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『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


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30/76

第30話:亀の甲羅を射抜く矢

 ピーーーーーッ!


 試合再開の笛が、緊張の張り詰めたメインアリーナに鳴り響いた。


 スコアは『6対12』。

 第1クォーター残り三分、黎明高校のオフェンス。

 第4シード・県立東山高校が誇る、ペイントエリアを重厚に塞ぐ「シェルディフェンス(亀の甲羅)」の前に、黎明高校は連戦の疲労も相まって6点のビハインドを背負わされていた。


「一本! 外は捨てろ、ドライブだけ絶対に潰せ!」

 東山高校のベンチから監督の指示が飛ぶ。

 緑のユニフォームの5人は、ゴール下のペイントエリアに密集し、陣内誠への外角警戒を怠らない一方で、インサイドへの侵入経路を完全に封鎖していた。


 二階席の最前列で、手すりを握りしめる橘葵の指先に力がこもる。

「……点差、縮まらないよ。あの子たちの足、明らかに重くなってる……」

「焦ったら東山の思う壺よ」

 隣でストップウォッチを握る綾瀬涼香が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

「東山は1ポゼッションに平均二十秒以上かけて、開明の守備スタミナを削り取っている。普通ならパニックになって強引な個人技に走り、自滅するパターンだわ。……如月くんが、どう動くかよ」


 ボールを運ぶ俺――如月蓮の前に、相手の3年生ガードが腰を深く落として立ちはだかる。

 俺はドリブルのリズムを保ちながら、右手を挙げてサインを出した。


「白石、トップ!」


 フリースローラインの外側、スリーポイントラインの頂点へと、百九十八センチの巨漢・白石岳が駆け上がってくる。

 相手の百八十八センチのセンターは、白石に密着しようとせず、ゴール下の手前でどっしりと構えたまま動かない。

(どうせあんなデカブツ、外から打てるわけがない)

 相手センターの瞳に、明らかな侮りと計算が浮かんでいた。


 俺の手首のスナップから、トップの白石へ鋭いチェストパスが通る。

 白石の前には、三メートル以上の広大なオープンエアが広がっていた。


「白石、打て!」

 俺の号令。


 一瞬、白石のまぶたが迷いに揺れた。

 中学時代、走ることを強要されて膝を痛め、「デカい奴はゴール下で相撲を取れ」と怒鳴られ続けた記憶。

 だが――神崎コーチと蓮に出会い、自分の手首の柔らかさが世界一の武器になると教わった数週間の記憶が、少年の背中を強く押し上げた。


(打つ……! 蓮くんが、僕の手首を信じてくれたんだ……!)


 白石は膝を深く曲げなかった。

 百十キロの自重を股関節で受け止め、母指球で床を捉えてふわりと身体を浮き上がらせる。

 一切の力みがない、羽毛のように柔らかな手首のスナップ。


 放たれた高弾道の放物線。

 巨漢が放ったとは思えないほど美しいバックスピンを描いたボールが、フリースローラインの延長線上からリングの中央へと吸い込まれた。


 ――スパァァァンッ!!


『8対12』。


「なっ……!?」

 ゴール下で待ち構えていた東山高校のセンターが、あんぐりと口を開けて凍りついた。

 観客席からもどよめきが沸き起こる。


「嘘……! あの巨漢の子、外から決めたわ!」

 二階席で葵が思わず身を乗り出して叫んだ。

「膝に負担をかけないで、手首の柔らかさだけで打った……! あんな打ち方、怪我持ちの選手に教えるなんて……」

「……見事ね」

 涼香のペンの先がノートの上で踊る。

「センターが外から決めれば、相手のセンターはゴール下から出てこざるを得ない。東山の『亀の甲羅』が、内側から強制的に開かされるわ」


「ナイスシュートだ、白石!」

 自陣へ戻りながら、俺は白石の巨大な手のひらにハイタッチを叩き込んだ。

「入った……! 本当に、リングのど真ん中に吸い込まれたよ、蓮くん!」

 白石が汗みずくの顔をほころばせ、息を弾ませた。


「ディフェンス戻れ! 相手は時間を全部使ってくるぞ!」

 俺の声に、4人が素早く自陣のハーフコートへ戻り、腰を落とした。


 東山高校のオフェンス。

 相手ガードは一切動揺を見せず、ゆったりとしたペースでボールをキープし、ショットクロックを削りにかかる。

 十秒、十五秒、二十秒……。

「くそっ……! またこれかよ!」

 鮫島が脇腹の痛みに耐えながら、ローポストで中腰の姿勢を維持する。

「焦るな鮫島! 相手の遅攻に付き合って飛び出すな、最後までタフショットを打たせろ!」


 残り三秒。

 東山のフォワードが放ったタフなジャンパー。

 ――カツンッ!

 リングの奥を叩いて弾かれたボールに対し、鮫島は前へ突っ込むことなく、地上で骨盤を落として相手フォワードの太ももを外側へ押し出した。

 完璧なボックスアウト。

 落ちてきたボールを、真上へ跳躍した鮫島が両手でがっちりと抱え込んだ。


「取ったぞコラァッ!!」

 鮫島の咆哮。

「走るな、セットだ!」

 俺が右手を掲げ、ハーフコートオフェンスへ持ち込む。


 相手の遅攻に対し、こちらも無理な速攻を仕掛けず、ハーフコートで確実に『得点期待値の高いシュート』を狙う。

 東山高校の守備陣に、先ほどの白石のミドルシュートが決定的な動揺を与えていた。


 再びトップに白石が立つ。

 今度は、先ほどゴール下に引きこもっていた相手センターが、シュートを警戒して慌ててペイントエリアを飛び出し、白石へ間合いを詰めてきた。


 その瞬間――東山高校の堅牢な「亀の甲羅」に、致命的な亀裂が走った。

 相手センターが釣り出されたことで、ペイントエリアに広大な空白が生まれたのだ。


「黒木、ダイブ!」

 俺の鋭いコール。

 相手ディフェンダーが白石に気を取られたコンマ一秒の隙を突き、左ウィングから黒木凌が矢のようなスピードでバックカットを仕掛けた。


 白石は相手センターのプレッシャーを受け流しながら、手首のフリックだけで、ゴール下へダイブした黒木の手元へノールックのタップパスを落とした。

 完璧な合わせ。

 ノーマークでボールを受け取った黒木が、長い腕をしなやかに伸ばしてレイアップをねじ込む。


 ――バスッ!


『10対12』!

 連続得点。一気に2点差まで詰め寄った。


「タイムアウト! 東山高校タイムアウト!」

 第1クォーター残り一分十二秒、たまらず東山高校のベンチがタイムアウトのブザーを鳴らした。


「よっしゃあぁぁッ!!」

 ベンチへ戻る途中、鮫島が拳を突き上げ、白石の巨大な背中をバシバシと叩いた。

「岳、テメエやりやがるじゃねえか! あの堅いカメの甲羅に風穴開けちまったぞ!」

「痛い痛い、鮫島くん叩かないでよぉ……でも、本当に蓮くんの言った通りになったよ」


 ベンチに戻った5人に、神崎コーチが手際よく氷嚢と電解質ドリンクを手渡した。

「見事な修正だ。東山は白石くんの外角シュートを想定していなかった。これで相手はペイントを固めきれなくなる」

 神崎がホワイトボードを叩いた。

「だが、連戦の疲労は確実に全員の足を重くしている。第2クォーターは小林を要所で挟みながら、蓮くんと白石くんに短い休養を取らせる。ロースコアの我慢比べになるが、全員で食らいついてくれ」


「はい!」

 俺たちは互いに視線を交わし、力強く頷いた。


 ◇


 第2クォーター、そして第3クォーターは、まさに息の詰まるような「泥沼の消耗戦」となった。


 東山高校はタイムアウト明け、白石と陣内の外角を厳重に警戒するシフトへ修正。

 オフェンスでは相変わらず24秒を極限まで使ってパスを回し、開明高校のディフェンス陣の集中力とスタミナを削りにかかってくる。


 黎明高校も、相手の土俵に乗って走り回る愚は犯さなかった。

 ショットクロックをたっぷり使ってハーフコートオフェンスを展開し、攻撃中に息を整える。

 ポイントガードの位置に控えの小林が入り、黒木がボールキャリーを助けながら、蓮にベンチでの呼吸の時間を確保させる。


 点差は常に2点から4点の間を行き来した。

 第2クォーター終了時点で『22対24』。

 第3クォーター終了時点で『34対36』。


 高校バスケの公式戦としては異例のロースコア。

 電光掲示板の数字が動くたび、観客席の誰もが唾を呑み込んで固唾を見守っていた。


「ハァ……ハァ……っ! 足が……本当に棒みたいだ……」

 最終第4クォーターを迎えるインターバル。

 白石岳がパイプ椅子に倒れ込み、氷嚢を太ももに押し当てて脂汗を流していた。

 鮫島の右脇腹のテーピングは汗で剥がれかけ、陣内の右膝の周囲にも重い疲労が蓄積している。


「みんな、よくここまで耐えてくれた」

 俺は冷たいタオルで顔を拭い、4人の顔を一人ずつ見つめた。

「相手の東山高校も、同じように足が止まりかけている。24秒間ボールを回し続けるのは、相手にとっても尋常ではない集中力と筋力を要するからだ」


 俺は戦術ボードのフリースローラインを強く叩いた。

「最後の十分間、勝負を決めるのは『スペーシングの徹底』だ。白石のミドルシュートを警戒して相手センターが前に出てくる。陣内のスリーを警戒して相手フォワードが外へ張り付く。……ならば、最後に空くのはどこだ?」


 陣内がハッと息を呑んだ。

「……インサイドの、ペイントエリア中央か!」


「その通りだ」

 俺は力強く頷いた。

「相手のディフェンスが外へ引っ張り出され、中央がぽっかりと空く。俺がチェンジ・オブ・ペースで切り裂いてディフェンスを凝縮させ、最後にお前たちへ決定打を供給する。……泥臭く、この最後の十分間を走り切るぞ!」


「「オオォッッ!!」」


 ピーーーーーッ!

 運命の最終第4クォーター開始を告げるブザーが鳴り響いた。


 第4クォーター。

 両校のプライドを懸けた、最後の我慢比べ。

 東山高校がタフなミドルジャンパーをねじ込めば、開明高校も白石のハイポスト配球から陣内のバックカットで2点を奪い返す。


 残り三分で『42対42』の同点。

 残り一分半で『44対44』。


 体育館中が、割れんばかりの手拍子と大歓声で揺れ動いていた。

 そして――残り四十五秒。

 東山高校のフォワードが、ショットクロック残り一秒で放った苦し紛れのロングシュートが、バックボードを叩いてネットに吸い込まれた。


 ――バスッ!

『44対46』!

 東山高校、土壇場での2点リード!


「一本止めるぞォォッ!!」

 東山高校の5人が、鬼気迫る形相で自陣へ戻り、最後のシェルディフェンスを敷いた。


 黎明高校ボールのスローイン。

 残り三十秒。

 俺がボールを運び、トップの位置で構える。


 相手ガードが、執拗に身体を寄せてプレッシャーをかけてくる。

 俺の太ももの筋肉も、限界寸前の悲鳴を上げていた。

 だが――俺の視界は、静まり返る湖面のように澄み渡っていた。


(相手の重心が前へ傾いている。……外を警戒するあまり、ヘルプディフェンスの一歩目が外側へ寄っている)


 残り十五秒。

 俺はドリブルのリズムを極端に落とし、右足の母指球で急激なブレーキを踏んだ。

 ヘジテーション。

 相手ガードが足を止めたコンマ一秒の隙。

 俺は脱力した低空のクロスオーバーで、相手ガードの左脇を一気に抜き去り、ペイントエリアの中央へと鋭く切り込んだ!


「抜かれた! 止めろォッ!!」

 東山のセンターとフォワードの二人が、慌てて俺のレイアップを阻止しようとゴール下へ収縮した。

 相手ディフェンスの三人が、完全に俺という一点へと吸い寄せられた瞬間。


 俺はシュートを打たなかった。

 空中で身体をわずかに捻り、右手首のスナップだけで、右コーナーで両足をセットして待っていた陣内誠へ、乾坤一擲のキックアウトパスを弾き出した!


 ――ビュンッ!!


 低空の鋭い弾道。

 ボールは、陣内の胸元へと狂いなく吸い込まれた。


 完全なるワイドオープン。

 残り五秒。

 カバーに来るディフェンダーは誰もいない。


 二階席で、葵が両手を祈るように胸の前で組んだ。

「お願い……届いて……!」

 涼香もペンを握りしめ、目を見張る。


 陣内は深く膝を沈めなかった。

 足首のバネ、骨盤の回転、そして背筋の波。

 蓮から教わり、何万本と繰り返してきた「絶対に膝を壊さない脱力のワンモーション」。


 放たれた高弾道の放物線。

 夕暮れの体育館の天井近くまで達したボールが、綺麗な放物線を描いてリングへ吸い込まれていく。


 ブォォォォォッ!!

 試合終了を告げる長いブザーが鳴り響いた。


 ――スパァァァンッ!!


 ネットの摩擦音。

 電光掲示板の数字が、書き換えられた。


『 私立黎明高校47 - 46 県立東山高校』


 静寂。

 そして――次の瞬間、メインアリーナ全体を呑み込むような狂乱の歓声が爆発した。


「「「逆転サヨナラだぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」」」


「うおおおおぉぉぉッ!!」

 陣内が両の拳を天高く突き上げて咆哮した。

 フロアへ駆け寄った鮫島が、白石が、黒木が陣内を押し倒し、涙を流しながらもみくちゃになって抱き合った。


「入った……! 逆転スリー、決まったぞ蓮ぇぇぇッ!!」

 陣内が涙でぐしゃぐしゃの顔で俺の胸元に飛び込んできた。

 俺はその背中を強く抱きしめた。

「ああ! 最高のスリーポイントだったよ、陣内!」


「……勝っちゃった」

 二階席で、葵がポロポロと大粒の涙をこぼした。

「本当に……あんなボロボロの身体で、誰も怪我しないで……勝っちゃったよ、涼香……!」

「ええ……」

 涼香は震える手でノートの数字を見つめ、それから熱い眼差しでコート中央の如月蓮を見下ろした。

「47対46。シュート本数を削られながら、最後の1ポゼッションで期待値最高のワイドオープン・スリーを作り出した。……運じゃない。完璧な計算と、仲間への信頼が生んだ勝利よ。……すごいチームだわ、開明高校」


 整列の号令。

 緑のユニフォームの東山高校の選手たちは、呆然とスコアボードを見上げ、それから静かに頭を下げた。

 主将のガードが俺の前に立ち、差し出してきた右手を強く握りしめてきた。

「……完敗だ、黎明高校。ウチの遅攻に付き合って、最後にその知性で上回られた。……決勝リーグ、絶対に勝ち上がれよ」

「ありがとうございます。東山高校のディフェンス、本当に素晴らしかったです」


 夕暮れの茜色に染まる体育館のフロア。

 電光掲示板に刻まれた『県ベスト4進出・決勝リーグ進出校』の欄に、新設校である私立黎明高校の名が、堂々と刻み込まれた。


 創部初年度の一年生部隊が、泥を啜り、痛みに耐え、知性と科学の力で辿り着いた、全県の頂点を争う最終舞台。

 二階席から熱い視線を注ぐ二人の少女の存在に、まだ少年たちは気づいていなかった。


【後書き】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

東山高校の24秒遅攻ディフェンスを、白石のミドルシュートと陣内の劇的サヨナラスリーで打ち破り、開明高校が見事に県ベスト4(決勝リーグ進出)を決めました!

二階席から試合を見守る涼香と葵の心にも、開明バスケ部の熱い魂がしっかりと刻み込まれました。


「白石と陣内最高!」「サヨナラ勝ちで鳥肌立った!」「マネージャー二人の反応がいい!」と思っていただけましたら、

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引き続き応援よろしくお願いいたします!


読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

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次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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