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【花指し遊び】⑪

 太は、松江にあるビジネスホテルに一泊した。コンビニでシーチキンのおにぎりを一つだけ買って、それを夕食に食べた。たった一つでも喉に通りづらく、一緒に買ったお茶で胃の奥に流し込む。なかなか寝付けずに何度も目を覚ましてはトイレに行く。トイレに行ったとしても小便が数滴出るだけ。子供達のことを考えると胸がいっぱいになってしまって、いてもたってもいられずに結局ほとんど寝ないまま日の出直後の霧がかる早朝にホテルをチェックアウトして、再度出雲大社のある出雲市西部に向けてレンタカーを走らせる。出雲イコール出雲大社という考えに捕われてそのまわりを探せば真季と龍太がいるんではないかと思い込む。二人は不老不死の薬を探しに出雲までやって来たのだからと出雲大社近くの小山の麓の雑草を掻き分け、それらしきキノコや薬草を3時間程かけて探してみるが真季と龍太の足跡は全くない。車に戻り、大きく一つため息をついた後、昨日と同様に海岸線を探そうと方針転換する。昨日洞窟のへりに頭をぶつけたたんこぶは紫色になって腫れあがっている。同じ道を走り、猪目洞窟を越えて東に向けて車を走らせる。海岸線の隅々まで根気強く4時間程二人の姿とサバニを探すけれどどこにも影すら見えない・・・。それでも諦める訳にはいかないとレンタカーのナビを見ながら運転していると海岸線沿いに「加賀潜戸」と表示されている観光スポットらしき場所が目につく。何だか心に引っかかると思い、ナビにその場所までを案内させる。ただナビに導かれるままにその場所に向かうと道はあるにはあるけれど、どんどん道幅が狭くなっていき軽自動車が一台ギリギリ通れるか通れないかほど細くなり、喉の奥を締め上げられそうになる。太は唾を5度飲み込む。両側には木がぼうぼうと生えて道の上まで伸びた枝が車に当たる。太は車を回転させることもできずに前にも後ろにも進めなくなり呆然としながら車を停め、冷汗を拭きながら車に当たる木の枝を押してドアを開け一度外に出た。ナビを責めても仕方がない、ナビは指示通りここにある道を案内しただけ。でも、まさか地元の人が徒歩で歩くような山道だったとは・・・。レンタカーの側面には木の枝でひっかかれた小さなかすり傷がいくつもついてしまっている・・・。念のため車を借りる時にちゃんと保険をかけておいて良かったと今更ながらに思う。完全に細い山道にはまってしまった車。そもそも加賀の潜戸とは何なんだ?と電波が一本だけ立っている使い慣れないスマホで調べてみると島根マリンプラザとかいうフェリー乗り場から船でしか行けない場所なんだと悟る。そして加賀の潜戸の説明を読むとこれまた昨日の猪目洞窟と同じでこの世とあの世の境だと神話時代から言われているところらしい・・・。

 「またあの世の入り口か・・・出雲という地域にはあの世とこの世の境が一体いくつあるんだ・・・」

 太は力なく呟く。とにかくこのどハマりしている状況から抜け出さなくてはいけない。もうなるようになれと太は車に乗り込み、ゆっくりと前進して木の枝に当たりながら、かろうじてでも車を切り返せる微かな空間を根気よく探した。そして精神的にボロボロになりながら、それとともに肌も荒れに荒れながら、なんとか道幅の若干広いところを見つけて、木の枝に車を当てながらも力技で車を切り返し、元来た道を戻った。一般道まで戻って大きくため息を一つつく。何も考えられないけれど、とりあえずレンタカー会社に電話をかけ、ナビの案内の通りに運転していたら山道にハマってしまい木の枝でかすり傷をいくつかつけたことを告げた。レンタカー会社はとにかくそのまま乗り続けて、返却時に確認させてくれとのことだった。保険に入っていたため、最大でも5万円以上は請求されないとのことでそこは少し安心する。この傷を直すにはパッと見でも10万円はかかると太は思い、ほっと胸を撫で下ろす。

 レンタカー会社との会話を終えると立っていられないくらいに疲れた。車を一時停止した道路脇に自販機があり、太はふらふらと5歩足を前に出して自販機に近づき小銭を入れてホットコーヒーのブラックを買う。缶のプルタブを開ける指にしびれに似た感覚があって力が入らない。それでもなんとか力を振り絞って蓋をあけるとコーヒーが数滴零れて、ズボンにシミをつけた。でもそのシミを気にする余力すら残ってない。太は車に寄りかかりながら空を見上げた。晴れた空がそこにはある。脱力感だけが体の中に残っている。そして心には無力感だけが広がっている。コーヒーを口元まで運び一口飲んでようやく緊張で縮み込んでいた胃の中が温まって人心地がつく。

 これからどうすればいいのだろうとコーヒーを片手に操作方法がまだいまいちよくわかっていないスマートフォンで出雲にまつわる神話を調べてみた。因幡の白ウサギという神話がある。鮫を騙して、怒った鮫に噛まれ皮が剥げる兎の話。鮫・・・という単語に触れると代々鮫一族として生きた自分の家系の宿命のようなものを感じる。その因幡の白ウサギの神話の舞台になった場所に白兎神社という神社が立っているらしい。今いる島根県ではなく隣の鳥取県にあることがわかる。太はなんとなく車の扉をあけて、運転席に座った。そしてナビでその神社名を探してみると隣の県ではあるがそこまで遠くはなかった。その神話が頭から離れなくなった太はナビの目的地設定のボタンを押して案内を開始しさせる。鼻から息を一つ漏らした後、缶コーヒーを飲み干して車のアクセルを踏む。

 そう遠くはないといえナビを見ると2時間少しかかる道のり。鳥取を目指して東に車を走らせ始めたのが15時半ぐらいだったため進めば進む程に日が西に傾いていく。バックミラーに出雲の方角に向かって落ちて行く夕日が見える。一日はあっと言う間に過ぎていき、鳥取砂丘手前の白兎神社に辿り着く前に夜になる。ヘッドライトを着けて国道をナビに言われるがままに運転し「神話の里 白うさぎ」という道の駅に車を停める。飲み干した缶コーヒーのせいか30分前くらいから破裂しそうなほど膀胱に尿意がたまり太は車をおりて小走りでトイレを目指す。道の駅に小さなペット用のゲージがありその中に白い兎が飼われている。ただ兎の可愛さにうっとりしている訳にもいかず、太はトイレに駆け込み、小便をする。体内のありとあらゆる水分がすべて放出されるかのように長い時間これでもかとおしっこが出続けた。その凄まじい量に自分でもビックリしながら太は自分の一物をチャックの奥にしまう。すこしの気持ちのゆとりを持って道の駅で飼われている兎を見る。こんなに可愛らしい兎があの獰猛な鮫を騙すことなんてできるのだろうか・・・?そんなことを考えながら道の駅を出る。道の駅の駐車場のすぐ向こう側に白兎神社がある。太は足を進ませ神社に続く階段の入り口までやって来るが夜の神社に入って行く勇気はない。明日の朝、改めてここに来ようと太は思い、鳥取市内のビジネスホテルに宿を取る。睡眠不足に疲労困憊、太はホテルの部屋の扉を開けた後、ふらふらになりながらベッドに倒れ込んでは眠った。結局今日は朝から缶コーヒー一本以外に何も口にしなかった。ビジネスホテルの薄い壁、隣の宿泊客がテレビを観ている音が漏れて来るホテルの一室に微かな寝言が響く。

 「真季・・・・龍太・・・待ってろよ・・。お父さんが必ずお前達のことを探し出して守ってやるからな・・・・」


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