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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
3章 来春
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 こうして部活動紹介は幕を開ける

本日は快晴。雲一つない青空の下、春中旬の(のどか)な風が髪を靡かせる。おまけ、今朝は目覚めがいいいときた。

 いつもの桜木によるモーニングコールから始まるモーニングセットを受け取る前に俺は目覚め、朝食なんかを囓っていた。

 いつも登校時間ギリギリだというのに今日に関しては余裕すぎる。もう殆どないが何も知らない新入生等は俺達にあらぬ視線をチラつかせていた。


 「いよいよ今日だね‥」


 「あぁ‥」


 いつもなら気に掛かる周囲の目だが今日はそんなモノに気を張っている場合ではない。桜木も俺もそれを知っている。だから、いつもなら積極的に話し掛けてくる桜木は静かで、俺の返事も短いのだ。いや、俺の返事が短いのはいつもの事か。


 「あっ、おはよう。珍しいわね。あんた達と鉢合わせになるなんて。」


 学校の道のり中盤。赤信号を待っていると後ろから聞き覚えのある声と手による衝撃が身に掛かる。


 「おぉ。今日はなんかな‥」


 そこに目を向けると思った通りの人物。蔓実の姿がそこにはあった。

 

 「うん。今日は珍しくゆうちゃん、完璧に準備していたんだ。」


 「へー。あんた、桜木にいっつも起こしに来て貰ってるんだ?」

 

 言葉にせずとも分かる呆れた視線が俺に差し掛かる。


 「違う。コイツが勝手にしてることだ。俺は頼んでねぇ。」


 「うわっ。何その発言。ラブコメの主人公?幼馴染が毎朝起こしに来てくれるのに照れ隠しで言う台詞?自惚れにも程があるんだけど。自分の価値観改めたら?」


 適当に吐いた言葉だったのだが酷い言われようで正直、驚いた。とは言え、蔓実さんは今日も相変わらずで安心だ。

 だけど、もうちょっと優しくしたら?俺だからいいけど他の人間にこの接し方は死んじゃうんじゃないかな?


 「まぁ、それは善処するとだけ言っておく。ところでお前の方こそ波瀬とは一緒じゃないのか?」


 蔓実と波瀬は親友同士だと二人自身言っていた事だ。なのに蔓実一人だけというのはおかしい。今日、波瀬に休まれでもしたら本当に洒落にならねぇぞ。


 「ん?麗華?」


 蔓実は首をきょとんと動かす。とのところで信号機も同時に青へと変わった。


 「私、別に麗華とは一緒に来てないけど。そりゃぁ、こうやって出くわした時とかは一緒に行くけど。大体、家とかもけっこう離れてるし。私、時間合わせるのとか苦手だし。」


 「あぁ。」


 まぁ、俺も桜木が毎朝来てくれるから一緒に登校してるだけだし。それがなかったら俺も一人だろう。待ち合わせとか本当に面倒。


 「なんて噂してたらアレ波瀬さんじゃない?」


 「おぉ。そうかもな。」


 横断歩道を渡り終え、程々に登校する生徒が増えてきた道の前。黒い長髪が今日も綺麗に流れ、揺れる後ろ姿が視認できた。


 「おはよう。波瀬さん。」


 「おはよう、麗華。」


 「よっ。」


 俺達は三人。若干の早足の元、たどり着いた人物へと声を掛ける。ここでその人物が全くの別人だったら恥ずかしすぎるな。と、そんな思いが頭の四隅にあったのだが、どうやらその思いは四隅にいさせるだけでよくなった。


 「ん?あぁ、おはよう。今日は珍しいね。」


 俺達の顔を見るや否、波瀬も同じ感想を抱いたようだ。


 「あぁ。だが、これが普通なんじゃねぇの?俺が普通に朝起きて準備できていればの話だが。」  


 波瀬の疑問に俺は適当な物言いで済ませることにした。そうしないと。深く考えると今日という日に支障をもたらす。そんな気がしたから。


 空は快晴。温度も良好。体調、絶好調。おまけに滅多に会わない仲間との出くわせ。

 全てが整いすぎている。物語やなんかで言うところのフラグ。だが、しかし悪い予感だとかそんな気は全くもってない。それが唯一の救いなのかもしれない。

 今日という日がいつも通りではないのは俺が早くに目が覚めた。それだけなのかもしれない。

 深く考えまいとしていたのに自分がそのどつぼにハマっている。なんてこった。

 そう思っていたところ。

 

  「うん。そうだね。ゆうちゃん、これからは毎朝そうしてよ。そしたら今日みたいに朝、皆で登校できるじゃん。」

 

 「お、おぉ‥。精進する。」


 考え事をしていたところにそんな発言。それも全くもってその通りなのだからなんとも言えない。


 「へ~。新戸君、朝苦手な感じ?」


 「あぁ。」


 「しかも聞いてよ麗華。コイツ毎朝、桜木に起こして貰ってるんだってさ。ほんと、情けないわよね!」


 桜木に続いて蔓実と波瀬も声を上げる。ほんと、俺を弄る機会があればそのチャンスを逃さないのなコイツ等。

 とは言え、心配することは何もなくなった。桜木と蔓実に関してはいまいちよく分からないがきっと、波瀬は俺と同じ心境を抱いていた筈だ。だが、今のやり取りができるという事は少なくとも俺達に支障はない。昨日、桜木から送られたメールに書かれていた事項をミスなくできる。フラグだのなんだの気にすることなんて何もなかった。


 気付けばもうすっかり馴染みある校門が目に映る。いつもは殆ど人がいないというのに今日はその門に吸い込まれるよう、大勢の人間が入校していた。


 「さて、行くか。」


 何が行くか。なのだか‥。たかだか学校に行くだけなのに。たかだが部活動紹介が行われるだけの話だというのに。

 それでもその言葉に笑う者はいない。


 「うん。行こっか。」


 「そーね。」


 「楓香ちゃん。大丈夫かなぁ?」


 桜木に続いて蔓実、波瀬が声を繋げる。いよいよ。今日が決戦日。何も知らない生徒等はいつも通りの会話を。噂話を囁かせる。たかだが二週間やそこらで消える筈がなかったのだ。

 だが、それも今日まで。今日で全てを変える。


 はぁ~。正義のヒーローになるのならともかく悪役になろうってんだからな。ほんと、気分乗らねぇな。

 

 そんな溜息を心中で吐き出し、俺達の今日は幕を開ける。


 

 *********************


 なんとなく今日の時間ペースは早かった。とは言え、受ける授業が少ないのだから当たり前とも言える。気付けばもう一・二限は終わり、俺達は体育館へと行くよう担任教師に指示された。

 

 のだが、俺はこんな時にも関わらず急に謎の腹痛に悩まされ、トイレへと行っていた。長い戦いの元、何とか勝利した俺に待っている者はおらず、急いで体育館へと向かっていた。

 と、その道中。


 「おぉ。新戸君じゃないか?ん?一人?」


 急ぎ足で廊下を駆けていると後ろから聞き覚えのある優男の声が身に掛かる。


 「あぁ、少し用を足していたらな‥」


 俺の事情を察してくれたその男。楓香ちゃんの兄である刈谷駿は小走りで俺の横に立った。


 「そういうお前も一人か?」


 「うん。まぁ、僕は生徒会だからね。色々と準備があるから‥。」


 「あぁ。」


 俺達は小走りで会話を進める。


 「あのさ。ほんと、ありがとう。楓香の事。君達には感謝しきれない。今度、兼ねてお礼するよ。何でも言って。僕に可能なことなら何でもするから。」


 もしかしたらコイツはその事を言うが為に俺に下剤を仕組み、こうして時間を合わせたのかもしれない。いや、そんな事する必要ねぇか。てか、学校で今日何も口に含んでないし。コレは本当にただの偶然だ。


 「別に俺達はお前の為に楓香ちゃんをどうこうしたいって訳じゃねぇ。言ったかもしれねぇけどコレは仲間意識みたいなもんだ。」

 

 そう。コレは俺達自身の問題。弱者がゆえの。勝ち組には決して分からない。敗者を放って置けない。置きたくない。そんな思想。


 「そう。確かに僕には分からないな。」


 刈谷の顔は笑顔のままだった。だが、不思議とその言葉は憎めない。自分が勝ち組だ。リア充だのと宣言されたというのに。不思議と刈谷駿という人間を俺は憎めなかった。


 「けれど。それは結果、僕の為になっている。だから、気持ちは変わらないよ。お礼くらいしかできないけど、僕は君達に感謝している。」


 彼の言葉を耳にして俺の足の速度は緩み、止まった。その理由たるは目の前が既に体育館の扉前だったということもある。

 

 「そうか。だが、お前も楓香ちゃんに勉強、教えてやったんだろ?何もしてねぇわけじゃねぇんだ。お前も俺達と同じだ。」


 俺がコイツを憎めなかった訳。嫉妬を覚えなかった訳。それはコイツには裏がない。いや、コイツも人間だ。多少の闇やら何かは抱えているだろう。だが、言っている言葉は真っ直ぐでそこに皮肉や虚偽はない。だから、俺は。いや、殆どの奴がそうなのかもしれないがコイツに悪い気を持てない。


 「そうかい?そう言って貰えるなら僕も嬉しいかな?」

 

 彼はそう言って、笑顔の顔に声を含ませる。


 「とは言え、今日の主役は君達だ。こう言うのもなんだけど何もない事を祈るよ。」


 「あぁ。どちらかっていうと悪役だけどな‥。」


 刈谷の物言いだと俺達が今日する事を知っている風だった。桜木が生徒会には言ったのかもしれない。確かに生徒会のバックアップがあれば非常に助かる。


 「じゃぁ、あんまり長く足を止める訳にもいかないからね。僕はこの辺で失礼するよ。」


 「あぁ、お前も生徒会の仕事頑張れよ。」


 刈谷の崩れることない笑みが後ろを向くと同時、俺も扉へと向き合った。中ではガヤガヤ。ワイワイ。騒がしい声やら音やらが耳に煩い。

 全校の学生数など把握している訳ではないが千は軽く超えている筈だ。そこで。その人数を俺達は一人の少女を救う為に敵にまわすってんだからほんと、どうかしてる。

だが、緊張も恐怖もなかった。千の人数にどう思われようと、たった数人に嫌われる方がよっぽど傷付く。

 手に掛けた鉄扉は見た目以上に軽く開き、中の騒がしさを俺の両目に映し出した。


 ******************


 「はい。見事なスリーポイントが最後に決まって私も安心しました。バスケ部の皆さん、ありがとうございました。では、最後になりますのは出来て間もない新生。アニメ研究部です。」


 今日も今日とて眼鏡がよく似合う完全無欠の麻凛さんのマイク音が館内に響き、盛大な拍手が生まれる。のも束の間。音は小さくなり、囁き声が生まれる。後ろに立つ教師もそろそろ動きを見せ、寝ている生徒等に喝を入れに行く。

 皆が皆、終わったとそう思っているのだ。


 とうとうこの時がきた。すれ違ったバスケ部の数名がクスクス、俺達を見下ろすような目を振り下ろす。メンバーがメンバーで部活も部活。序盤の俺達同様、なにやってるかも分からない文化系に混ざっていればこうも舐めきった雰囲気は生まれなかっただろう。少なくとも前の俺だったらそう考えていた筈だ。恥ずかしいだの。なんだの。

 だが、今はこの順番は神の導きとさえ思えた。


 「誰も今から僕達がすることなんて想像してないんだろうね?」


 「あぁ。そうだな。」


 ステージに上がる短い階段に足を乗せた時、ふと桜木の声が聞こえた。俺はその言葉に短い返答を返す。

 ステージから見える景色はどこのクラスも俺達には目もくれない感じだ。


 「さぁ、アニメ研究部の皆さんどうぞ。」 

 

 麻凛さんの声が囁き声に上乗せされ、俺達の順番がはじめて来たと言えた。


 「えぇ。俺達はの部活。アニメ研究部という部活は去年できた部活でして日々、アニメの事を調べてます。アニメと言ってもそのジャンル。作りは様々で近年では3D制作の作品が目立ってきて‥」


 特攻隊長は部長である俺なのは言うまでもない。事前に用意した文を完コピ。と言っても俺が言うことなど数行。後は、桜木。蔓実、波瀬といった順に回し、最後に俺が締めるといった感じである。

 そんなこんなで部活概要。及び、紹介などが始まりを向かえたわけなのだが‥まぁ、聞く者は物好きか真面目な生徒のみ。殆どの生徒も教師すら聞いていないとさえ思えた。それはそれでこっちも予想していたし、正直どうでもいい。問題となるのはこの先なのだから。


 「以上がアニメ研究部の活動内容。及びにちょっとしたアニメ知識でした。」


 波瀬の番が終ったのを確認。俺は最後に言葉打つ。

 すると、予想通り。生徒の大概は伸びをし、終わりモードに突入していた。

 そこに俺は言葉を紡いだ。


 「して、これからが最近、学校を賑わす刈谷 楓香の裏口入学の真相である。伸びをした殆どの生徒等には悪いが今少し背筋を伸ばして今度こそは聞いて貰いたい。」


 俺の声が館内に響くと今まで終わりモード。ダラダラしていた雰囲気は一気に変わった。生徒指導のいかつい体育教師も寝ている生徒への喝入れ作業を中断。動き始める。司会である麻凛さんはマイクにクスリ小さな笑い声を曇らせた。


 誰しもがこん事態を予想していなかったがゆえにざわめきが大きくなる。だが、今度はそこに俺達が映っていた。

 

 「新戸さん。」


 「あっ、はい。」


 いつの間にいたのやら。背後に麻凛さんがマイクを片手に立っている。


 「私達が教師を抑えられるのは桜木さんにお教えした通りです。ですが、ゆっくり落ち着いて皆を納得させてください。私達、生徒会は貴方方の味方ですから。」


 そう言って麻凛さんは持つマイクを俺に渡してくれた。


 俺はマイクを受け取り、チラリ。桜木に視線を向ける。教師を抑えられる時間?生徒会の支援?そんなの聞いてないっての。


 「はは。言うの忘れてた。」


 軽く笑うその顔が可愛いから強く言えない。

 しかし、これは良いイレギュラー。


 「それより早くした方がいいよ。先生、集まりだしたから。」


 「あぁ、そうだな。」


 桜木の言葉は話を誤魔化すものだったのか、それとも単純に俺への忠告だったのか。ただ、事実はそうである。早くやって、早く終わらす。こんな事、俺達とて良い気分はしないのだ。


 スー。


 大きく息を吸い込み、吐き出し。マイクを強く握る。そして、口を小さく開き、マイクに囁く。生徒・教師に声を飛ばす。

 

 「まず、一つ。刈谷 楓香は今日限りで我が校を去った事を皆様にお伝えします。」


 皆の視線は俺へ注がれる。こんなに、人の視線を受けたのは生まれて初めてかもしれない。だが、恐怖も緊張もない。ただあるのは今はある頼もしい支え。


 俺は過去に一人の大切な人物を救えなかった。もう、あんな想いはしたくない。もう、あんな想いはしない。

 一人の少女の救済劇はこうして幕を開けたのだった。 

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