八話 草原を守る大盾、ストンロクス
雑談をしながら街を出て、とある草原にやって来た。見渡す限りの平原。背丈の低い草花がまばらに生えている。空は快晴。太陽の光が満遍なく降り注いでいる。
「ここでお披露目って事か。ところで、あそこで何か蠢いてるけど、アレが実験台か?」
「アレしかいないでしょう?」
三人が焦点を合わせる標的。それは微々たる傾斜の頂点付近にいた。
全長十メートルはある、岩のような巨大な何か。事実、その背中には規則的に岩が生えている。二足歩行であろう逞しい後脚に、小さな前脚。全長の半分を占める長さの尻尾、先端はハンマー状になっている。
そして、特徴的な頭部。その形状は、盾を彷彿とさせる。
亀のように首を伸ばし、空を仰ぎ見ている。日向ぼっこでもしているのだろうか。
「ありゃストンロクスだな。あの岩っぽいのは、ゴッツい背骨に沿って皮膚が何層も重なって出来たもの。層があるだけ長寿って訳だ。アイツの依頼は赤位から受注可能だが、依頼自体はごく僅か。アイツから剥ぎ取れる素材は────」
アイシャによる怒涛の解説。そんな知識豊かだったのかお前は。
頭が痛くなるほど長くなりそうなので、話題を逸らすようにセリスに語りかける。
「赤位の怪物だって話だろ? 討伐するつもりか?」
「まさか。討伐なんてしませんよ。力を見せる丁度良い相手だから、です。死にそうになったら……その時はその時です」
おい。
言いたい事はあるが、セリスはお構いなしにストンロクスに近づく。
気配を察知した巨岩は、首だけをゆっくりと曲げ、接近してくる人間を見つめる。
グルクククククク……
一定の距離まで接近すると警戒態勢をとり、頭を低くする。喉を震わせて尻尾を地面に叩き付け、威嚇をしている。
「ではいきますよ」
セリスは宣言した後、両手を伸ばして前にかざし始めた。
大きく息を吐き、深く集中し始めると、彼女の周囲から異様な橙色の光が現れた。
纏うように現れたその光は、謎のエネルギーの様な物を発生し、勢いよく放出した。
「す……すげえ……! これが魔法……! なんで至近距離でやってるか分からんけど」
「ああ……! とてつもなくおぞましい気を感じる……! どんな凶悪な魔法をお見舞いする気だ……!?」
数少ない二人のギャラリーが盛り上がる。
放たれたオーラはセリスの頭上へ集束し、そのまま直下して彼女の身体へと取り込まれていった。
「……。え?」
それと同時に、周辺の異様な空気は消え去った。自然な空気と風が頬を撫でる。
「え? 魔法は?」
「まあ見ててください。これくらい楽勝です」
その言葉は合図であったかのように、ストンロクスがセリスに突進を仕掛けた。どんな障害物も崩壊させてしまいそうな勢いで轟々と迫る。
「お、おい! 魔法を───」
「ぬぅん!」
覇気のある掛け声が耳を過ぎたと思えば、衝撃の光景がそこにあった。
なんと少女が、突撃してきた巨岩を受け止めたではないか。
背にする者を守護する、その雄々しい背中。見る者を凌駕するその力、まさに絶大。小さな背中だが、この瞬間は広大に感じる。
アイシャは平然とした顔をしながら、セリスの背中を見澄まし、ロインは驚愕した顔で、殺意を高めるストンロクスを眺める。
「ど……うです? これが……私の魔法、筋力増強……です……っ!」
なんか限界そうだ……っ!
振り返り、フフンと得意気になったセリス。己の力を自慢出来て、とても誇らしげな表情をしている。
が、よく見ると小刻みに震えている。顔は苦悶の表情を浮かべ、汗を垂らしている。
「いや凄いけど! 思ってたのと違う! もっとこう、炎を操るとか、氷を生成するとかじゃねえの!?」
「…………っ!」
なんとも言い表せない表情のまま固まっている。現状を維持する事に、全力を尽くしているのだ。
その状況も長くは続かず、ズリズリと押し負けている。
「ストンロクスを受け止めるのに精一杯の様だが、どうする後輩。帰る?」
「えっ……ちょっとまって、このまま……放置する気ですか……? 助けて……くれませんか……?」
「さっき『これくらい楽勝です』って、ウッキウキになってたの、誰だっけ?」
ニタニタと、煽り顔を少女へと送る女。すごく上機嫌だ。息を途切れ途切れに吐く少女。困惑する俺。
「いや……その……魔法の効果はだんだん弱まって……うわっ!?」
唐突に頭部を振り上げた巨岩。それに対応できず、セリスは空中に身を投げ飛ばされてしまった。
「あああああああああっ! ……でふっ!」
そのまま地面に叩き付けられ、衝撃で変な声が出た。
「いてててて…………あっ」
逆光を浴びた影を見上げ、戦慄する。ハンマー状の尻尾が、勢いよく振り下ろされた。
「ひいっ! ちょっ! まって! 助けてください!」
間一髪で横に転がって回避したセリスは、迷い無く、遠くで見守る二人の下へ走って行った。
後ろに、地響きを起こしながら猛突進をする巨岩を連れてきながら。
絶叫を押し殺してやって来る小娘に、批難の声を飛ばす。
「おいバカ! こっちに連れてくるんじゃねえ! 巻き込むな!」
「よっしゃ逃げるか! 楽しかったぞ銀髪~!」
「まって! 見捨てないで!」
その後、城壁まで走り続けた。ストンロクスは、警備隊によって無事に撃退された。
騒ぎの主因である俺のパーティーは、そのまま厳重注意を受け、罰金五万ジルとなった。
指摘、感想等が御座いましたら、誰でもお気軽にコメントをして下さい。