三十八話 終止符は、古郷の者より
「ってこの声……もしかしてお前!?」
「うわ……後輩がおかしくなっちゃった……」
「正常だわ! お前ら声聞こえねぇの!?」
「相棒……疲れてんだな……生き残ったらしっかり休めよ……」
幻聴なんかじゃない、明確に聞こえたんだ。
裏路地でひっそりと、表には顔を出さない隠者のように雑貨屋を開いていそうな店長さん、抽象的に言うと森人でありそうな人物の声。
『私の声は君にしか聞こえないよ』
「えっなんで」
『君が寝てる間に、脳をいじらせてもらったからね』
「わかった。帰ったら腹を割って話そうか」
一体俺は何をされたんだ。
「うわぁ……後輩うわぁ……」
「お宅のリーダー、相当参ってるじゃねぇか」
アイシャとデクトが、残念な人を見るような目で見てくる。
『走っているとこ申し訳ないが、一つ朗報があってね。君、巨大プラムカシムを怒らせただろ?』
「それはセリスが悪いがな」
『実は、騒ぎを嗅ぎつけた強力な助っ人がエルメンから遙々《はるばる》来てくれてね。もうすぐ会うと思うけど……』
エルメンからの助っ人……?
予期せぬ単語を聞き入れ、思考停止した。エルメンって、俺の古郷であるあのエルメンだよな? そしたら俺がよく知る人物である可能性が高いな。
「……っ! おーい! そこの人ー! 突っ立ってねぇで逃げろー!」
前方に誰かを発見したようで、デクトは棒立ちしている人影に警告をする。
過度な運動によって視界が朦朧とする最中、視界中央にいるヒトガタに焦点を合わせる。
あれは……?
ただただ不審であった。全身は黒装束のような物で包み隠され、足首まで被った、身動きが取り辛くなる程の丈の長い布。風になびくロングヘアの金髪。恐らく女性だ。肌の露出は最低限で、冒険者として怪物と戦うには不利な格好である。
逃げよと喚起されても、一向に退く気配はない。冷静に立ち尽くし、平静を保っている。
その女性は妖美に左腕を掲げ、中指と親指をこすり合わせて、パチンと甲高い音を鳴らした。
「「「「「「えっ」」」」」」
鳴った瞬間、急な出来事に驚きを隠せなかった六人の足下から、前触れもなく紫色の魔方陣が展開した。
あれ? 俺、これ知ってる気がするな。
巡らせる必要も無く、感覚的に覚えていた予想は正しく、視界は発光した魔方陣によって潰され、発光が終わったと思ったら地面の地形が微妙に異っており、五人一緒に転んだ。
「……こんな所でお会いするとは、運命かも知れません……なんてね」
俺のメンバーでもデクトのメンバーでもない女性の声が。
この台詞からして俺ら七人の内、誰かの関係者だ。
まあ間違いなく俺だろうな。店長さんはエルメンっていってたし。
怪しい黒装束がいるので、脱落者を除く六名は疑念を抱きながらも、女性の後ろ姿を見つめていた。
「調子は如何ですか? ロイン」
「……たすけてください」
麗しい艶姿を公開した修道女。一筋の乱れも無い長髪を振り、爽やかな微笑を浮かべた顔。
俺にお告げをしてた時に、質問(反抗)をしすぎて苛立った時と、俺に口止め料を握らせた時に瓜二つの笑顔だった。
「後輩、この女と知り合いなのか?」
知り合いっていうか何というか、顔馴染みではあるが、素性の知れない者同士というか。
「ふふっ。無礼なお子様ですね。痛い目見ますよ?」
あ、相変わらずだ。相変わらず暗黒面があるわこの人。
笑顔の裏に負の感情が詰まっているのを感じる。
「さて、与太話はこれくらいにして……あのカニが対象ですね」
修道女は両腕を揺らめかせ、毒々しい色合いのオーラを生成した。赤紫色の煙となり、冷気のように掌から零れ落ちる。
「お、おいねーちゃん。並大抵の魔法は効かないって話だぜ?」
「御心配なく、鬼人族の御方」
「でもなぁ」
「脳筋は黙っていなさい」
食い下がる鬼人に対してでもこの圧力。末恐ろしい。
しかしロンゴの言い分は正しく、セリスの高火力な炎魔法でも本体は無傷だった。カニとの相性が悪いってのも原因だろうけども。
致命傷を与えるか即死させないと、手負いのままになってより凶暴化してしまう。
黒装束の女性には勝算があるようで、小型化した空間転移の魔方陣を地表に敷き、そこへ赤紫色の煙を大量放出した。
「なにやってんだアンタ?」
デクトが割り込んできた。
「あ、そういやいたなお前ら」
「ふざけるのも大概にしろよ!?」
今回は俺たちあんまり悪くないからな? 夜遅くに宝石採掘をしようとするお前らにも非があるから。
シュイィィィイイィィイイイイ……ッッ!!?
「お? みんな! カニの様子が……」
この娘は確か……リマか。
突然苦しみだした巨大ガニ。ハサミを大地へ突き立て、口から尋常じゃない量の泡を噴いている。足取りがおぼつかず、徐々に生気が薄れていく。
よく見たら、口元に紫色の魔方陣が。まさかあれって……。
全身が蝕まれた巨大ガニは、地鳴りを引き起こしながら体勢を崩し、遂には動かなくなった。
「……毒殺、完了です。無闇に真似してはいけませんよ? 自然界には無い毒ですから」
え……えげつねぇ……。
どんな衝撃にも耐え、どんな外的要因にも耐え抜くダイヤモンドのような甲殻を兼ね備える要塞を、内側からジワジワと攻め落とすとは……。
打ち勝つ手段だから仕方ないんだが、なんかこう……。
「さて、帰りましょうか。カニたちはまだやって来ます」
随分距離に余裕があった筈が、数十メートルまで接近中。
修道女は再び魔方陣を展開させ、光が八人を包んで消失させた。
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