第41話:限界の向こう側と、覚醒の意志
ピーーーーーッ!
第2クォーター終了のブザーが鳴り響いた。
スコアは『38対42』。
4点のビハインドを背負い、俺たち黎明高校の5人はベンチへと戻った。
前半の20分間、帝陵高校の変形ゾーンプレスと赤沼の個人技による猛攻は、俺たちの体力を確実に削り取っていた。
「ハァ……ハァ……っ」
鮫島豪がパイプ椅子に倒れ込み、滝のような汗を乱暴に拭う。
「なんだよ、あいつら……。後半になってから、さらに当たりが強くなってやがる……!」
「息が……詰まりそうだ……」
白石岳も膝に手をつき、苦しそうに肩を上下させている。百十キロの巨体を支える下半身は、度重なる肉弾戦で悲鳴を上げていた。
「みんな、よく耐えたわ。白石くん、ゆっくり息を吐いて。横隔膜を動かして!」
橘葵が冷えたタオルとスポーツドリンクを手際よく配りながら、心配そうな瞳で選手たちを見つめた。
「心拍数はギリギリだけど、まだ回復できる範囲よ。ハーフタイムの十分間で、しっかり筋肉の熱を取るからね」
その声には、限界まで戦う選手たちへの深い愛情と、少しの不安が入り混じっていた。葵の手のひらが、鮫島の青黒く腫れた脇腹を優しく、しかし的確な圧でアイシングしていく。
「……帝陵は、第3クォーターでさらにギアを上げてくるはずよ」
綾瀬涼香が手書きのスカウティングノートをめくりながら、冷静な声で告げた。
「前半のプレスは、あくまで体力を削るための布石。本当の勝負はこれからよ。帝陵のプレスは、ファーストトラップに全神経を集中させている。そこをいなせば、必ず裏に広大なスペースが生まれるわ」
涼香の言葉に、ベンチの空気がさらに重くなる。
だが、涼香の瞳の奥には、不安と同時に、俺たちを信じる強い光が宿っていた。(きっと、如月くんなら……みんななら、乗り越えられる)そんな彼女の心の声が聞こえるようだった。
「ああ。相手も相当消耗しているはずだ」
俺――如月蓮は、タオルで汗を拭いながら、仲間たちの顔を見渡した。
「だが、ここからが本当の勝負だ。帝陵は必ず、さらに強力な罠を仕掛けてくる」
抓の言葉に、陣内誠、黒木凌、鮫島、そして白石の顔が引き締まる。
「……俺たちがやることは変わらない。泥臭く、一本ずつ確実に点を取りに行くだけだ」
ピーーーーーッ!
第3クォーター開始のブザーが鳴る。
コートに戻ってきた帝陵高校の5人。
その目つきは、前半とは比べ物にならないほど鋭く、冷徹な殺気を帯びていた。
「……ここからが本当の地獄だぜ、一年坊主ども」
赤沼が低く呟く。
帝陵ボールで試合再開。
赤沼がボールを持つと、帝陵のオフェンスは一変した。
強引な個人技ではなく、緻密に計算されたパスワークとスクリーンで、俺たちのディフェンスを崩しにかかる。
そして、ディフェンスに回れば、前半以上の狂暴なゾーンプレスが襲いかかる。
「くっ……!」
俺がボールを運ぼうとすると、赤沼ともう一人のディフェンダーが、視界を完全に塞ぐように立ちはだかった。
パスコースがない。
少しでもボールを曝け出せば、一瞬で刈り取られる。
(だが、俺には『眼』がある)
俺はドリブルのリズムをわずかに変え、視線を左の陣内へと向けた。
ディフェンダーの意識が左へ傾いたコンマ一秒の隙。
俺は視線とは逆の右側へ、ノールックでバウンドパスを放った。手首のスナップと強烈なバックスピンを効かせた、空気抵抗を切り裂く低弾道のレーザービーム。ボールは帝陵のフォワード二人の間を鮮やかにすり抜ける。
「白石!」
ボールは、見事に白石の胸元へと収まった。
「ナイスパス、蓮くん!」
白石は百九十八センチの巨体を活かし、ボールを頭上に掲げてキープする。
だが、帝陵のセンターが、巨体を活かして強烈なブロックに跳んだ。
「させねえよ!」
その時、鮫島が雄叫びを上げて飛び込んできた。
鮫島は白石が放ったシュートの軌道を読み、空中で帝陵のセンターと激しくぶつかり合いながら、強引にリバウンドをもぎ取った。
「オラァッ!」
着地と同時に、鮫島は再び力強く跳躍し、ボールをリングへねじ込んだ。
――バスッ!
『40対42』。
「ナイスリバウンド、鮫島!」
陣内が声をかける。
「へっ、当たり前だ! 俺のナワバリを荒らさせはしねえ!」
鮫島が不敵に笑う。
だが、帝陵の反撃は凄まじかった。
赤沼のペネトレイトから、外角のシューターへと鮮やかなパスが通る。
――スパァァァンッ!
スリーポイントシュートがネットを揺らす。
『40対45』。
「クソッ……!」
黒木が悔しげに顔を歪める。
一進一退の攻防。点差は開かず、縮まらず。
疲労が蓄積し、足が鉛のように重くなっていく。
「……諦めるな」
黒木が、掠れた声で呟いた。
「俺たちの……ディフェンスで、流れを引き寄せる」
その言葉に、陣内と鮫島が頷く。
帝陵のオフェンス。
赤沼が再びドライブを仕掛けてくる。
黒木が必死に食らいつく。二メートルに迫る長いウイングスパンを広げ、赤沼のヘソの中心軸を捉えたまま半歩スライドし、進路を完全に遮断する。抜かせない。視界を塞ぐ。
だが、赤沼のスピードとパワーは、黒木のディフェンスを強引に突破しようとする。
「行かせるかァッ!」
陣内がカバーに飛び込む。
二人がかりのディフェンス。
だが、赤沼は空中で体勢を崩しながらも、絶妙なパスをゴール下のセンターへ通した。
「もらった!」
帝陵のセンターがシュート体勢に入る。
その瞬間。
「させねえッ!!」
鮫島が、渾身の力で跳躍した。
空中で帝陵のセンターと激しく激突する。
ドガァンッ!
鈍い音が響き、両者がコートに倒れ込む。
ボールはリングを大きく外れた。
「ルーズボール!」
こぼれ球に反応したのは、白石だった。
巨体を揺らし、泥臭くボールに飛びつく。
「俺たちの……ボールだ!」
白石から俺へ、パスが通る。
「走れ、陣内!」
俺からのロングパスを受け取った陣内が、一気にフロントコートへ駆け上がる。
前には誰もいない。
だが、陣内の足は、限界に達していた。
(痛え……膝が……!)
中学時代の悪夢が脳裏をよぎる。ジャンプすれば、またあの激痛が走るのではないか。
だが、陣内は歯を食いしばった。
(ここで逃げたら……俺は一生、後悔する! 蓮が、みんなが繋いでくれたボールだ……! 俺は、あいつらの期待に応えるんだ!)
陣内は、蓮から教わったワンモーションシュートのフォームを思い出し、足首のバネだけで跳躍した。
膝の痛みはない。
あるのは、絶対に決めるという強い意志だけだ。
――スパァァァンッ!
ボールは、美しい放物線を描いてリングに吸い込まれた。
『43対45』。
「よっしゃあぁぁッ!」
陣内が拳を天に突き上げる。
ベンチから、葵と涼香が歓声を上げる。
「……まだだ。まだ終わってないぞ」
俺は、息を切らす仲間たちを見渡し、静かに言った。
「ここからが、本当の勝負だ」
第3クォーター終了。
点差はわずかに2点。
限界を超えた肉体と、覚醒した意志が交錯する、運命の第4クォーターが、いよいよ幕を開けようとしていた。
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