悪友との思い出 前編
計略の優一。
俺がその名を聞いたのは小学校に上がって三年の月日を経てからになる。
始め、計略という意味がよく分からなかったが調べてみたところ、あぁ~と首を振った。
新戸 優一。
その人物は幼稚園時代からの悪友である。幼稚園の砂場に大きな落とし穴を作ったり、友達が気になると言っていた女の子の下駄箱に嘘のラブレターを入れたり、玩具の虫を女保育士の机の引き出しの中に入れたり。今、思えば可愛く、下らない悪戯だったと我ながら呆れる。
と言ってもあれから三年くらいしか経っていないので大した成長など見られてないだろうが‥。
優一との出会いは単純なものだった。幼稚園の年中。たまたま同じクラスになった俺は当時、中の良いグループと食事をしていた。
給食の定義はよく分からないものであるがそんなものだ。それぞれに配布されたモノを食べる。それは給食と同じ。
と、そんな時だ。優一が無造作に牛乳を差し出したのは。
言葉など忘れた。
だが、俺はソイツの存在を知っていた。目つきが悪く、口数も多くない。だからソイツは一人でいる事が多かった。共に食事をしていた当時の友人も怯えた様子を見せていたと思う。
だからだろう。俺はソイツに手を差し伸べたいと思った。理由など簡単だ。皆といる楽しさを知って貰いたいと思ったから。
だから、大して好きでもなかった牛乳を受け取り、俺はソイツと友人になったのだ。
「今日はあの子にしよう。五年の中では三本指に入る可愛さらしい。」
「何なら一番にしようぜ。優一。」
「いや、僕はあの子でいいと思うよ。」
「うわっ、英智。まさかの一目惚れとかいうやつ?本当、英智は直ぐに人を好きになる。」
とのやり取りを渡り廊下。人数としては四人でやっていた。
ターゲットとなる女子は五キロ程。
そして俺達がやろうとしている事とは即ち-
スカート捲りである。
「‥いいか?前みたいに俺と和明が特攻隊になる。お前らはそれを例が如く、モノに写せ。」
「了解。」
「‥いいのかなぁ。本当に。」
毎度の事だが行動を前にして怖じ気つく英智。
毎度頼もしい。自毛の天パがチャームポイントの流利。
そして、我がリーダーを務める事、こういう事に関しては成功率八十パーセントの功績を持つ男。
新戸優一。
基本的に俺らはこの四人で活動する事が多い。
「じゃぁ、行ってくる。」
「ちゃんと、写しとけよ。」
俺と優一は顔を真剣なものに変え、ターゲットを捕捉する。
「ま、任せといて。バレないよう頑張る‥」
「おうよ。今日も今日とてシャッター音を誤魔化す仕事は俺に任せろ!」
家から勝手に拝借したというデジカメを手に震える英智。
頼もしい限り。胸を叩く流利。
そんな二人を目に、俺達はこういう時に欠かせない。お約束の言葉を口にする。
グッドラック。
皆の声が一つになった瞬間。俺と優一は共に廊下を駆ける。
五年生の中では俺と優一は学年で三と二を争う程のランナーである。
因みに一番はイケメン。スポーツ抜群のモテ男。林川という男。こんなゲスイ男のロマンに手を貸してくれるとは思えないので足が早くても仲間には誘わなかった。
ふわっ。
コレを合わせて五回目になるが、その時のコレは堪らない。走行中にも関わらず、思わずガッツポーズをしてしまった程だ。
「きゃっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーー。マジかーーーーー。」
すかさずターゲットは短い悲鳴を口に、ブツを隠す。
が、そんなモノは後ろに待機する隊員の大きな声で隠されてしまった。次いでその際、切られたシャッター音も同じく。
「ちょっと、君達!廊下は走っちゃいけないんだよ!!」
との声が遥か後ろで聞こえたが気にしない。そんな台詞。もう何度目か?
「はぁ‥はぁ。はぁ。優一。」
「はぁ。はぁ‥あぁ。」
廊下の終わり。息を切らす俺達は共に目と目を合わす。
そして毎度恒例 ―
「「イエーイ。」」
共にハイタッチ。成功の祝福だ。
「俺達、成功率上がってね?コレで何回目だ?」
「五回。五回。優一と俺も遂にプロだな。」
「はは。スカート捲りのプロとか格好にも付かねぇけどな。」
「違いない。はは。」
英智達が来るまでの時間。俺達は壁際にもたれ、共に会話を弾ます。
そんな下らない日々。少なからず俺は楽しいと感じていた。幼稚園時代の時とは打って変わった様子を見せるソイツもそうだと思う。
結果なんてどうでもいい。ただ、こんな日々が長く続くなら。
そして、当時。俺はそれを疑わなかった。きっと、この時間は永遠で無くならない。そう思っていたのだ。
*************
季節は巡りに巡り、冬となった。今年の冬は一段と冷えるとのこと。吐く息が白いのは勿論。雪なんかも例年に比べ、降る量は増していた。
「ねぇ、また叱られるんじゃないの?止めた方が‥」
「馬鹿言うなよ。ここで止めたら一生後悔するぞ。」
「まぁ、まぁ。英智よ。リスクがあるから面白いんじゃねぇか。」
「流利は毎回、そう言う‥」
毎度のメンバー。英智。流利。優一。そして俺。四人。
五年生も終わりが近いというのに俺達の日常は変わらない。悪戯に没頭する日々。立案者あは毎度、優一で俺達はそれに付いていく。それが楽しいのだから仕方がない。
だが、まぁ。その頻度も成功率も上がっていた最近。さすがに教員も見る目を厳しくして、つい先刻なんか全校集会で俺達を壇上に上げては小言煩い説教をされた。
当然、親にも知れ渡り、家でも説教。英智が乗り気じゃないのは当然のことかと思われた。
だが、しかし。そんな怒られたからと言って中々に日常を変えることはできない。
優一が考えた左右から風を起こし、中央に風を集中させて例のブツを捲る。スカート捲りは数こそ減ったが、今でも実施されていた。しかもその成功率はほぼ百パー。本当にスカート捲りのプロになれるレベル。
そして今日は今日も。優一が考えた悪戯に皆で皆、汗を流しては楽しんでいるという事だ。
「にしてもやっぱ、外は寒いな。」
かれこれ二時間となる。手袋を二重に重ねていたが、さすがに手の感覚が無くなってきていた。意味がないと分かっていても手に息を吐いている自分がいた。
「そうだな‥。外での作業はもう止めとくか。」
立案者である優一も思うことはあったのだろう。俺の意見を聞いて直ぐにそんな台詞を白い息と共に吐き出した。
「まぁ、俺は楽しければ何でもいいけどよ。」
「ぼ、僕はこういった事をもう止めた方がいいと思うけど‥」
流利が言って、英智が言う。相変わらず、流利は流利でブレない。英智は英智で家で何か言われたのか、全校集会が開かれてからというものこんな感じが続いている。
「まぁ、とにかく。今日のコレはさっさと完成させようぜ。せっかくここまでやったんだ。途中で投げ出すのも勿体無い。」
「あぁ。悪いな皆。」
「なぁに気にするな。俺達がやりたくてやってるんだから。」
「僕は皆と一緒にいたいから‥」
俺の台詞に続いて、皆がそれぞれの意見を口に出す。
時間としては既に六時前となっていた。そろそろ帰らなくては親が何か言ってくる頃合い。
作業は既に終わりが近い。
今日の悪戯は単純で、しかし一に面倒臭い。落とし穴作りだった。大きな穴を正門前に掘って、雪を被せる。予報では明日までこの雪は溶けないとのこと。落とし穴がバレる心配は皆無かと思われた。
が。ただ、問題となるのは雪の厚さだ。あまりに雪が厚いとなると踏んだ時、落とし穴が落とし穴として機能しない可能性があった。そうなれば今まで寒い中、ここに落ちるであろう人間の間抜け顔だけを糧として頑張ってきたというのに、くたびれ儲けの骨折り損となるわけだ。
「‥できた。」
「あぁ。完成だ。」
「後は明日、早起きしてここに落ちる奴を拝むだけと‥」
「また怒られるんじゃ‥」
問題点はあったが、俺達四人は失敗という結果など考えていなかった。というよりも結果などどうでもよかったのだ。
ただ、皆とこうした事ができた。できている。その、いつも通りの日常が送れているだけで。それでよかったのだ。
「‥なぁ、皆。まだ時間大丈夫か?」
落とし穴を無事完成。帰路を歩いている途中。優一が何故か小声で、俺達へと質問をしてきた。
「まぁ、少しなら‥」
時間は既に六時を過ぎている。七時の夕食時間に間に合えば問題ない。ギリギリの時間を考慮した為か、自信のない言葉が口から出ていた。
「俺は問題ないぜ。なんだ?なんだ?また、更なる悪戯か?」
自由奔放すぎる流利は頼もしいのか。馬鹿なのか。目を輝かせて答えていた。
そしてその隣。英智は黙っていたが、皆の意見を聞いて覚悟を決めたよう。顔を上げ、口を開く。
「皆がそう言うなら僕も‥。仲間はずれとか嫌だし‥」
英智の言葉を最後。優一は一言。礼の言葉を始めに言って、本題を切り出した。
「俺達にもそろそろ集会所が必要だと思うんだ。」
「‥集会所?」
英智が首を傾げ、答える。
「あぁ。寒くなってきたし、そろそろ屋根と壁がある俺達専用の場所が必要かと思うんだ。」
「確かに母ちゃんいたらそう言った話し合いできねぇもんな‥」
「だろ?」
流利の言葉に優一は自信気に答える。
そしてその自信あり気の顔は更に増しを見せた。そんな風に感じた。
「でだ。この前、丁度いい空き部屋を見付けた。今日、今から皆にだけ教えておいてやろうと思ってな。」
「おぉ、マジか。」
にやけ顔でそんな言葉を言い伝える優一。そんな言葉に声上げて驚く流利。困惑。だが、その本心は流利と同じでワクワクといった英智。そして俺は‥。
「危険な場所ではないんだよな?」
ワクワク。高揚感は確かにあった。だが、それでも少しの胸騒ぎがしたのだ。
「ん?あぁ、そんな変な場所ではねぇ。」
「‥そうか。」
何でそんな質問をしたのだろうか?そんな言葉を言いたげな顔で優一は言葉を返してくれた。が、実は自分も同じだった。自分でも何でそんな質問をしたか分からなかった。
ただ、胸騒ぎがした。俺の口を動かしたのはそれだけ。
で、結果。その胸騒ぎは的中するわけだ。それを知るのは実に数ヶ月後になるのだが‥。
止んでいた筈の雪がまた降り出したのは結局、言葉出さずにいた自分の代わりだったのかもしれない。そこに行くなと。止めるべきだと。そんな言葉通り。見た通り。天からの警告だったのだ。
そしてそれを無視した俺達だから。あんな事を引き起こした。忘れてはならない。忘れたくない出来事。この四人が最後を迎え、バラバラになる日。
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「ここなんだが‥」
学校を出て、数キロ。雪のせいもあり、時間としては本来なら二十分そこらで着くだろう場所にその倍。四十分近く掛けてたどり着いた場所は決して綺麗とは言えない廃墟だった。
「へぇー。こんな場所があったんだ。」
優一に紹介されてまず一言。そう言葉を零したのは流利であった。三階建て。縦に長い。本来、何らかの工場だったと思われる建物を見上げる彼がどう思ったかは知らない。だが、嬉々とした声音が含まれていた事に俺は気付いていた。
「勝手に入って大丈夫なのかな‥」
英智は相変わらず。だが、その台詞から分かるよう、彼は俺達の行動に合わせるつもりでいた。
「鍵とか閉まってんじゃねぇの?」
見える鉄扉は実に厳重そう。いくら廃墟だとしても鍵が掛かっている建物などいくらでも存在する。この建物だけが例外だってこともあるまい。
だが、どうやらその心配はなかったよう。
「大丈夫。大丈夫。鍵なら見付けたから。」
そう言って優一が取り出したのは確かに鍵だった。どこの鍵かは見ただけでは判断しかねるものがあるが、ここで見せたのだ。その鍵がなんなのか?どこの鍵なのかなど、誰でも分かった事実だろう。
「見付けたってどこで?」
聞き逃さなかった台詞に質問を重ねる。
「どこってこの辺?忘れちまったが、この辺に落ちてるの拾ったんだ。使ってみたら見事、はまった。」
親指立てて誇らしげ。そう言った優一の顔、実はそんなに嫌いじゃない。
「そうか‥。なら、まぁ、とりあえず中だけ見るか?」
これからここが俺達の隠れ家的場所となるならば早く中を見てみたかった。
安全面。衛生面。使用面。見るべき箇所は多くある。
「いいのか?お前、夕飯に帰んねぇと叱られるんじゃ‥」
珍しく優一が気の利いた台詞を口にしてくれた。確かに俺の家はその通り。どんなに遅くなっても夕飯時には帰ってこいと言われていた。
「いいよ。早く、中を見てみたい。」
どうせこの時間。腕に巻いた安い腕時計は六時半過ぎを示している。夕食時に間に合うか?と言えばギリギリのところ。ならばと俺はそう言った。
「‥そうか?」
心配そうな顔を見せた優一だったが、俺の言わんとする事は理解してくれたみたいでしつこくは聞いてこなかった。
持っていた鍵。それを早速、重圧な扉の鍵穴へと差し込んだ。
ガチャッ。
そんな大それた音を響かせ、錠が外れる。
ギギィィ‥
錆び付いた鉄扉は優一一人の力では少し荷が重かったようで俺達は四人。いるだけの力を鉄扉に注ぎ込んだ。
「うわっ。くらっ。」
開放時、流利が言葉を発すとその声は壁にぶち当たり反響した。
「どっか、電気とかねぇの?」
「前来た時は確かここに‥。」
俺の言葉に答えた優一は暗闇の中、手を探る。
数秒。
パッ。と天井に幾数もの電球が明かりを灯し始めた。
「‥だ、大丈夫なの?ここ?」
上の蛍光灯のお陰で中の視認が可能となった矢先、第一声に英智が不安気な声を震わす。
「大丈夫だろ?ここ最近、見張ってたけどここに人が出入りするところなんか一度も見てねぇし。」
答える優一だが声に自信はない。
俺は英智。優一。二人の気持ちが何となく分かっていた。
確かにその場所。廃墟にしてはまだ使えるのだ。
辺りには何やら分からないが蒸気を上げるような機械があっちこっちに並んでいる。勿論、今ではその機械からは蒸気は上がっていないし稼働などしていない。言うまでもなく静かなのだが‥。
それでもどこかそれを動かすボタンやらを押せば普通に動きそうなのだ。
第一、電気が点いたという時点で廃墟としてはおかしい。
つまり、英智が言いたいことは優一が言った廃墟という言葉は嘘で、本当はまだ使用されている工場かなにかだろう。と、そう言いたいのだ。
「まぁ、それを決めんのはざっと見回ってからでもいいっしょ。」
にへら。
全く緊張感を持たない流利の笑顔は嫌な意味で俺達を安堵させた。
「あ、あぁ。そうだな。」
せっかく中に入れたのだ。理由はともあれ中を見ないわけにはいかない。ここが何なのか?その手掛かりとなるものも見付かるかもしれない。
そしてその手掛かりとなるものは案外容易く見付かった。
階を上がり、二階。そこの一室の事務室的な場所。中は汚いのは当然だが、まだ使えそうなパソコンやらコピー機だかが置かれていた。そして床面に散らばる数々の書類。その一枚に中村製鉄所と書かれた書類を見付けた。
書類事態には会社の概要だったり、業務説明だったりとそんなものが記載されてあった。恐らく、社員募集を呼び掛ける際に必要とするものだろうと推測される。
と、それとは別。流利が勝手に開けた引き出しの中。そこで俺達はとんでもないものを見付けた。
「‥これって‥?」
「あぁ。頭悪い俺でも分かる。」
「ん?なんだ?なんだ?」
英智。俺。流利とそれぞれ引き出しを覗いてはソレに声を漏らす。
この中で一人。流利だけが分かっていないようだったが正直、分からない方が救いだ。それ程までに、ここはヤバイ場所だったのだ。
「‥出るか。」
「‥うん。そうだね。」
俺と英智は共に首を動かす。一刻も早く、ここから退出したかった。
ココはただの倒産した工場ではなかったのだ。引き出しの中のソレを見れば誰だってそうと判断付けただろう。
「おい。優一。お前も早く来いよ。」
何故か優一だけがその場から動いていない。流利はともかくとして優一はあの設計図が何なのか気付いている筈なのだ。
言わないにしろ優一はこの中で一番頭がいい。
「‥優一君早く。」
俺の声に続いて英智も声を飛ばす。恐らく英智が一番、ビビっている。彼の性格を知っている俺にはそうとしか思えない。
と言う自分も実は結構ビビっていたのだが。
「おい、優一!」
そんな焦る気持ちが思わず声として現れてしまう。荒っぽい声で立ち止まる優一を呼んでしまっていた。
そして、その当の本人はやっと顔を前に上げる動作をしてみせた。
「なぁ‥」
顔を上げ、一声。静かな声がその空間によく響く。そして続けて彼の声。
「コレ俺達で作んねぇ?」
「は?」
「え?」
「ん?」
俺と英智。ここでは意味合いが違うだろうが流利も声を漏らす。
そんな反応が気に入らなかったのか?優一は少しムッとした声を今度は声量を上げて言い伝える。
「だから、コレ。俺達で作ってみねぇ?って言ってんの?」
彼は平然とした口振りでそう言う。
「お前。コレが何だか知ってんのか?」
「勿論。」
声音。表情。俺が出した質問に彼は変わらずでこう言う。
「爆弾だろ?」
この時。俺が描く新戸優一たる人物像は確かに変わった。
爆弾を作ろうと平然とした口調で言ったことだけではない。そう答えた彼の目は既に俺達へ向いていなかったのだ。
彼は俺達の返事を聞く以前にソレを成そうとしている。
だから、俺は彼を。新戸優一を。昔からの友達を。
少しだけ怖くなった。




