リセット
六月ももう終わりが近い。というのに天気は変わらず今日も今日とて降る雨は激しい音を窓に打ち付ける。
『続いてのニュースです。ここ〇〇市で騒がれる未成年殺人事件。その容疑者は未だ見付からず、逃亡しているとのこと。警察は人員を増し、捜査強度を上げているもようです。』
ピッ。
何となく付けっぱなしであったテレビの電源を落とす。結果。音は外に降る雨音だけとなった。
ザー。ザー。
「・・・・・・・・・飯でも作るか。」
時刻としては夜の七時。起きたのは昼前であった為、朝食は抜いたのだ。腹は空腹を訴える。
台所に足を運び、冷蔵庫を開く。相変わらず、中身は乏しい。だが、鶏肉と卵があった。
「‥親子丼だな。」
手を洗い、調理器具類を取り出す。それからは包丁で材料を切り、鍋に水を入れて調味料を入れて煮込む。そんな作業を淡々とこなす。
程なくして鍋からは湯気が立ち上り、良い匂いが漂い始める。
コンロの火を消し、皿に米を、それからその上に親子丼をぶっ掛ける。
お茶を注ぎ、完成した親子丼を持って、テーブルに。それから座椅子に腰掛ける。
箸を握り、後は目前のソレを食すだけ。腹は空腹。体は食事を大いに望んでいる。だというのに‥。
「‥何で。」
箸を握り。出た言葉。それは勢いを増し、強くなる。隣の住民に声が聞こえる?恥ずかしい?
そんなの知るか!
「何で。何で。何で。何で。クソッ。クソッ。クソッ。クソッ。クソーーーーー」
ガシャンッ。
せっかく作った親子丼は部屋の隅へと放られる。皿が割れていなかったのが唯一もの救いだが中身は見事なまでに散らかりで掃除をするのが面倒と思われる。それは注いだお茶も同様。
だが、今はそんなのどうでもよかった。
‥失敗。
助けられなかった。誰ひとり。
今‥。いや、数日前から胸中にあるモノはそれただ一つ。胸が痛い。呼吸が苦しい。どうしたらいいかが分からない。
グ~。
それでも腹だけは変わらない。変わらず俺に生きろと命じる。
こんな気持ちを抱える自分を。こんな惨めな自分をそれでも生きろと。
「‥もう、嫌だ。」
出てきた言葉は小さな部屋にはよく響く。それでも、誰も答えてはくれない。誰も拾ってはくれない。
当然だ。何せ合わせる顔などないのだから。いや、もう合わせる必要なんてないのだから。
何せ、もう事件はどうしようもない事に発展してしまった。
俺達、一学生にはどうしようもできない。
と、そんな時だ。
ブー。ブー。
どこだかに放って置いた携帯が振動して受信を報せる。
出る気になれない。
だが、携帯の振動は鳴り止む事はなかった。変わらず、煩く振動している。
「‥ちっ。」
それが五分も続けばさすがに出るしかない。
思わず出た舌打ちと共に携帯電話があるべき場所へ向かう。そして液晶画面を一目。
和明。
と、そこには出ていた。
出るかどうか悩む。だが、出ない事にはいつまで続くか分からなかった。俺の性格を知っている彼には居留守は使えない。
「‥はい。」
仕方なく電話に出ることにした。だが、声までは騙せれない。自分でも思う程に暗い声が出る。
「おうっ。やっと出た。お前のことだ。どうせ、面倒臭がって気付いてても出ないと思ったが案の定だったようだ。」
電話越しに響く和明の声は俺とは対照的で明るいものであった。
「で、何か用?」
下らない雑談も。面倒な愚痴も今は聞きたくない。用件が大した事でなければ悪いが切らせて貰う。
「おぉ。思った通りで疲れてるなお前。まぁ、安心しろ。事はその件だ。」
「‥は?その件?その件ってどの件だ?聖剣でも見付けたか?」
「はは。そんな冗談が言えるという事はまだ大丈夫のようだな。」
「あ、いや今のは‥」
和明との会話であった為か。それとも久しく人と会話していなかった為か知らず知らず、そんな冗談が口から出ていた。
「まぁ、なんにせよだ。今から会えるか?」
「今?てか、ほんとなんなんだよ?」
「だから、言ったろ?」
「いや、事の件って言われただけだが?」
「だから、そうだって。事件の事だ。」
和明はそう言って時間と場所を指定。電話を切った。
断る暇もなくトントン拍子で話は進んでしまった。行くも行かぬも自由だがここで行かねば和明との友好関係に亀裂を入れかねまい。それは少しだけ嫌だった。
時間は今から一時間後。場所は近くのファミレス。
「‥はぁ~ぁ。とにかく片付けるか。」
自分のせいでおじゃんとなった夕食。次いでだ。ファミレスで食事は済ませるとしよう。
和明のお陰かどうかはさて置き、さっきよりかは大分、精神。身体共に楽になっていた。
だが、まぁ。根本的な問題は無くなっていない。
それ即ち、数日前。テレビでも流れた情報。未成年の親殺し。
つまり、英智は数日前。父親を殺した。
その問題は払拭されてはいないのだ。
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時を待ち、指定された店へと足を赴ける。
自動ドアが左右に開き、いらっしゃいませ~。という声がウエイトレスから放たれる。
「お一人様ですか?」
「えっと‥」
ざっと店内を見渡す。どうやらまだ和明は来ていないようだ。まぁ、時間もまだ五分前。少し早すぎたのかもしれない。
「後で人が来る予定です。」
「かしこまりました。では、席に案内しますね。どうぞ。こちらへ。」
黒縁眼鏡を掛け、おさげ髪に結んでいた大学生らしきウエイトレスさんはそう言って僕を案内する。
客の出入りは夕食時を少し経過した今であっても少ないと思われた。
空席がよく目立つ。
「では、お決まりになられましたらそちらの呼び出しボタンでお呼び下さい。本日の来店誠にありがとうございます。」
店で指定された常套句を口に、ウエイトレスさんは去っていく。机の上には氷の入った水。ナイフ。フォーク。スプーン。箸が入った籠が。後はメニュー表が置かれる。
まずは携帯電話の確認。液晶画面には設定した画像と時刻。時間と曜日が浮かぶだけで何もない。
まずはそれを確認。次に適当に指を動かす。
全て無料と名高い。コミュニケーションアプリを起動。和明の名前をタップして文章を書き込む。
内容なんて簡素なもの。
店にいる。席は八十八番。
それを打ち込むこと数秒。直ぐに送信。携帯の電源を落とす。
頼むメニューは和明が来てからにするつもりだ。
のだが、どうやらこの空腹はそれまでの時間を待ってくれそうにもなかった。置かれたメニュー表を開き、呼び鈴を鳴らす。
ピンポーンというお決まりの音が店内に響くと直ぐに先程のウエイトレスさんが爆ぜ参上する。
‥いや、爆ぜてもらっては困るんですが。爆発なんてする筈ないんですが‥。
「和風ハンバーグ卵乗せ。それの和食御膳を一つ。」
「ソースはどうなされます?」
「あぁ。ポン酢醤油で。」
「かしこまりました。只今、お持ちします。」
「あっ、メニュー表はまだ‥」
「あぁー。そうでした。申し訳ございません。」
「いえ‥」
呼ばれ、頼まれたらメニュー表を回収。それはこの店で仕込まれたことなので責める要素などあるまい。何なら普通、人を呼んでから頼むべきだろうにこっちこそすみませんである。
ウエイトレスさんは何回か頭を下げた後、席を離れていった。
「さて。」
ウエイトレスさんが去って行くとまず始め、携帯を確認。和明からの返信がきている。
おう!珍しく早いのな。もう十分で行く。
「‥十分か。」
携帯電話を机に置き、何気無しに窓の外へ目を移す。
外は相変わらず。酷い荒れ具合だ。ここの店に客足が少ないのはそれもあるのだろう。
‥が、主たるものはきっと違う。
窓の外を眺め、携帯を弄る時間も数分が経過。
始めにこの席に現れたのは頼んだ料理と例のウエイトレスさんだった。
まぁ、今日は平日。しかもこの客数だ。恐らく、一人シフトなのだろう。中にはそりゃぁ、何人かはいるだろうが。
とまぁ、そんな事はどうでもいい。頼んだ料理は皿上でジュージュー音を発て食欲を駆り立てる。
ナイフで肉を切るとその肉汁が多く湧き出す。上に載せてあった目玉焼きからは黄身がトロリと垂れ、肉汁で溜まる皿上を黄色く染める。
空腹は最高の調味料という言葉があるが本当だ。人目があるここでは、余計な考えで料理を台無しにする心配はない。始めっから外食にすればよかった。
まぁ、金の問題も少なからず考えてのものだったのだが‥。
「おぉ、悪いな。待ったか?って、なに先に食べてんだよ?」
程なくして和明が登場。皿上の料理は既に三分の二が終わっていた。
「ん?あぁ‥って、桜木?何でお前が?」
料理から目を移行。顔を上に上げる。のだが、そこには和明だけでなく桜木の姿が見て取れた。
にしても、珍しく髪や顔などの手入れがされていない。
長い髪は艶こそ失ってないもののボサボサで乱れているし、目元にはクマが見える。服装もパーカーなんて着込んでるし、珍しいなんてものではない。
「‥ゆうちゃん。久しぶり。」
そんな姿の彼だ。そこから生まれる声が元気ハツラツな筈がない。
当然のように疲れ、暗い声。
「あ、あぁ‥。久し振り。」
それでもそれを言える筈がなく。言える資格もなく。言われた言葉に合わせた返事を返す。
「まぁ、とにかく。俺達も何か頼もう。桜木さんは何頼む?」
「‥あ、うん。コーヒーで。」
「あぁ。そうか。んじゃぁ、俺もそれと。悪い。飯まだなんだ。頼んでもいいか?」
「断る理由がねぇ。」
自分も既に頼んでいる身。ここで断りの言葉が言えれば大した奴である。
「んじゃぁ、呼ぶな。」
笑顔を顔に和明は呼び鈴を鳴らそうとする。
「あっ、悪い。俺もコーヒー貰ってもいいか?」
「おうよっ。」
止まった手は動きを取り戻し、ボタンの上に。
お約束の音が店内に響くとまたまたウエイトレスさんが現れる。
何度も悪いと心中思うもウエイトレスさんは変わらない笑顔で注文を聞き入れてくれた。
「‥で、何で桜木がいるんだ?てか、いつの間に桜木の連絡先を入手していたんだ?」
頼んだ料理。それとコーヒーが運ばれるとまず一言に俺はそう問いを投げる。
「‥あぁ。いや。実はこの集会、俺の発案じゃねぇんだ。」
和明は持ってこられたカルボナーラを口に含む前にそう答える。
「和明が呼んだんじゃない。‥という事は。」
今では机下に目線を送る桜木。そんな彼の姿はどこをどう見ても確定的だった。
「どうしてそんな回りくどい事をしたんだ?」
別に和明からでなくとも桜木本人が電話すればよかったのだ。というか、普段のコイツなら間違いなくそうしただろう。どうでもいい時にさえ電話してくるような奴だ。
なのに今回はそうではなかった。その理由は何となくだが察せられようがそれでもだ。
「‥ゆうちゃん。僕の電話なんて出ないでしょ?」
相変わらず、目線は下。ボソリッ。呟かれた言葉はやはり、いつものものとは異なった。
「そんな筈ない‥。」
どうも歯切れ悪い言葉となってしまう。本当は桜木の言う通りなのだ。多分、俺は桜木からの電話であったのなら出ない。
何度も煩いようであれば電源を落とすまでしただろう。
「それより、何でお前が和明の連絡先を知ってるんだよ?お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」
という言葉を発したのだが返答はない。和明さえ静かだ。‥というより、コイツは料理に集中しているだけなのかもしれんが。
「なぁ‥」
「‥昔からだよ。」
堪らず声を重ねようとすると、そんな暗く低い声が俺の台詞を邪魔した。
「昔から?」
桜木が言った言葉の真意が分からない。それを聞こうと口を開く。‥が、そこから声は生まれることはない。
「言葉の通り。僕と和明君は昔っから仲が良かったんだよ。それは、一緒にサッカーをする程‥」
「サッカー‥あっ!?」
そこで思い出されたものは桜木家で語られた彼の昔話だった。確かにあの話中で和明。その名の少年が登場していたような気がする。
同じ名前なんてこの世には数えるのも面倒になるくらい存在する。だから、その時もなんら気付かずに聞き流していたが。そうだったのだ。
「和明君の実家は変わっていなかったから。電話番号も当時のままだったんだよ‥。」
発せられる声は相変わらずといったもの。俯く姿勢も相変わらずだ。
酷い顔を見られたくないのか?‥なわけなく。理由なんて俺も同じだ。
「だが、まぁ。驚いたよ。全然、気付かなかったもんな。てか、優一はいつからソッチに目覚めたわけ?攻めはお前?それともこう見えて桜木さんだったりして?」
「何、馬鹿なこと言ってんだ。そんなことより今日、呼んだ本題は?」
料理を余すことなく綺麗に平らげた和明。食後のコーヒーカップを手に掛けながらニヤニヤ笑っていた。
言葉では刺々しいものを返してしまったが本心はそんな彼に救われていた。
「まぁ、まぁ。そう急くなって。第一、そんなことじゃねぇだろ?少なからず、お前は俺を騙していたんだぜ?」
「あ、いや。それは‥悪い。」
確かに和明の言う通りだ。俺は彼を騙していた。状況がどうであれ、それは許されることとは思えない。
「って、冗談だよ。気にしてねぇって。まぁ、おいおいその話は聞くかもしれねぇけど。今はそんな余裕はねぇんだろ?お前も。それに桜木さんも‥。」
まず始め、俺に目を。そしてその隣に座る桜木へと和明は視線を移す。
「あ、あぁ。」
堪らず俺もコーヒーカップに手を掛ける。今からが始まり。そう思えたから。
含んだコーヒーは温いものと変わっていた。
「って、そんんな気構えんなって。確かに英智の件は軽い口調で話せるものではない。けど、落ち込んでばかりでは前には一向に進めねぇだろ?」
「‥そ、そうだな。」
さっきからコイツには救われてばかりだ。確かにコイツの言う通り。落ち込んでばかりでは前なんて一向に見えない。進めない。
それがどうしようもなくてもだ。落ち込んでいるばかりでは一寸の隙間があってもそれにさえ気付けない。
「とは言え、俺にアイツをどうするか?そんなプランはねぇ。俺ができる事はだからだ。」
「‥え?和明君?」
台詞を口に。和明は急に桜木の首根っこの部分を持ち上げる。それをされた桜木は当然のように困惑していた。
「俺ができること。それはお前らを元に戻すこと。そしたら英智の事もどうにかなるだろ?」
変わらない笑み。今では曖昧になった記憶。だが、コイツは昔からそうであった。そう思わずにはいられない。
「「いや、それは‥」」
俺と桜木の声が重なる。
和明にそんな事を言われてもそうなのだ。万全になったとしてそれができるとは思えないし、既に失敗している。
言葉は微妙なもの。数ヶ月前まではあった自信などある筈もなかった。
「はは。桜木。お前は昔っから何でもできたじゃねぇか?サッカーの時も絶望的な点差を前にお前はそれを覆した。」
「いや、それとこれとは‥」
屈託のない笑みを見せられて桜木は言葉に困ったのだろう。和明から顔を逸らしていた。
と、そう他人事で前方を見ていたのだがそんな顔は今度、こちらへ振り向かれる。
「お前もだ優一。お前は小学校の頃は隣町にも名を轟かすような悪名高い悪ガキだったろ?」
「は?俺が悪ガキ?」
ここに来てまた新たな情報に首が動く。
「そうだ。そうだ。お前の悪知恵は俺も驚くものがあった。まぁ、それでお前は大きな怪我を負ったから戻ってくれとは言わねぇけどな‥。」
「怪我‥?」
体に残っている怪我なんて目に見える範囲では無い。首の角度は傾く一方である。
「それはそうと、当時は名を轟かせた神童と悪童。その二人が今ではこんな関係になってんだ。世の中は分からないな。はは。」
「いや、和明。笑ってる場合ではなく‥」
「だからそう急くなって。桜木‥やっぱ。その格好してると呼び名に困るな。」
タジタジ。和明は照れを表すよう、頬を掻く。
と、そんなものに時間を掛けている場合ではない。それを言わずとも察した和明は何かを決めたと言わんばかりに首を一つ縦に振り、言葉を再開させた。
「まぁ、その事を桜木さんにも言われた。だから俺も来た。お前を呼んだ。」
そして一言。
「あぁ、その前にコーヒーおかわりいいか?」
それまでの雰囲気を台無しにする。‥いや、コイツは空気の調整を図ったのだ。今の俺ならそれを理解できた。
単純にコーヒーが飲みたかっただけかもしれんが。それはそれとして。
「悪いな。じゃぁ、まぁ。口も潤ったところで。」
淹れたてホヤホヤ。湯気立つコーヒーカップをソーサーに戻し、彼は今度こそ言う。
「少し昔話を語り聞かせてやるか。」
と。




