで、弱い台詞が僕に届いた。 助けてやってるのに、酷い言われようだ。少女は言葉を続ける。
「……、 あたしは、お前を殺そうとしたんだからな? お前にも届いたはずだ、あたしの殺意が、憎悪が。 ……あぁもう、お前に借りを作っちまったから、抗うことも出来やしない」
「何の理由も無く、 人助けなんかしない。 だがお前を助けるには、こうするしか方法が無かったんだよ。 もしお前が倒れる前に『シニガミさん』の手がかりを言わなかったら、迷わず警察に行った」
「じっとしなさいね」
僕は気の無い保健室の先生のような言い方で、少女の頭に氷枕を敷き、冷えピタを額に適当な部分に貼り付け、 かたわらに牛乳パックとコップ、チーズを置く。
「 あたしは、猫か? こんなの……」
少女はしばらく牛乳をながめていたが、後はためらいも無くパックに口をつけて飲み干し、 実に子猫のように、チーズをちびちび食っている。
「お前の恩返しは、 僕が決める」
少女は手を止め、 鬱陶しいそうに僕を眺める。 承諾したらしい。
さぁて、質問攻めだ。 覚悟しろ。
「僕の質問に答えろ。 まず、 お前は何者だ? なんで返り血つきの服を着ている? 何で『天使』などと名乗った? 何で僕を殺そうとして、僕を知ってて、『シニガミ』さんの事を知っているんだ?」
自分で聞いたのだが、 最初の質問を忘れた。息がつまるくらいだ。 あまりに重ねた質問だったので、結構答えるのは厳しいか、この幼児には。
「……、詳しい事は…まだ、何もいえない。 あんたを殺そうとしたのは、あんたが『シニガミ』と一回でも接触してるっていう大きな理由が在るからだ。 とにかく、お前の言う『シニガミ』…、『黒桐心』は、お前の焦がれるほど、良い奴じゃない。あいつはモノホンの殺人鬼だ、忘れるんだな。でも、あんたはあたしの恩人だ。 中途半端な返答は、あたしの性に合わない。 だからな、あたしは」
少女は、すかさず僕の手の甲を猫のように甘噛みすると、
「あんたに全てを言える日までは、 死なずに、あんたにしがみついてやろうと思ってるんだが、 なぁ、そうだろ? お前はそれがいいだろ?」
何を言ってるんだこいつ、良く意味が……あぁ、あれえ…、急に眩暈が……ぁ。
「ちなみに」
視界がいよいよ閉じるその時、破滅少女はこう告げる。
『あたしは、 橘天使、変な名前だろう?』




