第38話:封殺のデータと、覚醒のシューター
ピーーーーーッ!
翌日。県立総合体育館のメインアリーナに、インターハイ県予選・決勝リーグ第2戦の開始を告げるホイッスルが鳴り響いた。
「整列! 礼!」
「「お願いします!!」」
コート中央で向き合うのは、黒いユニフォームの黎明高校と、鮮やかなブルーのユニフォームを纏った第2シード・翔陽学園高校。
だが、黎明高校のスターティングファイブを見た観客席からは、大きなどよめきが上がっていた。
「おい、黎明高校のスタメン……デカい奴らがいねえぞ!?」
「センターの白石と、パワーフォワードの鮫島がベンチスタート!? 昨日、海浜商業を倒した立役者だろ!?」
観客の言う通り、黎明高校のインサイドを支える二つの巨塔は、ベンチでジャージを着たままパイプ椅子に座っていた。
コートに立っているのは、ポイントガードの俺(如月蓮)、シューターの陣内誠、エースストッパーの黒木凌。そして、インサイドの泥臭い仕事を担う控えの高橋大地と、走力のある鈴木翔太だった。
「……随分と舐められたものだな」
翔陽学園のキャプテンが、不快そうに目を細めた。
「シード校相手に主力を温存して勝てるほど、高校バスケは甘くないぞ」
「温存じゃありませんよ」
俺は静かに、だが確かな自信を持って言い返した。
「これが、あなたたちと戦うための『ベストメンバー』です」
ティップオフ。
インサイドの高さで勝る翔陽学園がボールを確保し、怒涛のオフェンスが始まった。
翔陽学園のバスケットは、洗練された『ファイブ・アウト』と連動したスクリーンプールだった。
インサイドにセンターを置かず、五人全員がスリーポイントラインの外側に広がり、絶え間なくボールと人が動く。
「スクリーン、右!」
翔陽のビッグマンが駆け上がり、翔陽のエースシューターのマークについていた黒木凌へ、分厚い壁をセットした。
スクリーンの裏をすり抜け、ボールを持たない状態で右ウィングへと飛び出していくエースシューター。
そこへ、ポイントガードからの完璧なパスが飛ぶ。
「打たせるなッ!」
ベンチから神崎コーチの声が飛ぶ。
だが――シューターがボールを受け取ろうと、右足から強く踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
スッ……。
黒木が、スクリーナーの壁を強引に突破するのではなく、シューターが踏み込もうとしていた『右斜め前』の空間へ、長いステップで先回りして立ち塞がったのだ。
「なっ……!?」
得意の右足の踏み込みを物理的に塞がれた翔陽のシューターは、リズムが完全に狂い、ボールをキャッチした瞬間に足元がもつれた。
(『翔陽のシューターは、必ず右足からステップを踏み込む癖がある』……綾瀬のデータ通りだ!)
黒木の切れ長の瞳が鋭く光る。
右への進行を消され、苦し紛れに左へドリブルを突こうとしたシューターに対し、黒木は二メートルに迫る長いウイングスパンを広げ、視界のリングを完全に覆い隠した。
「チィッ……!」
体勢を崩したシューターが放った苦しいスリーポイントは、放物線を描くことなく、バックボードの端を虚しく叩いた。
ガガッ!
「リバウンドォッ!」
こぼれ球を、控えの高橋大地が泥臭くダイブして確保する。
「……すごい」
二階の観客席の最前列で、綾瀬涼香がノートを握りしめ、小さく息を呑んだ。
「本当に……私の分析したデータ通りに動いて、相手のエースを止めた……」
「涼香ちゃんのデータのおかげだよ!」
隣で橘葵が嬉しそうに涼香の肩を叩く。
「如月くんたち、コートの上で全然迷ってない! 相手が何をしてくるか、全部知ってるみたいに動いてる!」
涼香の頬が、わずかに紅潮した。
ただ紙の上に書かれた数字とロジックが、コート上で汗を流す選手たちの手によって、完璧な戦術として機能した瞬間。
データアナリストとしての、初めての震えるようなカタルシスだった。
だが、俺たちの反撃は守備だけではない。
「走れ陣内!」
俺からの鋭いアウトレットパスが、フロントコートを疾走する陣内誠の胸元へ収まった。
陣内の前には、必死に戻ってきた翔陽のディフェンダーが立ち塞がっている。
「アウトサイドのシュート合戦なら、ウチの独壇場だ!」
翔陽のベンチが叫ぶ。
「――上等だぜ。得意な土俵で、真っ向からへし折ってやるよ」
陣内は獰猛な笑みを浮かべた。
ドリブルで相手の重心を揺さぶり、急激なストップ。
(踵で踏み込まねえ……。足首のバネと背筋の連動だけで、真上へ!)
かつての陣内を縛り付けていた、膝への恐怖は微塵もなかった。
俺が叩き込んだ『ワンモーション・セットシュート』。
膝のタメを極限まで削ぎ落とし、リリースまでの時間を限界まで短縮した神速のフォーム。
相手ディフェンダーがブロックに跳ぶよりも早く、陣内の指先からボールが解き放たれた。
高い放物線を描いたボールが、ネットのど真ん中を射抜く。
――スパァァァンッ!!
『3対0』!
黎明高校の先制スリーポイント。
「しゃあぁぁぁッ!!」
陣内が吠え、黒木と力強くハイタッチを交わす。
その後も、試合は黎明高校の完全に支配するペースで進んだ。
黒木が涼香のデータに基づいて相手シューターの右ステップを執拗に消し(ディレクション)、リズムを狂わせる。
オフェンスでは、機動力のある控えメンバーがコートを広く使い、陣内が次々とアウトサイドからシュートの雨を降らせた。
白石や鮫島がいないことでインサイドの制圧力は落ちたが、その分、翔陽の『ファイブ・アウト』に対してマンツーマンで完璧に対応し切っていたのだ。
前半(第1・第2クォーター)を終え、スコアは『38対32』。黎明高校の6点リード。
控室に戻ってきた5人は、汗だくになりながらも、その表情には充実感が満ちていた。
「ハァ……ハァ……っ! 綾瀬! テメエのデータ、マジでスゲエな!」
高橋大地が、頭から水をかぶりながら叫んだ。
「相手のシューター、右に行けねえと分かった途端、顔面蒼白になってシュート外しやがったぜ!」
「当然よ。人間の無意識の癖は、そう簡単には直らないわ」
涼香はノートを開き、涼しい顔でペンを走らせていたが、その声の端には隠しきれない得意げな響きがあった。
「後半も、右ステップの封殺を徹底して。相手は必ず焦って、インサイドへのドライブに切り替えてくるわ」
「任せろ。そこは俺がすべて引き受ける」
黒木が静かに、だが頼もしく頷く。
そして、控室の奥のベンチでは――。
「うぅ……冷たいよぉ、葵ちゃん……」
「我慢して白石くん! 昨日の疲労物質を完全に流さないと、明日の試合で膝が爆発しちゃうよ!」
葵が、ベンチで休む白石の太ももにアイシングの氷嚢を当て、手際よく筋肉の張りをチェックしていた。
その隣では、鮫島が脇腹のテーピングを巻き直してもらいながら、コートに出られない苛立ちをウズウズと燻らせている。
「チクショウ……! 俺も早く暴れてえのに……!」
「ダメだよ鮫島くん。如月くんの作戦でしょ? 明日の帝陵高校戦で、鮫島くんのパワーが絶対に必要になるから、今日は我慢して!」
葵がピシャリと叱りつけると、狂犬の鮫島もタジタジになって押し黙った。
俺は、その様子をベンチの隅で静かに見つめていた。
神崎コーチ一人では到底回らなかった、細やかな疲労管理と精神的サポート。
そして、俺一人では分析しきれなかった、膨大なデータの客観的フィードバック。
二人のマネージャーが加わったことで、黎明高校の歯車は、完璧なひとつの『組織』として噛み合い始めていた。
(これなら……いける)
俺は固く拳を握りしめた。
後半の二十分間。
涼香の予測通り、焦った翔陽学園はインサイドへの強引なアタックを試みたが、そこで満を持して投入された鮫島と白石の分厚い壁の前に、ことごとく跳ね返された。
休養十分の二人の巨塔は、文字通り翔陽のオフェンスを粉砕したのだ。
ピピーーーッ!!
試合終了のブザーが鳴り響く。
『78対64』。
終わってみれば14点差の快勝。
主力を温存し、タイムシェアとデータ分析を駆使した、鮮やかな勝利。
黎明高校は、決勝リーグで2勝目を挙げた。
整列を終え、歓声に包まれるアリーナから引き上げる俺たち。
夕暮れが差し込む通路で、神崎コーチがバインダーを叩き、静かに、だが重々しい声で告げた。
「よくやった。これで2勝。……だが、真の試練は明日だ」
全員の顔つきが、一瞬で引き締まる。
「明日の最終戦。相手は、ここまで全勝の絶対王者――帝陵高校」
俺は仲間たちと、そして二人のマネージャーの顔を見渡した。
「勝った方が、全国への切符を手にする。……行くぞ、全員で。頂点の景色を見に」
「「オオォッッ!!!!」」
傷だらけの原石たちの咆哮が、決戦前夜の体育館に力強く響き渡った。
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